なり損ない②
「クローズってあったけどこれから開けるのかい? それとも今日は閉店? まぁどっちでもいいんだけどなんか適当に頼むよ」
「閉店だってのに厚かましいですよ。帰れ帰れ。せっかく累さんとお話ししてたのに邪魔です。無理やり店に押し入ったってことで警察呼びましょうか? スマホ落としたのも伝えられるし一石二鳥では」
「警察呼ぶスマホがないよ」
「そうでした……」
「そんなに嫌わなくたっていいだろう? 君らがここで静かに暮らせるのは誰のおかげだと思ってるんだ? こいつだって届けにきてやったのに」
「私のスマホ!!」
差し出したスマートフォンにフィズが勢いよく飛びつき、それが面白かったのか妙齢の女は口の端を上げて狐のような笑みを浮かべている。
彼女の名前は白神カザリ。茶に近い黒髪を後ろに流し、整った顔つきの中で特徴的なのは凝った装飾の施された銀縁眼鏡。
笑い方や斜に構えた雰囲気がどこか軽薄そうな印象を与えている。
カザリはカウンターに並ぶ席の一つに腰掛けると、流れるように内ポケットから煙草を取り出し口にくわえた。
「店内は全面禁煙。吸うならあっち」
累の指さした方向には最近作った喫煙スペースがあった。
数年前までは愛煙家が好きに煙を吸ったり吐いたりしていたが、昨今の事情ではそうもいかないので最近になって一部を改装して専用スペースを用意したのだ。
最も昔ほど客がいないのでそんなに使われてはいないのだが。
「別にいいじゃないか。私しかいないんだし」
「煙草吸う人って臭いんですよねー。私はともかく累さんにそういう匂いを移してほしくないんでーあっち行ってもらえますかねー」
「いや私は臭くない。気を付けてるし、口臭も……臭くないよな?」
「気になるなら吸わないほうがいいんじゃないの?」
「そういうわけにもいかないんだよ。煙草ってのはさ」
とは言いつつも臭いと言われたのが気になったのか、指で遊んでいた煙草を口惜しそうにカザリは箱に閉まった。
そっちの言い分を聞いたんだから少しは気を使え、ということなのだろうか。
カザリの大仰な溜息と何かを訴えるような視線を感じて、累は仕方なしにシェイカーを振り始める。
「見てくださいよ累さん。これこの前撮った写真なんですけどかっこいいと思いません?」
「これ私? いつ撮ったの」
「今朝です」
隠し撮りした累の写真が戻ってきたのが嬉しいのかフィズはご機嫌だ。
もっともすぐに累にスマホを奪われて写真削除からのああっと情けない声を出して嘆くまでの間のことだが。
そんなフィズは放置して、累はいつもの要領でカザリの前へとグラスを差し出す。
「累ちゃんさぁ、嫌味ったらしいって言われたことない?」
「ない。そんなこと言われるほど口うまくない。口下手。落ち込む」
「なんてひどいこと言うんですか! 累さんがかわいそうじゃないですか!」
「私が悪いの? ……ごめん」
カザリに出したのはXYZと呼ばれるカクテルだ。酸味と甘みが程よく調和し、それでいてわずかな苦みが癖になる。
小説や映画、アニメなどで知られている通りアルファベット最後の三文字を名前に関していることから「これで終わり」という意味合いを持っている。
ほかにも「これ以上のものはない」といった意味もあるが、フィズのさっさと帰れと言わんばかりの雰囲気に、累も前者の意味合いで出していることを重々理解したカザリは居心地悪そうに眉を下げた。
「冷たい扱いにお姉さん涙が出そうだよ。じゃあさっさと本題に入るけどさ、仕事をお願いしたいんだよね。でも別に嫌がるほどのことでもないだろう? これまでだって何回もこなしてきたんだから」
「来るなら事前に連絡してほしいんですよ。店を開けようと思ってるのに唐突に来られるのが不愉快なんだって累さんがいつも言ってるでしょう」
「今日閉めたのはフィズのせいだけどね」
「私のせいでした! ごめんなさい!」
「話続けるよ? 屍鬼が出てさ、ここ数日間で二人ほど喰われてる。協会の狩人を使ってもいいんだけどここらは君らのホームだろう? 家に誰だか知らない狩人が乗り込んで暴れるよりはさぁ、自分の家くらい自分で守ったほうがいいんじゃないかい? 私なりの配慮ってやつだよ」
そこまで言うとグラスに唇をつけて舌を湿らせる。
程よい刺激が喉を通り、カザリの口からほうと吐息が漏れた。
あまり好きなタイプの女ではないが、こういう仕草は嫌いではない。
そんなことを思っていた累はフィズのジトっとした視線に慌てて思考を切り替えた。
フィズは一見鈍そうに見えてこういうところは鋭いというか、警戒心が強いというか、嫉妬深いというか、とにかく面倒なのだ。
「屍鬼、か」
カザリに見惚れてなんかいませんでしたよ、というアピールがてら累は腕を組んで呟いた。
おそらくだが、フィズが襲われたというのがこの件のグリムなのだろう。
カザリがそれを把握して話を持ち掛けてきたのかは知らないが、仮に知っていたのだとしたらなかなかに性格が悪い。
累はフィズを、フィズは累を、お互い大切に思っているので、フィズが襲われたのにそのグリムを狩らないなんて選択肢を累が選ばないことは十分に予想できるだろうからだ。
しかし話のグリムには妙な部分もあって、累の片手が顎へと移動する。いわゆる考える人のポーズだ。
キャーっという黄色い悲鳴とシャッター音を無視して考えるのは、屍鬼が現れた場所のことだ。
屍鬼はグリムとしてはメジャーな部類だが、こんな都市地区にでることなど通常はありえない。
死んだ人間が長時間放置されれば、骨とこそげ落ちた肉に薄汚い皮をまとった屍鬼が出来上がる。
出るとすれば山奥などの自殺の名所であろうか。
「なんでこんな場所に?」
当然ともいえる質問にカザリは肩をすくめて応えた。
つまりは知らないということなのだろう。
「結局、何か問題があるからうちに来たんでしょう?」
「……確かに問題がないわけじゃなくてさ。屍鬼の情報が入ったのがひと月前で、すぐに狩人を派遣したんだが死体で見つかった。それから追加で二人派遣したけど結果は同じ。個体名付き一歩手前だ」
狩人が五人以上殺された場合、協会は危険度の周知のために対象のグリムに個体名をつけることがある。
このままだとその謎の屍鬼もそうなると言いたいらしい。
「死んだ狩人たちから得られた追加の情報もなくてね。ただの屍鬼とも思えないし次の派遣は慎重にならざるを得なくてさ。まぁ君たちにしてみればいつものことだろう? 個体名付き専門の狩人、みたいなもんなんだからさ」
「それ累さんが望んだわけじゃないですからね。そっちがそういう依頼ばっかりよこしてくるせいですからね」
「まぁ支払いはいいけどね」
「つまりもっとよこせと累さんは言っているのです」
フィズが率直に言ってくれるので助かる。
つまりはそういうことだ。
危険な仕事には相応の報酬があってしかるべきである。
「まぁそれは仕方ないね。でも何が相手だって君らに頼むのが一番早いと思ったからここに来たんだ。それに仕事をこなしてくれれば、君らの立場だって良くなる」
「自分は味方って雰囲気出してますけど、あんまり調子乗ると黙ってないですよ。累さんが」
「私か」
「まぁとりあえず君らの機嫌をこれ以上損ねないように配慮はするから。それじゃ頼むよ。討伐を確認したらいつもの口座に振り込んでおくからよろしくね」
カクテルを飲み干しその分の金額をカウンターに置くと、カザリはそそくさと店を後にした。
さすがにフィズの帰れという圧にこれ以上耐えきれなかったらしい。
「無礼な奴でしたね全く」
「客観的に見たらフィズのほうが無礼。蛮族」
「え、そんなにですか?」
「そんなに」
最もフィズが他人に対して無礼なのは今に始まったことでもない。
基本的に累以外にあまり興味がないので全方位に対して無礼な態度をとるのだ。
客商売には致命的である。
「さっきの話、私を襲ったグリムのことですかね?」
「多分ね。人を襲うようなグリムが何体も固まって出るとは思えないし」
あとでカザリからもう少し詳しい情報が送られてくるだろうが、おそらく間違いはない。
そんなに何体も出てくるようならフィズが襲われる前に協会が把握しているはずだろうからだ。
「それじゃあ準備しましょうか! 累さんもお着換えですよ!」




