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瀲の魔女⑪

「凝りすぎでしょ。スロージアはどういうつもりでこれ作ったの。普通の人はここから出られないよ」

「箱庭系ゲームみたいに始めたら夢中になっちゃって、いろいろ凝ってたらこんな感じになっちゃったんですかね。スケールが大きいですけど……まぁ魔女ってどこかおかしいものですから」

「なんて迷惑な生き物……」

「それって私は入ってないですよね? 別に迷惑かけてないですよね?」


フィズの質問には答えずその場に彼女を下ろすと、周囲を調べているらしいバナのもとへと累は近づいた。


「何か手がかりでもあった?」

「無理じゃないですか~。どうせ死んじゃってますよ」

「……いやまだ生きてるかもしれない。見なよ。足跡が向こうに続いてる」


草原に残っているのは数人の足跡。

累も見れば大人と子供が海岸へ向かって歩いているのが見て分かった。

杖の跡から老人だと思われる足跡が先頭でそのあとを家族が続いていることから、ありがたいことに行方不明者は全員同じ場所に向かっているらしい。


「散らばってなくって良かった。ここがどのくらいの広さかわからないけど、ここから二組を探すのはかなり時間がかかるところだったからね。あとは生きていてくれるといいんだけど」


累たちを気にせずバナは独り言をつぶやきながら足跡を追い始める。


「新しい足跡だ。爪痕に二足歩行。灰色の毛。肉球もあるしこの獣臭はコボルトだな。そんなに数は多くない。三体か。……まずいな。ここで子供が二人攫われ、そのまま森林へ逃げた。両親はそれを追って森林へ行き、老人は海へ向かってる。面倒だな分かれたか」

「分析が早いね」

「累さんだってこれくらい余裕ですよ」

「張り合わないでいいから」


調査のためにしゃがみこんでいたバナが立ち上がる。

背を向けているため累たちから表情は見えないが、何やら考え事をしているらしい。

しかしそう時間をかけずに考えをまとめたのか、彼は何も言わずに海を指さした。


「私たちは海ね」

「そういうこと。僕は子供を助けに行く。先に片付いたらもう片方に合流しよう。狩人なんだし僕を見つける手段くらいあるだろう。じゃあ急ぐから老人は頼んだよ」


そう言うなり森林に向かってバナが駆け出していく。

瞬く間に姿が小さくなっていき、累とフィズはぽつんと草原に取り残された。

しかしここでこちらも止まっているわけにもいかない。

抱っこして、とアピールするフィズを抱き上げすぐさま累も海岸へ向けて走り出す。


「老人は襲われなかったんですかね」

「見た感じ家族とは距離が開いてたから気づかれなかったし本人も家族が襲われてることに気が付かなかったんじゃない? 気づいたらどうにかできたわけでもないけど」

「でもなんで海に行くんでしょうね。釣りがしたいとか?」

「道具ないでしょ」

「じゃあ船旅がしたいとか」

「グリムに襲われて沈没する未来しか見えない」


次第に潮の香りが漂ってくる。

このミュージアムに初めてたどり着いた時もそうだったが、海の香りにさざなみの音はここが危険な場所でさえなければ心地よく感じたのだろう。

だがミュージアムの入り口の海と違ったのは、何やら歌のようなものが聞こえることだ。


高く低く変幻自在な美しい女性の歌声。

空気を震わすような不思議な音色。


「人魚だ」


累たちがたどり着いたのはなだらかな丘。

そこから下った先には海岸が広がっており、海辺には老人と人魚が向かい合っていた。


人魚は水にぬれた白い肌にアイスブルーの長く湿った輝く髪が印象的だ。

整った顔つきだけを見れば美しい女性だが、上半身は露出しており下半身は海水に浸かって光に反射する鱗とひれが見える。

眼前の老人へ向けて愛おしげに歌う姿は敵意などは感じられず、この時間をとても大切にしているようだった。


「人魚って危険なグリムなんですか?」

「どうだろう。船を導くこともあれば歌声で惑わせて沈没させることもある。人間と愛し合って子供を作ることもあれば人を攫うこともある。人間と明確に敵対して討伐されたこともあるし、未来を予知して人間を助けることもあったはず。世界中に伝承が多くて危険なのかそうでないのかわからない」

「その人魚次第ってことですかね」


フィズを下ろし、二人で海岸へ向けて歩き出す。

人魚は老人越しにこちらへ気づいたようだが歌を止めることはなく、老人のほうはこちらに背を向けているため様子が不明だった。

もしかしたら人魚に魅了されて意識が飛んでいるのかもしれない。

累はいつでも反応できるようホルスターに手を触れたが、思ったよりもあっけなく老人のもとへとたどり着けば人魚は海へ潜って姿を消してしまった。


「きれいな歌声だったが、行ってしまったな。それで君たちは? 君らも迷い込んだのか?」


老人が名残惜しそうにつぶやき、累たちへと振り返る。

魅了された様子もなければ人魚を見たというのに混乱したり興奮する様子もない。

妙に落ち着いた老人だ。


「魅了済み?」

「魅了? いきなり何のことだ?」

「この子のことどう思う?」


累がフィズの背を押して老人の前へと立たせる。

老人は片方の眉毛を器用に挙げて疑問を現したが、フィズを前にしても異常な行動は見られない。

つまりそれは異常だった。


「きれいな女性だな。もちろん君も美しいぞ? ただ二人ともどこか人間離れしている気がするな。異質というか作り物めいているというか、ああぁ決して悪い意味ではないから気を悪くしないでくれ」

「どう思う?」

「変ですね」


累とフィズは顔を見合わせる。

フィズの魅了は意識的に抑えてもゼロにはできないので、周囲の人間は何かしらフィズに対して感情を刺激されるものだ。

現に狩人であるカザリやアルベルト、先ほど出会ったバナも完全にあらがうことはできていない。

カザリはフィズへの好意を抑えようと苦労しているし、アルベルトは過敏に敵意を見せて反応し、バナは魅了されまいと道具を使った。

狩人でさえ難しいというのにこの老人はフィズの前で平然と立っている。


「人魚に魅了された……のかな」


魅了されない例外を上げるとするならば同格の魔女か累なのだが、すでに魅了済みの場合もその例外に入る。


「ただそれだと人魚が消えても普通にしてるのが変だし」

「人魚のことを追っかけそうですもんね」

「そうだね。もう少し執着してもよさそう」

「さっきから魅了がどうのこうのと何の話だ。私を誘惑してるのか? やめておきなさい。歳を取るとそういうものには疎くなるものだし、君らはまだ若い」


そういう話ではないのだが、そういう話をする時点でやはりおかしい。

だがここで考えても答えは出ないし、魅了されないというのならそれはそれで話が早い。


「まぁいいか」


結局累はそう割り切ってしまうことにした。

もしかしたら耐魅了用の魔術具を身に着けているのかもしれないが、ただの一般人がそうそう用意できるものではないし、老人の身に着けているもので気になるのは高価そうな杖や細工の凝った指輪くらいだ。

とはいえここで時間をかけて考えることでもないし、見つかったならバナと合流したほうがいい。


「プライベートビーチでのティータイムって贅沢よね」


ふと耳に響いた声は初めて聴くものだ。

声の主を探そうと海辺を見渡せば、白で統一された一組のテーブルとイス。

そして日差しを遮る白い日傘をさした笑顔のプラムと、優雅にイスに座りアップルパイを一口かじるプラムによく似た姿の少女。


「久しぶりじゃん。フィズ」


プラムと同じ姿でありながら異なる口調、異なる笑み、異なる服装。

このミュージアムの主がそこにいた。

読んでいただきありがとうございます。

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