瀲の魔女⑰
「いらっしゃい。二人が来てくれるとは思わなかった」
「名刺もらったし」
「そうだね」
そういえばこの二人にも渡していた。
来るほうも来るほうだが、ちょっと渡す相手を考えたほうがいいかもしれない。
「任せるから私たちに合うカクテルを作ってよ」
「飲めるの?」
「あのさ、外見が幼いからってバカにしないでよ。もう長いこと生きてるんだからお酒くらい飲んだことあるっての」
「そう……」
本人がよくても累からすると非常に困る。
はたから見れば双子の女の子がバーカウンターにちょこんと座っているので、ここで酒を提供しようものなら警察に通報されかねない。
かといってせっかく来てくれたのにお酒は出せませんとも言いにくい。
(……まぁほかにお客さんいないし……いいか)
うきうきと楽しみにしているプラムを見ると断りにくいのでここは出すしかないだろう。
仮に誰かに見つかっても見た目がとてつもなく若い大人だと言って説得するしかない。
実年齢は知らないがグリムなら人間と比較することがばかばかしいのでまぁ多分大丈夫だろう。
「はい、スロージン・フィズ」
「フィズ? 嫌な名前のカクテル」
「でもスロージンはスロージアみたいでスロちゃんに似合ってるとプラムは思うよ。色もとってもきれい」
「スロージンは西洋すもも、つまりプラムを漬け込んだお酒のこと」
「プラムも入ってるの!? すごいねスロちゃんにプラムも入ってるんだって!」
「ふーん。まぁ、そういうことなら悪くないじゃん」
まんざらでもない様子でスロージアが頬を緩め、プラムとそろってグラスに口をつける。
子供に見えるが酒を飲んだことはあるというのは本当のようで、瞳を閉じてじっくりと味わい、ほうと酒精を含んだ吐息をついた。
対してプラムはグラスを両手で持ってごくごくと飲んでいる。
スロージン・フィズはカクテルといわれて思い浮かべる小さな逆三角形のカクテルグラスではなく、タンブラーという大き目のグラスを使用している。
そのため両手で持てるしぐびぐび飲める量があるのだが、かなりペースが早いプラムは大丈夫だろうか。
「おいしい!」
「うん。おいしいわね。狩人じゃなくてバーテンダーとしてやってけばいいのに」
「まぁそれだけだと生きていけなくて」
狩人業をやめた場合、今の集客率ではそう遠くないうちに閉店しなければいけないくらいに経営が悪い。
それにこれは相反していると累自身も思っているのだが、客が少ない今のほうが一人一人をじっくりともてなせるのでバーテンダーとしての満足感が高いのだ。
つまり今の状態でもまぁいいかと思ってしまっている自分がいるということである。
「おかわりください!」
プラムがあっという間に飲み干し空になったグラスを突き出してくるが、果たしてこの子に飲ませ続けて大丈夫なのか。
いいのかと目でスロージアに訴えれば肩をすくめて反応するばかり。
保護者のようなスロージアが止めないのなら拒否する理由もないので、累は新しく作ったスロージン・フィズをプラムの前に差し出した。
「えへへ。おいしいねぇ。お酒って幸せになるねぇ」
「飲みすぎはよくないけどね」
「プラムなら大丈夫だって。たぶんその一杯で寝るから」
スロージアが言ったように少しするとプラムが机に突っ伏して小さな寝息を立て始めた。
泥のように眠っている、というか実際に体の原型が溶けてスライムに戻りつつある。
「ほらね。いつもこんなだから」
「なるほど」
「ところでフィズはいないの?」
「買い出し中」
「聞きたいことあったんだけど、いないならしょうがないか」
「聞きたいこと?」
累の不思議そうな言葉にスロージアがちょっとばかり、いやかなり不機嫌そうに眉を吊り上げた。
「あんたのことよ! どういうつもりでこんな耐グリム決戦兵器みたいなもん作ったのか聞くつもりだったの!」
「兵器扱いか」
「そうね。とびっきり危険な奴よ。偉い奴の承認をもらって指紋認証と網膜認証も突破したらパスワードも入力して何人かの人間が同時にキーを回して起動するくらいの危険な兵器って感じ」
核弾頭扱いだろうか。
「まぁフィズに聞いたところでどうせ何も考えてないだろうからいいけどね。あいつのことは昔っからよくわかんないし」
「付き合いは長いの?」
「どうだろ。出会ったのはずいぶん前だけど頻繁に会ってたわけでもないし、あいつ魔女同士の集まりにも一回も来なかったからね。たまには仲良くお茶しましょうって誘われても全部無視して、それにキレた魔女の一人と殺し合いに近い喧嘩してたのは知ってるけど、私がフィズと話したことなんか数えるくらい。こないだミュージアムで久々に会ったとき、あれこいつ結構しゃべるじゃんって思ったくらいだし」
「そうなんだ」
「なに? フィズのこと知りたいの?」
スロージアの瞳が意地悪そうに少し細まった。
からかってやろうという気持ちが透けて見えるが、殴ったら勝てるという気持ちがあるので累は余裕だ。
むかついたら客とはいえぶん殴ってわからせてしまおう。
「気にはなるけど、どうしてもってほどじゃない。フィズがそのうち話すのを待つ」
「あ、そう。なんだつまんない。でもいいや。そっちの質問に答えたんだから今度はこっちの質問に答えてよ」
「質問?」
意地悪そうな表情が再び不機嫌そうな顔へと変わる。
累が自分と違って感情表現が豊かだなと思っていると、ふてくされたようにスロージアの口が開く。
「あんたのアレ何? 炎を吸い込んだやつ。屍人形だってのは知ってるけど、どんな仕組みが入ってんのよ」
「ああ」
なるほど負けた原因が気になっているからそんな顔なのかと納得である。
確かに逆の立場であれば累も気になっただろう。
「簡単に言えばグリムのオドを吸い取って自分の体に格納できる」
「吸い取るって?」
「そのまんまの意味。この間のドラゴンの炎もそうだし、グリムの体に傷をつけて触れば直接オドを吸収することもできる。吸収されたオドは腕に内蔵されてる小瓶に格納できて、好きな時に使えるんだよね。例えば武器に付与したり、自分自身の体を強化したりとか」
わかりやすいように腕の擬態を解いて球体関節の姿を見せると、スロージアは驚いたように目を見開いた。
「いまいち実感なかったけど、ほんとに人形なんだ」
「今の擬態も機能の一つ。個人的にはこの球体関節も好きなんだけど、ここで生きていくには目立つから」
「そりゃそうだ。で、その腕の中にドラゴンが吐いた炎を吸い込んでたと」
「そう」
ぐいっとスロージアが酒を一気に飲みこんだ。
そして女の子に似つかわしくない「ぷはぁっ」という声の後には溜めに溜めた不満をぶちまけた。
「そんなの卑怯! 無敵じゃん!」
「照れる」
「無表情のくせに!」
それはそういう性分なので仕方ない。
「でもそこまで無敵じゃないよ」
「そこまでだっつーの! 普通ドラゴンの炎ってすごい威力なんだからね!? それを吸い込むとかインチキにもほどがあるでしょ!」
「無限に吸収できるわけじゃない。やりすぎたら体が耐えきれなくて壊れる。それに今回はドラゴンのオドが強力だったからうまくいっただけ」
あん? と不満というか苛立っているというか、下から嘗め回すように睨めつけるスロージアに改めて累は説明を試みる。
「ドラゴンは強力なグリムだから、その攻撃を吸収して武器に付与して使えば強力な武器になる。ドラゴンの鱗を切り裂けるくらいの強い武器にね。でもこれが弱いグリムだと、攻撃を吸収して武器に付与しても弱い武器にしかならない」
「つまり相手によるから強い奴には有効だけど弱い奴には微妙ってこと?」
「そうだね。あとは直接的な攻撃は吸収できないから、例えばドラゴンならブレスじゃなくて爪や尻尾で殴られたりしたらどうしようもない」
「あぁ、なるほど」
「武器に属性付与する場合は銃だと弾丸一発ごとに付与しないといけないから効率が悪い。近接武器なら持ってる間は使えるけど空に飛ばれたら何もできないし」
つまりこの間のドラゴンとの戦闘は初見殺しのようなものだった。
最初のドラゴンがブレスを吐いてくれたおかげで吸収ができ、刀に属性付与を行いあっという間に一体始末できた。
これが属性付与なしのただの刀なら鱗の魔術防御を突破できなかっただろう。
もう一体が空に飛んだときはどうしようかと思ったが、これまたブレスを吐いてくれたので弾丸一発分のオドが確保できた。
「じゃあ次にあんたと戦うときはオドを使った攻撃は極力なしにして、グリムの身体能力を生かした攻撃をすればいいってことね」
「そうだね。それは困る」
「困るのね! よし! オッケー! わかった!」
機嫌がよくなって喉が渇いたのか、スロージアはプラムの残した酒をぐいっと飲みほした。
「私、結構大事なことをしゃべったと思うんだけど」
「まぁそうね。思ったよりいろいろ教えてくれちゃってびっくりしたけど」
「だから質問していい?」
「何よ」
「魔女ってスロージアじゃなくてプラム?」
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