天使⑪
「多いな。それになんだあの統一性のなさは」
ブロンクスが困惑したのはミノタウロスがいたことにではない。
迷宮の中ということであればミノタウロスがいるのはむしろ自然であり、神話では一体だがそれが眼前に五体いたとしてもヘルメスの敵ではない。
ただ気になるのはミノタウロスが持つ武器のバリエーションだ。
過去に討伐したミノタウロスはバレンシアの持つような戦斧もしくは棍棒を武器にしていたが、眼前のミノタウロスは無手の一体を除いて全員が違う武器を手に持っている。
一体目は手斧。
二体目は刃の細い剣。
三体目は、あれは警備員などが使う伸縮式の警棒だろうか?
そして四体目——
「あ! 動き出した!」
その四体目が猛然と雄たけびを上げなら突撃してくる。
ミノタウロスにしては素早く一瞬呆気にとられたバレンシアが慌てて迎撃態勢をとった。
そしてバレンシアが振り下ろした戦斧の刃がミノタウロスの体へと走り、甲高い金属音が迷宮内に響き渡る。
「……嘘みたい。私が現場を離れてる間にミノタウロスも進化したのかしら?」
「いや俺も驚いているから安心しろ」
そこにあったのは両の拳にナックルダスターを装備し、拳でバレンシアの戦斧を受け止めているミノタウロスの姿だった。
バレンシアの怪力を受け止めたこともすさまじいが、何よりミノタウロスというグリムがナックルダスターを装備していることに驚きを隠せない。
「そんな武器を使う知恵があるなら、もっとマシな武器があるだろうに」
「それは確かにそうよね!」
バレンシアがミノタウロスを押しのける。
やはり力でいえばバレンシアのほうが上のようだが、相手はまさに赤い布を見た闘牛のようだ。
興奮しきっているのかさらに雄たけびを上げてバレンシアへと迫る。
先ほどよりも素早くステップを踏んで的を絞らせない動きはとてもミノタウロスとは思えないほどだ。
「変異種のようね! こんなミノタウロス見たことないもの!」
しかしバレンシアも負けていない。
腕力に任せて戦斧を振ればその速度は決して眼前のミノタウロスに劣っていはいなかった。
おかげで相手も懐へ入るのに苦労しているのか一進一退の攻防が続いている。
そんな膠着状態を見て取ったのか、さらに後続から二体のミノタウロスが現れた。
細剣と手斧を持った二体であり、細剣を持ったミノタウロスに至ってはナックルダスターをつけたもの以上に素早い。
「チチ、お前は剣のほうだ。俺が手斧の相手をする」
「りょうかーい!」
細剣持ちが残像を残すような速さでバレンシアへ迫る。
しかしその間に同じような速さで割って入ったのはチチだ。
片手に持ったナイフで剣を受け止め、もう片方の手に持ったナイフで相手を切りつけようと手を伸ばす。
「わお! はっやーい!」
面白そうに声を上げたチチの眼前では細剣持ちが少し動揺したように距離を離していた。
首元には僅かな切り傷。
もう少し離れるのが遅ければチチによって首を切り裂かれていたことだろう。
「今までのミノタウロスとはちょっと違う感じするね!」
「それは見ればわかる」
ブロンクスも手斧持ちと相対する。
先ほどまでの二体と違って慎重なようでブロンクスの間合いに一切入り込んでこない。
しかし怯えているわけではなく、ほんの少しでも隙を見せれば瞬く間に切り込んでくることは間違いようがなかった。
それに牛の頭部に深く刻み込まれたいくつもの傷はそれほどの激戦を生き残ってきたという証に他ならない。
「やりづらい相手だな」
ブロンクスが使うのは両刃の剣だ。
チチの金に物を言わせた華美なナイフと異なり、質素だが実利を追求したロングソードである。
キングストン家は歴史をたどれば騎士の一族であり、狩人となった以降も扱う武器は常に剣だった。
狩人の多くはグリムの首を一撃で刈り取るだけの重さと威力のある斧を好んで使うが、キングストン家の人間に言わせれば剣こそが至高の武器に他ならない。
何せ古くから争いには剣が最も多く使われ命を奪うということに特化し続けた武器だ。
その剣を使いこなせないなら使い手の技量不足であり、使いこなせたならば斧よりもよほど戦いに向いている、というのが彼らキングストン家の考えだった。
「ふっ」
息を僅かに吐いてブロンクスが剣を振るう。
別にブロンクスからすれば古臭い家の考えなどどうでもいいのだが、幼いころからの鍛錬か体に流れる血のせいか、ブロンクスの最も相性のいい武器は剣だったのだ。
彼が剣を振るえばグリムの強固な外皮などバターの様に切り裂ける。
しかしこのミノタウロスは違うようだ。
「ほう?」
ブロンクスの一撃を手斧で防ぐだけでなく、その防御の流れから返しの一撃をブロンクスへと放って見せたのだ。
ただのミノタウロスが腕力に任せて武器を振るうのとは異なり、そこには確かな技量と経験が感じられる。
「こいつも変異種か?」
先ほどの二体もおかしい。
明らかに通常のミノタウロスという枠を超えた存在だ。
しかし変異種がいきなり三体も現れるだろうか?
ちらりとブロンクスは手斧を持ったミノタウロス越しにさらに奥を見る。
そこにいるのは立ち尽くしたままの無手のミノタウロスと、それを庇うように立った警棒を手に持ったミノタウロスだ。
あれらも明らかにおかしい。
目の前に人間という餌がいるのにそれに欲望のまま食いつかないとは不自然でありミノタウロスらしくない。
ミノタウロスと言えば鈍重で知能が低く腕力に任せた単純な攻撃と人を超えた巨体が特徴だ。
最初に突撃してきた一体は知能が低いと言えるがほかはどうだろうか。
鈍重でもなければ単純な攻撃もしてこない。
そして大きさも同じ人間程度だ。
外見こそミノタウロスだがその内実はあまりにもかけ離れている。
「ん?」
手斧持ちが切りかかってきたためブロンクスはそれを受け止める。
しかしそこでさらに予想外なことが起きた。
眼前のミノタウロスが手斧でこちらを抑えながら小さな小瓶をどこからか取り出したのだ。
そしてそれを放り投げる。
「バレンシア! 足元だ!」
とっさに声を上げたのはその小瓶が自分ではなくバレンシアに向かって放り投げられたからだ。
そしてその声にバレンシアがヘルメスのトップクラスに相応しい反応速度で背後へ飛びのく。
すると小瓶が割れた地面には粘着質な緑の液体が散乱していた。
「これは……私を足止めしようと? こんなものをミノタウロスが使うの?」
「ちょっとちょっと! なんかこいつ変!」
予想外の行動に動揺するバレンシアへと続くように声を上げたのはチチだ。
キラキラと煌めく豪華絢爛なナイフを振りかざしながら何をアピールしているのかと思えば、ブロンクスもそこに視線を動かして目をむいた。
「何だあれは」
「おかしいよね!? やっぱりそうだよね!?」
チチと相対していたミノタウロスは細剣を武器にしていたが、今手に持っているのは細剣であっても青白い雷を宿した全くの別物だ。
ヂヂヂっと雷が互いに弾きあう音と閃光が響き、相手をするチチは武器で受け止めれば感電するため避けるしかなく慌てたように喚いている。
「変! やっぱこいつ変! ミノタウロスってもっと馬鹿じゃん! こんな武器使わないよ!」
「確かに妙だな」
「もっと驚いてよ!」
そう言われても常に冷静であることが生き残る秘訣だ。
つまりここで騒ぎ立てるチチはまだまだ未熟と言える。
とはいえ騒いでいても傷一つ追わないことからまだ余裕はあるのだろうとブロンクスは視線を眼前の敵へと戻し、改めてこいつらは一体何なのかと思考を巡らせ始めた。
「変異種、にしては違和感があるな」
グリムの変異種というのは大抵知性が高まるか、もともとあった能力を強化した姿になる。
例えば有名な燎の魔女はオーグレスの変異種だが、オーガの持つ強靭な肉体と筋力がより強化されており、そこに知性と豊富なオドが組み合わさったことで魔女と呼ばれるほどの力を得た。
ほかにもゴブリンの変異種は他のゴブリンを支配し自分をトップとした組織体系を作ることが確認されているし、屍鬼の変異種は外皮が固いなどの身体強化が基本だ。
そう考えればミノタウロスの変異種となればさらに強靭な体を得る、力が高まると言ったことが予想されるが今目の前にいるミノタウロスたちはそうではない。
仮にゴブリンの様に知識を得たとしても、狩人の様に特殊な薬品を使用したりそれらを武器に付与するなどあり得るのだろうか?
それも三体同時——おそらく後ろの二体も——というのは考えにくい。
「手ごわい! わね!」
一歩引いたバレンシアが思い切り戦斧を石畳に叩きつければ地割れの様にひびが広がった。
味方でありながらグリムのような怪力に呆れてしまうが、その一撃に怯んだのかミノタウロスたちは一度後方に下がって様子を見ることにしたようだ。
バレンシアが相手をしていた一体だけは興奮したようにしていたが、隣の細剣を持つミノタウロスに肩を抑えられている。
「一応の意見ですが目的はミノタウロスではなく天使の討伐です」
後ろからバックが暗にこいつらを相手にしている暇はないと伝えてくる。
しかし無視するわけにもいかないだろう。
「わかっている。だが放置して追われるのも不意を襲われるのも下策だろう」
「その通りですが、事前にお願いしました通りこの狩りは可能な限り早く行いたいのです」
依頼の際に提示された条件の一つがこれだ。
なぜかこの依頼人は可能な限り早い討伐を求めている。
魔女のパートナーなのだから天使が人類にとって危険だから、などという理由ではないだろう。
想像するに敬愛する魔女へ早く天使の亡骸を献上したいと言ったところか。
しかしそれは今のこの状況では非常に煩わしい。
「どうするのブロンクス」
退くか狩るか、二つに一つだ。
悩むこちらと似たように、向こうは向こうでミノタウロスが集まって何やら会話をしている。
作戦会議とでもいうべきか。
「人間みたい」
ぼそっと呟いたチチの言葉にブロンクスがハッとする。
使用している武器に道具。
ミノタウロスにしては不自然な行動。
それらを見て気づくべきだったのだ。
チチの何気ない一言こそが真実であると。
「チチの言う通りだな」
「まさか。でも確かに……」
「え? なになに? どういうこと?」
バレンシアとチチでは理解力に差があるらしい。
説明するよりも実際に試したほうが早いとブロンクスは腰のポーチから袋を一つつかみ取る。
中に入っているのは紫の粉末であり、それを躊躇なく上空へと放り投げた。
そしてそれは奇しくもあちらも同じなようで、警棒を手に持ったミノタウロスが似た粉末を上空へと放り投げている。
「あぁ~!!」
「あら」
チチは大口を開け、バレンシアは頬に手を当て、それぞれが驚きを表している。
しかし向こうもそれは同じなようだ。
「は!? 人間!?」
「だから変だって言ったのに。姉さんが勝手に突っ込んでいくから……」
「勘が鋭いんじゃないのか」
「私を睨まないでくれないかい」
そこに立っているのは四人の狩人と驚いて固まっている一人の女性だ。
そして——
「あれ? 狩人?」
別の方向から聞こえた言葉に全員が視線を向けた。
ここにいる誰でもないその何者かに一番に気付いたのはブロンクスである。
しかし彼はその何者かを見て一瞬動きを止めてしまった。
青髪のボウガンを手に取った女。
緑髪のサングラスをかけた女。
白髪の色香を振りまく女。
そして黒髪の小柄な女。
ユーリとレナーテを失ったあの狩りに関わっていたグリム四人組。
そう認識した瞬間、血が沸騰するような衝動に一瞬目がくらむ。
そしてそれはバレンシアも同様だったのだろう。
僅かに息を呑む声が聞こえ、そしてブロンクスとバレンシアは同時に致命的な失敗に気が付いて叫ぶ。
「「チチ!!」」
その名を呼ばれた少女は二人とは違った。
仲間の仇と気づいてなお理性で動きを止めた二人とは違い、彼女はすでに本能のままにグリムへと走っていた。
憎きグリムの首を刈り取るために。
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