瀲の魔女⑥
累とフィズの二人はあくまで依頼のためにここへきたのだが、スロージアの用意したミュージアムがどんなものなのだろうというちょっとしたわくわく感が確かにあった。
そうしてミュージアムに足を踏み入れ、さっそく目の前に現れたものを見て呆気にとられる。
「なにこれ。でか」
二人の前に佇むのはエントランスの中央でとてつもない存在感を放つ巨大な石像だ。
生き生きとした笑みを浮かべた表情は今にも声をあげて笑いだしそうなほどにリアルで、ドレスのレース部分が波打つ様子などは石像とは思えないほどにこだわりを持って造られていることがわかる。
『スロージアミュージアムへようこそ』というのぼりを掲げているのがもったいなく感じるほどの一品だ。
とはいえ二人が呆気にとられたのはその精巧な造りもそうだが、石像のモデルが先ほど出会った少女にそっくりだからだ。
「プラム?」
まず目を引くのはツインテールである。
それがくるりとまかれた縦ロールにリボンまでついているのでどこかのお嬢様、という雰囲気を感じさせた。
ただプラムがビナフォアと呼ばれるいわゆるエプロンドレスを着ていたのに対してこちらの石像はコルセットドレス。
来ている服が違うせいかだろうか。
無邪気な子供のように感じられたプラムとは違い、この石像からは少しばかり背伸びをしたような思春期ごろの少女のような雰囲気が感じられる。
「んーたぶんスロージアですねこれ」
「え? プラムにそっくりだけど」
「スロージアとプラムは同じ顔なんですよ」
フィズの話ではスロージアという魔女とプラムというしもべは双子のようにそっくりらしい。
違うのは服の好みとスロージアの髪色が赤の暗色に対してプラムは同じ赤の髪でも明るい色なのだという。
「自分でいうのもなんですけど、魔女って基本的にぼっちですからね。出会いもないし、魔女同士で会うこともそんなにないし、仲がいいというわけでもないし、敵のほうが多いし。そのくせオドのせいで欲は強いから、そのあり余ったオドを使った魔術でみんな自分の理想のパートナーを造ってるわけで……」
「フィズにとっての私みたいに?」
「いやぁ改めて言うと恥ずかしいですね」
くねくねと身をよじらせながら照れ臭そうに笑っているが、普段の言動のほうが恥ずかしいのではと累は思った。
しかしフィズの話からすると魔女というのはなんだろうか……ありていに言ってしまえば――
「夢女子みたいだ」
「え? なんか言いました?」
「いや別に。でもその話からするとあの子供っぽくていろいろ抜けてるプラムがスロージアの理想ってこと?」
「そうなりますね」
「ロリコン?」
「そうなりますね。とはいってもスロージアも見た目は一緒ですけど」
「性癖が歪んでいる気がする」
「自分の外見が大好きなのかもしれませんね」
「ロリコンでナルシスト?」
「結論はそうかもしれません」
一度もあったことがないのにスロージアの印象がどんどんひどいことになっている。
しかしプラムのことはひとまず置いたとしても、こんなミュージアムを作って地上とつなげるような性格の魔女だ。
とてもまともだとは思えない。
「事実だから言うけど。魔女って変だよ」
「自分のことながら否定できませんね」
魔女といえば狩人と長年敵対してきたグリムの親玉のような奴らだ。
それがこんな変人、もっと言えば変態だらけだとは狩人たちは知っているのだろうか。
累の瞳が知らず知らず遠くを見てしまう。
「とりあえず先に進んでみます? プラムに渡されたパンフレットを見た感じだと、このエントランスの先はスロージアが収集した芸需品が並んでいるらしいですよ」
「芸術品ね。あまり興味ないな」
「累さんが芸術みたいなものですからね!」
「飾られるのは勘弁」
エントランスを先に進みながらパンフレットを見てみれば、このミュージアムは基本的には一本道のようだ。
この先が芸術品や歴史的な貴重品を納めた美術館エリアでその次はグリムの標本や剥製を展示している博物館エリア。
最後には生きたグリムが見られる動物園のようなエリアらしい。
「なんかいろいろ詰め込まれてますね」
「見どころ満載だ」
「グリムってのが嫌な予感しかしませんけど」
「映画だったら逃げて大騒ぎするやつ」
仕事じゃなくて普通に観光しに来たいなと少し思いつつ、二人は最初のエリアへと足を踏みいれた。
さっそく見えたのは高い天井と降り注ぐ淡い光。
そして開けたホールに所狭しと展示された膨大な量の絵画だ。
配置された絵画は大小さまざまな大きさで壁を彩り、中には正気を疑うような禍々しいものもあれば、キャンパスから這いずり出ようともがく何かがいたり、落書きのようではあるが誰かが一生懸命描いたであろうスロージアをモデルとした絵画もある。
「ほとんどグリムが描いたものみたいですけど、中には人間が描いたものもありますね」
「わかるの?」
「なんとなくですけど。それとか前に見たことあります」
フィズが指さしたのは数年前に盗難されたと大騒ぎになった絵画だ。
ということはスロージアが盗み出したということなのだろうか。
「描いた人もこんなところに飾られるとは思ってないだろうね」
「確かに。でもグリムの絵が多いとこういう普通の絵も新鮮ですね。グリムが描いた絵は何というか、描いた本人の気持ちみたいなのが激しすぎて私はちょっと苦手です」
「オドのせいかな」
「もし私が累さんを描いたとしたら、気持ちが高ぶりすぎてとんでもない絵ができそうですよ」
エルフの肖像画からは森のざわめきが。
ドワーフの肖像画からは鉄の匂いと熱風が。
描いた本人の思いがオドによって絵画に反映されているとしたら、フィズが描いたらなんだか恐ろしいことになりそうだ。
「やめてね。ここに飾られたくない」
「飾るとしたらバーに飾りましょうよ」
「それはちょっと」
お客を魅了する呪われた絵画とかになりそうで嫌だ。
そうして歩いていると膨大な量の絵画の波が収まり、何もない開けた空間が現れた。
中央にあるのはたった一枚の巨大な絵画だ。
「これ……」
描かれているのは七人の女性。
それぞれがそれぞれのやり方で大勢の人々を殺めている。
燃えて苦しむ人、拷問器具に捕えられた人、グリムに喰われている人、水に沈められている人、様々だ。
共通しているのはどれもこれも凄惨だということ。
描いた本人のオドも影響しているのか、人々の悲鳴や苦しみが音や匂いで伝わってくる。
「魔女?」
「まぁ……」
居心地が悪そうにフィズが頷く。
描かれた女性のほとんどは誰かわからないが、そのうちの二人はわかる。
特に白髪の女性が誰かというのはわからないほうがおかしい。
「こういうことがあったの?」
「……あんまり話したくないんですけど」
フィズが累に対して拒否感を見せるのは珍しい。
大抵は何でもかんでも受け入れるのだが、今は居心地悪そうに視線をそらして落ち着きもない。
「その、累さんが聞きたいなら何でも話してあげたいんですけど、私はできるだけ累さんの前では綺麗でいたいというか……。累さんが嫌な思いをするかもしれないですし」
「フィズはさ、私のことを何でも知ってるよね」
「もちろんです!」
「でも私はそんなにフィズのことを知らないよね。フィズに造られてからの記憶しかないから」
「それは……」
「別にそれでいいよ。でもさ、フィズのことはもっと知りたいと思う」
累の無機質な瞳がフィズを見つめている。
いつもと同じ無表情に見えるが、それは無表情なのではなく真剣な表情なのだとフィズは感じた。
「累さん――」
フィズが口を開いた直後、ミュージアムに鐘の音が響き渡った。
そして唐突な暗転。
視界が黒く染まったのは一瞬ですぐさま光が戻ったが、先ほどと違うのは周囲に飾られていた絵画が一つ残らず消え去っている点だ。
当然魔女を描いた巨大な絵画も消えている。
『本日はご来場ありがとうございました。スロージアミュージアムはただいまを持って閉館いたします。館内のお客様は速やかにご退場ください。なおこのアナウンス終了後、館内に残られているお客様は警備員によって処理させていただきます』
聞き覚えのある声だ。
幼さの残る声で数回同じ言葉を繰り返し、そうしてアナウンスが収まりわずかに薄暗くなった館内に累とフィズはとり残された。
二人の視線の先には先ほどまで存在しなかった警備員とやらの姿。
そして切り忘れた館内アナウンスが間抜けにも響く。
『ふぅ、ちゃんと言えた。展示品は全部しまったし、スロちゃんのためにアップルパイ作らなくちゃ』
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