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瀲の魔女⑬

累はフィズを抱き込んでその場を離れ、プラムはスロージアを守るようにスライムの体で覆う。

そのほんのわずかな速さが明暗を分けたのか、暗殺者の刃は魔女には届かずスライムの表面で止まっていた。


(スロージアを狙ってたんだろうけど、あのままいたらフィズも巻き込まれてたな)


灼熱と化した細剣の持ち主はバナだ。

空から矢のように突撃した余波で、瞬間スロージアの周囲はとてつもない熱風で覆われた。

もし累が庇っていなかったらフィズも巻き込まれて焼かれていたに違いない。


「ありがとプラム。で、あんた誰」

「狩人だ。それで十分だろう」


スロージアと話す気はないのか、赤い閃光がプラムの体を幾度も突き刺す。

しかしウンディーネを容易く屠ったその刃がスライムの体を突き抜けることはなかった。


「チッ。スライムの異常個体か」

「あち! あちち! あっついよ!」

「まだ我慢できるでしょ。ほらがーんばれ。がーんばれ」


スロージアはそういって手をたたき、プラムも突かれるたびに熱いと叫ぶだけで余裕があるように見える。

対してバナは余裕がないというか、現れた時から様子がおかしい。


「手伝おうか?」

「グリムの手は借りない」


累が手助けしようと一歩進んだあたりで拒絶されてしまった。

先ほどは同じ狩人同士手を組もうと言っていたのにこの態度だ。

違和感がどうにもぬぐえない。


「何かあった?」

「……何かって!? ああ、あったさ! お前たちグリムのせいで二人死人が出た! 子供の両親がグリムから子供たちを守るために死んだんだ! あの子たちの親はもう一生戻らない……こんなふざけたミュージアムとやらのせいで!」


バナの攻撃が止まった。

疲れて息が切れたわけではない。

抑えきれない怒りが肩を震わせ、手に持つ剣よりも燃え盛った瞳が背後の累とフィズを捕える。


「あの子たちの親が死んだのはこの魔女とスライムのせいだ。責任は僕が取らせる。だが君らは何をしていた? 狩るべきグリムとのんびりと雑談なんかして……ふざけてるのか?」

「それは、その……」

「グリムは信用できない」


吐き捨てるように言い放つと、バナの視線は再びスロージアへと戻った。

確かにバナの気持ちを考えればフィズとスロージアの言い合いはふざけているように見えただろう。

実際累もふざけた言い合いだなと思っていたので言い訳のしようもない。

最も当事者であるフィズはなんでそんなことを言われないといけないんだ、とでも言いたげな雰囲気で反省の色がなかった。


(ちょっとは申し訳なさそうな顔しようよ)


そう思ったのだが、スロージアもフィズと同じ気持ちだったらしい。

いまだ怒りの熱が収まらないバナに向けて煽るように彼女は言い放つ。


「はいはい。見ず知らずの人間が死んだ程度でいちいち感情が高ぶるなんて狩人も大変ね。ま、そういうやつらは腐るほど見てきたから人間ってそういう生き物なんだってのはわかってるけど、ほんと面倒でうるさい。第一その人間を殺したのは私じゃないでしょ? ここはグリムを自由にしてるんだから、殺したそのグリムのせいじゃない。というかもっと言えばグリムに見つかったバカな人間も悪いでしょ。普段からグリムがいることにも気づかない間抜けの集まりなんだからさ。どうせ死ぬ間際まで『うわ~こんな怪物いるはずない~夢に決まってる~』って思って死んだんでしょうね。人間ってほんとバカばっか」

「お前ッ!!」

「うーるさいうるさい。プラムにも勝てないくせに私をどうにかできると思ってんの? だからバカだって言ってんの。まぁこれも言ってもわかんないんだろうけど」

「殺す! 殺してやる!」


バナの剣がプラムの体を切りつけ、突き、叩く。

しかし薄く膜が張った向こうのスロージアに届かないどころか、かえって彼女に嗤われる始末だ。

次第に息が切れてきたのかバナの呼吸が荒いものへと変わっていく。

しかし殺意はまだ衰えていないようだ。

呪うように『殺す殺す』とつぶやきながら剣をプラムへと突き立てる。


「スロちゃんどうしよう。ちょっと気持ち悪いよこの人」

「そうね。もういいよプラム。あんたに殺させるのも嫌だし、あとはあの子たち呼ぶから」

「あ、うん!」


プラムが突き放すように体をバナへとぶつければ、バナは抵抗もできずに押されてしりもちをついてしまった。

ただでさえ血色の悪い顔が疲れでさらに色が薄くなり、それでも憎しみのこもった瞳は爛々と輝いている。

そんな幽鬼のようなバナを人型に戻ったプラムは困ったように見つめ、対してスロージアは見下すようにしながら片手を空へと上げて見せた。


「もう付き合ってらんないから。この子たちのおもちゃにでもなりなさい」


何かが羽ばたくような音。

そして胸がつぶされるような重低音の咆哮。

それらが徐々に近づき、そして集まっている全員を見下ろすように空からそれは現れる。


「ドラ……ゴン……?」


バナが呆けたように呟いた。

上空にいるのは書物でしか読んだことのない伝説の存在。

協会の記録でも目撃情報などほぼ皆無で、討伐ともなれば夢のまた夢。

そんな神話の世界の存在が確かにここにいる。


それも二体も。


「あんた程度の狩人じゃ目にしたこともないでしょ。言っとくけど私たちのミュージアムにはもーっと珍しいグリムだっているんだからね。まぁこの子達でもあんたにはもったいないくらいの相手だけど」


スロージアが何か得意げにしゃべっているようだが、バナの耳には入っていなかった。

地面に降り立った二体のドラゴンの前に、蛇に睨まれた蛙のようにバナは身動きがとれないでいたのだ。

体が震えるとか、怯えるとか、怖いとか、そういう感覚はなく、ただ単に生物としての格の違いを感じた。

決して勝てない。

勝ち負けを考えることすらおこがましい。

そう思ってしまう。


眼前のドラゴンの一体がその巨大な顎を開いた。

喉の奥に燃え盛る炎が見える。


そしてその炎が自分の体を覆う直前、黒い影が彼の眼前に立ちはだかった。

読んでいただきありがとうございます。

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