瀲の魔女⑦
「こんなものは初めて見るな」
そう呟いたのは今年で八十歳になる老人だ。
腰は曲がり杖がなければ歩くのもおぼつかないが、肉体年齢に反して頭はしっかりとしている。
事実この魔訶奇天烈なスロージアミュージアムとやらに突如として放り込まれても慌てず状況をしっかりと把握しているし、自分がとてつもなく妙なことに巻き込まれていると感じながらも長い人生にいいサプライズが来たと楽しむ心も持っていた。
「作り物じゃないんでしょうか?」
「そう思うのか?」
振り向けば不安げな表情の男。
その背後には同じく不安げな女と彼女に抱き着く子供が二人。
このミュージアムに迷い込んだ家族四人だ。
「だってこんなのあり得ませんよ」
自分を納得させるように父親の男は訴える。
不安なのか恐ろしいのか、その怯えた表情のせいで老人よりも背が高いというのに腰の曲がった老人のほうが大きく見える。
実際に男と比較してみれば老人はこの状況に高揚していたので、気持ちの差が結果的にそう表れたのかもしれない。
なにせ目の前にあるこれときたら。
「ドラゴンの骨格標本……とのことだが」
「偽物ですよ。絶対に作り物です」
老人たちの前には空想上の生物といわれたドラゴンがまるで恐竜や動物と同じように骨格標本として展示されていた。
通路の上空に居座り、まるで眼下を通ろうとする人々に襲い掛かろうとしているようだ。
確かに男の信じられないという言葉も理解できる。
しかしたとえ骨となってもこの雄々しさはどうだ。
「作り物。それはどうだろうな。君はこれを見て何も感じないと?」
語りながら老人はドラゴンの顎の前へと進む。
こうして見上げればドラゴンが大空から舞い降り、そのまま己を喰らおうとしているようにさえ感じた。
実に恐ろしい。
しかし同時に面白い。
「たとえ骨であっても生物としての本能が告げているはずだ。これに近づいてはならないと。だからそんなにも怯えている。ただの作り物ならよくできているなと笑って通れるはずだろう?」
老人はそういって先へ進んでいく。
ドラゴンの顎が通路の頭上にあるせいで家族は固まって動けない。
老人がずっと先へ進みその背が小さくなったころ、意を決して家族はドラゴンの下を走り抜けた。
骨だと頭では理解しているし今でも本物だとは到底思えないが、それでも走り抜ける間はその牙や爪が自分たちに向かってくるのではと怯えずにはいられない。
走り抜けた後には両親も子供たちも汗を流しぜぇぜぇと息を切らすほどだ。
「ほら。やっぱり本物だと感じただろう。感じたことを頭で否定するとつらいだけだ。受け入れてしまったほうがいい。それにここから先は本物だ偽物だと考えることもやめたほうがいいかもしれないな」
「ど、どういうことですか?」
「ほらこれだよ」
老人が杖で指し示したのは通路の壁に飾られた看板だ。
『ここから先は古今東西あらゆるグリムを生きたまま(もしくは死んだまま)展示しております。存分にお楽しみください』
そして注意事項が一行。
『※お客様を捕食しようとするグリムもいますので、十分にご注意ください』
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