妖精⑤
「お、お待たせしました。それで今回はどのようなものをご所望で?」
「これの修理をお願い」
急いで扉を直してきたのかふうふうと息を切らした二人にバックパックを投げつける。
このバックパックも二人が作成したもので、見た目からは入らないだろうと思える巨大な野太刀や銃器なども収めることができる優れものだ。
二人が恭しくそのバックパックから取り出したのは先日累がスロージアやドラゴンとの戦闘で使用した野太刀と単発式大型拳銃である。
野太刀は髭が日本の刀を参考に作り上げたもので、拳銃は耳がトンプソン・コンテンダーをモデルに作成したものだ。
「ふむ、ずいぶんと無茶をしたようですなぁ」
髭が持つ野太刀は刃こぼれし、耳が持つ拳銃は銃身が歪んでいる。
どちらも累の属性付与が原因だ。
一度の戦闘で武器が使い物にならなくなるなどそうそうないことだが、今回はドラゴンという伝説級のグリムのオドを利用したため属性付与による負荷が強すぎたのだろう。
結果武器が耐えきれずに一度の戦闘で破損している。
「すぐ直る?」
「そうですね……破損がひどいようですから三時間、いや四時間はかかるかと」
「そうですな。それぐらいはかかるでしょうな」
フィズの問いかけに二人はちらちらとアイコンタクトをしながらそう答えたが、フィズはこの二人ならもっと早く修理ができると知っている。
なにせいつもこうなのだ。
この二人はフィズとできるだけ長く一緒にいたいからと不必要に多めの時間を見積もる傾向にある。
「じゃあ四時間後に来るから」
「あぁ! お待ちください! もっと早く仕上げてみせますから!」
「どうか! どうか店の中で待っていてくだされ!」
「なら一時間で終わらせて」
「い、一時間ですか……」
「無理ならいいよ。できたタイミングで取りに来るから」
「で、できますぞ! ですからそこで座ってお待ちください!」
「ささ、どうぞ座ってください。お茶とお菓子も用意いたしますので」
この流れが大体いつものことだ。
用意されたハーブティーを飲みながら、毎度のことながら面倒な二人だとフィズはため息をこぼす。
しかし一時間と言ったら必ず一時間で仕上げてくるので、この二人の腕は確かなのだ。
「どいつもこいつも……いやよくないなこういうの」
つい苛立ちから口が悪くなってしまう。
そういうのを改めようと累と出会ってからは敬語で話すように心がけているのだが、一人になると苛立つことが多いせいか口調が昔に戻ってしまう。
普段から気を付けるよう心掛けないといけない。
「ところでフィズ様。この野太刀はちょっとやそっとのことじゃ刃こぼれせんよう打ったつもですが、いったいどういう使い方を?」
早く家に戻って思いっきり累に甘えたいなとスマートフォンの累アルバムを眺めていると、髭が不思議そうに問いかけてきた。
この店は妙な作りになっていて、商品が並んでいるフロアの奥にフィズ専用の休憩部屋が用意されており、そのフィズを眺められるように両脇が耳と髭の工房になっている。
動物園の檻に入れられているような気分だが、一度ここではなく商品を眺めながら待っていたらいちいち覗きにやってくるせいでまったく仕事が先に進まないことがあったのだ。
そのため仕方なしにここで待っているのだが、こうして話しかけられることが多々あるのでそれはそれで困ったものだ。
もっとも口は動かしても手は作業しているのでまだ許せる範囲内ではある。
「どうって累さんが使っただけですけど」
「ほう、累……様が」
累を呼び捨てに仕掛けた髭が慌てて様をつける。
彼らからすれば累はフィズの寵愛を一心に受ける憎らしい相手なのだが、ぞんざいに扱ってフィズに嫌われるわけにはいかない。
「ドラゴン相手でしたし、そのドラゴンのオドを武器に付与しましたからね。そのせいじゃないですか?」
「「ドラゴン!?」」
両脇からぎょっとしたような叫び声が響いたせいで、さすがのフィズも肩をびくりと震わせた。
髭と耳の二人は目を見開いたまま固まり作業の手が止まってしまっている。
「手を止めないでください」
「し、失礼しました。しかしドラゴンとは……」
「その、オドを付与したとのことですが、ドラゴンはどうなったんでしょうか?」
「殺しましたよ。累さんが負けるわけないじゃないですか」
「こ、ころ……」
また固まっている。
さっさと修理をしてもらって早く累に会いたいフィズとしてはまた苛立ちの募る反応だ。
しかし冷静に考えてみればドラゴンは伝説的なグリムであり、それを討伐した累の偉大さに恐れおののいているとも思える。
フィズからすれば当たり前のことだが、彼らからすれば驚くべきことなのだろう。
それを理解できたと思えばこの反応は寛容な心で受け入れて上げるべきかもしれない。
「相手が何であっても累さんが負けるわけないんですよ。それが理解できましたか?」
「は、はい。さすがフィズ様が愛しておられるお方です」
「ドラゴンに勝つとは……儂らには想像もつかん世界ですなぁ……」
累の素晴らしさが伝わるというのは気分が良いものだ。
気分よくハーブティーとクッキーを味わっていると、なんだ二人の様子がおかしい。
そわそわして落ち着きがなく、仕事にも集中できていないように見える。
魅了のせいなのだろうかとフィズが不思議に思っていると、耳が意を決したように口を開いた。
「フィズ様。大変厚かましいお願いなのですが、そのドラゴンの鱗や爪など、何か素材をいただくことはできないでしょうか? もちろん相応の対価は支払わせていただきますので」
「儂らのような職人にとってドラゴンの素材を利用して武具を作るというのは夢なのです! どうか!」
これほどの熱量を二人が見せたのは初めて出会った時以来だ。
なるほど確かにドラゴンの素材ともなれば職人としては涎がでるほどにほしいものだろう。
しかしフィズができる回答は一つだけである。
「無理ですよ。ドラゴンの死体は回収してませんし」
「「なぜ!?」」
悲鳴のような叫びである。
ドラゴンの素材にフィズと累も興味がないわけではなかったが、ミュージアムを出る条件の一つとしてスロージアに言われたのだ。
ヴィーヴルにとってドラゴンは家族のようなものなので、この二体の死体はきちんと埋葬したいから置いていってくれと。
狩人は必要であれば狩った獲物を解体して素材を得ることもあるが、さすがに家族と言われたドラゴンを目の前で捌くわけにもいかず、ミュージアムから安全に出るためにもスロージアの条件を呑んだという背景がある。
「ないものはないの。騒いでも無駄ですからさっさとやることをやってください」
とはいえ二人にそんな経緯を伝えても意味はないのでフィズはバッサリと切り捨てる。
耳と髭はそれぞれひどく落ち込んでいたものの、そこはさすが職人というべきか手は動かして修理は進めているようだ。
(それにしてもドラゴンといえばスロージアが最近よく店に来てますけど、あいつ狩人に狙われてるって自覚あるんですかね……)
累の集客活動によって店の常連が以前よりも増えたのだが、それがどれもこれも癖のあるものばかりでフィズは少し困っている。
なり損ないの件からはアルベルトがたまに店へ訪れるようになり、ミュージアムの件からはバナという狩人にスロージアとプラムまで定期的に店にやってくる。
特に後者の来店頻度の高さといったら。
(アルベルトはまぁお酒を楽しんでるだけみたいですし、私や累さんにも興味ないし恨みもないみたいだからいいお客さんですね。ただあのバナとかいう狩人は……累さんは自分目当てであいつが来てるって気づいてないからなぁ。そういうとこ累さんは鈍いんですよね)
二日に一回は訪れるあの狩人はどこからどう見ても累に惚れているようにしか見えない。
耳と髭のように愛していますと公言するような勇気がないのは幸いだ。
もしそんなことをしようものならフィズは彼をどうしてしまうか自分でもわからないほどである。
今は店で累を見つめながら酒を飲む程度なのでフィズも黙って静観しているが、たまに累とイチャイチャする所をわざと見せ、歯ぎしりしながら我慢しているバナを内心嘲笑うことで留飲を下げている。
そういう意味ではいい客かもしれない。
(問題はスロージアですけど)
なぜかスロージアとプラムも二日に一回はやってくる。
バナと入れ替わるように訪れるので何か示し合わせているのではと疑うほどだ。
(なんか……累さんと仲がいいんですよね)
スロージアからすれば累は自分を殺しかけた恐ろしい相手のはずだ。
なのにスロージアは累とよく話す。
プラムがすぐ寝るので話し相手が欲しいのかもしれないが、それにしても累とは気さくに話すというか、隣で見ていて仲がよさそうに見えるのだ。
(……なんか気に喰わないなぁ。いっそ協会から狩りの依頼が来れば……いやそれは後が面倒になるって結論出したし)
じんわりとした嫉妬が出るので思わずそう思ってしまうのだが、協会から依頼されてスロージアを狩るというのは後々のことを考えるとよくはない。
累は討伐する寸前までスロージアを追い詰めたが、フィズからすると魔女があの程度で死ぬようには思えない。
まだ何か奥の手はあっただろうし、討伐できたとしても累やフィズに被害が出た可能性もある。
それくらい魔女の討伐というのは厄介なものだ。
(累さんもそう考えてスロージアに交渉を持ち掛けたんだろうし、それに仮に倒せたとしてバランスが崩れるのはよくない)
魔女は現在フィズを入れて七人。
協会が累とフィズの二人と手を組む判断をしているのは残りの魔女の対応で手いっぱいだからだ。
協会の中には魔女と手を組んでることを良く思っていない狩人も多いため、もし魔女の数が減って戦力に余裕が出れば累とフィズを狩りに来ることだってあり得る。
そういう危険性もあるのでスロージアを狩るのは下策であり、それになにより累がスロージアとプラムを狩ることを嫌がっているので、二人を狩ることはフィズにとっても絶対に有り得ない。
(そうならないようカザリには指示出しといたけど、うまくやってくれてるんですかね)
とはいえだめならだめで他にも案はある。
だがカザリがうまくやってくれているようであれば、代わりに協会からは面倒な依頼が来るかもしれない。
フィズがあり得る可能性とその対応についてしばらく考え込んでいると、武具の修理が終わったのか耳と髭が野太刀と拳銃を手にフィズの前に跪いた。
途中トラブルはあったものの、依頼してからちょうど一時間だ。
「ありがとう。バックパックに入れといてくれますか」
「おお、感謝の言葉をいただけるとは……」
「フィズ様のためにも一層精進しますぞ」
いちいち大げさな奴らだ。
フィズはため息をこぼしそうになるが、そこでふと先ほど考えていた案の一つをここで頼んでおくのも悪くないと思いついた。
「ついでに二人にもうひとつ仕事を頼みたいんですけど」
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