妖精⑦
肩透かしというわけでもないのだが、溜めに溜めて公開した割にちょっと想定していたグリムとは違ったので累はぽかんとしてしまう。
そんな顔をしている累にどう話したものかと考えているのか、カザリは体を起こしてこめかみに手を当てた。
「正確には妖精を狩れって話じゃないんだが、そもそも君らは妖精のことをどの程度知ってる?」
「累さんが知らないわけないじゃないですか。ねぇ累さん? さぁ説明してください!」
「私か」
はて妖精とはなんだったか、と累は思い起こす。
まず妖精といえばかなりメジャーな存在で、グリムを知らない人間でも聞いたことのある存在だろう。
映画や漫画にアニメに登場するだけでなく商品広告に使われたり店の看板になっていたりもするトップクラスに有名なグリムだ。
だが大抵の人間が想像する妖精はあくまでフィクションの存在であり、狩人たちが知っている実在の妖精はそれらとは少しばかりイメージが異なる。
「妖精の外見は一般的にイメージするものとそんなに差はないよ。手のひらサイズで背中に羽。羽ばたくときらきらとする鱗粉が舞って薄く透けたようなドレスを着飾ってる。普通の人がイメージする妖精と違うのは性格かな。子供っぽくていたずら好きってのはあってるけど、結局のところグリムだから容赦がない。気に入ったものや人があったら盗むし攫うし、子供が虫の羽をちぎって遊ぶみたいに妖精も人間やほかのグリムの体を裂いて遊ぶこともある。仲良くなれば手助けしてくれることもあるけど、気に喰わないことがあったら癇癪を起して暴れる。叱ってくれる大人もいなくて、自分たち以外はおもちゃとしか思っていないような……力を持った子供みたいな感じかな」
累の個人的な意見でいえばかなり危険なグリムだ。
狩人との戦闘でさえ彼らにとっては遊びの一種だろう。
「ただ妖精はほとんど姿を見せない。あまり詳しくは知らないけど、ほかのグリムに比べて小柄でオドも少ないから集団で隠れ住んでるって聞いたことがある」
「どうですか? 累さんが知らないことはないんですよ。全知全能の神ですからね」
「君が得意げにすることじゃないが、まぁ累の言ってることは正しいよ。実際協会でも妖精の報告ってのは稀だからね。たまにはぐれたり好奇心旺盛なのが現れるくらいで集団で現れることはまずない。だがその妖精の目撃報告が最近多発してる。理由はわかるかい?」
ちらりとフィズが累を見た。
全知全能と言われた累が答えられることは一つである。
「知らないけど」
「累さんだってわからないことはあります! もったいぶらずにさっさと言ってください!」
「えぇ……なんなのさ」
「なんかごめん」
「いやいいけど。で、えっと妖精が増えた理由だけど、妖精の夜会って知ってるかい?」
「ふぇあそわ? えっと……」
またちらりとフィズが累を見てくる。
さっきよりも不安そうな顔をしているがやはり累が答えられるのは一つである。
「知らないけど」
「累さんだって知らないことはありますよ! 何ですか!? 馬鹿にしてるんですか!?」
「いやしてないって……」
「無知でごめんなさい」
「累さんは謝らなくていいんですよ」
「私が悪いんだよね。わかってるよ。もうそれでいいって。すみませんでしたね」
多分悪いのはフィズ一人だけなのだが累とカザリがそれぞれぺこりと頭を下げた。
しかし新宿まで一人で行かせたせいかフィズのテンションがおかしい。
累は反省点として今後は長時間一人にしてはいけないということを心のメモ帳に書き留めた。
「さっき累が言った通り妖精は気に入ったものを盗んだり人を攫うことがあるんだよ。そして数年ごとに妖精たちが自分たちの自慢の品を見せ合う品評会があるんだ。妖精の夜会ってのはその品評会のことさ」
「初めて聞いた」
「まぁそうだろうね。存在を知ってるのはその夜会に招待されたものだけだから」
「招待って?」
「これだよ」
その問いかけにカザリが取り出したのは純白の封筒に金文字の招待状だ。
妖精の鱗粉が振りまいてあるのか招待状自体がきらきらと煌めいている。
「協会に届いたものでね。妖精は夜会が始まる前に自分たちが盗んだものの本来の持ち主にこれを送ってくるんだ」
「協会も妖精に何か盗まれたってことですか?」
「それも気になるけど、そもそもなんでこんな招待状を妖精は送ってくるの?」
累とフィズはそれぞれ気になった質問を投げつける。
カザリはカクテルを軽く口に含んで舌を湿らせると、それぞれの質問への回答を始めた。
「招待状を送ってくる理由だが、これは遊びの一種なんだよ。奪い取ったものを本来の持ち主から守り切れるかどうかってね。つまりこの招待状を持っていれば盗まれたものや攫われた人を奪い返すことができるチャンスをもらえる。そして妖精はそれを妨害する。夜会のメインイベントはこの奪い合いで、そうして守り切ったものを妖精たちで自慢しあうわけさ」
「品評会っていうからもっと高尚なものかと思いましたけどなんかイメージと違いました」
「妖精は子供だって累も言ってただろう? 妖精にしてみれば楽しいことが第一なんだよ。もちろん奪われたらつまらないから彼らも本気で守りに来るけどね。そして協会が何か盗まれたのかって質問にはイエスだ。その盗まれたものを奪い返してほしいってのが今回の依頼になる」
これまでグリムを狩るばかりだったので、何かを取り返すという依頼は初めてだ。
もしその何かを取り返せなかったり壊してしまった場合は失敗になる。
なんだか面倒だなと累が考えているうちにフィズが誰もが気になったであろう質問を投げつけた。
「盗まれたものって何なんですか?」
そもそも大事なものだったらフリーの狩人ではなく協会で取り戻しに行きそうなものだが、それほど大事なものではないのだろうか?
もしくは想像するよりもこの依頼はよほど困難なのか。
累の内心に膨れる疑問の答えを持っているのはカザリだけだが、その本人はというと眉根を寄せて心底嫌そうに口から答えを絞りだした。
「盗まれたのは……魔女狩りの魔術具だ」
「魔女狩り?」
累は思わずフィズへと視線を移してしまう。
フィズの表情に特に変化はなかったが、累の不安を察したのかカザリが言葉を続ける。
「過去に魔女狩りが成功したのはたった一回だ。とある狩人がその魔術具を使って狩りを成し遂げたんだが、彼が死んでからは協会で保管していたんだ。使いこなせる狩人がほかにいなかったからね。けどそれが妖精に盗まれ、何度か奪還しようと夜会に狩人を派遣したが無理だった。協会としては切り札として保持しておきたいから今回君らに依頼をしてでも取り戻そうとしてるんだが、取り戻したところで使い手がいないからすぐさまそれで君らやほかの魔女を狩るなんてことはない」
「そう言われても……」
魔女狩りの魔術具というものがどれほどのものかはわからない。
しかしフィズを殺せる可能性があるものを奪い返せという依頼に累が強い拒否感を覚えるのは仕方のないことだった。
「……断ったらどうなるの?」
「少なくとも君らのことを嫌ってるやつらに口実を与えることになる。やはりグリムと手を組むべきじゃないってね。すぐさま狩れって話にはならないだろうが、私のような君らの味方は立場が弱くなるかもしれない。だから今の関係を続けたい私としては、嫌だろうけどできれば受けてほしい」
カザリの言葉は嘘偽りのないものだと感じられた。
もし断ればカザリの言う通り協会との関係性が悪化し、今のこの生活も危うくなるということだ。
しかしだからと言って何よりも大切なフィズの命が危険に晒されるのは耐え難い。
そう累が断ろうとしたタイミングで明るい声が響いた。
「別に受けてもいいんじゃないですか? その魔術具を取り戻したところで使える人がいないなら問題ないでしょうし」
累の心配に対してフィズはあっけらかんとした様子でそういい放って見せた。
しかしそれで累が納得するはずもない。
「でも万が一ってこともある」
当然の反論だ。
世界中に大勢いる狩人にその魔術具を使いこなせる人間が一人もいないなどと誰が断言できるのだろうか。
そもそも協会が依頼をしてきたのは使い手が見つかっているからという可能性だってあり得る。
そう考えれば考えるほど、まるで体の内側を百足が這いまわるようにぞわぞわとした不安が累の体中を駆け巡った。
「そんな顔をしないでください」
想像するだけで押しつぶされそうになっていた累の頬を、フィズがいたずらっぽい笑みを浮かべてつついた。
顔に出ていたなど気づきもしなかったが、平然としていられるフィズが恨めしい。
なぜそんな風にいられるのか、と累が疑問に感じたところでふと思い起こしたのはなり損ないの一件だ。
(あの時こんな気持ちだったのかな)
あの狩りで累が負傷した際、フィズは同じような気持ちだったのだろう。
結局のところ自分たちは相手が傷つくのを最も恐れ、そして相手が無事でいるならば安心していられるのだと、そう気づいてしまえば累はフィズがこうして落ち着いていられることにも納得してしまう。
あの時の自分だってそうだったのだからと。
「ごめん」
「え? なんで累さんが謝るんですか?」
「今更あの時のフィズが怒ってた理由が分かったから」
詳しく言わなくてもフィズには伝わったのだろう。
少し照れ臭そうに微笑み、フィズは今までぴったりとつけていた体を累から少し離した。
フィズが一度離れると先ほどまであった熱が離れるようで思わずフィズの服をつかみたくなるが、そんな累の肩に手を置きフィズは真正面から語り掛けた。
「本当に私たちって心が通じ合ってますね! 大丈夫ですよ。私が魔女狩られるように見えますか? それにいざというときは累さんが私を守ってくれるって信じてますから」
銀糸のような白髪の向こうで藍色の瞳がなんの陰りもなく輝いている。
ここまで信頼されているのなら、累が答えられることは一つだけだ。
「わかった。守るよ」
フィズは満面の笑みで応えて見せた。
累もつられてわずかにほほ笑む。
「……羨ましいね」
誰にも聞こえない小さな小さな声で、本当に心の底から羨むように、眩しいものを見るように、自分にはない悔しさを吐き出すように、カザリはそう呟いた。
「カザリ、この依頼受けるよ。でも一つ条件がある」
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