天使⑤
「まず天使がどんなグリムかというと、天使は人間を神にしようとしているグリムなんです」
「は? 人間を?」
あまりに唐突な発言にルシアンとハクは困惑した表情を見せている。
フィズに至っては意味が分からないと不機嫌そうな顔だ。
「それってどういう意味?」
「はいです。順を追って説明しますと、天使は神のために生きているんです。自分たちの命は神に尽くすためにあると。だけど神が実際にいるという話は聞いたことがないですよね? まぁ聞いたことがないだけでどこかにはいるのかもしれないですが、天使もその神がどこにいるかは知らない。だからいないなら神に降臨してもらうしかない。そう考えてるんです」
「それがどうして人間を神にって発想になるんすか?」
「皆さんは神が人間を造ったって話は知っていますか?」
「聖書の話? 神は自分の姿に似せて人を造ったとかなんとか」
「はいです。その通りです」
トニックがこくりと頭を縦に動かすと、横にいたフィズも累に向かって頷いて満面の笑みを向ける。
「累さんよく知ってますね~」
「……先輩のアレ怖いよなぁ。トニックに話しかけるときと店長に話しかけるときじゃ雰囲気違いすぎるだろ」
「しっ。やめなよ」
そういうことは聞こえない声量で話してほしいものだが事実なので仕方ない。
そしてフィズが意に介していないので特に累が言うこともなく、トニックの話がそのまま続く。
「人間は神に造られました。事実かどうかは知りませんが少なくとも天使はそう信じています。つまり創造主の子に当たる存在なんです。そして親である神がいないのならば、その子である人間に神の席に座ってもらおうと、そう考えたわけです」
「ぶっ飛びすぎじゃねぇか?」
「まぁルシアンの言うことも最もですけど、きっと天使たちからすると当たり前の行動なんですよ。何かを異常に信じた上での行動は他からはおかしく見えるものですからね。宗教や思想に恋愛とか」
「あぁ、確かに店長と先輩は異常だからなぁ」
「私と累さんじゃなくてトニックのほうが例に相応しいと思いますけど」
当事者になってしまっているので何とも言えないが、累としてはフィズの言うこともよくわかる。
トニックの様にジンリーを信じ切ってお仕置きという名の暴力を受ける行為は傍から見れば異常だが、本人からすれば当たり前のことなのだろう。
そしてそれは天使たちにも当てはまるということだ。
「話を戻すと、天使は神の存在を信じているからこそ、その神が生み出した人間なら代わりの神になれると信じているということ?」
「はいです」
「元人間のハクからするとどうよ?」
「いやぁ……言ってる意味がよくわかんない」
「だよなぁ」
それはそうだろう。
人間のほとんどが天使はそんなことを思っていますと聞いたところで「え? なんで?」となるに決まっている。
じゃあ神になりますと宣言する人間がいるとは思えないし、いたところでじゃあ今日から君は神ですとそう簡単になれるものでもないだろう。
「天使は人間をどうやって神にするつもりなの?」
「試練です。神々は様々な試練を乗り越えたと神話に語り継がれていますよね? なので人間にも試練を与えてそれを乗り越えていけば、いつか人間は神なれるとそう信じているのです」
「なるほどなー。ギリシャ神話のヘラクレスも元は人間で試練を超えて神になったって話だし、あながち天使の考えも的外れってわけじゃねぇのかもな」
そういう考えもあるかもしれないが、ヘラクレスはギリシャ神話の最高神ゼウスと人間の間に生まれた子だ。
元は人間でも血筋が違う。
人間の両親を持つ普通の人々をヘラクレスと同じように考えるのは強引のようにも思える。
「試練っていうのは具体的には?」
「一般的に災害と呼ばれるもの全てです。津波や台風などの自然災害。戦争やテロに大規模な事故などの人的災害。ほかにも感染病などもです」
「マジかよ……」
「それを全部天使がやったってことなんすか……?」
「全部ではないです。でも大半はそうです」
毎年世界のどこかでは自然災害で大勢が亡くなっている。
戦争やテロで亡くなっている人もいる。
それのほとんどに天使が絡んでいるとなれば、それはどんなグリムよりも危険だと言えるに違いない。
「人間はオドを持たないクソの塊ですが、生命力と繁殖力は気持ち悪いくらいにあります。だから天使が幾度も試練を与えてもまだ生き残っている。そうして人間がより賢く強く育った未来に神が降臨すると天使は信じているんです」
「……マジでおかしな奴らだな。混乱してくるぜ。ちょっと甘いものでも入れるか」
「あ、手伝うよ」
あまりに突飛な話に休憩が必要だと感じたのか、ルシアンとハクが全員分のコーヒーとお菓子を自主的に用意し始めたので一息つけることとなった。
累はコーヒーよりもカフェオレやココアなどの甘い飲み物のほうが好みなので、一人だけミルクをたっぷり入れたカフェオレを用意してもらっている。
コーヒーは苦くておいしいとは思えないのだが、ミルクを入れることでまろやかで優しい味わいとなり累でもおいしく頂けるし、お茶請けのチョコと一緒に食べればカフェオレの僅かに残った苦みが丁度良い。
落ち着いたとばかりに累が顔を上げると、心安らいだような顔のトニックがそこにいた。
「おいしいです。クソ人間が考えたとは思えない飲み物です」
「……あのー。なんでそんなに人間が嫌いなんすかね?」
元人間としては思う所があるのか恐る恐ると言った様子でハクが問いかける。
それに対するトニックの回答は完結だ。
「ジンリー様が人間のことを気に入っているからです」
「魔女が人間を気に入るって珍しいような気がするなぁ」
「私を見ないでくださいよ。魔女だって色々いるんですから」
スロージアやロイヤルはともかく、バキシェは明確に人間を嫌っているしフィズも仕事があるので表には出さないが内心では人間を嫌っている。
そう考えると気に入っていると明確に言えるくらいに人間に好意のある魔女というのは確かに珍しい。
「そういえば暁の魔女が人を攫ってるんじゃないかって、カザリから話を聞いた気が」
「そうです。ジンリー様は人間が好きなので気に入ったらすぐ屋敷に迎え入れるのです。でももっと具体的に言うと人間の才能が好きなのです。芸能や芸術、音楽に文学、スポーツに科学。何でも構わないですが、ジンリー様を楽しませるのが人間の役目です」
「それってつまり攫われた人はジンリーさんのために音楽を奏でたり、本を書いたり、スポーツをして見せたりするってことなんすかね?」
「そうです。歳をとったりケガをしたりスランプだったりで才能がないと判断されたら処分されるので、クソ人間共は必死です」
その言葉にハクが嫌悪感を滲ませた表情を見せた。
確かに聞いていて気持ちのいい話ではないが、ジンリーを裁くのは協会の狩人の仕事であって累たちではない。
「天使の話に戻そうか」
「はいです。私もクソ人間の話はしたくないので助かりますです」
にこやかに言うが実に辛辣だ。
本当に人間が嫌いなのだろうが、ある意味ではグリムらしいともいえる。
「天使がどんなグリムかってのはわかったけど、天使がどこにいるとか、どれだけいるとか、ほかの情報はある?」
「ではまず天使の居場所ですが、天使は魔女のダンジョンに似た聖域と呼ばれる固有の空間にいますです。入口を見つけるのは難しいのですが、天使は神々に関連する地に聖域を用意する習性がありますです。日本にもそういった場所はたくさんありますよね?」
「まー有名どころだと天照大御神関連で伊勢神宮とかか? あとは日本神話の舞台っていうと宮崎の高千穂は有名だよな」
「それも山小屋で身につけた知識なの?」
「そうだぜ。神話ってのも結構楽しいもんなんだが、アタシらみたいな怪物側はいっつも討伐されて神様の引き立て役になるのが気に食わねぇんだよなぁ~」
まぁメドゥーサとか吸血鬼はそうだよね、とハクが微妙な顔で頷いている。
有名どころのグリムはいつも悪者なので仕方ない。
「でも今回私たちが天使を狩れば怪物側の勝ちだね」
「あ、確かになぁ。店長いいこと言うじゃん。やる気出てきたぜ」
「そこでやる気出していいのかなぁ」
「いいんじゃないですか? 結局私たちは怪物で神と人間の敵なんですから」
「人間相手に商売してる立場とは思えない発言っすね……」
それはその通りなのだが、ひとまず今回は天使という名のグリムであって神や人間と敵対するわけではない。
いつも通り狩人として狩るだけである。
「それで天使はどこに?」
「ジンリー様が事前に調べたところ、都内で天使の聖域が確認されました。場所は——」
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