妖精③
遊佐が意見を求めたのは今だ発言のない最後の特等狩人。
ラッセル、アルメル、遊佐と同格の狩人でありこの中で最年少の女性だ。
印象的な紅の瞳に頭をすっぽりと覆ったフード。
意見を求められて困っているのか、フードからこぼれたグレーの髪が胸元でゆらゆらと揺れている。
「あなたは魔女の危険性をこの中では一番理解している狩人ですからね。私と同じ意見ではないですか? クルトさん」
彼女の名前はクルト・クーリーという。
遊佐の言葉にクルトは少し眉を顰め、視線を彼からそらすようにしてうつむいた。
ちらりと除いた彼女の首元には大きく横に引き裂かれたような傷跡。
カザリも噂でしか知らないが、なんでも彼女は魔女に直接首を裂かれたのだという。
幸運にも生き残ることができたがその傷がもとで声を発することはできず、その恨みを晴らすためにグリムを狩り続け最年少で特等狩人まで上り詰めたとのことであった。
そしてこの場で狩人たちの視線を一心に受けたクルトはというと、しばらく間をおいて意を決したように首を激しく横に振って見せた。
驚いた表情をしたのは遊佐だ。
まさか彼女が反対するとは思わなかったのだろう。
「なぜですか!? あなたは魔女に恨みがあるのでしょう! そのために狩人になったのではないのですか!?」
「お言葉ですが、お嬢様が狩人になったのは復讐ではありません。自分のように傷つく人々を少しでも減らしたいという思いからです。勘違いなさいませんように」
遊佐に冷水を浴びせるように発せられた言葉の主は、クルトの背後に座る女性だ。
艶やかな黒髪を夜会巻きにし、クルトと同じ紅の瞳には銀縁の眼鏡をかけることで知的な印象を周囲の人間に感じさせる。
どういう関係性かは知られていないが、クルトのことをお嬢様と呼ぶので協会の人間は彼女を従者かメイドのようなものだと思っている。
「魔女に手を出せば狩人だけでなく関係のない人々に被害が広がるでしょう。お嬢様はそれを厭い、静観を支持しているのです」
女性の言葉にクルトがうんうんと笑みを浮かべて頷いて見せた。
手話や何かしらでコミュニケーションを取っているわけでもないのに、この二人は意図が通じているらしい。
だが遊佐は納得がいかないようだ。
荒々しく席から立ち上がって声を張り上げる。
「魔女を野放しにしておくことは守るべき人々を危険にさらすことではないのですか! 普段居所さえつかめない魔女が今手に届くところへ現れたというのにこれを見過ごすなど狩人としてあってはならないことです!」
ひえっと怯えた表情のクルトに対して遊佐の熱意はすさまじい。
遊佐がグリムに対して異様な恨みがあるらしい、というのを噂で聞いたことのあるカザリだったが、この熱の入りようからするとそれは真実なのかもしれない。
「意見は変わりません。それとお嬢様を怯えさせるようなことはお止めください」
女性の言葉に遊佐は納得していないようだが、それでも少しは冷静さを取り戻したのか席に座りなおした。
それで安心したのかクルトはほっとしたような表情をしている。
声が出せない代わりに表情が豊かな人だなとカザリが思っていると、遊佐が再び口を開いた。
「少し冷静さを欠いたことは謝ります。では魔女はこのまま放置するというのが協会の決定ですか? 山崎さんは本部長としてどういう決断をするつもりなのかお答えいただきたい」
「私も瀲の魔女への対応については静観するべき、という意見だ」
遊佐の眉間のしわが深くなった。
眼鏡の向こうの瞳はまるでグリムへ向けるような憎悪に包まれている。
彼のことを多少知っているカザリからすればこの反応は当然のように思えた。
おそらく今回の魔女の件だけではなく、とある魔女の扱いについても彼は納得がいっていないのだから。
「到底納得できません。そもそも屍の魔女と手を組むという現在の状況すら私には耐えがたい。狩るべきグリムを狩らずに何が狩人ですか」
さもありなん。
フィズと手を組むかどうかという議題の時にも彼は大反対したのだから、ここで再び魔女を見逃すというのは彼からすればあり得ないのだろう。
「君の発言はいち狩人としては正しい。君がフリーの狩人であれば、依頼を受けるか個人の理念からの魔女討伐は自由だ。だが協会はグリムから人々を守るために設立された組織であり、最優先すべきはグリムの討伐ではなく人々の安全だ。協会に所属する以上、その点を間違ってはいけない。人々の安全を守るためであれば、魔女と手を組むことも必要なことだと私は思う」
「元の言うとおりよ。第一暁と燎の魔女の二人に手いっぱいだって時にわざわざ新しい敵を増やすことはない。それくらいは理解できるんじゃないかしら?」
アルメルの言葉に遊佐は歯ぎしりするばかりだ。
理性は山崎やアルメルの言葉が正しいと理解しているのだろうが、感情が追い付かないらしい。
「とはいえ遊佐の気持ちもわからんでもないがな。俺だって魔女と手を組んでいる状況は思うところがある。ところで屍の魔女のパートナーは狩人だったな。今回も瀲の魔女を撃退するほどの腕があるようだし、これは提案なんだが屍の魔女に瀲の魔女の討伐を依頼することはできないのか? 魔女同士であれば協会の狩人に被害は出ないし、忠誠心……と言っていいのかわからんが、屍の魔女が協会とこの先も手を組む意思があるのか確かめられるだろう」
「……魔女同士で争わせる。なるほど、それはいい案かもしれませんね」
ラッセルの案は遊佐の頭にはなかったようで、彼は感心したように目を見開いている。
カザリは時折こうして幹部会議に出席するが、ラッセルはこういった折衷案を提案するのがうまい。
反対意見も考慮した提案を出すため、仮にその案がダメとなっても反対意見の支持者からの批判を浴びにくいのだ。
そういう人間だから近代兵器化という狩人に嫌われるような行動をとっても協会内では支持を得られているのだろう。
(だけどそれは困るんだよねぇ……)
フィズと累は瀲の魔女の討伐に参加しない、という旨の連絡がフィズからカザリ個人に来ているのだ。
そもそも累はフリーの狩人なので協会からの依頼を必ずしも受ける必要はないが、もし拒否すれば協会からの印象が悪くなる。
特に魔女同士が戦わないとなればやっぱりお前たちはグリム側かと協会から思われかねない。
だからそもそも依頼しないようにどうにかしろ、とフィズが先に手を打ってきたということなのだろう。
(くそ。せめてもう少し早く連絡をくれれば考えたのに)
そのどうにかしろという趣旨の連絡が来たのは今朝のことだ。
フィズから連絡をもらった以上、もし失敗したらどうなるかなど考えるまでもない。
「発言してもよろしいでしょうか」
幹部がラッセルの案を各々どうするかと思案しているタイミングでカザリは声を上げる。
考えはまだまとまっていないが、ラッセルと遊佐以外の狩人が支持すれば逆転は非常に難しい。
ここで話の流れを変えるしかなかった。
「もちろんだ。屍の魔女との調整役からの意見はぜひ聞きたい」
山崎の許可が出たのはありがたい。
これでひとまず全員が話を聞いてくれる。
(ああ、酒が飲みたい……いや頑張れ。何とかここを乗り切るんだ)
現実逃避しかけた頭に活を入れる。
フィズの望むとおりに動くのは癪だが、カザリ個人の目的としてもラッセルの案を通すわけにはいかない。
何としてもこの案は廃止させ、瀲の魔女に関しては静観、屍の魔女とはこれまでの関係性を維持させる。
「私は屍の魔女であるフィズ、そしてそのパートナーであり屍人形の菫野累とは協会からの依頼を通して何度か接触しており、二人とは友好的な関係が築けています」
とてもひどい目にあわされたので友好的など口が裂けても言いたくなかったが、この際それは仕方がない。
「二人の行動原理は至極単純です。お互いの安全が第一。そして相手に何か望みがあれば、もう一方がそれを必ず叶えるということ」
「望みというのは? 具体的に何かあるのか?」
「皆さんご存じの通り屍の魔女はある日唐突にこの協会本部を訪れ手を組むようを強要してきました。その発端は累が狩人として生きたいと望んだからです。狩人として生きていくのならば協会との接触は避けられない。それならばと屍の魔女であるフィズは協会と手を組むことにしたのです。そうなれば二人の安全は守られ累の望みも適う」
「なるほど。一石二鳥だったというわけね。冷酷で残忍だと言われていた屍の魔女がおとなしいのは、累というグリムがそう望んでいるからということ?」
「詳細は不明ですがおそらくそれに近いかと」
そう話しつつも実のところどうなのだろうか、とカザリは考えていた。
いま語ったのはフィズから聞いたわけではなく、二人を見ていてそうだろうなとカザリが勝手に解釈した内容だ。
決して真実ではないが、そう外れていないだろうとカザリは思っている。
「ただ先ほど述べた通り、二人が最優先するのはお互いの身の安全です。協会と手を組むことが危険だと判断すればグリムとして我々と敵対する可能性があります。例えば魔女狩りの依頼を受けるよりも、その魔女と手を組んで協会を潰すほうがより安全だと考えるかもしれません。実際協会はすでにバキシェやジンリー……燎と暁の二名の魔女との戦いで疲弊しており、そこに追加でさらに二名の魔女が加わるとなると……」
その先は言わずとも伝わったらしく、どの狩人の顔にも暗い影が差している。
実際のところ魔女狩りの依頼をした場合、累は狩人としてその依頼を受ける可能性が全くないわけではない、とカザリは考えている。
これまでの付き合いでフィズは魔女らしく人間のことを羽虫程度にも思っていないが、累はまだ人間に近い思考をするタイプだ。
おまけによく副業だと口にはしているが内心では狩人という立場を大切に思っているらしく、依頼を理由もなく拒否したりはしない。
なので依頼を受けて魔女狩りに挑むというのも十分にあり得た。
もっとも今回はフィズから連絡が来ているため依頼は拒否されるだろうが、累のことを多少知っているカザリが協会側に立って考えればこの案は決して悪くない。
似たような事案があれば依頼してみてもいいだろう。
ただそれは今カザリが話したように大きなリスクもはらんでいる。
そしてこの場に集まる狩人たちはリスクというものを特に嫌うものばかりだ。
なにせリスクを最小限にして狩りを行うのが狩人という生き物なのだから。
「残り三名の魔女の行方もいまだ不明な中、魔女との全面戦争になりかねない行為は避けたほうが良いかと。協会としては極力魔女同士が接触しないよう注意を払い、屍の魔女とはこれまでの関係を継続するのが最もリスクが低いと考えます」
「白神君の意見はわかった。皆はどう思う」
「私は最初から魔女に手を出すのは反対の立場だからね」
「いい案だと思ったんだが、そういう危険性が少しでもあるなら仕方ない。俺も魔女に対しては手出し無用ってことでいい」
残った狩人のうちクルトが同意するように頷くと、全員の視線が残った一人へと向かった。
「日本の協会本部として瀲の魔女は静観。屍の魔女とはこれまで通りの関係を維持ということですか。いいでしょう。ただ、一つ試したいことがあります」
「試したいことというのは?」
代表して問いかけた山崎に対して遊佐が答えた内容は、たった今重責から解放されたばかりのカザリの肩を再度重くするものだった。
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