瀲の魔女③
上野は美術館や博物館などの文化的な建物がある一方で、下町の風情を感じさせるアメヤ横丁を中心とした商店街も存在する見どころの多い街だ。
上野恩賜公園では定期的に様々なイベントが開催されており、家族でも恋人でも友人同士でも長く楽しむことができる魅力的な街といえるだろう。
さてそんな場所にやってきた累とフィズは人の多さに少しばかり辟易していた。
フィズなどは最初こそ累とのデートだと満面の笑みだったのだが、いざ上野についてみると大型連休ということもあって家族連れやカップルに学生などどこを見ても人、人、人という状況にあからさまにテンションが下がっている。
「うぐぐ……有象無象がわらわと」
「有象無象って」
「人間ってやっぱりもっと数を減らしたほうがいいと思います」
「日本は減ってる。少子化だし」
取り留めない会話をしつつ、さてどこに向かったものかと思案する。
ここに来たのは当然協会からの依頼だからなのだが、ただ単にグリムを始末すればよいという話でもない。
「狩人が二人行方不明になったんでしたっけ? この広い上野でどう探せってんですかねぇ」
「どうしようかね」
依頼の経緯としてはこうである。
上野周辺で数名の行方不明者が出たことにより、これにグリムが関係していると判断した協会が狩人を派遣。
最初に派遣された狩人が数日後に音信不通となり、その後追加で派遣された狩人は上野恩賜公園周辺でグリムらしきものと遭遇したという連絡を最後に消息を絶った。
そのため原因と思われるグリムの調査と狩人を含めた行方不明者の安否確認と救出が今回の依頼内容である。
「まず原因になったグリムを探さないといけないんだけど」
「何の情報もないんですよね?」
「そうだね。詳しい情報は何も。公園周辺ってことだけ」
その公園が広いのだ。
公園内に動物園や博物館に美術館まであるのだから、どこに潜んでいるやら見当がつかない。
もしかしたら地下に潜んでいるかもしれないし、狩人と出会ったことでこの場所を離れたという可能性もある。
「特に思い当たらないならぷらぷらお散歩してみます? ここから近いのだと美術館ですかね?」
「動物園がいいな。ハシビロコウが見たい」
「いいですね! 行きましょう!」
結局その日はグリムに関する情報は何も得られず、ただ動物園を楽しんで一日が終了した。
日も暮れ始めたのでいつもどおりフィズに運転を頼み、累はというとサイドカーでお土産のハシビロコウのぬいぐるみを抱いて座っている。
ハシビロコウも表情が乏しいので累としては妙なシンパシーを感じたのだ。
「……あの、調査報告ですよね?」
スマートフォン越しに聞こえる相手の声はどうにも歯切れが悪い。
帰宅途中に協会員から調査結果の報告をするようにと連絡があったので、「いろいろな動物が見られて楽しかった。特にハシビロコウ。明日は美術館を回ります」と返したところ、しばらくの沈黙の後に今のような反応をされたのだ。
「うん。報告」
「――」
また反応がなくなってしまった。
電波が悪いのかなと思い、とりあえずまた明日報告しますとだけ言って累は通話を切ることにした。
そして報告通り二日目は美術館を回ることにしたのだが、こちらでも特にグリムに関する情報は得られなかった。
しかし報告はしなければと「十七世紀の油絵が一番印象に残った。青色がとても奇麗。明日は博物館を回ります」と伝えたところでまた電波が悪くなったようだ。
きちんと報告が伝わっていればいいのだが、電波が悪いのであれば仕方がない。
とにもかくにも調査三日目。
三度目の正直というわけでもないのだろうが、奇妙な違和感は唐突に訪れた。
「どうしました?」
「なんか変」
博物館に入ろうかというところで累の足が止まり、入場列を離れて行ってしまう。
フィズとしては今日も楽しくデートができると思っていたのだが、どうやらそういうわけにもいかないらしい。
速足で博物館の裏手に回った累を追いかけたところで、フィズも遅れて違和感に気づく。
「あれ? この匂いって」
「だよね」
「雑というか、わざと気づくようにしてるんですかね?」
「たぶんそう。誘ってる」
魔術というものは様々な形があるが、今回でいえば甘い香りのようなものが漂っている。
最初は薄くいい香りだなと感じる程度だが、その匂いを追ってみれば徐々に香りが強くなり、ただの人間であれば思考が微睡み誘われるがままにその匂いのもとへと進んでしまうだろう。
もっとも周囲の人間が気づいていないところを見ると、だれかれ構わず誘っているわけではなく狙った相手だけを連れ出すような魔術を組んでいるのかもしれない。
そうして匂いが一段と強くなった場所へと足を踏み入れた刹那、二人の視界には果てのない海とその中心に佇む巨大な洋館が広がっていた。
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