妖精④
フィズはバイクを走らせながら、今日はずいぶんと羽虫が多いなと感じていた。
それもそのはずで本来ならサイドカーに座っているはずの累が今回はいない。
そこへ代わりに収まっているのは累が使用している武具が詰まったバックパックだ。
「うっとうしい」
周囲を走る車内や道端の人々に対向車からも視線を感じる。
累と一緒であれば周囲の不快な虫も気にならないのだが、非常に残念ながら彼女はバーに残っていた。
昨日から調子が悪かったのだが今朝になって業務用冷蔵庫が壊れたため、中のものを避難させたり修理業者を呼んだりととても外に出られる状況ではなかったのだ。
仕方ないので予定していた武具の修理をフィズが一人でしに行くことになったということである。
「うっとうしい」
同じ言葉をつい繰り返してしまう。
累といた時間が長かったせいか、久しぶりに一人で遠出をするとこうも不快な世界だったかと思わずにはいられない。
普段の買い出し程度ならともかく、長時間こんな世界にいるなどとても耐えきれたものではないのだが、困っている累のためにと自分からを修理を任せてと発言した以上はなんとか我慢しなければならない。
「うっとうしい」
何度目の言葉だろうか。
赤信号で停車をすれば横断歩道で立ち止まってフィズに見惚れる人間まで現れた。
一瞬このままひき殺してしまおうかと考えたものの、知らず知らずに苛立ちから魅了の制御が甘くなっていることに気づいたフィズは深呼吸を行い、信号が青になるなりさっさと移動を始める。
どれだけ意識しても周囲を魅了してしまうことは止められないが、苛立ったり感情が高ぶると余計に制御ができなくなってしまうのは悪循環だ。
とにかく急いで修理を終わらせてしまおうとバイクを飛ばし、フィズがたどり着いたのはよりにもよって人が密集している新宿である。
五反田から二十分程度の距離とはいえ累のいない世界というのはフィズには苦しいものだ。
とくに新宿のように人が集まっている場所ともなればうごめく虫の中に入っていくようで殺意が芽生える。
バイクを止め、ヘルメットとゴーグルをそのままつけて極力周囲を視界に収めないようにしながら向かったのは歌舞伎町だ。
これから向かう先の店主にどうしてこんな場所に店を作ったのだと罵詈雑言をぶちまけたい衝動にかられながらフィズは早足でいくつかの路地を曲がり、最終的にたどり着いたのは飲食店が密集するその場所の建物と建物の隙間にできた小さな路地だ。
そこにはオドのない人間には見えないきらきらと輝く扉が壁に浮かび上がっている。
「ふぅ」
ここは世界から切り取られたように人の姿はなく、気色悪い視線から逃れられたことにようやくフィズは一息ついた。
ヘルメットとゴーグルを外し、目の前の淡く光り輝く扉へと視線を向ければそこには簡潔な問いかけが表示されている。
『この世で一番美しい女性は?』
そう書かれている。
思わずぶん殴りたくなったものの、苛立ちをため息とともに大きく吐き出すとフィズは扉に向かって答えた。
「菫野累」
反応がない。
またあふれ出る苛立ちを今度は舌打ちに変換し、フィズはうんざりとしたように声を発する。
「フィズ」
自分の名に扉が反応し開いていく。
ふざけるなという言葉を喉元で抑えながら、フィズは舌打ちとともに扉の向こうへと足を踏み入れた。
中に入ってまず目を引くのは中央に生えた樹木だ。
その根のあたりには淡く黄色に光る鉱石があり、樹木とこの店内を照らしている。
向かって左手には指輪やネックレスなどの装飾品に壁には拳銃や散弾銃に弓が飾られおり、対して向かって右手にはナイフや剣に斧などの刃物と鎧や靴などが陳列されていた。
そして中央の樹木に掲げられた看板には『耳と髭の工房』と書かれている。
「フィズ様! ようこそお越しに!」
左手から現れたのは薄い緑髪を後ろで結び、長い耳に高い鼻をした眉目秀麗な若者。
この店から出てすぐそばの歓楽街でホストでもしようものならすぐさま大人気になるであろう外見だ。
「フィズ様! ようこそ儂らの店に!」
右手から現れたのは筋肉が密集したようながっちりとした体形の男。
背丈は低いものの、ぼうぼうと生えた髭に深いしわと焼けた肌はまるで海賊のようだ。
「「お会いできて幸せです!!」」
そろって歓喜の表情でフィズを迎えるのはエルフとドワーフだ。
通常は犬猿の仲の両種族だが、この二人はフィズに魅了されたことで種族の垣根を越えて手を組むことにしたらしい。
そのためエルフとドワーフが協力して作成した非常に珍しい武具の数々がこの店には並んでいる。
「耳と髭は相変わらずうっとうしいね」
耳と髭というのは二人の呼び名だ。
本来は別の名前がきちんとあるのだが、フィズがそう呼ぶので二人はそれこそが自分の名前だと感動に震えて店の名前にまでしている。
もっともフィズはあだ名とかそういうつもりで呼んでいるのではなく、単に名前を憶えていないからなのだが二人には関係ないらしい。
「はい。うっとうしくも耳はフィズ様にお会いできて、ごらんのとおり涙があふれております!」
「髭もフィズ様のお顔を見ることができて喜びに体が震えておりますぞ!」
「あ~はいはい」
あしらうよなフィズに向かって二人は並んで跪く。
本当は手を取ってその甲に口付けをしたかったようだが、フィズが手を差し出してくれないのであきらめたようだ。
だが放っておくそのまま靴に口付けをしかねないのでフィズは急いで話を切り出す。
「扉のあれなに? やめろって言ったよね」
「はい。ですが我々はフィズ様を心から愛している者です。その感動を分かち合えないものを店内に入れるわけには参りません」
「その通り。儂らの武具を扱うならばフィズ様の素晴らしさが理解できるものでなければならんでしょう」
「いいからやめろって言ってんの」
「ううむ……いくらフィズ様のお言葉でもそれは……」
話が通じない。
魅了された奴らはいつもこうなのだ。
散々愛しているだのなんだのとのたまった挙句、結局は自分の感情を優先しこちらのことなど何も考えていない。
だからフィズは簡単に魅了される心身の弱い奴らが心の底から嫌いなのだ。
「二度とこの店に来なくなってもいいの?」
「そ、それは困ります!」
「す、すぐに直しますぞ!」
フィズの冷めた言葉に慌てて二人が外へと飛び出していった。
他に有能な武具を扱う店があればそちらに乗り換えたいのだが、生憎この二人は腕がいい。
累が使うにふさわしい武具を提供してくれるため、フィズはいやいやながらもこの店に通うしかなかった。
「気持ち悪い奴ら」
吐き気がする。
本当ならばこの二人も、ここまでにいた羽虫も、全員殺して静かにしてしまいたい。
そうして累と二人で過ごせればどれほど幸せか。
「ああ、累さんに会いたい」
そうフィズが累への想いを募らせ始めたあたりであの二人が帰ってきた。
速く累の元へと戻るにはさっさとやるべきことを終わらせるしかない。
だから気持ちの悪い虫けらにさっさと仕事を命令してしまおうと、フィズは仕方なしに口を開く。
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