妖精⑪
ハクがギブソンに続いて壁を通り抜ければ、視界に広がるのは見たこともないような広大な花園だ。
これまでギブソンとともに少なくない数のグリムを狩ってきたが、そのどれもが市街地や森林、山奥などのあくまで人間世界の中の話だ。
しかしこの視界に広がる絶景はハクの知っている世界にはない。
狩人になってからは常人が生涯かけても体験できないような不思議な現象を目の当たりにしてきたが、これはその中でもトップクラスだ。
「綺麗っすね」
そんな言葉を警戒するようにギブソンがちらりとこちらをうかがう。
何か変なことを言ったのだろうかと思ったところ、よくよく見れば花園の中心で例の魔女と人形が仲良く写真を撮っているところだった。
「ち、ちがうっすよ! あの二人じゃなくてこの景色が綺麗だなって話っす!」
「注意しろ」
「だ、大丈夫っす……」
そう応えつつも気づいてしまえばどうしても視線をフィズへと向けたくなってしまう。
ドレス姿のフィズが花園の中心にたたずむ姿はまるでおとぎ話のお姫様だ。
物語の端役のような自分には決して届かず触れることが許されない存在。
この絶景の花園でさえ彼女を引き立てるために用意されたように思えてしまう。
「はっ」
そしてそう思ってしまったことに気づいてハクは勢いよく頬を叩いた。
意識をもっと強く持たなければまた同じことを繰り返してしまう。
しかしどれだけ気を付けてもするりと入り込んでくる美しさという暴力にハクは初めて恐ろしさを感じた。
よりどころを探すように手が彷徨い、ギブソンからもらった耐魅了用の魔術が組み込まれた腕輪をさする。
「魅了に耐えるには強い意志を持つか、別のことに意識を割くかだ」
「なるほど。ちなみに先輩はどっちっすか?」
「俺は後者だ。お前を見ていないといけないからな」
「なんかすいません」
こんなことで独り立ちできるのだろうか。
しかし落ち込んでいる暇があるならとにもかくにもアドバイスに従うべきだろう。
フィズから視線を剥がして周囲を見渡せば、少し離れた場所でカザリが複数の妖精と何やら話している。
招待状を見せているようで、どうやらあの妖精たちが受付のようだ。
「ようやく来てくれたんだ」
「ずーっと招待してたのに」
「遅いよ」
「遅刻よ」
「まぁまぁみんな。ようやく招待を受けてくれたんだ。楽しまないと」
「そうだね楽しまないと」
「遊んで」
「遊ばれて」
「壊して」
「壊れて」
「殺して」
「殺されて」
「楽しくなるね」
「いいからさっさと通してくれないかい? もう受付は済んだろう?」
「どうぞどうぞ」
「楽しんで」
「ローズにも伝えておくね」
「やっと来たって伝えておくね」
くすくすと笑いながら妖精たちがカザリの周りを飛んでいる。
そんな彼らにうんざりしたような態度のカザリは妖精たちを振り払うようにして花園の奥へと進んでいってしまった。
しかし妖精たちがカザリを知っているようなそぶりにハクは少し首をかしげる。
(そういえばカザリさんってどこから招待状を手に入れたんだろう)
気にはなるものの、普段と違って機嫌の悪そうなカザリに聞く気にはなれない。
それに人のことを気にしている場合でもないのだ。
ハクにとってこの狩りは協会の未来を担う特別な狩りであると同時に自分の大切なものを取り戻す個人的な戦いでもあるのだから。
「次は誰かな?」
「誰?」
「灰色の優しい人と」
「青色の臆病な子」
四人の妖精が四方八方を飛び回りながら語り掛けてくるのはちょっと怖い。
見た目はきらきらとした羽に妖精らしい子供のような純粋な笑みなど可愛らしい要素に満ち溢れているのだが、急に何かをしでかしそうな子供特有の危なっかしさや怖さをなんとなく感じるのだ。
「あの、これが招待状っす」
ハクがおずおずと差し出したのはいつの間にやら自分のベッドの上に置かれていた招待状だ。
あれがなくなった直後はあらゆるところを探し、それでも見つからなかったので悲しみに暮れていたのだがまさか妖精に盗まれているとは思わなかった。
毎夜寂しくすすり泣いていた自分を思い起こせば、この飛び回る妖精たちを羽虫のようにひっぱたいてやりたい気分になるものの、そんなことをしたらここで追い返されてしまうかもしれない。
ここは我慢である。
「えーっと、名前は米沢ハク……と」
「ふんふん」
「ふむふむ」
「ちょ、ちょっとなんすか」
じろじろと瞳を近距離で見られたり髪の毛を引っ張られたり果てはシャツをめくられおなかをぺしぺしと叩かれた。
恥ずかしさから顔を赤くしていると妖精たちは顔を見合わせてから納得したように頷いて見せる。
「本人だね」
「本人っすよ!」
「隣は誰?」
「お父さん?」
「お兄さん?」
「それとも恋人?」
「こ!? や、あ、えっと、先輩っす!」
「付き人だ。ひとりまでは問題ないのだろう?」
「それならどうぞ」
「どうぞどうぞ」
あたふたとしているハクを置いてギブソンはさっさと歩いていってしまう。
何だか変に空回りしてばかりだと恥ずかしく縮こまっていると、妖精が追い打ちのように後ろから声をかけてくる。
「がんばって取り戻せるといいね」
「大切で」
「大切な」
「く――」
「ああぁあああああ!」
突如響いたハクの奇声に思わずギブソンが腰を低くし臨戦態勢をとった。
ついに魅了されて正気を失ったかといえばそういうわけでもないようだが、パニックになっているあの姿を見ればそう変わらないかもしれない。
なにせハクは顔を赤くし半泣きのまま、妖精たちの口をふさごうと手を振り回しながら走り回っているのだから。
もっともその妖精たちはといえば遊んでもらっているとでも思っているのかハクとは反対に楽しげである。
「何してんだいあれ?」
カザリの言葉にギブソンンは何も言わずに首を振って見せた。
そんな二人の姿を見たのか、周囲の妖精を悔しそうに睨めつけながらではあるが、ハクが焦ったように二人のもとへと駆けてくる。
「す、すみません……っす」
「別にいいけどさ。そんなに言われて恥ずかしいものだったのかい?」
「そういうわけでもないんすけど……恥ずかしいといえば恥ずかしいというか」
本人が言いたがらないのであればそう突っ込む話でもない。
カザリもギブソンもそれくらいの心配りはできる大人だ。
だがこのメンバーにはそういう心配りのできないものもいる。
「何の話ですか?」
ひょこっと顔を出したのはフィズだ。
後ろには写真撮影に付き合わされたせいで疲れて身動き一つせず、引きずられるようにしてこちらにやってきた累もいた。
「いやなんでもないっす! とにかく行きましょう!」
「行くってどこにです?」
ハクとしてはさっさと話を切り替えたかったのだが、そういわれるとどこに行けばよいのだろうか。
答えを知っている人がいないかとギブソンやカザリを見るが肩をすくめるばかり。
累などは本当に死んだように反応がない。
「こっちこっち」
そんな狩人たちに一人の妖精が小さな手で手招きをしながら近づいてくる。
「そこの木を右手にぐるりと一周回ってね」
「え? いたずらっすか?」
「違うよ違うよ」
さっきの妖精たちとは違っておとなしそうな雰囲気ではあるものの、さんざんもてあそばれたハクは疑うような眼差しを向ける。
そんなハクを落ち貸せるようにカザリが肩へと手を置いた。
「ま、言われたとおりに行ってみようか」
「そうですね。ほかに行くとこもないですし。ほら累さん行きますよ」
カザリの後に続いてフィズが累を引きずってついていく。
妖精に魔女に気を付けなければいけないことが山ほどあるなと注意しながらハクもそれに続いた。
妖精の言葉では木を右手にぐるりと回るとのことなので、カザリを先頭にして言われた木に右手を添えながらぐるりと一周してみる。
はたから見ると狩人たちが一列にぐるりと木を囲んでいるのは妙な儀式に見えたかもしれない。
「え?」
だがそうした妙な儀式のせいか、先ほどまでの花園に変化が訪れる。
最初に驚きの声を上げたのは先頭のカザリかはたまたフィズか、ぽかんと口を開いたハクかもしれない。
視界に広がる花々と香りは変わらないのだが、いつのまにやらそこに巨大な蒸気機関車が停まっているのだ。
それも横幅が通常の列車の倍もある。
レールもそれに合わせてかなりの広さであり、その巨大なレールが遠く花園の地平までも続いている。
「累さん見てくださいよ」
「え? なに? うわぁ」
フィズに揺さぶられて意識を取り戻したらしい累が驚いているのか驚いていないのか微妙なテンションの声を上げる。
けれどハクにしてみればもっと声を上げて驚きたかったくらいだ。
周りのカザリやギブソンが平然としているので変に驚くことができなかったが、この列車が急に表れたことに驚くなというほうが無理だ。
「どうぞどうぞ」
「いらっしゃーい」
「ようこそ!」
ハクたちが列車までの道のり歩き始めれば、花園から大勢の妖精たちが現れ花びらを振りまき歓迎の言葉を投げかけてくる。
視線を妖精たちから少し前を歩いているフィズと累に向ければ、空を舞う花々がフラワーシャワーのようで結婚式でもしているようだ。
(やっぱり綺麗だなぁ)
フィズや累が美しいことに嘘はつけない。
だがハクが今感じたのは外見ではなく幸福な人々が見せる笑顔のことだ。
以前たまたま結婚式場の前を通った際にフラワーシャワーで祝福される新郎新婦を見かけたことがあり、その幸せそうな顔が今でもハクの脳裏に色濃く残っている。
そして今目の前を歩く二人もそのときの二人に似ているのだ。
外見の美しさはともかく、見る人に幸福感を与える笑顔は自分自身がきっと幸福だからこそできる笑顔なのだろう。
(グリムなのに、幸せなんだ……)
フィズの満面の笑みと、それを見守るような累の温かな笑み。
それを見ているハクの心には幸せなものを見る温かさと、それを妬む黒い感情があった。
グリムなのに――
魔女なのに――
大勢苦しめてきたはずなのに――
(どうして、そんな顔ができるんだろう)
理解できないものは恐ろしい。
それがグリムであるならなおさらのことだ。
しかしそれこそがグリムだともいえる。
「ここから乗るみたいだね」
いつの間にやら俯いていたらしい。
ハクが顔を上げればカザリが列車へと乗り込むところだった。
読んでいただきありがとうございます。
面白いと思っていただけたら、ブックマークや評価で応援していただけると嬉しいです。




