瀲の魔女⑩
一本道のミュージアムを風のように走り抜ける影が二つ。
バナと累の二人だ。
先頭を走るのはバナだが、ついてくるのが当然とでも思っているのかスピードを少しも落とさない。
累は別にそれでも構わないのだが、フィズがついてこれないので今は彼女をお姫様抱っこして走っている状態だ。
「累さんまつ毛が長いですね~。素敵ですよぉ」
「両手がふさがってるから襲われたら困る」
「前の人がどうにかしてくれるんじゃないですかね」
「僕は何もしないよ。自分のことは自分でどうにかするのが狩人だろう。常識だと思うけど。ただ最近は常識が通じない狩人も多いし自分で自分のことも守れないもどきが多いんだよ。嫌になるな。なんでそんな奴らの尻拭いを僕がしなきゃならないんだ。腹が立つな。ああなんでこんなことで僕がイライラしなきゃいけないんだ」
「またなんかぶつぶつ言ってますよ」
「たまに電車とか街中で独り言が激しい人はいるけど、似たようなものじゃない?」
「似たようなものなら関わりたくないですけどね……」
そんな話をしているとバナの足が止まった。
今の話に気を悪くしたのかと思ったがそういうわけではなく、背後の二人に見えるよう少し横へずれると案内板を指さした。
「なにも展示されていなかったけど、今通り過ぎたのが博物館だったみたいだ。そしてここからはグリムが展示されている、いわゆる動物園みたいなものらしい」
「パンフレットにありましたね。生きてるグリムが見られるって」
「パンフレット? 僕はもらってないけど、なんでもらえなかったんだろう。男女差別かな。男にはそんなものはいらないだろうっていう行き過ぎた女性優位がここにはあるのかな」
「いやプラム……受付のグリムを怖がらせて勝手に入ったからでは」
「なるほど。あのグリムは受付係で、殺そうとしなければパンフレットをもらえたのか。でもグリムだからな。悪いグリムばかりじゃないのは知っているけど。でもグリムだからな。逃げるのがうまくて仕留められなかったのが心残りだったから、あとで引き返して始末したいな。とりあえずパンフレットの話はいいや。気になったのは他のことなんだけど」
独り言が長いしグリムに対する殺意が高いしパンフレットの話をし始めたのはお前だろと思っていたところにバナはぽつんと一言呟いた。
「君ら以外に誰とも出会わなかったってところが気になる」
「さっき床に転がってたのが最初に入った狩人ですよね。とすると残ってるのは……」
「プラムのメモにあったのは老人が一人に四人家族が一組。ここから先にいるかもしれないけど、行方不明になったのはかなり前だよね。まだ無事かな?」
「ここに迷い込んでから四日……いやもう五日になるか。難しいかもしれないが捜索を諦める理由にはならないね。しかし僕が派遣されてから一日も経たずに君らが派遣されるなんて、本当にそこが嫌だな。そんなに信用されてないのかな」
またぶつぶつと一人の世界に入り込み始めたバナに対して累は妙な違和感に首をひねる。
というのもバナは行方不明者が出てから五日と言っていたが、累がここに入ったのは九日目のことだからだ。
それに一日も経たずに派遣された、と言っているが協会から依頼が来たのは数日経ってからのことだったし、そもそも累とフィズは動物園や美術館で二日間潰している。
「最初の被害者が出たのって何日前でしたっけ?」
「九日前」
同じ疑問に行き着いたらしいフィズの質問に累が答えると、バナが自分の世界から抜け出し驚いたようにこちらを向いた。
「九日? まだ五日じゃなくて?」
「ううん。時間がずれてるのかな。ここにどのくらいいたの?」
「受付のグリムを攻撃したせいなのか、さっき展示品が消えるまでずっと同じところをぐるぐる歩かされてさ。おかげでかなり時間を無駄にしたんだけど感覚的にはまだ一日経ってないかな。多分二十時間と少しくらいだと思うけど」
「ええっと、そうなるとどうなるんですか? 私難しいこと考えるの嫌なんですけど」
累たちがこのミュージアムに入ったのはバナが消息不明になってから約五日後だ。
となると現実が五日間も経過しているのに対してこのミュージアム内では二十時間しか経過していないということになる。
「ここの時間の流れが遅いね。現実世界の六分の一くらいかな」
「わぁさすが累さん! 計算も早いですね~!」
なんだか馬鹿にされている気がする。
そもそもフィズは頭が悪いわけではないので絶対に先に気付いていたはずなのだ。
「となると行方不明者も実際はそう長くここにいたわけじゃないのか。だいたい丸一日と少しくらいかな? それなら生きている可能性が高い」
「そうだね。でもここから先にいるとしたら、たった一日でもグリムに襲われてる可能性があるかも」
「生きてるグリムの展示ですからね。展示方法がサファリパーク風だったら全員死んでるかもです」
フィズのあっさりとした言い方はともかく、仮にその展示方法だったらおいしいご馳走がふらりと入っていたようなものだ。
普通の人間が一日どころか数時間も生き残れるとは思えない。
「急ごう」
累の言葉にバナが再び走り出す。
抱き上げたままだったフィズをよいしょともう一度しっかり抱きなおし、フィズの喜びの奇声を無視しながら累は後をついていく。
だが薄暗い通路が少し続いたあたりで視界が開け、そこで思わず累は足を止めた。
バナもフィズも同じ気持ちだったのだろう。
「「「サファリパークだ」」」
三人の言葉がそろった。
どういう構造になっているのか不明だが、眼前に広がるのは広大な草原と青い空。
遠くには森林や山に海まで見える。
ここに迷い込んだ生存者たちには絶望的な世界がそこに広がっていた。
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