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妖精⑨

カザリを呼んだのは快活な女性の声だ。

視線を向ければ健康的な小麦色の肌の女性が焦ったようにこちらへと駆けてくるところだった。

はぁはぁと息を切らしながら肩を揺らすたび、印象的な青色のミディアムヘア―がさらされと揺れる。

どうやら染めているようで頭頂部あたりは黒髪がのぞいていた。


「申し訳ないっす。下っ端の自分が遅れて……なかなか駐車場が見つからなくて迷ってしまって……」

「別にまだ時間はあるし構わないよ。もう一人は?」

「あれさっきまで一緒だったんすけど……あ、先輩こっちっす!」


女性が振り向いて手を振った先にいたのは一人の男。

しかし女性とは真逆に一見して近寄りがたい雰囲気を感じる。

なにせ左目は炎に焼かれたのか爛れてつぶれており、唇と頬には縦に裂かれた傷跡が大きく残っている。

乱雑に伸びたグレーの髪から除く右目は闇を吸い込んだような漆黒だ。


「全員集まったしとりあえず自己紹介から始めようか。まず彼女は米沢ハク。三等狩人だ」

「どうもよろしくお願いします。米沢ハクっす。自分のようなぺーぺーがこんなすごい狩りに参加していいのかなぁって感じなんすけど、足を引っ張らないように頑張ります」

「三等?」

「あぁ、君らは協会の内情をあまり知らないんだったね。協会の狩人は実績に応じて階級が割り振られてるんだよ。上から順に特等、準特等、一等、二等、そして三等。三等狩人は新人ってことさ」

「そうなんすよ。自分新人なんすよね」


自分でも場違いだと思っているのか申し訳なさそうにハクは笑っているが、そんな新人がここにいて大丈夫なのだろうか。

下手したらフィズに魅了されてしまう可能性だって十分にある。

累がそう不思議に思っていることをカザリも感じ取ったのだろう。

彼女は補足するように言葉を続けた。


「疑問に思うのもわかるよ。本来ハクの腕前じゃこの狩りには参加できないんだが、夜会に参加できるのは招待状一枚につき二人までなんだ。協会宛ての招待状は累とフィズに使ってもらうから、ほかの狩人が参加するには別の招待状が必要になる」

「ってことはそのハクちゃんが招待状を持ってるってことなんですか?」

「そういうこと。協会の狩人で招待状を個別に貰ったのはハクだけでね。もちろんハク一人じゃ危険だからもう一人、彼にも参加してもらう」


続いてカザリが視線を向けたのは顔に複数の傷を負った男だ。

ハクとは明らかに踏んできた場数が違うのだろう。

どこか舞い上がっているようにも見えるハクと違ってこの男は冷静かつ慎重に累とフィズを警戒しているようだった。


「ギブソン・アルバレス。一等狩人でハクのパートナーだ。協会じゃ三等狩人には一等狩人が付く決まりなんだ。独り立ちするまでサポートする、いわゆるOJTみたいなものでね」

「ギブソンだ」

「自己紹介はそれで終わりですか? その顔の傷の話とかしてくれないんですかね?」


聞きにくいことを平然と言ってのける奴である。

最近出会った狩人はどれも初対面が最悪だったので、フィズの無礼な態度にまた斬りかかられるのでは? と累が内心ひやひやしているとギブソンは予想外に落ち着いた声で話し始めた。


「この傷は三等狩人の時に負ったものだ。今回ここに俺がいるのはハクに俺と同じような目に合わせないためと、協会からお前たちを監視しろと指示されたからだ。事細かにお前たちのことを報告する立場なわけだが、ひとまずお前にコミュニケーション能力はないと報告しておく」

「え? 何でですか?」

「妥当だと思うけど」

「累さんまでそんなこと言います?」


初対面の人間の明らかに気軽に触れてはいけない点にずかずか踏み込む時点でバッドコミュニケーションである。

今回はギブソンが大人の対応をしてくれたのだが、沸点の低い人だったらまたいきなり斬りかかられても仕方のないレベルだ。

そうこうしているうちにカザリが累とフィズの自己紹介を行ったが、ハクとギブソンの二人はすでに知っていたようで特に何事もなく終了した。


「これで自己紹介は終わりだね」

「あと一人は?」

「ここにいるじゃないか。私も行くんだよ」


はぁと深いため息をついたカザリを見てようやく累は納得した。

さんざん嫌そうな雰囲気を出したり疲れた顔をしていたのは自分もこの狩りに参加するからだったのかと。


「ちなみにカザリって何等なんですか?」

「私は一等狩人だよ。とはいってもギブソンほど実戦を経験していないし、ほとんど内勤だからねぇ。同じ一等でも腕に差があると思ってもらったほうがいい」

「具体的に一等狩人ってどのくらいの強さなの?」

「どのくらいって言われてもねぇ……君らが知ってる狩人だとバナが一等狩人だからそれが基準だと思ってもらえればいいかな。あとはアルベルトだと準特等ってところか。実績だけ見れば特等でもおかしくないが、もう全盛期は過ぎてるだろうからそんなもんかねぇ」

「ふーん」


累にはカザリが戦う姿など想像もできないが、ざっくりと考えればバナと同じくらいの強さがあるということなのだろう。

正直累からしてみればカザリが狩人として戦えるなんて意外なことだった。

なにせバーにいる姿しか知らないし普段は依頼を持って来るだけなのでそういう事務員なのかと思っていたくらいだ。


「あれ? そういえばカザリさんってどうやって夜会に参加するんすか? 自分の招待状は自分と先輩の分ですし」

「それなら別口で用意したから問題ないよ」


他に質問はないかとカザリが全員の顔を見渡すが、その顔に特にほかの疑問は浮かんでいないようだ。

問題ないことを確認したカザリは皆についてくるように促すと東京駅へと向かって歩き出す。

ギブソンとハクの二人もそれに続き、累とフィズもドレス姿のままそのあとについていく。


「入り口ってどこにあるんですかね?」

「入り口自体はいろいろな場所に複数用意されていてね。私らが一番近いのは東京駅の構内さ。過去に協会が魔術具を取り戻そうと何度か狩人を派遣したんだが、開催されるたびに違う場所が入り口になってる。ちなみに派遣された狩人たちは消息不明だから夜会がどういったものかは不明だ」


一人も戻ってこなかったというからには危険な場所なのだろう。

とはいえそれを聞いたところで経験豊富な狩人たちの顔色に変化はないが、ハクだけは異なる。


「なんだか緊張してきたっす」

「いつも通りでいい」

「ど、どうもっす先輩。あ、そういえば自分この服で大丈夫っすか? 夜会ならやっぱりドレス着てきたほうがよかったんですかね? でもそういうの着たことなくって……お二人はよく似合ってるっすね~。羨ましいっすよほんと」

「まぁ……あの二人が特殊なだけだから別にいつもの服でいいよ」


とは言いつつカザリがハクのことを怪訝な顔で見ている。

何故かと言えば累とフィズの服装も場違いには違いないが、ハクは部活帰りの学生のようなジャージ姿なのだ。

よく言えばスポーツウェアなのだろうが、それに大きなカバンを背負っている姿は百歩譲ってジム帰りの女性であって狩人には見えない。


「別に構わないんだけどさ、なんでジャージなんだい?」

「動きやすいからっす」


ちなみにカザリは普段と変わらないパンツスーツであり、ついてくると言われなければそのままオフィスで仕事でもしそうな雰囲気だ。

ジャージほどではないがこちらも狩人には見えない。

そんな二人に対してギブソンは狩人らしい厚めのジャケットにジーンズであり、ジャケットが膨らんで見えるのは内側に何か武器を隠しているからだろう。


「正直この集団をはたから見ると何の集まりかわからないね」

「ドレスにジャージにスーツの女の中に強面の男が一人ですからね」

「君らがドレスを着なければもう少し人目を引かずに済んだと思うけど」

「フィズさんは美しいし、ドレス着てたら余計に綺麗なのでしょうがないっす」


周囲の視線を集めながら改札を抜けて東京駅に入り、そこから向かっているのは京葉線のホームだ。

東京駅はいくつもの路線が集中しているのだが、その中で京葉線のホームだけはかなり離れた場所にある。

新幹線や在来線の乗り継ぎで混雑している区間から離れ、そこから長いエレベーターで地下へ降り、動く歩道といわれる水平型エスカレーターでしばらく先へ進んだところにある階段やエスカレーターでさらに地下へと降りるとようやくホームである。


しかしカザリが足を止めたのはホームではなくホームに降りる直前の階層だ。

かなり離れた場所にあるせいか人通りが少なく、階段付近から離れれば人目にも付きにくい。

そんな場所にある自販機の影をカザリは指さす。


「ここが入り口だ。一番目立つ累とフィズから入ってもらえるかい」

「え、自分も一緒に――」


ハクがそう言いかけたところでグイっと首根っこをギブソンに引っ張られた。

とにかく二人で先に進めということらしいので、累はフィズと一緒に壁の前に立つが見たところこれといって変化はない。

だが招待状を持った累がさらに近づくと、壁からわずかな風と花の香りのようなものが漂ってくる。

はぐれないようにと隣に立っているフィズの手を握り、視線を向ければフィズは問題ないという風に頷いて見せた。

累とフィズは花の香りが強まっている壁をあらためて見つめると、ひと呼吸を置いて体をぶつけるようにして同時に飛び込んだ。


そして――


「……すごい。綺麗だ」


閉塞感のある地下から一転してそこにあったのは広大な花園だ。

見渡す限りに咲き誇る花々は訪れる者の目をその美しさで癒し、鼻を芳醇な香りで楽しませてくれる。

一面の青空から降り注ぐ温かな光は心地よく、その光を一心に受けて育ったであろう大木には熟しきった果実がこれでもかと実っていた。

そしてその花々の上で踊るようにして飛び回る妖精たち。


楽園と呼んでも差し支えないほどの世界がそこに広がっていた。

読んでいただきありがとうございます。

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