瀲の魔女⑧
広い通路に複数人の女性の姿があった。
警備員として現れたエレメンタルである。
それも瀲の魔女と呼ばれるスロージアらしく水の属性を持つウンディーネたちだ。
本来ウンディーネは好戦的なグリムではないのだが、スロージアによって手を加えられているのか、彼女たちは一様に重厚な鎧を着こみ手には三又の槍を持ち巨大な盾を構えている。
警備員というよりも騎士といったほうがいいかもしれない。
「おーおーわらわらと。だけどなぁ、いくら数が多くてもよぉ〜現代兵器にグリムが適うかっての!」
普段なら人に気づかれないよう注意しなければならないが、この閉ざされた空間ならば問題はない。
口元を吊り上げながら、男は眼前のウンディーネたちに向けて小銃を構えて躊躇わずに引き金を引く。
「ははははははは!」
最初に討伐したのはコボルト、その次はゴブリンの集団、どちらも引き金を引けば面白いように簡単に死んでいった。
普段の生活では得られない高揚感とスリル、そして相手を一方的に蹂躙するのは快感だった。
「ははは、は……なんだ?」
放たれた銃弾はグリムに効果の高い銀属性のものだ。
しかしながら今回は相手が悪い。
銃弾はウンディーネたちにあたるどころかその眼前で水のヴェールに囚われ無力化される始末だ。
「な、なんで死なねッ――がぼッ!?」
ウンディーネの一人が騒がしいとでも言いたげに手を振れば、男の頭が水球にすっぽりと覆われた。
呼吸ができず苦悶に満ちた顔で男はもがく。
銃を撃ち、弾がなくなればそれを投げつけ、最後は手で必死に水球を持ち上げようとする。
表れたときからそうだったように男は騒々しく荒々しくもがき続ける。
「……」
数人のウンディーネがそれを見てどう思ったのか、持っていた槍で男の体を突き刺した。
刺された男の体がびくりと跳ねると、それを見たまた別のウンディーネが鬱陶しそうに新たな槍を突き刺す。
最後には周囲のウンディーネすべてが男の体に槍を突き刺し、血で赤く染まった水球が役目を終えて床に飛び散った。
先ほどまでの騒々しさが嘘のような静けさの中、新しい足音を耳にしウンディーネたちが再び臨戦態勢に移る。
「嘘だろ」
表れたのは先ほどの筋骨隆々な男とは正反対のやせ細った男だ。
ひょろりと背が高く、押せば倒れそうな雰囲気がある。
「最悪だ。なんでこんなのがいるんだ……」
ウンディーネの一人が先ほどと同様に手を振る。
彼女たちが好む静寂を取り戻すために、さっさと侵入者を始末してしまおうと。
男の顔を取り囲むように水球が溢れ、そして――。
「信じられない。ここまで低レベルの狩人が協会にいるなんて……こんな無能のせいで僕の予定は狂わされたのか」
ウンディーネがわずかな水しぶきを上げ蒸発した。
わずかな残像のみで男の姿は捕えられず、気づけばウンディーネの半数がすでにいない。
「エレメンタルには対属性の付与がない攻撃は無意味だってことも知らないなんて」
仲間たちが次々と蒸発していく。
しかしウンディーネたちにはなすすべもない。
「ただ銃を乱射するだけの馬鹿が狩人を名乗るなんてどうかしてる」
そして最後に残されたウンディーネが見たのは赤く光る閃光だけ。
自分の体が灼熱で蒸発していく音を聞きながら、彼女たちは消え去っていった。
「これで全部だと思ったんだけど、まだいたのか」
彼は床に転がっている狩人もどきとは違う。
師のもとで厳しい訓練を行い狩人としての知識や技量を余すことなくその身に取り込んだ正当な狩人だ。
だからこそいまだ姿がはっきりとしない通路の奥のグリムにも気づいたのだろう。
(まだしばらく持つか)
手に持った細剣の刀身が赤く熱を帯びているのは彼が使用した霊薬を塗り込んだからだ。
狩人が使うには珍しい武器である細剣だが、師匠から『やせっぽっちのお前に重量級の武器は向かない』といわれて考え抜いた挙句にたどり着いたこの武器は、今では彼にとって至上の武器だ。
斧のような重さがない代わりに、他の狩人にはない速さで瞬く間にグリムを狩ることができる。
その細剣に伴った熱がまだ効果を失わないと判断した彼は、すぐさま斬りかかれるようにと油断なく通路の奥を見つめた。
そうして館内に残ったわずかな光に照らされたのは、先ほどの水精霊とは全く異なるグリムだ。
一人は背が高く、光を反射するような、あるいは自ら発光しているような輝く白髪が特徴的だ。
そしてなによりその美しさはこの薄暗い通路を照らす太陽のようだ。
その輝きに思わず屈してしまいたい衝動を必死に抑え込み、彼は隣のグリムへと視線を移す。
もう一人は相反するようにこの薄暗い通路に溶け込んでいきそうな黒髪と小柄な体が特徴的だ。
菫色の瞳がかすかに煌めく様は月夜に咲く一輪のスミレのように儚くも美しい。
そんな文字通り人外の美を持つ二人組が、彼の前に新たに表れたグリムだった。
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