妖精⑧
日本の首都である東京の玄関口ともいうべき東京駅。
大正ロマンを感じさせる他の駅にはない赤レンガ式の建築は日本紙幣に印刷されるほどに有名であり、夜間のライトアップにはウェディングフォトスポットとして数多くのカップルが思い出の一枚を求めて集まるほどだ。
事実現在も一組のカップルが純白のウェディングドレスをまとって写真を撮っている最中なのだが、そこから少し離れた場所の植木近くにはこれまた別のカップルがドレスを着こんで待機している。
しかしそのカップルには前者と異なる点が多々あった。
例えばこの二人組はまず女性同士である。
これだけであれば多様性の昨今、多少珍しいといったところで特に目につく話でもない。
しかし周囲の視線を集めるのはその外見と身にまとった優美なドレスだ。
まず一人目は月明りを反射する白髪が目を引く美女だ。
モデルとして雑誌の表紙を飾ってもおかしくないほどのスタイルに胸元が大きく開けたドレスはその豊満なバストが零れ落ちそうなほどで、帰宅途中の疲れ切った男性社員はそれを見るたび目を覚ますほどだ。
赤を基調とした煌びやかなドレスは着ている者の淫靡な雰囲気も合わさって道行く人の目を引くが、何よりも視線を集めるのはその美貌だろう。
日本人離れしたはっきりとした目鼻立ちに湖畔のような静けさを感じさせる藍色の瞳。
そして見る者の心をわしづかみにして離さないうっすらとした妖艶な笑み。
その姿を見たものが思わず立ち止まって呆けてしまうのも無理はなかった。
しかし隣に立つ二人目も負けてはいない。
小柄で先の美女に比べれば幼く少女と言ってもいいような外見だ。
闇夜に溶け込むような漆黒の髪はさらりと風に流れ、その際にちらりと見えるのはおとなしげな雰囲気とは正反対のいくつものピアスによって彩られた刺激的な様相の耳。
長い睫毛で隠すような菫色の瞳と合わせたのか着用しているドレスは紫を基調としたもので、隣の美女とは逆に胸元から首にかけてドレスに覆われているが、シースルーであるためうっすらと白磁器のような純白の肌がのぞいている。
人形のように無機質な表情でありながら、周囲の人々の目を引き付けてやまないのは触れ得難い美術品のように感じるせいだろうか。
いずれにせよこの二人、累とフィズは周囲の視線を大いに集めている。
とはいえ決してウェディングフォトのためにここにいるわけではない。
「あのさ」
「なんですか?」
「ドレス着る必要あった?」
「ありますよ! 夜会なんですからドレスコードは守らないと! いつもの服装も素敵ですけど、ドレスコードが合わないので入れませんって言われても困るじゃないですか」
「まぁ、それもそうだけど」
妖精の夜会には参加したことがないのでドレスコードがそもそもあるのかは知らないが、確かにそういわれると念のためドレスを着用するというのは間違いではないのかもしれない。
しかしこの場所でこんな派手な格好をして立っているというのはどうにも周囲の視線を集まてしまって累は落ち着かなかった。
特にフィズはただでさえ視線を集めるのに今回はことさら目立つ格好のため余計に人目を集めてしまう。
「すごい目立ってるけど」
「仕方ないですよ。なんならついでにウェディングフォトでも撮りますか? そのまま式を挙げるのもありですが」
冗談でもうんといえば本当にやりかねないので反応ができない。
別にやりたくないわけでもないが依頼の前にすることでもないので累はすんとして黙っている。
そんな二人を周囲に集まった人々がどう思ったのか不明だが、女性二人組が少し緊張したようにこちらへと歩み寄ってくる。
「あの、すみません。もしよかったら少し写真を撮らせてもらってもいいですか?」
「え?」
「とても素敵なのでSNSに上げさせてほしいのですが」
「なるほどそういうことですか。どうぞどうぞ。なんならポーズでもとりましょうか?」
「え?」
累がなんでそんなことをと疑問に思っている間に話が進んでしまう。
驚いたのはこういうことを嫌いそうなフィズが思いのほかノリノリなことだ。
フィズの返事に喜んだ女性二人がスマートフォンで写真を撮り始めれば、彼女たちが喜びそうなポーズをモデルのようにきめている。
つられて累もポーズをとっているのだが、なんで私はこんなことをしているのだろうと不思議に思えてならない。
というか気づけば丁寧に許可を取ってくれた女性以外にも写真を撮っている人々がちらほらと集まり始めている。
「何考えてるの?」
「何って、いい思い出になるじゃないですか。あとで私のスマホでも写真撮ってもらいましょうよ。ドレスを着るなんてそうそうないですからね」
「まぁ普段は着ないけど」
「たまにはこういうのもいいじゃないですか。いろんな角度からのツーショットが撮れますしね」
背中合わせにポーズを決めながらフィズが嬉しそうに囁く。
確かにフィズが思い出という名の累のアルバムコレクションを作成しているのは知っているが、まさかほかの人の手を借りてまで写真を集めるとは累も予想外だった。
それもSNSになどフィズが一番嫌いそうなのだが。
「人多いの嫌いじゃないの? SNSに上がったら余計に人目につくし」
「人混みは文字通りゴミなので嫌いですが」
「自分で集めといてそういうこと言わない」
「でもほらSNSとかで広まって有名になれば、協会だって私たちに手を出しにくくなるじゃないですか」
「あぁ、なるほど」
確かにそれはそうかもしれない。
グリムであろうと有名人を狩るというのは協会にとってリスクが高いはずだ。
長く生きている吸血鬼などはそうやって狩りから逃れているという噂もあるのでなかなか有効な手かもしれない。
「自衛ですよ自衛」
「かしこい」
「でしょう? しかしまぁ協会の人間もよく考えるもんですね。魔女狩りの魔術具を取ってこいだなんてどう転んでもグリム排斥派とやらには好都合で、私たちにはどうしたって不都合な結果になるわけで」
今度は抱き合うようなポーズをしながらフィズがそう話しかけてくる。
さっきよりも人だかりが増えているのを意識的に無視しつつ、累は小声でフィズに応えた。
「そうだね。頭がいい人がいるってのは困るな」
「人間ってそういう小賢しい知恵はよく回るんですよね」
「いいよ別に。どう転んだところで最後に勝つのは私たちだもの。もし協会が敵対するなら返り討ちにするだけ」
「さすが累さんですね~惚れなおしちゃいますよ~」
いつの間にかお姫様抱っこされた累はにやりと笑って見せる。
ちょっと格好がつかないが、それでもフィズには十分以上に魅力的に映ったようだ。
幸せそうだがだらしのない笑みのフィズから壁のようになってしまっている周囲に視線を移せば、その壁のわずかな隙間に見慣れた銀縁眼鏡の顔がある。
そう、いかにも「何やってんだ」といった顔のカザリだった。
「いやほんとうにさ、何やってんの君ら」
カザリが想像通りの言葉を投げかけてきたのはそれから十分後のことだった。
しばらく人の波が収まらず、おまけにフィズが自分のスマホで写真を撮ってほしいと頼むものだからなかなかカザリと話す機会がなかったのだ。
フィズが満足したあたりで周囲の人々には用事があるので終わりですと告げ――言いながらも何が終わりなのだと累は首をかしげたが――ようやくカザリと話ができたというわけである。
「待ち合わせ中に撮影会をするなんて聞いてないけど」
「なんか集まっちゃって」
「いい思い出になりましたね」
累が詳しく説明をせずとも先ほど撮った写真をほくほく顔で眺めるフィズを見れば、カザリにはこの騒ぎがなぜ起きたのかがなんとなくわかったようだ。
しかしまだ聞きたいことがあるらしく、頭痛を抑えるようにこめかみに手を置きながらカザリはさらに問いかけてくる。
「その服はどうしたのさ」
「夜会なんだから当然の装いじゃないですか」
「私も疑問には思ったんだけど、フィズにそう言われたらそうなのかなって思ってしまって」
「だからって狩りへ行くのにドレスを? 戦闘が起きるかもしれないのに?」
普段からフィズに着せられるがままの生活をしているせいで何を着せられても何の疑問を持たなくなってしまっていることに今更ながらに累は気づいた。
目の前のカザリの呆れと諦めが混ざり合った無色透明の瞳を見れば明らかに場違いだったのだろう。
ただでさえ疲れた顔をしているのに余計な負担をかけてしまっていることに心の中で累は謝罪した。
「……まぁ、もう仕方ない。とりあえずその恰好で戦えるかだけ確認したいんだけど」
現実逃避しかけた脳を叩き起こしてカザリがなんとか言葉を発した。
その姿が不憫に思えてならないのだが、原因の一端が自分にあるので累は申し訳なさそうにしながら服の裾をつまんで見せる。
「動きにくそうに見えるけど問題ないよ。狩り用にいつもの店で用意したものだから見た目に反して頑丈だし」
「あぁ、あのエルフとドワーフの。あそここんなものまで作ってるんだねぇ……」
「あの二人はフィズに言われたら何でも作るから」
「魅了されて本人たちは幸せなんだろうけど、はたから見ると怖い話だ。とにかく戦闘に問題がないならこの際何を着てたって構わないさ。そろそろほかの狩人も来ると思うんだが、頼むから喧嘩しないでくれよ」
東京駅でカザリを待っていたのは妖精の夜会に参加するのが自分ら以外にもいると聞かされていたためだ。
魔女狩りの魔術具というのは協会にとっては大変に貴重なものらしく、さすがに累とフィズの二人だけに任せるわけにもいかないらしい。
それにカザリがこっそり教えてくれたが、協会の狩人も参加するのは魔術具を二人が壊したりしないかの監視も含めているからとのことだった。
「協会から参加するのは三人でしたっけ?」
「そうさ。協会はグリムとの共存に賛成、反対、中立の三つの派閥に分かれてるんだが、今回はそれぞれの派閥から一名ずつ参加させることになってる。だいぶ注目されてるよ」
「カザリさーん!」
そこで遠くからカザリを呼ぶ声が響いた。
「ほら来たよ。フィズ、変なちょっかいを出さないように頼むよ」
「そう言われるとしてみたくなりますね」
フィズのいたずらっぽい笑みに頭を抱えるカザリを横目に累は声の主に視線を向けた。
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