妖精⑫
「わぁ。広いっすね」
外でも散々驚かされたがこの列車内も予想外だ。
外見からして広いだろうとは思っていたが、広々とした空間にはまるでホテルのロイヤルスイートのような調度品がずらりと並び、窓だけではなく天井もガラス張りで、妖精がペンキを塗ったのかと思うほどの青空が覗いている。
個室のない大きなワンルームではあるものの、ゆったりと座れるソファが四組に、そばの棚には魔術的に管理されているのか冷えた飲み物が種類も豊富に並んでいた。
フィズと累を除いて狩人一同が部屋の豪華さに戸惑っていると、妖精が一人別の車両から現れた。
「おほん。この列車の車掌です。ちょっとした注意事項をお伝えしますので、お耳を拝借」
車掌と名乗った妖精はあからさまな付け髭を撫で、コスプレのような帽子と腕章を得意げに見せびらかしながら狩人たちを一人一人眺めていく。
「この列車の行き先は妖精の夜会が開かれる会場になります。到着まではこちらの車両でお休みください。別の車両は他の招待客の皆さまがおられるので入室不可です。途中下車もできません。気分が悪くなったりしたら我慢してください。えーっとあとは……」
「どれくらいで着くの?」
うーんと髭を撫でて考えていた妖精に累が質問すると、妖精はそれだと指をさして飛び上がった。
「そうそうそれ! あ、おほん。それです。えー到着時間はわかりません。夜会なので夜になったらだと思います」
「わからない?」
「ずいぶんアバウトですね」
「と! に! か! く! そろそろ出発しますのでのんびりお待ちください」
乗客から上がる不満を強引にはねのけ、車掌と名乗った妖精はひらひらと別の車両へと消えてしまった。
残された狩人たちはどうしたものかと顔を見合わせたものの、ほかの車両への移動が禁止といわれれば待つ以外にできることはない。
累とフィズなどはさっそくソファでくつろいでいた。
「累さんお酒が飲みたくないですか?」
「一応仕事中だからジュースで我慢して」
フィズが棚に並んだ酒のボトルを興味深そうに眺めているが、累は手際よく全員分のグラスを並べるとそこにジュースと思われる液体を注いでいく。
「どうぞ」
「あ、どうもっす」
まさか自分たちの分まで用意してくれるとは思わず、ハクは多少面くらいならがらもソファに座ってグラスに口をつけた。
口に広がるのはいくつもの果汁をミックスしたような芳醇な香りとすっきりとした甘さだ。
舌の上に甘さがしつこく残らないのでいくらでも飲めてしまう。
「おいしい」
「確かにおいしいですけど、これもどっかから盗んできたものかもですね」
「そうかもしれないね。まぁ私らが取り返すべきものじゃないんだ。好きにしていいだろう」
そう言うカザリはといえば、こくこくとジュースを味わう累とフィズ、そしてハクと違ってグラスに口をつけていない。
ギブソンもグラスを眺めたり匂いを嗅いだりと色々としているのを見て、ようやく自分の警戒が薄すぎたことにハクは気づいた。
どうしてもこういうところで経験の差が出てしまう。
きっとこの部屋の豪華さに圧倒されていた間もギブソンやカザリは何か危険なものがないか、いざというときに使えるもの、脱出口はどこかなどを把握していたに違いない。
「気にするな。うまいぞ」
ギブソンが問題ないと判断したのかジュースを口に含んでそんなことを言う。
また気を使われたことに落ち込んでいると、蒸気機関車特有の汽笛が盛大に鳴り響いた。
続いて列車ががたりと揺れ、最初こそ体が揺れるほどの動きだったが、それ以降は静かで外の景色が飛ぶように流れていく。
「旅行みたいですね。いい思い出になりますよこれは」
「たくさん写真撮ったからね」
「今のところ大満足です!」
自分と違って気楽な人たちだ、とハクは呆れてしまう。
しかしいざ戦闘となれば役に立つのはあの二人なのだろう。
カザリから事前に聞いた話では、累というグリムは純粋な狩人としては一等程度の腕前で――それでも自分よりも上というのがハクはショックだったが――グリムとしての戦闘能力を含めれば特等に比肩するという。
もちろんフィズという魔女は言うまでもない。
魔女の危険性など殻をかぶったひよこ狩人でも知っている。
(やっぱりこの中で足を引っ張るのは私だけか。しょうがないよね。招待状をたまたま持ってた狩人がいたってだけで選ばれたようなもんなんだから)
いろいろとマイナスなことばかり考えてしまう。
できるだけ前向きになろうとしているのだが、やはり根本の性格というものはなかなか変えられないらしい。
そんな風に考えることもあったのでハクはそのまま黙り込み、累とフィズの二人だけが旅行に来たようにはしゃぐ中でほかの二人も静かに黙り込んだままだ。
「あ、ところで聞きたいことがあるんですけど、三人ってそれぞれどの派閥なんですか?」
不意にフィズが会話のボールを投げ込んでくる。
ハクを含めて三人とも自分の考えに没頭していたのか、唐突なフィズの質問に対して空白の時間ができた。
それをどう思ったか、累が補足するようにその小さな口を開く。
「カザリが言ってたでしょ。協会にはグリムとの共存に賛成、反対、中立の三つの派閥があるって」
「あぁ、そのことかい。言わなくてもわかってると思うが、まず私は賛成の立場だよ。私の直属の上司で現在の日本協会の本部長もグリムとの共存には賛成でね。友好関係を築けるならグリムとも手を取るべきだってスタンスだ」
ハクもその話は知っている。
日本協会の本部長である山崎がグリムとの共存を推しているので、日本の協会全体がグリムには有効的なスタンスをとるようになっている。
もともと狩人はグリムすべてに敵対意識を持っているわけではないし、古来から狩人がグリムと取引をして武具や情報を仕入れることはあったことなので、彼の考えは比較的現代の狩人たちにも受けいれられていた。
「まぁとはいっても敵対的なグリムには容赦しないがね。あくまで人間に友好的なグリムに限るって話だよ」
それはそうだろう。
人間に牙をむくようなグリムとも友好関係を、とは狂人のたわごとだ。
そういう危機管理のできない妄言を吐くような輩は狩人にいない。
「で、ギブソンは中立だ」
「あれ? てっきり反対派かと思いましたけど」
誰も言わなかったが明らかに顔の傷からそう判断したんだろうなと全員が思ったに違いない。
「そうすると反対派はハク?」
累の菫色の瞳がまっすぐにハクを見つめていた。
無機質で感情が見えない瞳だが、不思議な圧力のようなものを感じてハクはごくりと喉を鳴らしてしまう。
「その……自分はグリムに家族を殺されてるので」
「そういえば協会にはグリムの被害者を保護する施設があるんだっけ。そこの出身?」
「ええまぁ。よく知ってますね」
ほとんど普通の児童養護施設と変わらない。
けれどそこにいた子供たちは恐ろしいグリムに怯えるか、そのグリムに恨みを募らせるかのどちらかだった。
そしてハクはどちらかというと前者である。
「自分は別に反対派って言うほどじゃないんすけど、自分と同じようにグリムの被害にあった人たちと仲良くしてたらいつの間にか反対派だって思われてしまって。遊佐さんに期待してるなんて言われたら否定することもできず……」
「遊佐ってのは日本協会本部の幹部の一人で反対派のトップみたいなもんさ。彼も悪い人じゃないんだけどねぇ」
カザリの言葉にハクも内心で同意する。
遊佐のことは尊敬しているしカザリの言うように悪い人では決してない。
ただグリムに対しての敵意が尋常ではないだけだ。
そしてハクはグリムに対してそこまでの敵意は持てない。
「自分は……ただ単にグリムが怖いだけっす」
怖いものとは手を組めない。
反対派といわれて強く否定しないのはただそれだけの理由なのだ。
「私が気になるのはギブソンが中立ってことだけどねぇ。遊佐からも相当勧誘されてるんだろう?」
「あぁ、しつこく勧誘されているな。この顔の傷だけでグリムに恨みがあると決めつけるのはやめてほしいところだ」
カザリが矛先を変えるようにギブソンへと話を振り、ギブソンもそれを察したのか累とフィズの視線を集めるように口を開いた。
きっと自分を助けてくれたのだろうとハクはさりげなく二人へ頭を下げると、気にするなとでも言いたげにカザリが口の端をわずかに上げて見せた。
「個人的な意見を言えばグリムと友好的にというのは難しいだろう。言葉を交わせても人間とは価値観が違いすぎる」
「えー私たちなら仲良くできますよ。ねぇ累さん」
「まぁ、たぶん」
「今回のように協力はできるだろう。だが信用はできない。人間には倫理や道徳があるがグリムにはそれがないからだ。善い行い悪い行いという区別がなく気ままに自分のやりたいことをやる。恐ろしい存在だ」
「怖がられてますね」
「そうだね」
ギブソンがグリムのことを恐ろしいと思っているのはハクにとって意外だった。
怯えているところなど見たこともないし、むしろグリムに恐れられる側のほうだ。
「かといって反対派のような過激な意見もな。今の協会の力で魔女に勝てるとは思えん。現実的なプランがないのにグリムを滅ぼせというのは無謀すぎる」
「だから中立ってことなんですね」
「でも、その魔女に勝つ現実的なプランが今回の依頼なんだよね」
累の言葉に少し場の空気が冷えたような感じがした。
声を荒げたり睨みつけるとかしているわけではないのだが、累の雰囲気にハクは少し息苦しくなる。
「魔術具を取り返せたら、もしかしたら反対派の人が私たちを狩りに来るかもしれないね」
見ればカザリの顔色が悪い。
ギブソンもすぐ立ち上がれるように位置を変えている。
場違いなのは瞳にハートでも浮かべそうにうっとりとしているフィズだけだ。
「もしそうなったら――」
そこまで言いかけて累が立ちあがった。
まさかここで襲い掛かるのかとハクも慌てて立ち上がるが、見ればギブソンとカザリは席を立っているが棒立ちのままだ。
自分よりも優れた狩人の三人が見つめるのは窓の向こう。
「いつのまに」
驚きのあまりハクの口から自然と言葉が漏れる。
なぜなら窓の外はいつの間にか夜になっているのだ。
ガラス張りの天井には煌めく星々と血のように赤い月が浮かんでいる。
『さぁ皆さんお待たせしました! いよいよ妖精の夜会の始まりです! 遊んで! 遊ばれて! 奪って! 奪われて! 殺して! 殺されて! 最高の夜にしましょう!』
その妖精の無邪気な声に合わせたのか、窓の向こうにいくつもの影が現れる。
次第に数を増やしていくそれは当然のように妖精たちだ。
夜会が始まるのを待ちきれなかったとでも言いたげに奇声を上げて列車と並走している。
――彼ら自慢のおもちゃも一緒に。
ハクの足が震え視界が揺れる。
手に持っていたグラスを落とし、自分の服を汚したことなど気にしている暇もなかった。
今はただ、花々を振りまき無邪気な笑顔で歓迎してくれたあの妖精たちがとても恐ろしい。
ギブソンの言葉は正しかった。
彼らに良い悪いの区別はなく自分が思うようにしているだけなのだと。
怖い。
怖い。
怖い……でも自分は狩人なのだ。
狩らなければならない。
この恐怖と、その根源である妖精というグリム達を。
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