なり損ない⑭
倉庫内を歩くフィズはご機嫌だ。
踊るように足を弾ませ鼻歌を奏で、スポットライトが当たれば今にも歌いだしそうなほどに。
理由はいくつかある。
「ふふーん。累さんと横浜までデートしちゃいましたよ~」
横浜までバイクを乗り回して怪物を追ってきたことが、フィズの脳内では楽しいデートに変換されているのだ。
無論五反田での捜索からなり損ないの一掃まで含めてデートの一環である。
おまけになり損ない討伐で服が汚れたおかげで、後日の追加デートまで確約されている状態だ。
「どんな服を買うか悩んじゃいますね。累さんは何でも似合ってしまう奇跡の女性ですから」
真剣に怪物を追う累、なり損ないに苛立つ累、それを流れるように処理する累、ナイフで刺されて血を流す累、その後に自分を助けてくれた累、その他もろもろ。
すべてにときめき、少女のように瞳を輝かせて胸の鼓動を高鳴らせるのがフィズだ。
累は討伐対象のことを考えていたのだろうが、フィズはそんなことなど爪の先ほども頭に上がっていない。
あるのはどれだけ累にときめくことができたかということだけだ。
「それにうるさい人もいなくなりましたし!」
フィズにとって重要なのは累といる時間だ。
しかしカンビオンであるフィズには結構邪魔者が多い。
というのもフィズ本人が望んでいないにもかかわらず、フィズはあらゆる生命から愛されてしまうからだ。
カンビオンとは夢魔であり淫魔でもあるサキュバスとインキュバスによって生まれた半人半魔のことだ。
高い知性と美しい外見を持ち、人や動物に怪物までも魅了する力を備えている。
そのためフィズは生まれてからあらゆる存在に愛され続けてきた。
自分の財を投げだす勢いで金を貢がれ、聞き飽きるほど愛の言葉を囁かれ、そしてその愛に対する対価を求められてきた。
「ああ、うっとうしい……」
思い出しただけでフィズらしくないくぐもった苛立ちの声が漏れる。
愛されることは幸せだろうと人は言うだろうし、そう思っているから際限なくフィズを愛するのだろう。
だが好きでもない相手から過剰に愛を受けるなど気色が悪い以上の感想などない。
さらに言えば「これだけ愛しているのだから君も愛してくれ」などという対価を求めてくるのだから吐き気がする。
結果的に独りよがりな愛情はフィズという人格を歪めるだけに終わった。
内臓を掻きまわされるような気分の悪さに、フィズは小さな舌打ちをしてから歩を進める。
「気持ち悪いことを思い出すのはやめやめ。累さんのこと考えましょう。今回は結構うまくいったのでしばらく邪魔者はこないでしょうし」
人間どもの狂った愛情に胃液がせり出すような感覚を覚え、フィズは深呼吸してもっと気分の良いことに頭を巡らせる。
うまくいったと言えばビルの掃除だ。
あのビルにはバーの常連、正確にはフィズ目当ての客が数人いた。
それが今後はもう来ないのだから非常に心地よい。
お酒やバーの雰囲気を好んでいる人はよい。累目当ての客もまだ許せる。累の魅力に気づけた人間なのだから、彼女を求めたりしない限りは構わない。
だが自分目当てといわれると気味が悪いし迷惑なので消えてほしかった。
自分の生活範囲内にゴキブリがいたら誰だって悲鳴を上げて駆除するだろう。そういうものだ。
客が減ると売り上げが、と累が嘆くのでちょっと心苦しいのだが。
「ふぅ、切り替えて真面目にお仕事しますか。累さんに失望されたら嫌なので」
フィズが追っているのは累の血の臭いだ。
丹精込めてフィズが造り上げた人形に、フィズが選び抜いた最高の魂を宿した結果が屍人形である現在の累だ。
当然体に流れる血液も通常とは異なり、煌血液という特殊な液体だ。
きらきらとした輝きに甘い匂いが特徴で、霊薬によって強化された鼻でこの匂いをたどった先が港にいくつかあるうちのこの倉庫である。
「この辺りですかね。しかしなり損ないを追えるように咄嗟に血を付着させるなんて、さすが累さんは機転が利きますね」
累が標的のなり損ないに血液を付着させたのはナイフを投げ返した時だ。
ほんのわずかな量ではあるが、場所を特定するには十分な量である。
しかし今まで一直線に逃げるようだった匂いの流れが、倉庫内の一部のエリアで充満している。
まるで逃げ切れないからと慌てて隠れたように。
「ふむ」
視線の先には人が数人立って入れるほどの大きさの木箱がいくつも並んでいる。
隠れているとしたらあれのどれかだろうか。
「う、動くな!」
背後で震えた男の声が響いた。




