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瀲の魔女⑤

プラムは二人を見送ると、洋館の門前にスロージアが用意してくれたハンモックに再び寝転がる。

ここから見える景色は美しいとはいえ代り映えのない空と海ばかりだ。

しかしさざ波の音を聞きながらハンモックに揺られる心地よさは素晴らしいの一言に尽きる。

それにミュージアムを訪れるお客様を一番最初に見つけることができるのでプラムは気に入っているし、驚いたお客様をここで迎え入れて説明するのがとても楽しくて大好きだった。

自分で作った受付窓口の看板も自慢の一品だ。

最もスロージアの意図としてはただの受付ではなくて不審者(おもに狩人)を入れないようにする警備員的な立ち位置だったので、まったくそれが機能していないというのは予想外のことだろう。


「今日はフィズと累がやってきました。フィズは前に合った時より優しかったな。累も狩人だけどいい人でした、と」


いつものようにメモ帳に今日あったことを書かないと、と途中まで進めて手が止まる。


「狩人?」


はてと首をかしげる。

そういえば累は狩人じゃなかったかな、と。


「あ、そうだよ! 狩人だ! また入っちゃった!」


正確には入ったというよりもプラムが率先的に入れてしまったのだが、細かいところは置いておく。

とにもかくにもスロージアの言いつけをまた守れなかったのが問題だ。


「ど、どうしよう。そうだ。内緒。内緒にしとかなくちゃ。忘れないように書いておこうね」


いそいそとメモ帳に今回も「ないしょにしよう」と書き終わったところで、ジリリリリっと呼び出し音が響く。

音源はハンモック横の白いテーブルの上に置かれたアンティーク調のダイヤル式電話機だ。


「スロちゃん! やったスロちゃんだ!」


この電話が鳴るのはスロージアが連絡を取りたいと思ったときだけなので、プラムは嬉しそうに受話器を取った。


「こんにちはスロちゃん! プラムだよ!」

「はいはい元気いいねプラムは」

「えへへ、だってスロちゃんと話すの大好きなの!」

「はは、かわいいこと言うじゃん。でさ、そっちの状況はどんな感じ? しばらく地上とつなげてみたけど誰か見に来た?」

「何人かお客様がきたの。ちょっとまってね」

「あ、ほんと? 前回つなげたときは誰も来なかったけど、やっぱ場所の問題だったのかな。私のコレクションに興味がある人間だけを誘導するようにしてたんだけど、地上にミュージアムがある場所だとそういう人間が集まりやすいのかもね。まぁなんにせよ今回は成功かな」


よしよしと嬉し気なスロージアの声を聴くとプラムも嬉しくなってくる。

もっと喜ばせてあげたいとメモ帳を開いてプラムは来場者の報告をすることにした。


「えっと、全部足すと……今日までに九人のお客さんが来たよ!」

「マジ!? 結構来てるじゃん!」

「最初に来たのはおじいさんが一人で、次が四人家族」

「うんうん、見る目のある人間たちもいるもんね」

「それでその次が狩人で、その次も狩人で、そうそうさっきフィズと累が遊びに来たの。楽しんでねってパンフレットを渡したよ」

「……ん?」


えへへと楽しそうなプラムとは対極的に受話器の向こうは声のトーンが一段階下がっている。

スロージアに自分の頑張りを報告できたのが嬉しいプラムなのだが、その報告が地雷を踏んでいるなどこれっぽちも気づいていない。


「これで全部足して九人だね。計算あってるかな?」

「計算は合ってるけどさ」

「えへへ、よかったぁ。プラム数えるのが苦手だから」

「いやちょっと待ちなさいよ。なんで狩人が計算に入ってるのよ」

「え? あ! そうだスロちゃんには内緒にするつもりだったのに!」

「はぁ!? 内緒にするつもりだったって何!? 私言ったよね!? 狩人は入れるなって! え? ちょっと待ってしかも何、フィズと累が来た!? あのフィズと累が私のミュージアムに!?」

「えっと、その、そう! プラムは頑張って止めようとしたんだけどみんな入っちゃって止められなかったの! 狩人は強いなぁ」


はぁやれやれものすごい戦いだったなー接戦だったけど負けてしまったなーとプラムが演技をしたところで、今更それに騙されるわけがない。


「あんたさっきパンフレット渡して楽しんでねって言ったって報告したよね?」

「あう! すぐ嘘がばれるの!」

「何が狩人は強いなぁ、よ! 平気で嘘つくのやめなさいよ!」

「ごめんなさい! ごめんなさい! でもプラムが嘘つくのはスロちゃんにだけだから! いつもはちゃんと正直なんだよ? スロちゃんには怒られたくないから嘘をついちゃうんだ」

「いや逆にしてよ。私にだけ嘘をつかないでほしいんだけど」

「だって失敗したのに正直に話したらスロちゃんに嫌われちゃうから、プラムは嘘をつくしかなくて。プラムはスロちゃんが大好きだから…」


受話器を大事そうに握りしめてごめんなさいとプラムは謝る。

受話器の向こうでスロージアがどんな顔をしているかわからないが嫌われたくない。

なのでプラムは何度もごめんなさいと言い続ける。


「……もう。まったく本当にあんたは。いいよ謝らなくて」

「許してくれるの?」

「やっちゃったことを責めてもどうしようもないでしょ。とにかくいったん地上との繋がりは切ろう。これ以上狩人に入ってこられても面倒だし。あと私もすぐ戻るから」


途端に沈んでいたプラムの顔がぱぁっと明るくなる。

スロージアに会える。

それがとてつもなく嬉しいのだ。


「スロちゃんが来てくれるの!? やったー!」

「言っとくけどあんたの失敗の後始末なんだからね?」

「えへへ、ごめんなさい。でもスロちゃんと会えるならまた失敗してもいいと思うの」

「わざと失敗するのだけはやめなさいよ。ほんとに。とりあえず私がつくまではそうね、一応ミュージアムの防衛レベルを上げといて。それと私たちのコレクションを壊されても困るし、展示品は全部倉庫に下げておいて」

「うん任せて」

「せっかくの来場者なんだしコレクションを見た感想を聞きたかったけど、狩人が侵入してるなら面倒ごとになる前にさっさと始末したほうがいいかな。フィズと累はともかくそこらの狩人なら警備用のグリムで十分だと思いたいけど……最悪コレクションを使うか」


入り込んだ狩人やフィズと累の始末をどうするか、ぶつぶつと受話器の向こうで悩んでいる声が聞こえる。

プラムからするとこれは不思議なことだった。

たとえミュージアムの中に面倒な狩人やフィズや累が入り込んだところでスロージアに適うはずがない。

なにせプラムが知る限りスロージアは最高で最強な至高の魔女である。

そして自慢のご主人様だ。


「スロちゃん。フィズと累ってそんなに強いの?」

「フィズがもともとなんの魔女って呼ばれてたか忘れたの? 屍よ? し、か、ば、ね。人間だろうがグリムだろうが無差別に殺しまくって、自分の周囲を屍だらけにしてようやく落ち着いたなんていう筋金入りの変態死体愛好家(ネクロフィリア)なんだから」

「フィズは変態……」

「その屍の魔女が最初で最後に造った屍人形(ネクロドール)が累ってわけ。弱いわけないでしょ。というかあれだけ大勢狩人を殺しておいて、自分で造った人形がその狩人なんて何を考えてるんだか。魔女って本当に変な奴が多いわ」


ふーん、魔女は変態が多いんだなぁとプラムが感心していると、視界に広がっていた海原が沈み込むように消え青空は塗りつぶされたように黒に染まっていく。

瞬く間に残ったのは洋館だけであり、周囲は断絶されたように暗闇ばかりだ。


「とりあえず今地上との繋がりは切ったわ。これからそっち行くからさっき頼んだの忘れずにやってよね」

「うん! あとスロちゃんは何が食べたい? 久々に会うから御馳走を用意するね」

「いやいいって。それより頼んだことをちゃんとやって」

「あう。残念なの……」


しょんぼりとうなだれるプラムの姿を見たわけでもないのだろうが、受話器の向こうで軽く咳払いの音がすると、小さく「……アップルパイが食べたい」という声が聞こえた。

読んでいただきありがとうございます。

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