瀲の魔女⑱
スロージアがグラスを手に持ったまま固まる。
その態度が答えのようなものだった。
「プラムがスロージアのことを瀲の魔女って呼んでたけど、ヴィーヴルのスロージアが瀲ってイメージないんだよね。瀲って水が満ちるとか溢れるって意味でしょ? ドラゴンの習性で収集癖があるのはわかったけど、どちらかというと瀲の魔女はプラムのほうがイメージに近い。それにドラゴンがやられてスロージアはひどく混乱してたけど、あれってフィズの魅了の影響もあったんじゃない? ドラゴンを倒されて精神的に弱ったせいで魅了の影響を受けて混乱したとすると、同格の魔女に魅了は効かないからプラムが魔女ってことになる。実際プラムはフィズの魅了の影響を受けてなかったから」
「……よくわかったわね」
スロージアが困ったように眉を下げ、観念したように笑って見せた。
それは外見らしからぬ大人びた笑みだった。
「まぁ別にばれたからどうだってことでもないんだけど、プラムには黙っててくれる? 本人は自分が魔女だって気づいてないんだよね。私を魔女だと思ってるし、自分のことを私から生み出されたスライムだと思ってるから」
「スライムっていうのも違う?」
「どこから話せばいいのかな。結論から言うとプラムは魔女でヴィーヴルなのよ」
今度は累が驚く番だった。
プラムはどこからどう見てもスライムでヴィーヴルにはとても見えない。
「ヴィーヴルの伝承を知ってる? 私の姿って少し違うと思わない?」
言われて思い起こせば確かに少しばかり違う。
翼が生えていたり額にダイヤがあるのは伝承通りだが、記録によればヴィーヴルの下半身は蛇の姿だったという。
人間の足で尾が生えていたスロージアは伝承とは確かに異なる。
「有名なヴィーブルの伝承だとメリジューヌがいるじゃない? 水の精霊でありドラゴンの翼や蛇の下半身を持つ竜の精霊でもある半人半竜の美女。プラムはそのメリジューヌと一緒。本当のヴィーヴル。でも私は違う。プラムが自分と同じ半人半竜を生み出そうとしたら人間の比率が多かったみたい。だから本来のヴィーヴルより少し人間よりなわけ。人間に興味があったとか何か理由があったんだろうけど、詳しいことはわかんないのよね」
「プラムからは何も聞いてないの?」
「聞きたくても聞けないのよね~。私が気づいたときにはプラムはもうスライムの形でさ、でも自分がプラムに生み出されたのもプラムがヴィーヴルだってのも理解してたわけよ。でもプラムは自分をスライムだと思ってるし、私が魔女でプラムを生み出したとも思ってる。私を生み出したせいでそうなったのか、何か別の原因があるのかわからないけど、そんな状態のプラムに聞けないでしょ?」
確かに子供のようなプラムにそんな話をしてちゃんとした答えがもらえるかというと無理だろう。
「あんた以外にも魔女で一人このことを知ってるのがいてさ。一回相談したんだけど魔女がパートナーを生み出すには、かなりのオドが必要らしいんだよね。だからプラムはオドを消費しすぎて何も覚えてないんじゃないかって言われた。まぁ覚えてないならしょうがないし、プラムがそう思ってるならそうしたほうが安全かなと思ってそのまんまにしてるんだよね。プラムとの繋がりがあるおかげで、私だって魔女と呼ばれるくらいには魔術も使えるしダンジョンも好きにできるから、まぁ影武者みたいなものよ。プラムが魔女だって広まると狙われる可能性も高いしね。とはいってもこの間はプラムに守られちゃったし、ちょっとへこんでるんだけど」
「ごめん」
「もういいわよ。黙ってくれれば。絶対に口外しないでよね。フィズにも言っちゃだめだからね」
「わかってる」
はぁ、っとスロージアは小さくため息をついた。
少ししゃべり疲れたのだろう。
ミネラルウォーターを注いで出すと「ありがと」と礼を言ってのどを潤した。
「お互い魔女には苦労させられるわね。別に嫌なわけじゃないし、かわいい子なんだけどさ」
「そうだね」
スロージアはまんまるのスライムになったプラムを優しくなでると小さく笑みを浮かべる。
累はフィズとは対等な関係であり大切に思っているし何があっても守りたいという気持ちがある。
スロージアも似たような感情をプラムに抱いているのだろうが、もしかしたら子を守る親か妹を守る姉のような気持ちがあるのかもしれない。
ただ魔女に振り回されるという点では一緒なのだろうと、累はスロージアに親近感が湧いていた。
「じゃあそろそろ帰ろっかな。また今度来るから」
「ありがと。待ってる」
「うん。また明日」
「……明日?」
思ったよりも早い。
親近感が湧いていたので嬉しい気持ちがある反面、思ったよりも早くて動揺している自分がいる。
「何? 嫌なの?」
「そういうわけじゃ……明日だとまだプラムにお酒の影響が残ってるかもだから、明後日にしたほうがいいと思って」
「ふーん、まぁそういわれるとそうかも。じゃあ明後日で」
バナとのブッキングは防げたので良しとしよう。
もし明日出会っていたらどうなることか、そこにフィズまでいるのだから余計に不安しかない。
「じゃあね」
プラムを赤子のように抱いて去っていったスロージアを見送り、累は疲れたように床にしゃがみこんだ。
「ちょっと、名刺渡す相手考えないとだめだ……」
狩人とグリムが集まるバー。
そんなとんでもなく面倒で危険な未来を思い浮かべて累は頭を抱えるのだった。
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