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なり損ない⑯

目当ての倉庫へたどり着いて最初に目に飛び込んだのは、鼻歌交じりにスマートフォンをいじるフィズの姿だ。

おそらくさっき約束したデートの行き先でも探しているのだろう。

フィズがご機嫌なのは自分関連の時だけだと累はよく知っていた。


「あ、累さんお疲れ様です!」

「お疲れ。それがそう?」

「はい。中にいるのは確認しましたけど何もしてませんよ」


何もしてないというときは何かしてるのがフィズである。

実際鍵のかかった木箱からわずかに血が染み出しているが怪しい。

じとっとした疑うような視線を累が向けるが、当の本人はそんな視線が嬉しいのか「そういう眼も素敵ですよ」とうっとりしている。


「まぁ、いいか」


フィズが仮に何かしたところでそれを責めるつもりもないので累は早々に聞き出すことをあきらめ木箱へと手をかける。

南京錠はかけられているものの、鍵自体は開いているようで木箱の扉はすんなりと開いた。


「……はぁ」

「嫌なら変わりますよ?」

「別に嫌じゃないけど、汚れるから」


ショットガンと手斧を落としたままだったので、仕方なしにナイフを手に木箱へと入る。

小さななり損ないは食らいついた獲物に夢中なようで背後から近づく累には気づかない。

そうして首にナイフを突き立て引き裂けばなり損ないは静かに倒れこんだ。


「お疲れさまでした、累さん」


それはこれまでの経緯に比べればとてもあっさりとした、狩りの終わりだった。



* * *



最近のフィズは機嫌がいいが、今日はその中でも特にいいらしい。

それも当然のことで、何せ今日は累とのデートだ。

行きつけのアパレルショップで店員にあれやこれやと指示を出すと、累を引きずってフィッティングルームへとひきこもる。

店員も慣れたものでフィズに指示されるがまま指定された服を用意し、それをフィズが一つずつ着せ替え人形のように累へと試着させる。


「これも似合う~。こっちも素敵~。全部似合うなんて奇跡みたいな人もいるんですね~。もう私悩んじゃって困りますよ~」

「ほんと? 似合ってないの絶対あるよ」

「似合いますよ! ねぇ?」

「ええ、大変お似合いです。こちらもお似合いになるかと思いますがいかがでしょうか」

「や~んそれも素敵! さっそくお着換えしましょうね~」

「まだやるか」


笑顔で答える店員をいまいち信じられない。

フィズの圧に屈したか、それともここでほめればもっと買ってもらえるとか、そんなことを考えているのだろうと勘ぐってしまう。

実際鏡に映るのはピンクのゆるふわワンピースだ。

自分に似合うような服ではない気がするのだが、どれだけ言っても同意してくれる人間がいないので累は首をひねるくらいしかできない。


こんな服を着てなり損ないを討伐したらスプラッター映画みたいになるな、なんて思いながら文字通りフィズの人形になって1時間後、どうやら満足したらしい。

ほくほく顔の店員と両手に大量の袋を抱えて満面の笑みのフィズ。

死んだように虚ろな目をしてるのは累だけだ。

まぁ実際は屍人形なので死んではいるのだが、累はさらにこの後別の店も連れまわされることを知らない。


「あれカザリじゃないですか。なーにしてんですかこんな場所で」

「いや私だって自分でもこんな場所は似合わないなって思ってるけどさ、君らがいるって聞いたからわざわざ来たんだよ」


あれから三店舗ほど回って見るからに疲れ果てた累を少し休憩させようと近場のカフェに入ったところでカザリが現れたのだ。

味よりもSNS映えを重視させたようなかわいらしい店に少し気後れしているのか、カザリは落ち着かなさそうに二人の近くの席へと座る。


「さすがに煙草……は無理だよね。落ち着かないねぇ」

「カザリは見るからに似合いませんからね。スーツで来るようなカフェじゃないですし」

「まぁ、似合わないのは私も一緒」

「累さんは似合いますよ。ねぇ?」

「んーその服ならこの店に合ってるんじゃないかい? かわいいし。かなり目立つけど」


フィズに促されたカザリは足から頭までをすっと見てそんな感想を口にした。

さっきの店で着せられたゴシック調のドレスで小柄な累にはよく似合っている。


「ほらかわいいって」

「目立ちたくはない」

「まぁ目立ってるのはフィズもいるからだけどさ」

「それはそう」

「私のことはどうでもいいんですよ。それでカザリはどうしたんです? こんな場所にまで無理してやってきて」

「この間のなり損ないの件だよ。落ち着いたから事後報告をね。って、え、これ頼んだやつ? ちょっと、かわいすぎるな……」


注文したカフェ・ラテに想定外のかわいらしいラテアートが施されていることに困惑しつつも、カザリは改めて二人へと視線を向けた。


「あー、君らが倒したなり損ない。子供だったろう? つまりは最初にその子を襲った別のなり損ないがいたわけでさ」

「見つかった?」

「母親だったよ。見つかったというか、すでに始末したって連絡があったんだよね」


なり損ないが生まれるのは吸血鬼が非処女もしくは非童貞の血を吸って殺さなかった場合、もしくはなり損ないに吸血された場合のどちらかだ。

つまり先日の事件の発端である子供のなり損ないは、おそらくではあるが前者の条件には当てはまらないわけで、となるとすでに存在していた別のなり損ないに襲われたから変異したと考えるのが普通である。


「君らと対峙した狩人、アルベルトっていうんだが、彼からそう連絡があった。なり損ないを生み出した吸血鬼も今は彼が追ってくれてる」

「ふーん。母親が娘を襲って、娘は父親を襲って、なんだか悲しい話ですね」

「……まぁ、そうだね。協会としてはなり損ないが出たにしてはマシって判断だけどさ」


都心でなり損ないが現れて被害が二桁で済んだのだ。

狩人たちからすれば被害が少なかったと驚くほどだろう。


「やっぱり君たちは腕がいい。頼んでよかったよ」

「褒めても何も出ませんけど、累さんのことを褒めたことは褒めてあげます」

「喜んでいいのかい? それ」


苦笑しながら、せっかく頼んだのだからとカザリはスマートフォンのカメラにデコレーションされたカフェ・ラテを収める。

周りの視線を気にしているが、案外こういうかわいらしいものが好きなのかもしれない。

逆に累のほうはあまり興味がないのか、かわいらしいうさぎ型のケーキを容赦なく引き裂いて黙々と食べている。

フィズはと言えば当然のように興味は累にしかなく、ケーキではなく累を写真に収めてばかりだ。


「まぁ今後も君らがこうして依頼をこなしてくれるなら、多少の被害には目をつむるさ。その被害が意図的であってもね」


二人の反応は特にない。

追加のケーキを食べる累と、追加のケーキを食べる累の写真を撮るフィズ。

別に何かしらの回答が欲しかったわけでもないカザリはそのまま席を立って店を出て行った。


「ケーキおいしいですか?」

「まぁまぁ。食べる?」

「私はいいです。ところでちょっと席を外していいですか?」

「……カザリにちょっかい出すのはやめなよ」

「違いますよ。お花を摘みに行って来るだけです」


そう言ってフィズは店を出ていってしまった。

一人取り残された形になった累は視線をぐるりと店内に巡らしながらゆっくりと紅茶を味わう。


「トイレなら店の中にもあるし。嘘が下手」



* * *



「ッぐ……う、がぁ」

「カザリはさぁ、累さんの前で匂わせ発言やめてほしいんですよね」


奇妙な光景だった。

休日のため通りには人が溢れ車道の通行量も多いというのに、その中心で四つん這いになってもがき苦しむカザリとそれを見下ろすフィズに誰も反応を示さない。

その空間が丸ごとこの世にはないかのように人が避けて通っていくのだ。


「ど、どう……せ、累だって、知ってると思うけど……ね」


周囲は酸素にあふれているというのに、どうやらカザリは呼吸ができないらしい。

顔を青く染め息も絶え絶えなカザリを見やり、フィズはこれでもかと深いため息をついて見せる。

そんなことだからここでこんな目に合っているんじゃないの、とでも言いたげな目だ。


「何もわかってない」


とたんに呼吸が正常に戻る。

ようやく取り入れた空気にカザリが安堵の表情を浮かべた。


「そりゃ累さんは私が選んだたった一人の至高の存在ですから、私が何をしてたかなんて当然わかってますよ。でもそれを累さんの前で無神経に言われたら私の居心地が悪いじゃないですか。累さんの前ではクリーンというか清廉というか、まぁそんな感じでいたい乙女心とかわからないんですかね?」

「乙女心……? そんなことで私はこんな目に合ってるわけ?」

「そうですよ? わからないならもっと教えてあげましょうか?」


フィズが指を鳴らすとカザリの周囲をいくつもの窓のようなものが取り囲む。

そのどれもが別の場所につながっており、そこには見るからにおぞましい怪物がカザリを血に飢えた眼で覗き込んでいる。

生温かい吐息と血の匂いに震えが走るが、何より目の前でこちらを見ている女の瞳がカザリは恐ろしかった。


「……わかった。わかったからやめてくれ。頼むよ」

「わかればいいんですよ」


周囲の窓が閉じていき、休日のにぎやかな光景が戻ってくる。

しかし体の震えはまだ収まらない。


「冗談ですよ~。まぁ今回は私も調子に乗りすぎたところがありましたけど、協会の人間にはうまく言っといてくださいね。協会ともめるのは嫌ですし、累さんもいい関係でいたいって言ってるので」

「……さっきも言ったが普通に考えたら被害は少ないんだ。協会だってそうそう君らを責めたりはしないよ」

「それはよかった。まぁ協会との調整は今後も頼みますよ。カザリはそのためにいるんですし」


カザリの答えを聞いて満足げに頷いたフィズは数歩近づいて、いまだ座り込んでいるカザリの耳元に口を寄せる。


「ちゃんと私たちと協会の間を取り持ってくれれば、ご褒美上げてもいいですよ?」


先ほどの恐怖とは違う震えが背筋を走る。

カザリはぐっと目をつぶり、耳元でささやく甘美な声から全精力を動員して体をそむけた。


「や、めろ! わかってるから! 私に近づくな!」

「素直になればいいのに。まぁそうやって簡単に魅了されないところは気に入ってますけどね」


気に入るなんて言葉も使わないでほしい。

距離が離れても何がきっかけで魅了されるかわからないくらいに、今のカザリの精神は不安定だ。

対魅了用にかけている眼鏡の効果が疑わしいくらいである。


「じゃあ私は愛しの累さんのもとへ帰るので、もろもろよろしく頼みましたよ」


フィズの姿が消え、周囲の人々の視線がカザリへと集まる。

彼らからすれば急にカザリが現れたように見えたのだろう。

おまけにカザリも憔悴しきって座り込んだままなので余計に目を引いてしまう。


「……ったく。ほかのグリムがかわいく思えるね」


誰もを魅了する怪物の中の怪物。

世界に七人しかいない魔女の一人。

屍の魔女。


協会が敵対しないよう苦心しているのも理解できる恐ろしさだ。

だがそんな怪物が累という別の怪物に魅了されているのだから笑えない。

二人がそろっている限り、とりあえずは安全だろう。

とりあえずは、だが。

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