↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
153/158

天使⑨

「いい加減にしろ!」


数多のグリムとの戦闘を経験し鍛え上げられたヘルメスのメンバーはそうそう怯えたところを見せたりはしない。

元々スカウトされるまでは皆が個人で狩りをしていたということもあって度胸という点においては誰も彼もが一級品だ。

普通の人間が怖い怖いと怯えるホラー映画やスプラッター映画なんてものは実物を知っている彼らからすれば鼻で笑えるものであり、グリムという実物であっても恐れるような相手はこれまでにいない。

最も例外というものはもちろんあるのだが……とにもかくにもそれだけヘルメスの狩人は心が太くそうそう動じないということだ。


だがそんな彼らが一様に背筋を伸ばし、その場で微動だにせずに立っているのは言うまでもなく、たった今怒号を発した男に怯えているからに他ならない。

これがこのメンバーの誰かが怒鳴っている程度であれば『うるさいぞ』などと軽口を言って笑ったことだろう。

しかしその怒鳴っている誰かがヘルメスのリーダーともなれば話が違う。


普段は冷静であり声を荒げたところを一度だって見せたこともないブロンクスが、あろうことか額に青筋を立てて怒り狂っている。

同じ狩人かと疑いたくなるほどの、いやむしろ同じ人間かと疑いたくなるほどの怒気は死線を潜り抜けたヘルメスの狩人たちでも震え上がるほどだ。


だがもしブロンクス一人であれば、そういう日もあるだろうと彼らは僅かに体を震わせつつもここまで表情を強張らせはしなかったに違いない。

彼らが怯えているのは灼熱の怒気を宿した鬼人のようなブロンクスに相対するもう一人の怪物がいるからだ。


「いい加減にするのは貴方のほうよ。何度言ったらわかるの? 私も行くと言っているの」


凍えるような冷たさを宿した言葉だ。

しかしその冷たさの中にはブロンクスに負けないほどの熱気に満ちた怒気が込められている。

その声の主はバレンシアだ。


ヘルメスのメンバーは彼女のこんな姿を見たことがないと怯えの中に驚きを滲ませていた。

何せ彼女は温厚でおしとやかであり、車いすに腰かける姿は病弱な深窓の令嬢である。

そしてそんな不自由な体でありながらも訓練には必ず顔を見せ、時には相談に乗り、また時にはアドバイスをくれるヘルメスの良心のような存在なのだ。

最近入った新人たちの間では女神か聖女かはたまた天使か、寡黙で話しかけにくいブロンクスや子供のチチよりもバレンシアは遥かに新人たちの好意を受けている。


しかしそんな彼女が雪女の様に冷気をまとってブロンクスと言い合っている。

普段怒らない人物が怒ればその分ギャップが凄まじいというもので、狩人たちはこれが現実なのかと喘ぐようにしてただただこの時間を耐え忍んでいた。


だが最古参の何名かの狩人はバレンシアのこういった姿は珍しいが見たことがないわけではない。

車いすに世話されるようになるまではブロンクスと方針の違いでもめることが何度かあったからだ。

その都度ユーリに仲裁されていたが、生憎と彼はもういない。


「自分の状況を分かって言っているのか? その体で天使を狩るなんて自殺行為もいいところだ。一緒に行動することになる俺たちの迷惑も考えろ」

「貴方こそ私の体の何がわかっているの? 別に現役を引退したわけではないし、狩りに出ようと思えばいつだって出られる。それでも狩りに出ずに普段からこうして車いすを使っているのは、いざという時のためのものよ。貴方にも説明したわよね? 私にしかできない狩りのためにこうしているの。なのにいざ私を必要とする狩りがあるのにのけ者にするなんてどういうつもり?」


車いすから立ち上がったバレンシアの立ち振る舞いはしっかりとしたものだ。

虚勢を張っているというわけでは決してなく、事実戦えるだけの力はあるに違いない。

しかしブロンクスはそれこそが腹立たしいとさらに怒りを募らせる。


「ね~バレンシアも連れてってあげようよ~」


そこに割り込んだのは唯一この空気に影響されないチチだ。

彼女はいつものように自分の言いたいことを優先する。


「いつもなら弱っちいみんなに任せるじゃん。でも天使は強敵だって思ったからブロンクスと私だけで行くって決めたんでしょ? だったらバレンシアも一緒のほうがいいよ。ブロンクスと私についてこれるのは今じゃバレンシアくらいなんだしさ」

「子供が口を出すな」

「あら、でもその子供の言っていることに間違いがある? チチの言う通りだから二人で行くつもりなんでしょう? 私もいたほうがいいって言うのも事実なんじゃないかしら?」

「そうだよ。そうだよ。チチもバレンシアが一緒のほうがいいもん」


子供というのは無邪気で自分の欲望に忠実だが、だからこそ大人はそんな子供を甘やかして可愛がってしまうものだ。

そしてブロンクスはチチという子供を甘やかすことはないが、彼女の言葉に誤りがあると否定することもできないでいる。

そんなブロンクスの僅かな沈黙を隙と見たバレンシアはここぞとばかりに宣言した。


「私も行くわ。これは決定事項だから」

「やったー! 久々に三人で狩りだね~」


敵が二人になってしまえば説得は困難だ。

特にチチは我儘なので下手をすればバレンシアが行かないなら自分も行かないと言い出しかねない。

それは今回の依頼難度を鑑みれば避けるべき行為だ。


「……わかった。すぐに支度をしろ」


ブロンクスの言葉にバレンシアとチチがイエーイと手を合わせている。

そんな彼女たちに背を向けてブロンクスはデビットのもとへと歩み寄った。


「デビット、悪いが俺がいない間のことはシャーレイと相談して進めてくれ」

「承知しました。まぁ私はなんとなくこうなる気がしてましたけどね。きっと彼女なりにユーリやレナーテのことに責任を感じているんですよ。それともし自分がいないところで貴方やチチに何かあったら、とね」

「勝手に他人の気持ちを代弁するな」

「失礼。確かに貴方であれば言われなくともわかっていることでしたね」


ぎろりと睨みつけられたデビットはこれまた失礼と口を閉じる。


「それと前回のようなこともある。もし俺たちが戻らないようであればヘルメスはお前たちで好きにしろ」

「あまりがっかりさせるようなことを言わないでください」

「何?」


これ見よがしなデビットのため息にブロンクスが片眉を上げる。

デビットのほうはというとそんなブロンクスが面白いのか苦笑して見せた。


「最近娘から妹か弟が欲しいとねだられていて妻もその気なんです。子供がもう一人増えるとなるとまだまだ稼がないといけませんから、そんな風にもしものことを考えるなら天使を狩ってヘルメスの名を上げて、メンバーの懐を温めることに集中してください。それにヘルメスのリーダーに代わりなんていません。貴方だけですよ。その貴方が二度も失敗を? あり得ないでしょう」


そう言って鼻で笑うデビットにブロンクスは一瞬目を丸くし、それからほんの僅かに笑みを見せた。


「全くその通りだな。ユーリやレナーテを失って少し弱気だったらしい。それにあいつらを失ってヘルメスは随分と弱体化したと思っていたが、まだまだ人材豊富だったようだな。お前をスカウトした奴は大した男だ」

「当たり前です。さて、では留守番をする私に改めて言うことはありますか?」

「帰ってきたら天使の名を使って大金を稼ぐぞ。準備をしておけ」

「喜んで」


そうしてデビットに留守を任せてブロンクスたちは日本へと旅立った。

以前は日本を一時的な拠点にして狩りの依頼を受けていたが、ユーリたちを失ったため組織の立て直しで本拠地のあるアメリカへと帰還していたため、こうして日本に来るのは久しぶりというには少しばかり早いが懐かしい気持ちがあるのは確かだ。

そしてどうにも嫌な雰囲気を感じるのは過去の依頼のせいなのか。


「お待ちしていました。旅の疲れはいかがですか?」


空港で待ち構えていたのはバックだ。

依頼をしに来た時と変わらぬ様子で現れると、手配していたホテルへブロンクスたちを案内し翌朝また迎えに来ると言って姿を消した。

次の日には宣言通りの時間ちょうどに現れるとそのまま有無を言わせずブロンクスたちを狩りの場所へと案内する。

まるで専属のコンシェルジュのような手配の良さだが、ブロンクスからすればさっさと天使を狩らせたいという思惑が透けて見えるようだった。


「皆さん、ここが天使の聖域です」


現実感のない黄金色の空を見上げ、バックが僅かな達成感を滲ませて微笑んでいるのはようやく狩りが始まるからなのか。

てきぱきと仕事は早いが巡るましく状況が変わる身にもなってほしいと、久々の狩りに少し緊張した面持ちらしいバレンシアを見る。


「何かしら?」

「いや。それよりここが聖域か。確かに魔女のダンジョンと違って神聖なものは感じるな」

「ブロンクスさんは魔女のダンジョンへ入ったことが?」


バレンシアから睨まれ咄嗟に出た言葉だったのだが、バックはそれに興味を持ったらしい。


「一度だけだがな。それに魔女との戦闘にもならず、そのダンジョンにいたグリムを狩って依頼人に引き渡しただけだ」

「依頼されたグリムが魔女のダンジョンから這い出てきていて、私たちはそのグリムを追った結果意図せずダンジョンにはいってしまっただけなの。準備もしていなかったし魔女との戦闘にならずに済んでよかったわ」

「なるほど。どの魔女のダンジョンかはわかりませんが、少なくともジンリー様のダンジョンではないでしょうね。ジンリー様は自分のテリトリーに無断で入るものに容赦しませんから」


良かったですね、とニコリと笑みを浮かべるバックを見てブロンクスは眉間にしわを寄せた。


「……魔女か」


嫌な存在だ。

決してユーリたちが犠牲になったということだけが理由ではない。

彼女たちに近づけばあらゆるリスクが襲い掛かってくるからのだから、できれば二度と関わりたくはなかった。


……関わりたくはなかったが、魔女の依頼でこうしてここにいるのだから人生とはままならない。

そうブロンクスは小さくため息をついた。


読んでいただきありがとうございます。

面白いと思っていただけたら、ブックマークや評価で応援していただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。