天使④
「それで貴方とほか二人はジンリーの命令で狩人に天使の狩りを依頼していると」
「その通りです。へへ、さすがはフィズ様……」
すりすりとごますりでもしたいのだろうが片手がギブスで覆われているのでギブスを撫でながら彼女は卑屈に笑っている。
この依頼人もそうだが、その内容もまた面倒そうだなぁと累は天井を仰いで小さく息を吐いた。
マスカレードナイトから、もっと言えば沖縄の件やルシアンの件もただ狩るだけではなくていろいろと面倒ごとが絡んでいたので、そろそろ普通に狩って終わりの単純な狩りをしたいところなのだがそうは問屋が卸してくれない。
前日の夜、ロイヤルやスロージアが訪れているところに現れたトニックと名乗る彼女は、唐突にジンリーからの依頼があると言って店に居座ったのだ。
ヴィーブルとしての鋭い勘が働いたのか、スロージアがロイヤルたちを連れてさっさと帰ったところはさすがの危機回避能力だろう。
対して累たちは逃げ場所である店にその問題が居座っているので逃げられもしない。
仕方なく依頼の話を聞くことにしたのだが、今日は夜も遅いしいったん帰ってくれと店から叩きだして——見るからに重傷人を深夜に放り出すのは憚られたが——翌朝になって再度訪れたトニックと今こうして話をしているというわけである。
「デイジーさんは協会に依頼をしに行って、バックさんはフリーの狩人に依頼をしに行ったんすよね?」
「はいです。クソ人間」
「え、クソって……」
「あ、すみません。人間はオドも持たないクソの塊なのでつい本音が……」
「言っとくけどハクは元人間だけど今は上位吸血鬼だぞ。ってか人間はこの場にいねぇから」
ルシアンにそう言われたトニックはハクに暴言を吐いた直後とは思えないほどの卑屈な表情で上目遣いに笑みを見せた。
なんとも言い難い縋り付くような粘っこい瞳と笑みで、横で見ている累ですらぞわっと嫌な雰囲気を感じるのだからその視線の先にいるハクはさらにだろう。
「すすすみません。上位吸血鬼様でしたか。へへ。私の眼がこの通り怪我しているのでわからなくて。どうか仲良くしてください」
「あ、いえ……」
包帯でぐるぐる巻きとはいえ顔は整っているように見えるし、本来怪我をしていなければ美女だと言えるに違いない。
しかし彼女の言動がそれを帳消しにしているともいえる。
特に脂ぎった中年男性が自己保身のために目上の人間におべっかをするような仕草がなんとも受け入れがたい。
ルシアンが自然とハクとトニックの間に入ろうとしているのはそんな薄汚ささえ感じる視線を遮るためだろう。
「話を戻すけど、グリムが狩人に依頼をするの? トニックたちもグリムだよね? ジンリーの命令なら自分らで天使を狩ればいいんじゃないの?」
「さすが累様。当然のお考えだと思いますです。ただ累様と違って私たちは同じ魔女のパートナーでも非常に弱いんです。ほらこの通り怪我だらけでしょう?」
「あ、なるほど。その怪我はグリムとの戦闘が原因なんすね」
「違いますです」
「違うのかよ!」
勘違いさせてすみませんとまた卑屈な笑みを浮かべる。
それを見たフィズがフォローしなければ話が進まないとでも思ったのか、面倒そうな顔で口を開いた。
「ジンリーのパートナーはこのトニックの他には話に出たバックとデイジーの二人がいるんですが、三人に力を分けて生み出した分、一人一人は弱いんですよ。多分そこらの狩人でも勝てるくらいに弱いです」
「え、そんなに弱いの?」
「はいです。弱いのです。見ての通り怪我だらけでしょう?」
「あ、じゃあその怪我って狩人にやられたんすか?」
「違いますです」
「だから違うのかよ!」
グリムでも狩人でもなければその怪我の原因は何なのだ。
そんな質問に答えるのはやはりトニックではなくフィズだった。
「その怪我はジンリーの趣味ですよ。三人に定期的に同じ命令を出して、一番いい結果を出したらご褒美を、一番ダメな結果を出したらお仕置きを。そうですよね?」
「はいです。私は三人の中で常に一番ダメなのです。なのでジンリー様から愛のある指導を受けていますです。でもこれはある意味ご褒美なので、私はビリでも満足なのです。一番いやなのは二番目ですね。ご褒美もお仕置きもないので、バックとデイジーも二番にはなりたくないといつも言っていますです」
「マジかよ……お前そんなボロボロになるほど痛めつけられてなんも思わねぇのか?」
「思うというのは? 幸せだなとは思いますですが?」
家庭内暴力を受けている人間が加害者を庇うことがあると聞き覚えはあるが、トニックのこの発言はそれどころの話ではない。
何がおかしいのかもわかっていなければ、暴力を受けることを幸福だと思っている。
そんな異常さに質問をしたルシアンもそれを聞いたハクも顔を顰めていた。
「ジンリー様は素晴らしいお方です。私のような無能でも見捨てずにしかってくれるんですから。だから私はあのお方の力になりたいと思うのです」
ジンリーの話をしている間はあの粘っこい笑みではなく、朗らかに気持ちのいい笑顔だ。
だがその笑顔のトニックが全身余すところなく怪我だらけ、というのはジンリーの異常性を感じる。
もちろんその怪我を負いながらも陰り一つない笑顔でいるトニックの異常さもだ。
「歪んでるってこういうことかよ」
「ちょっと理解できないよね……」
「まぁ人様の趣味嗜好は置いといて、今は依頼の話。トニックの依頼は天使を狩るってことだよね?」
「はいです。私は人間をクソとしか思えないので狩人に頼れずいつも困っていたのですが、フィズ様のパートナーである累様が狩人と聞いてやってきたのです。ジンリー様も『お前は人間が嫌いだからねー。でもグリムなら依頼できるよなー。試してみたらー? 今回は一位取れるといいなー』と応援してくれたので、今回は一番いい結果を出したいのです!」
どろりとした瞳の中に輝くのはジンリーの期待に応えたいという想いなのか。
そういう純粋さには同じ魔女のパートナーして好意的に感じる部分があるものの、依頼が依頼なだけに慎重に考えなければならない。
「天使のことってみんなはどれくらい知ってる?」
累の問いかけにハクとルシアンがふるふると首を横に振る。
その様子から全く知らないということだろう。
フィズはというと首を横には振らないが傾けており、なんとなく聞いたことがある程度の認識なのかもしれない。
「私は天使ってのがいるってことくらいしか知りませんね。累さんは当然知ってるんですよね?」
「期待をかけてもらって悪いけど私もそんなに知らないよ」
累が知っているのは噂で聞いた程度の天使の外見と、かなり危険なグリムだということだけだ。
協会のアカデミーで学んだハクも知らないのだから、かなり珍しいグリムだと言える。
そんな四人の知識の少なさに嬉々とした顔を見せたのはトニックだ。
「皆さん天使にはお詳しくないんですね。狩人なのに。魔女なのに。パートナーなのに。上位吸血鬼に変異種もいるのに」
「おいなんか急に上から目線になったなこいつ」
「いえいえすみません。人に説明できることがあったと思ったら少しうれしくなって……へへ」
トニックの小馬鹿にしたような顔が鼻についたのか、ルシアンが不機嫌そうにひと睨みするとトニックは申し訳ないとばかりに頭を下げて再び卑屈な笑みを浮かべた。
睨みつけたルシアンはというと、バーカウンターに頬杖をついて相手をするのが疲れるとばかりにため息だ。
ちなみにハクとルシアンはカウンター席に座っており、累とフィズにトニックは同じテーブル席に座っている。
ハクとルシアンが離れているのはトニックに近づきたくないという気持ちの表れかもしれない。
「説明できるってことは、トニックさんは天使のことを知ってるってことなんすよね」
「そうです。はい」
「じゃあ天使ってどんなグリムか教えてくれる?」
「はい。喜んで教えますです」
へへっと少しばかり嬉しそうに笑ってトニックは天使について語りだした。
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