妖精⑬
「何ですか、あれ……」
最初に声を発したフィズのその言葉は、ほかの狩人たちの言葉を代弁したものでもあった。
皆が一様に困惑した表情で、ハクに至っては歯の根が合わずにカチカチとした音を響かせている。
狩人としての本能からか、かろうじてといった形で背負っていたリュックから妖精用に持ってきていた道具を取り出したものの、それを使ってこれからあれと戦うという現実感がハクにはわかない。
「妖精に攫われておもちゃにされた人間やグリムの成れの果てみたいだね」
「趣味が悪い」
落ち着いた様子のカザリと累にそんなレベルではないだろうと叫びたい。
なぜなら車両と並走している妖精たちは趣味が悪いでは済ませないほどのものをいろいろと引き連れている。
例えばあれはオーガだろうか。
人を喰らう知性の低い大鬼のグリムだが、今ではまるで虫に食われたように体中に小さな穴が開いている。
そしてその穴から妖精たちが顔を出し、まるで高級車にでも乗っているように奇声を上げてオーガを走らせているのだ。
自分の体に巣くう妖精に対する反抗心は根こそぎ奪われているらしく、オーガは荒い息と苦痛に塗れた悲鳴を上げながら列車に追いつこうと血を流しながら走っていた。
あの一本角の白馬はユニコーンに違いない。
本来なら誇り高く清らかな乙女しかその背に乗せないと言われているが、その幻獣の背には邪悪な妖精が山のように群がっている。
病を治すといわれる一角は無残に折られ、妖精の一人がスピードを上げろと言いたげにその角でユニコーンをたたく始末だ。
誇り高いはずのユニコーンの瞳は狂ったように充血し、ただ言われるがままに走るだけの獣になり果ててしまっている。
グリフォンの姿も見えた。
鷲の上半身に獅子の下半身を持つ非常に獰猛なグリムだが、今はその威厳がまるでない。
あらゆる場所の羽を毟り取られたようで、無残にも体中に禿ができている。
毟り取られた羽は妖精たちの服に仕立てられ、羽で作った王冠のようなものをかぶった妖精がグリフォンの頭に鎮座していた。
さらによく見ればグリフォンは何かを引きずっている。
ハクは目を覆いたくなったが、それは間違いようもなく人間である。
まるで西部劇の罪人のように縄を首にかけられ馬の代わりにグリフォンに引きずられ、ピクリともしないことからもう死んでいることが見て分かった。
そして妖精の何人かがまるで波乗りを楽しむように人間の死体をボードに見立てて遊んでいる。
他にも大勢いる。
サイクロプス・クロウラー・オーク・トレント・ゴブリン・コボルト・ハーピー・ケンタウロス・ラミアやエルフにドワーフ、そして人間。
どれもこれも妖精に弄り回され悲惨な姿となっていた。
どう考えても正気ではない。
「列車のスピードが落ちてないか?」
ギブソンの言葉通り徐々に列車のスピードが下がり、追いかけてきている妖精と無残な成れ果てたちとの距離が近づいている。
「ここが会場ってこと?」
「私たちは奪われたものを取り戻しに来たんですよね? これでどうやって取り戻すんですか? 奪われたものがどこにあるかもわからないのに」
「私だって知らないよ! ったく、これだから妖精は嫌いなんだ!」
カザリが貯めに貯めた苛立ちを爆発させるように叫んだ。
そして腰のホルスターから収縮式の警棒を取り出すと、それを横に一閃して戦闘態勢に入る。
ギブソンも同様に取り出したのはナイフよりは刃の長いショートソードだ。
それを両手に一本ずつ持ち、座っていたソファを窓際に蹴り上げ即席のバリケードを作っている。
「累とフィズは右手から来るのを頼んだ! こっちは私らでどうにかする!」
次第に妖精たちの嗤い声が近づいくる。
そして――
「くるぞ!」
戦端を開いたのは累だった。
ドレスのスカートを大きくめくりあげ、両足の太ももに取り付けたサブマシンガンを手に取ると窓ガラスの向こうの妖精たちへと弾幕を張る。
響く銃声と羽音、そして止まない嗤い声。
「きゃははははははははははははは!」
「進め進め!」
「突撃ぃ!」
「あはははははははははははははは!」
仲間が羽を毟られ体を削がれ、列車の窓際を赤く染めながら地面へと落ちていく様をまるで気にせず妖精たちは次から次へと弾幕の中に突っ込んでくる。
たった一人で抑え込んでいる累の射撃技術もさることながら、それを物量で突破しようとする妖精たちは恐ろしいまでの狂気に満ちていた。
反対側では窓やバリケードを破った妖精をカザリが警棒で叩き潰し、ギブソンがショートソードで斬り殺している。
ハクはギブソンの戦いぶりを当然知っているので流れるように妖精を狩り殺していることに驚きはないが、腕が劣ると言っていたカザリの戦いぶりは素晴らしいものだ。
迫りくる妖精を警棒で叩き落とし、時には蹴り上げ、その瞬発力と身体能力だけを見ればギブソンを凌ぐのではと思えるほどだ。
「ハク! やれ!」
周囲の戦いに気を取られていたハクはその言葉でハッとする。
すぐさま手に持っていた妖精用の道具をバリケードを突破してきた集団へと投げつける。
「わ! なんだこれ!」
「うぐぐぐ!」
投げつけたのは単なる網だ。
しかし通常のものよりも網目が細かいうえに一度取り付くと粘着質で剥がすことも難しい特製のものだ。
おかげで投げ網漁よろしく大量の妖精が網の中でもがいている。
「こ、これを!」
ハクはその網に向かってオイルをふりかけすぐさま火をつけた。
網は耐火性なので燃え残るが、オイルに浸された妖精たちは瞬く間に業火に塗れその小さな体を灰へと変えていく。
「あははははははは!」
「あっつーい!」
「まけちゃったぁ……」
体を焼かれながらも妖精たちに死の恐怖は見えない。
自分の死も痛みも遊びの一つなのだろうか。
ハクには理解ができないし理解したくもないことだが、今はそんなことを考えている余裕もない。
他の狩人のように単純な戦闘で妖精を圧倒できないハクは、再び網を広げて妖精たちを捕まえ、同じ要領で火をつける。
「あの、ちょっとこれは……難しくないですか?」
唯一戦闘に参加していないフィズが声を上げる。
フィズはサブマシンガンをさらに二丁用意しており、累の弾が切れたら手持ちのサブマシンガンと交換して受け取ったほうの弾倉を入れ替えるといった累のサポートを行っているようだが、直接戦闘には参加していないので狩人たちよりも視界が広かったのだろう。
列車内が妖精の死体で徐々に足の踏み場もないほどになっているというのに、まるで波が収まる気配がないことに気が付いたのだ。
「このままじゃじり貧」
「どうするギブソン」
「逃げるしかないだろうが、果たして逃げられるのか」
すでに列車は完全に停止し、窓には妖精だけではなく成れ果てたちも群がっていた。
トロルやサイクロプスなどの巨人が苦しみから逃れるように列車内に手を突っ込み、それから逃れるように累が避ければ弾幕が収まった瞬間に瞬く間に妖精が入り込んでくる。
広い車内の半分以上はすでに占領され、狩人たちは唯一の逃げ道である隣の車両へと続く扉前に陣取っていた。
「ここはもう無理だな。隣に逃げるぞ」
「そっちもどうなってるかわからないが、まぁそれしかないだろうね。累、先頭を頼むよ。ギブソンは――」
「わかってる」
カザリの言葉に累がフィズを連れて扉を蹴破って駆けていく、次に進んだのはカザリとハク、ギブソンは最後尾の殿だ。
「なにこれ。廊下が長い」
「この列車にどれだけのオドを使ってるんですかねぇ」
扉を開けばすぐ次の部屋というわけではないようで、どういう構造なのか本来ではありえないような長さの廊下が続いている。
しかし幸いなことに廊下に窓はなく、妖精たちがいるのは背後だけだ。
ギブソンはそれを確認すると、走りながらも追いかけっこを楽しむ妖精たちへと赤い粉末を投げつける。
その粉末は妖精たちに触れるなり発火し、薄暗い廊下を赤く照らす巨大な業火へと変わった。
「あの粉末に似たのを少し前に見ましたね」
「アルベルトが使ってたやつの火精霊バージョンだね。私たちと違って用意がいい」
「一等狩人の当然の嗜みだよ。私は持ってないけどね」
あらゆる状況に対処できるよう準備しておくのは狩人として必要な資質であるが、こういった準備の違いをカザリは腕の差と表現したのかもしれない。
しかしその業火の中を無理やりに突破してくる妖精たちもいたため、ハクは網を投げつけ拾う暇もなく次の客室の扉をくぐった。
「ここもだめだ! 次!」
入るなりカザリの怒号が響く。
この客室にはおそらくフリーの狩人とその依頼人がいたのだろう。
狩人のものと思われる手斧が転がり、そのそばには持ち主であろう男の遺体に妖精たちが群がっていた。
窓の外では依頼人が妖精に操られたハーピーに運ばれていくところで、これから自分に起こるであろう未来に絶望した表情をしている。
部屋を訪れた狩人たちに一瞬の希望を見出した顔をしたものの、彼らが自分を助けてくれないと知るや悲鳴を上げて暴れまわり、はるか高い上空から放り出されて地面へと落下していった。
男の断末魔と鈍い衝撃音を聞きながら、累を先頭に狩人たちはさらに次の客室を目指す。
「こ、これ逃げ場あるんすか!?」
「いいから走れ!」
絶望的な気持ちになりながらも足を動かし、息を切らして客室へと滑り込めば再びの地獄が広がっている。
ここも妖精たちのおもちゃ箱と化しており、エルフと思われる一団がその端正な顔を恐怖に歪めて横たわっていた。
そしてその場に似つかわしくない満面の笑みにこちらをきらきらとした瞳で見つめる妖精たち。
「あったらしい宝石だ!」
「私はアメジストが欲しい!」
「僕はサファイア!」
「じゃあ私はオニキスがいいわ!」
この妖精たちは何を言っているのだろうか。
誰か宝石でも持っていたのかとハクは周囲を見渡すが特にそれらしい装飾品をつけた人はない。
しかし累の菫色の瞳とフィズの藍色の瞳、そして地面に転がる瞳を失ったエルフたちの死体がハクに宝石とは何かを理解させた。
「オニキスって……自分の眼っすか?」
「きゃははははははは!」
「ちょうだいちょうだい!」
「無理っす!」
子供のように無邪気にねだられてもあげられるわけがない。
もうどれだけ聞いたかわからない銃声と炎の巻き上がる音が宝石を求める妖精たちを退けるがそれも一瞬のこと。
彼らが再び追いかけてくる前に狩人たちはまたも長い廊下を全力疾走させられる羽目となる。
「ちょ、ちょっと……疲れてきました」
「もうちょっとがんばれ」
「背負ってくれてもいいんですよ?」
「フィズは少し運動したほうがいいと思う」
「今それ言います?」
この二人の会話は日常というかなんというか緊張感がない。
あれだけの惨状を見てこんな会話をできるのはやはりグリムだからなのだろうか、とハクが考えている間に次の客室の扉へと累は手をかけていた。
果たして今度はどんな惨劇が広がっているのかとハクが意を決して飛び込めば、そこには想像もしていなかった静寂があった。
「え?」
「はぁ!?」
「な、なんでここに……」
その静かな空間に響いたのは先に部屋へとたどり着いていた累とフィズとカザリの声だ。
三者三様ではあったが驚愕しているということは一致している。
「これは……」
あとから来たギブソンが戸惑ったように声を上げる。
まずこの部屋全体が薄いビニールのような膜で覆われており、その表面には妖精たちがとりもちのようにくっついてもがいているのだ。
おかげで不快だった妖精の羽音は聞こえず、力を吸われでもしているのか妖精たちの嗤い声の一つも聞こえない。
「あの、先輩。だれかいるっす」
「……はっきりと見えないな。気をつけろ」
よく目を凝らせば膜に覆われた中心地に誰かが座っているのが見えた。
水の向こうにいるようで確かではないのだが、シルエットからすると女性だ。
それに小柄で子供のようにも見える。
「あれ? あれれれれ?」
ここにいる狩人たちではない第三者の声にハクは肩をびくりと振るわせた。
声からすると子供のようで、まだ無事な妖精がいたのだろうか。
「累とフィズだ~。なんでここにいるの?」
「それはこっちのセリフですよ。なんでこんなところに……って、とにかく私たちもその中に入れてくださいよ。別にいいですよね?」
「いつもおいしいお酒を飲ましてもらってるからね。いいよ~入って入って」
そう謎の第三者が言うや否や、膜の一部に人間が入れるほどの穴が開いた。
そして累とフィズはすたすたと中に入って行ってしまう。
「え? え?」
「……入りなよ。中のほうが安全だ」
戸惑っているハクにカザリが中に入れと促してくる。
ギブソンも警戒していたがカザリが問題ないと無理やりに引き込み、全員が入れば開いていた部分は何もなかったように閉じてしまった。
「これなんの中に入ってるんすかぁ……」
明らかに何かしらのグリムの体内なのだが、それがいったい何なのかがわからなくて不気味だ。
ふと背後であの不快な羽音が響いた。
前の客室から追ってきていた妖精たちが客室の扉をようやく破壊したらしい。
「私のオニキスちゃん!!」
「うわ!」
妖精の幼い顔には似つかわしくない欲に塗れた瞳が恐ろしく、思わずハクは目をつぶって顔を両手で覆った。
しかししばらくたっても予想していた痛みというものがない。
もしかして瞳を開いた瞬間を狙っているのかも、と思いながらも恐る恐るハクがそのオニキス色の瞳を開いてみれば、先ほどの妖精が膜に張り付いてもがいてた。
「大丈夫だよ。プラムは妖精に負けないもん」
「え? プラムって?」
「プラムはプラムだよ」
もしかしてこの膜の名前なのだろうか。
とにかく自分を守ってくれたらしいプラムという謎の膜に向かってハクが礼を言うと、背後から似た声が聞こえた。
「累とフィズはわかるけどさ。誰よあんたら」
プラムとやらと似た声でありながら全く異なる雰囲気である。
視線を向ければそこにいるのはソファに腰かけた小柄な少女であり、妖精風に言うのであればサンセットサファイアのような瞳が不機嫌そうにハクたちを見つめていた。
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