瀲の魔女⑮
「……あんた、なんなの?」
震えた声はスロージアのものだ。
視線を向ければ、魔女らしく人を嗤い余裕のあった先ほどまでの姿とは異なる外見相応の怯えた少女がそこにいた。
「フィズ! あんた何考えてんの!? こんな、こんな化け物を作るなんて……それも狩人って、正気!?」
悲鳴に近いスロージアの訴えに対してフィズは何も答えない。
うっすらと笑みを浮かべて見せるだけだ。
「あんただって殺されるよ!」
「累さんに殺されるなら本望です」
「殺さないって」
累が放り投げた野太刀を拾い上げスロージアへと歩み寄った。
野太刀に先ほどまでまとっていた炎はもうなかったが、かといって今の累の戦いを見て安心などできるはずがない。
「こっちにこないで」
徐々に近づく累にスロージアの顔色がさらに白さを増していく。
「こっちにこないでったら! そう言ってるじゃない!」
スロージアの悲鳴に近い叫びと同時に、バナは再び炎を見た。
その炎とスロージアの姿に「え?」と戸惑いの声を上げたのは誰だったのか。
バナは自分の口から出たようにも感じたし、スロージアと相対している累の声にも聞こえた。
もしくは楽し気に観戦していたフィズの声か。
「ヴィーヴル?」
戸惑う累がスロージアを見てそう呟いた。
スロージアの外見は先ほどまでとほぼ変わらないが、大きく変わった点が四つ。
まずツインテールの根元あたりから角のようなものが生えていること。
次にスカートから除く鱗に包まれた尾のようなもの。
そして背中に大きく生えたドラゴンに似た翼。
最後は怯えて必死の形相をしているスロージアの額に現れた輝くダイヤ。
ドラゴンを超える希少さを誇る半人半竜のグリム。
それがヴィーヴルだ。
「なるほど。だからミュージアムなんてものを……でも、あれ?」
累に向かって吐き出されたであろう炎は先ほどのドラゴンたちと同様にあっさりと無力化されてしまったのだが、そのままスロージアに斬りかかるわけでもなく納得したように頷いてから、あれっと累は首をひねって動きを止めた。
確かに動きを止めて考えたくなるのもわかる。
なにせドラゴンにヴィーヴルだ。
狩人として人生を何十週と繰り返してようやくどちらか一方を見ることができるかどうかというところなのに、今日のわずかな時間で両方とも出会ってしまった。
混乱しないわけがない。
「やめて、やめてよ……私に近づかないでよ……」
ただその伝説の生き物は涙をためて怯えている。
普通に考えればヴィーヴルはドラゴンと同等の強さ、あるいはあの巨体が人型になっていることを考えると余計に手ごわいかもしれない。
だがそのドラゴンたちが容易く葬られたことがよほどショックだったのか、スロージアには戦う意思すら見られなかった。
後ずさりし、怯えたように鱗と鋭い爪が現れた両手で自分を庇うようにするばかり。
「えっと……」
「まってまって! スロちゃんをこれ以上いじめないで!」
「プ、プラム……」
スロージアの怯えぶりに困惑した累の前に、人型のプラムが慌てて立ちはだかる。
プラムが自分の前に現れたことに安心したのか、スロージアがプラムの服を掴んで縋り付いた。
「もうやめて。スロちゃんが怖がってる」
「先に仕掛けてきたのはそっちじゃないですかぁ。いやでも待てよ? そこの狩人さんが斬りかかったから? でもでもミュージアムで私たちも襲われたしやっぱりスロージアたちが先?」
「どっちでもいいよ」
フィズがあれあれと考えているのを累はすっぱりと切り捨てる。
スロージアとプラムにもう戦う意思はないと見せるためか、持っていた野太刀をフィズに渡して累は両手を上げて見せた。
「スロージアとプラムにはもうこれ以上手は出さないから、私たちをここから無事に出して」
「それでいいんですか? 協会からの依頼はグリムの討伐じゃなかったでしたっけ?」
「違うよ」
ごそごそと累が取り出したのは協会からの依頼書だ。
そこにはこう書かれている。
「行方不明者が発生している原因がグリムかどうかの調査と可能であればその討伐。最優先は行方不明者の救出」
「討伐。可能そうですけどね」
フィズがちらりと見ればプラムの陰に隠れるスロージアがびくりと震えた。
確かにバナの目から見ても今ならこの魔女を狩れそうではあるが。
「いいよ。無理して危険に踏み込むのは二流の狩人」
「累さんがそれでいいならいいですけど」
「そういうわけだからここから出してくれる? このミュージアムのことは協会に報告することになるけど、私たちが二人を狩りに来ることはないよ。バナもそれでいい?」
「あ、ああ。僕は構わない」
急に話を振られたバナは戸惑いつつもそう答えた。
ドラゴンを倒したのも魔女を追い詰めたのも累の功績であり、役に立たなかった自分が意見することなどできない。
むしろバナが気になったのはこの場をどうするかよりも、急に話を振られたせいで彼女に変な反応をしなかったかということである。
だが特に累は変に思わなかったのか、視線を再びスロージアとプラムへと戻して二人の回答を待った。
「スロちゃん。いいよね?」
俯いたスロージアは沈黙したままだ。
しかし少しして立ち上がり、プラムの陰に隠れたままではあるが先ほどよりも強い瞳で累を見た。
「わかった。その提案受ける。ここから全員無事に出してあげるから、累とフィズは絶対に私たちを狩りに来ないで。約束だからね!」
「約束する」
「絶対に絶対に絶対だからね!」
「絶対に絶対に絶対」
「……そう。じゃあ出してあげるからちょっと待って」
こうしてバナと累たちは瀲の魔女が造り上げたミュージアムから無事に帰還することができた。
非現実的なグリム達と日々命の奪い合いをしているバナでさえ信じられないようなグリムや美術品を集めたあのミュージアムを、バナは一生忘れることがないだろう。
そしてそこで出会った小さくて黒くて美しく何より最も非現実的な存在だった狩人のことを。
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