天使③
「バック? 似合わない名前~」
「こら」
すみませんとバレンシアがチチを抑えて謝罪する。
バックの差し出した手を握りつつ、黙らないなら叩きだすぞとブロンクスが睨めばチチも慌ててごめんなさいと頭を下げた。
「お気になさらず。ヘルメスでも屈指の実力を持つバレンシアさんにチチさんですよね。お二人にも話を聞いていただけるならこれほど心強いことはありませんから」
「え? 私のこと知ってるの~まいったな~」
「チチさんは有名ですからね。若干十一歳でトロルを単独で狩った話は狩人たちの間でも話題です。あなたのような優秀な狩人の力をお借りできれば頼もしい限りです」
「そんなに褒められると恥ずかしいな~」
依頼人と出会ってさっそくだがブロンクスはチチを連れてきたことを後悔し始めている。
今も顔を真っ赤にして照れているが、子供とはいえこんなおべっかにいいようにされるとは情けない限りだ。
バックと名乗る女からすればこれほどやりやすい相手はいないだろう。
「天使が獲物だと聞いたが本当か?」
「ええ。貴方がたには天使を狩って頂きたいのです」
ニコリと見本のような微笑みをバックは返す。
あの愚かな男のように下卑た笑みも癇に障るが、この女の隙の無い笑みも気に食わない。
嫌な依頼人だなとブロンクスは内心で警戒心を高めた。
「天使というものが何なのかを理解しているのか?」
「もちろんです。確かに天使というグリムはその存在を知られている割に詳細情報が少なく、狩られたという報告も聞きません。ですが私は彼らがどのような行動原理で動いているのか、そしてどのような姿なのか、何より彼らがどこにいるのかを知っています」
「え~! マジ!? ブロンクスより詳しいじゃん!」
「チチ……」
バレンシアが困ったように額に手を添えた。
全く同じ気持ちだが依頼人の前で同じことをするわけにもいかず、ブロンクスは小さくため息を吐いてチチを睨みつけた。
「あ、ごめんごめん。大人しくしてるから……」
今更もう遅いのだが、そんな様子を見てバックはくすくすと笑いだす。
笑い声には場を和ませる効果があるが、この女はどうにも演技臭いところがあってブロンクスは警戒が高まるばかりだ。
それに狩人の本能と言ってもいいのだろうか。
どうにもこの女の瞳は気に食わない。
「そんなに怖い顔をしないでください。フリーの狩人が天使の情報をあまり持っていないことは承知済みです。それにこちらの持つ情報は何でも提供しますし、それで契約金を下げようなんて思っていませんから安心してください。私はあなた方に狩りを依頼する立場ですから、役に立つならどんな情報でも提供させていただきます」
ブロンクスのいるフリーの狩人という世界からすれば、その手の情報を持っているのならば交渉して契約金を下げるなりするのは当然のことだ。
しかしそれをしてこないというのがどうにも胡散臭い。
取引というのは互いの天秤が釣り合って初めて成り立つものであって、何もかも一方が差し出すというのは逆に疑念が増える行為だ。
「ああ、でも一つお願いがあります」
バックがそう切り出した。
まるで警戒したブロンクスの先を読んだかのような一言だ。
「無事天使を討伐した際には、天使の亡骸はこちらに引き渡していただきたいのです」
「え~なんでなんで? 私も羽一枚くらいほしいのに~」
再三の注意を無視してまたチチが声を上げた。
とはいえ「なぜ?」という疑問はブロンクスも気になったところであるため今回はおとがめなしだ。
最もバレンシアが許すかは別問題だが。
「チチ!」
「いたた! ごめん! ごめんなさい!」
バレンシアに腕をつねられ涙目になったチチがバックへと謝るが、きっと数分後にはまた忘れて声を上げるだろう。
狩りについては吸収力がよくどんなことでもすぐに覚えるのだが、こういう時は本当に物覚えが悪い。
いや物覚えが悪いというよりも、気になることは自分で確認せずにはいられないという性分なのかもしれないが。
「いえいえ構いませんよ。もともと今回の依頼の目的が天使の亡骸を手に入れるということなんです。亡骸を頂けるのであれば羽を一枚チチさんに上げるのは問題ありません」
「ほんと!?」
「ええ、本当ですよ。その代わり狩りは頑張ってもらわないといけませんがね」
優し気な教師のような微笑みに向けてチチはうんうんと頷き瞳を輝かせている。
バックが子供をあやすのが得意なのか、それともチチがあまりにも単純すぎるのか。
いずれにせよ交渉の場に連れてきたのはやはり失敗だったなとブロンクスが後悔する中、バックは気をよくしたチチから目線をブロンクスへと戻して話を続ける。
「さて、整理するとこちらからは契約金と天使の情報を提供し、ヘルメスの皆さんは天使を狩り、その亡骸を私へ引き渡すという形になりますね」
「討伐対象を依頼人に引き渡すというのは珍しい依頼ではないわね。協会ではなく私たちに依頼したのはそのためなのかしら?」
「ええ。協会に依頼すると費用はかかりませんが、亡骸はあちらに持っていかれてしまいますから」
「依頼の目的はわかった。だがひとつ気になることがある」
「なんでも聞いてください」
「情報源は確かなのか?」
狩りにリスクがあるのは当然のことだが、そのリスクを下げる努力をしないのは怠慢に他ならない。
そのためにもこの取引の前提である天使の情報が正しいかどうかを確認するのは当たり前の行為だ。
もし誤りがあれば依頼を失敗する可能性が高まるだけでなく、再びチームを危険にさらすことになるのだから。
「その点を懸念されるのは当然ですね。ですがご安心ください。天使の情報については信頼できる方からいただいた情報です」
「その情報元は誰だ?」
バックの笑みが変わった。
これまでは張り付けたような営業スマイルとでもいうべき、どこか仮面のような雰囲気があったのだが今の笑みは違う。
心の底からの喜びを感じさせる、その場の雰囲気を一変させるような笑みだ。
「私の主、ジンリー様です」
「ジンリー?」
誰それ、とチチが首をかしげるがその名を知っているブロンクスとバレンシアは表情を強張らせた。
この事実を受け入れるべきか、冗談だと鼻で笑うべきか、同じ名前の別人だろうと聞き返すべきか。
二人が考えを巡らせる中でバックが再び口を開く。
頬を紅潮させ、本当に喜ばしいと歌いだすかのように。
「ジンリー様は暁の魔女にして、この世で最も尊いお方ですよ」
読んでいただきありがとうございます。
面白いと思っていただけたら、ブックマークや評価で応援していただけると嬉しいです。




