瀲の魔女④
周囲をぐるりと見渡すが、静かな海が広がるばかりで目の前の洋館以外に見えるものは何もない。
その洋館はというと庭園に囲まれ一見華やかに見えるが、よく見れば手入れをしている者のセンスが悪いのか花々や木々のバランスが悪い。
明るい花々が植えられていると思えばその近くの木々は根元からねじれ伸びて葉は垂れ下がっているし、背が高く青々と茂った木の根元にはなぜかラフレシアに似合た巨大な花や茨が巻き付いている。
なんというか全体的にアンバランスで思いつくものをとりあえず配置してみたというような感じだ。
「魔女の仕業ですね」
周囲を見渡しながらフィズが断言したように呟いた。
魔術を扱うグリムは数多い、というよりも魔術を扱えないのは人間くらいのものだ。
人間は長い歴史の中で魔術に扱うのに必要なオドを自分の体から捨て去っていった珍しい生き物だ。
だから狩人は霊薬という形でオドを外部から取り込み心身の強化を行うのに対し、グリムは大小あるが皆オドを体内にため込んでいる。
この前討伐したなり損ないも自身が意識していないだけで体内のオドを利用した魔術で体が強化されているし、少し前に討伐したハグなどは魔術を使って獲物をしとめる典型的な例である。
そしてグリムの中でも絶対的な量のオドを保持し魔術の扱いに特に優れた存在。
それが魔女である。
「現存する魔女は六人。いや七人か」
「そうですね。周りを見れば誰かはすぐわかりますけど」
青い空に青い海。
そして静かな波音と、洋館へと続く細く長い砂浜の道。
まるでリゾートにでも来たような感覚に陥ってしまう。
心地よい空間なのだが、累がひとつ気になっているのはフィズの様子だ。
「帰る?」
「え?」
「嫌でしょ。ここにいるの」
フィズがどういう気持ちかくらいはすぐにわかる。
本人が思っている以上に顔へ出るしわかりやすいからだ。
「いつもなら『海をバックにする累さんは素敵ですね~』とか『水着きましょう水着!』とか言うでしょ。元気ないし」
「私の真似ですかそれ。似てますね。そして言いますね。普段の私なら」
なんだか気まずくなったのか、フィズはごまかすようにくっつき累の髪の匂いを嗅ぎ始める。
この間も思ったけど犬みたいだな、と累は思った。
「いい匂いです。累さんの匂いは落ち着きますね」
「同じシャンプーとリンス使ってるよ」
「まぁそうなんですけども……なんか気を使わせちゃいましたね。でもでも累さんが私を気にかけてくれただけで嬉しいですよ! まぁこういう海で水着姿の累さんを写真や動画に収めたいって気持ちはありますけど、それはまた今度の楽しみにしましょう。お仕事しないとですね」
フィズが累の手を引いて洋館へと歩き始める。
累は引っ張られるとは思っていなかったので少しつんのめった形にはなったがあとをついていくと、少しして洋館の門の前に日差しを遮るためのパラソルとハンモックに椅子、そしてミミズがのたくったような字で『うけつけ』と書かれた看板と机が設置されていた。
さらに近づけばハンモックに揺られた何かの塊が見える。
「なにあれ? ……スライム?」
「そうですね。普通のスライムよりいろいろと特殊ですけど」
「知り合い?」
「まぁそうです」
フィズが軽くため息をつくと、澄んだ色のスライムもこちらに気が付いたのかぶるぶると震えるように動き始めた。
目や口があるわけでもないのだが、なぜだかあのスライムが怯えているようにも見える。
「プラム!」
フィズがそう大声を出すとスライムがパニックになったように震え体内の液体が沸騰したようにぶくぶくと水泡をまき散らしている。
確実に怯えていることがわかるし、挙句の果てにハンモックから転げ落ちる始末だ。
顔もないのに表現が豊かだなと累が関心しているうちに二人は怯えるスライムの前へとたどり着いていた。
「プラム。そのぶるぶるするのやめてほら。それじゃ会話できないじゃないですか」
「え? 会話できるの?」
「できますよ。ね?」
ね? に圧力をかけて睨まれたスライムが観念したように動きを止めると、次第に小さな人影へと体が変化していく。
現れたのは先ほどの水の塊が嘘のような小さな少女だった。
「あひ、久しぶりだねぇフィズ。えへ、そっちの人は初めまして、プラムだよ。えへへ」
怒られるのを怖がるようにして笑うのはロールツインテールの少女であり、外見だけを見ればスライムの面影など全くない。
どこからどう見てもただの女の子である。
「初めまして。累です」
「あれ? 累? あ! あー! フィズが夢中だって噂のお人形さん! でも狩人だったよね? 怖い?」
「累さんは怖くないですよ」
「なんだよかったぁ。えへへ初めまして。プラムだよ。へへ」
「さっき聞いた」
「そう? でもでもプラムはプラムって呼ばれるのが好きだからたくさん呼んでね」
前かがみで自分の体を守るように縮こまるプラムは、なんというか見る人が見たら大いに被虐心をあおられることだろう。
もっとも累よりも小柄で子供といってもいいくらいなのでそういうった行為は憚れるわけだが。
「このプラムが魔女なの?」
「え、違う違う。プラムは違うよ。スロちゃんが魔女なの。瀲の魔女なの。プラムに名前をくれた素敵な人なの。えへへ」
「スロちゃん?」
「スロージアって名前の魔女なんですよ。スロージアはここにいないんですか?」
「今はお出かけ中。プラムがここの管理者なの。スロちゃんに頼まれたんだ。自慢なの」
嬉しそうにはにかむプラムからは敵意などなく、嘘を言っているようにも見えない。
スロージアという魔女がいないということがわかると、フィズは少し気の抜けたように息を吐いた。
「ここはスロージアの作ったダンジョンで間違いないみたいですけど、本人がいないって何してるんですかね」
「これがダンジョン? 前に入ったことがあるのとは全然違うけど」
「魔女によって違いますよ。それに狩人が侵入するような入り口付近じゃなくて、ここはたぶんダンジョン奥のプライベートなエリアだと思います。そこを部分的に地上に繋げたんじゃないですかね」
「へぇ。そんなことできるんだ」
「できるんですよ。魔女ですから」
普段グリム関連のことになるとフィズは累から教わってばかりだが、魔女のことになると累に色々教えられるのが嬉しいのか得意げだ。
ふふん、ともっといいところを見せたそうな顔をしているフィズの横でプラムもなぜか似たような顔をしている。
「プラム。ここに人間とか狩人が来なかった?」
「人間と狩人? えっと、そのちょっと待っててね。プラムはスロちゃんに報告するためのメモを取ってるから」
そういうと頭に手を突っ込みぐりぐりとかき混ぜている。
見た目は普通の少女だけに少し不気味だ。
時折瞳がぐるんと回るのが余計に気味が悪い。
「えへへ、あったあった。ここに書いてるよ」
頭から引きずり出したのは子供が使うようなかわいらしいメモ帳だ。
少しばかりついていた水のようなもの――体の一部だろう――を払いのけ、はいどうぞと渡されて中を確認してみればたどたどしい文字で日々何が起きたかが記載されている。
メモというよりも日記に近い。
〇ミュージアムかいえんから4にちめ
はじめてのおきゃくさまがきました
おじいさんです
スロちゃんもよろこぶね
おきゃくさまにたのしんでもらえるといいな
〇ミュージアムかいえんから5にちめ
きょうはにんげんが4にんきました
かぞくなんだって
おどろいていたのですてきなばしょだとおしえてあげました
パンフレットもわたしていってらっしゃいといいました
〇ミュージアムかいえんから6にちめ
きょうはこわいひとがきました
スロちゃんからかりうどはおいかえせといわれていたけどこわかったのでかくれました
そのままはいっちゃったけどどうしよう
ないしょにしようとおもいます
〇ミュージアムかいえんから7にちめ
そとにほしをみにいったらほそくてながいひとにみつかっちゃいました
いそいでにげたけどおいかけられてミュージアムのなかにはいられちゃった
うみにまぎれてかくれたからプラムはたすかったけどどうしよう
かりうどのことはスロちゃんにはないしょにしようとおもいます
「なるほど」
「……なんか、いろいろ気になることがありますね」
「そうだね」
そこでプラムから少し離れて累はこそこそとフィズに耳打ちした。
「スロージアを私は知らないけど、プラムをここに配置したのは間違いでは?」
「同じこと思いました。サラリーマンがこういうのを部下にすると困るでしょうねぇ」
「内緒にしちゃダメでしょ」
「ダメですよねぇ……やる気はあると思うんですけど」
ちらりとプラムを見ればにこにこと笑みを浮かべている。
見た目もやっていることも子供だからと割り切れば許せる範囲内だろうか。
結局二人は「まぁ私たちには関係ないしな」と考えを切り替えることにした。
プラムのことをとやかく言うのはスロージアの仕事なのだ。
「このミュージアムってのは何なんですか?」
「スロちゃんが作ったの。ここだよ」
「この建物がミュージアム?」
「そうそう。スロちゃんがたくさん集めたいろんなすごいものを飾ってあるの。ふふふん、本当にすごいんだよ!」
自慢気に胸を張るプラムだが、累たちにはいまいちわからない。
話からするとここはスロージアという魔女が作り上げたミュージアムということらしいが、ミュージアムといえば博物館や美術館のことだろう。
そんなものを魔女がわざわざ作る?
「そういえばスロージアって収集癖があったけど……それがこうなったんですかねぇ」
「スロちゃんはね、たくさんたくさん集めたから感想が欲しくなったの。おもちべーしょん? の維持に必要なんだって。もっともっとたくさん集めてここを世界で一番素敵な場所にするのがスロちゃんとプラムの夢なんだ」
「夢か。魔女ってそういうわけわからないことするの……いやするか」
「なんで私を見て今納得したんですか? まぁ否定はしないですけど……。魔女ってオドが多いせいか自分の欲望に正直なのばっかりなので」
「そうだろうね」
フィズを見ていれば納得できる。
これが魔女のスタンダードだとするとスロージアという魔女も大概おかしいのだろう。
しっくりときた累はそこで頭を切り替える。
なにせこれからこのミュージアムに迷い込んだ人間と狩人を救出しなければならないのだ。
「プラム。私たちも中に入っていい?」
「入りたいの? いいよいいよ。えへへ、たくさん楽しんでね」
狩人だけどいいのか、と喉まで出かかった言葉を累は無理やり飲み込む。
フィズも何か言いたげだったがとりあえず飲み込んだらしい。
「はいこれ。パンフレットだよ。最後に感想を書いてね。感想を書かないと出られないからね。必ず書いてね」
「パンフレット? そんなものまで用意してるんですか」
「ふふん、スロちゃんの手作りなんだ」
意外と手の込んだパンフレットに目を通しつつ、累とフィズはミュージアムの中へと入っていた。
「いってらっしゃーい! 楽しんでねー!」
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