瀲の魔女②
アルベルトは胡乱な目つきでバーカウンターに座ると視線を店内に巡らせる。
途中濃厚な雰囲気のカップルに眉を吊り上げたものの、最終的には悪くない雰囲気だと呟いた。
「今日はどうしたんですか? やり返しに来たんですか?」
「それなら礼儀正しく入ってくるわきゃねーだろうが。そもそも依頼でもないのに殺し合いなんて狩人はしねぇよ。この店の宣伝をされたからな。ただ単に酒を飲みに来ただけだ」
裏を返せば依頼があれば殺し合いもありうるということなのだが、今回はそうではないらしい。
「ご注文は?」
「日本のウィスキーならなんでもいい。ロックで頼む。タバコはいいのか?」
「喫煙はあちらですよー」
「なるほど」
フィズの言葉に皮肉気な笑みを浮かべると喫煙スペースへと入る。
その間に累はウィスキーの準備だ。
国産ウィスキーは数あれど、果たしてどれにしたものか。
「ふむ」
せっかく宣伝が実を結んだので、できればリピーターになってほしい。
なのでいいものをと選んだのは国産ウィスキーの中でも特に評価が高く、現在では定価で手に入れるのも難しい人気の銘柄だ。
もっと欲を出せばさらに値段の高いものも置いてはいるが、それをいきなり出すのはさすがに憚られる。
しばらくして喫煙スペースから出てきたタイミングに合わせてグラスにウィスキーを注いで差し出すと、熟した果実のような芳醇な香りにアルベルトはわずかに笑みを見せた。
「依頼がありゃ世界中のどこにでも行く仕事だからな。酒はその国の物を飲むようにしてるんだが、日本はウィスキーがいい。日本酒や焼酎も悪くないがな」
そう言って差し出されたグラスに口をつけ、ゆっくりと味わってから満足げに頷いて見せた。
「お客が増えるのは嬉しい」
「あのタイミングでの宣伝はどうかと思うがな。まぁいろいろあったがお前らも自分の仕事をしただけだ。別に恨んじゃいねぇよ」
「そういえば吸血鬼を追ってるって聞きましたけど」
「協会から依頼されてな。なり損ないはお前らが始末したが、結局は元を絶たなきゃ意味がない。その吸血鬼にどういう意図があったか知らねぇが、協会としては放っておけねぇだろう。それにやり返すってことなら俺の相手はその吸血鬼だからな」
「それはいいですけど、協会の狩人を結構殺してませんでした? よく協会が許しましたね」
「まぁな。だが依頼を優先した結果だってのは協会の連中も理解してんだろうよ。俺はフリーだし依頼を優先してのことなら文句を言われる筋合いもねぇからな。狩人の世界じゃ生き残れないほうが悪い」
アルベルトの狩人としての腕は間違いなく超一流だ。
それは戦って狩人としては勝てなかった累が一番よく理解している。
協会としても一流の狩人と敵対するよりは手を組むほうがいいと判断したのだろう。
「アルベルトは腕がいい。協会が依頼したのは正解だと思う」
「なんだ俺の名前を聞いたのか? グリムに名を呼ばれるとは思ってなかったぜ」
「嫌ならやめるけど」
「構わねぇよ。お前らは累とフィズだったか。お前らが化け物だって気づく奴は、この店の客にはいねぇんだろうな」
「そもそもお客さんが少ないんですけどね」
「それはそう」
「店員が抱き合ってる店だからな。客は引くだろ」
「タイミングが悪いんですよ。もう少し遅く来てくれればキスまでいけたのに」
「お前らなぁ」
「違う。違うって。普段はほんとに普通のバーだから」
「グリムがやってる時点で普通じゃねぇがな」
ぐうの音も出ない。
やがてカップルが退店し、アルベルトが三杯目のグラスを飲み干しかけたタイミングであっと声が上がった。
「危ねぇな。酒飲んで忘れるところだったぜ。ほら、協会からの依頼だ」
「え」
手渡されたのは協会のシーリングスタンプが押された封筒である。
普段はカザリが直接依頼の話をしに来るのでこういった手紙形式での依頼は珍しい。
「カザリはどうしたんですかね?」
「フィズがいじめたから」
「いじめてませんって!」
「でもあれからこない」
「いやまぁ……それはそうなんですが……」
一応カザリも貴重な客の一人ではあるので来なくなるとそれはそれで困る。
かといって頻繁に来られて依頼を投げられるのも困るのだが。
「さて渡すもんも渡したし、俺はそろそろ行くぜ」
「もう少しいてもいいのに」
「耐魅了の魔術具を用意したとはいえ、あんまり長居すると酒のせいもあって魅了されかねん。それはごめんだからな」
「私も嫌なので次回はもっと精神を鍛えてからきてください」
「言うじゃねぇか」
面白そうに口の端を吊り上げ、アルベルトはわずかに残ったウィスキーを飲み干した。
協会から事情を聞いてフィズに復讐しに来たのでは? と少しばかり勘繰った累だったが、純粋な狩人らしくアルベルトは依頼遂行中にあった出来事を引きずったりしないらしい。
依頼が終わったらあらゆる禍根は水に流す、という狩人の精神性を累は好ましく思っているので、その見本のようなこの男にはぜひ常連になってほしいものだ。
「今日はありがとう。また来て」
「あぁ悪くない店だった。機会がありゃ寄らせてもらうさ」
アルベルトの退店後、累は渡された封筒を開いてみる。
協会のシーリングスタンプが押された以外は特別なこともなく、気になることといえば差出人の名前がないことくらいだ。
封筒から取り出した手紙もあっさりとしたもので依頼内容に関するものが機械的に書かれている。
「相変わらずあっさりとした依頼の仕方」
累はなんとなくこの依頼のされ方が嫌だった。
カザリが直接依頼しに来てくれればいろいろと質問できるのだが、手紙だとあとは自分でどうにかしろと突き放されたような感じがして気分が悪い。
そもそも協会に所属しているわけでもない累は依頼を必ずしも受領する義務がない。
このまま手紙を燃やしたところでルール上は問題ないのだ。
(でもなぁ)
グリムであるということは協会からすると要注意の監視対象でもある。
フィズは特に危険視されているだろうし、協会に恩を売って『自分たちは悪いグリムじゃないよ』とポイントを稼ぐのは大事なことだ。
訴えかけるだけでも相手はずいぶんとやりにくいだろうし、一緒に戦ってくれるならモンスターだって大事にしてくれる。
とある有名なゲームで学んだことだ。
「まぁ受けるか。お金ももらえるし」
累は依頼を受領したことを証明するサインを手紙の最下部にした。
こうして依頼された手紙には狩人各々がサインすると依頼を受領したことになるのだが、そうすると手紙には追加で一文が現れる仕組みになっている。
『よい狩りを』
とても短い激励の言葉を見て、小ばかにしたように鼻を鳴らしたのはのぞき込んでいたフィズだ。
けれどすぐにころっと表情を変えて嬉しそうに笑みを見せている。
おそらく依頼された調査場所を見たからだろう。
「明日は上野でデートですね!」
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