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天使②

組織の立て直し、というのはやはり面倒なものだった。

何より一度出来上がったものを壊されたという事実と、それを再び同じ苦労を掛けて立て直さなければならないという徒労感が非常に耐えがたい。


そして溜めた金も減る一方だ。

失った人材の補充に彼らの訓練。

そして亡くなった狩人たちの家族への見舞金。

元々は一匹狼の狩人たちなのだから、そこまでする必要はないだろうという意見もあった。

しかしそうすることで今いるメンバーたちの忠誠心を高めることもできるし、それに払うくらいの金は十分にあの愚かな男から搾り取ったので問題はない。


「まだしばらくは俺が現場に出る必要があるか」


狩人集団であるヘルメスのトップであるブロンクスは自分の組織の立て直し状況を見てそう結論付けた。

あのメドゥーサの狩りで失った人員の数は補填済みとはいえ、やはり質の低下は免れない。

訓練や狩りを重ねてその質も向上してきたとはいえ、かつてチームリーダーを任せていたユーリやレナーテほどの人材はまだいないのが現実だ。


元々ヘルメスという狩人集団はトップがブロンクス、チームリーダーはユーリとレナーテと他二名、メンバーとなる狩人が二十名、補佐担当が五名の合計三十名の組織である。

各チームリーダーの下では五名の狩人が配属されるが、狩りの対象や依頼内容によってその都度ブロンクスがリーダーとメンバーの組み合わせを変えて動かしていた。


そんな組織の中核を担うチームリーダー二名とメンバー七名の合計九名の狩人を失ったのだから被害が少ないわけがない。

ついでに言えばあの狩りで唯一生き残った狩人も魔女の恐怖から引退してしまったので実質あの狩りに参加した十名全員を失ったということだ。


「やはりユーリとレナーテを失ったのがでかいな」

「そうね。私が手伝えればいいのだけれど」


ブロンクスの言葉に反応したのは車いすに座った儚げな女性だった。

線が細く一人では身動き一つとれなそうなほどに弱弱しく見えるが、彼女こそがユーリやレナーテに並ぶチームリーダーの一人であるバレンシアだ。

度重なるグリムとの戦闘と霊薬の使用により体が弱くなり、普段は車いすを利用した生活を行いながら新人への指導を行っている。

彼女の言葉はそうした背景があるからこそ、つい出てしまったひと言だったのだろう。


「気にするな。お前は新人への指導でずいぶん役に立ってもらっている」

「貴方はそう言ってくれるけれど、私がこうなっていなければユーリやレナーテを失うこともなかったかもしれないわ」

「魔女相手にか? 代わりにお前が行けばユーリやレナーテの代わりにお前が死んだだけだ。現実を見られないほど現場から離れていたわけではないだろう」

「気持ちの問題よ。そう思わないと苦しいと思うくらいに、あの二人とは付き合いが長かったから」

「ユーリなら気にするなと言うに違いない。だから気にするな」


ブロンクスの言葉にバレンシアは僅かに微笑んで見せた。

まだ二人を失ったことに心の整理がつかないとはいえ、ブロンクスの言葉に癒されるところもあったのだろう。


「さっきの話だけれど、チチを一人で現場に行かせてみてはどうなの? いつもユーリやレナーテと一緒だったけれど、あの子だってチームリーダーの一人だし、もうずいぶんと経験を積んでいるわ」


バレンシアの言葉にブロンクスは眉間にしわを寄せる。

彼女の言葉が間違っているわけではないからこそ悩ましい問題なのだ。


「それはそうなんだが……チチはまだ若い。あいつ一人で行かせるのはどうにも不安でな」

「ほかの子だっているでしょう? 何かあれば彼らが助けてくれるわ」

「だがユーリやレナーテと違って立場としてはチチのほうが上だ。もし判断が求められる状況になったら配下である狩人は従わざるを得ないし、その結果間違った判断をして仲間割れでも起きたら最悪だ。それにチチは若さもあるが言動のせいであまり下からよく思われていない」

「そうかしら。狩人の中にはチチを可愛がっている人も多いと思うけれど」

「それはお前のような奴らだけだ。もともと金目当てでヘルメスに入った狩人の中にはなんで自分が子供より下なんだと文句を言う奴も少なくない。まぁそういう奴らはチチの実力を見れば黙るんだが、命令されていい気分はしないだろう」


チチはヘルメスのチームリーダーの最後の一人にして最年少の狩人だ。

まだ十二歳という若さで世界的に見てもこの年齢での狩人などいないに違いない。

しかしその実力は紛れもなく、ブロンクスが彼女を拾ったのは十歳の頃だがその時点ですでにグリムを単独で狩るほどの実力があった。

その実力と将来性を見込んでチームリーダーへと昇格させたのだが、その言動に問題が多く常にユーリかレナーテとチームを組ませていた背景があり、一人でチームを任せるのは不安が残る。


「もう少し落ち着きがあればな」

「まだ子供だもの。仕方ないわよ」

「そうやって甘やかすのが——」


コンコンと部屋をノックする音がブロンクスの言葉を遮った。

バレンシアにはもう少しチチに厳しくしてほしいところだが、その言葉を遮られてしまっては仕方ない。

そういった考えを心のうちに収め、ブロンクスが入室の許可を出すと補佐担当の男が入室し頭を下げる。


「どうした」

「お忙しいところすみません。狩りの依頼があったため依頼人から話を聞いていたのですが、少し……いやかなり面倒な案件のようで」


そう口ごもる彼の困惑した表情は随分と珍しい。

彼は依頼人との調整担当であり、ヘルメスに入る前は大企業でトップクラスの営業担当でもあった。

その流暢な話術で人間の懐に入り込みいい条件を引き出す。

ヘルメスにとってはなくてはならない人材の一人でもあり、狩人ではないがヘルメスの中で彼を侮るような人物など一人もいなかった。

そんな彼は普段であればヘルメスに大いに利益をもたらす交渉結果を報告するはずなのだが、今日にいたっては要領を得ない。


「貴方がそんなことを言うなんて珍しいわね」

「自分でも少し驚いていますよ。何せ狩りの獲物が天使だというのですから」

「何?」


天使、という言葉にブロンクスは刃の様に鋭利な瞳をさらに細め、逆にバレンシアはその大きな瞳をこれでもかと見開いた。


「私がここにスカウトされた時もグリムの話を聞いて随分と驚きましたが、今日の驚きはそれ以上です。吸血鬼やオーガなんてのは娘が見ているコミックに登場する怪物なのでまだ理解できましたが、天使も狩りの対象になるのですか? 世界的に天使と言えば人類の味方。神々の僕でしょうに。まぁそもそも天使が実在していることに驚きましたが……天使がいるということは神もいるのですか?」

「神がいるかは知らん。そもそも狩人が天使と呼ぶあいつらは人間の想像する天使とは異なるからな」

「なるほど。おとぎ話と現実は違うといういつもの奴ですか。私は詳しくないので差し支えなければ天使について教えていただいても?」


彼の様に依頼人と直接取引をする立場からしてみれば、獲物の危険度も知らずに交渉などできないということだろう。

至極当然のことではあるが、残念なことに天使というものをブロンクスは狩ったことがない。

存在するということは知っているが、実際に天使を狩ったという狩人に会ったこともなかった。


「悪いが俺も天使を狩ったことはなくてな。ほかの狩人が持つような一般的な情報しか知らん」

「貴方がですか?」


ヘルメスのトップにして御三家の一つであるキングストン家の人間が知らないのか、という含みのある言葉にブロンクスは苦笑した。


「あまり過大評価してくれるな」

「私が評価を見誤っているということもないと思うのですが、貴方が知らないというのは驚きました」

「それだけ珍しいグリムなのよ。協会であればライブラリに記録が残っているかもしれないけれど、私たちのようなフリーの狩人じゃ話を聞いた程度の存在なの」


ブロンクスとバレンシアは人づてに天使の情報を聞いた程度だが、その危険性については良く知られている。

そういう意味では誰もがその詳細を知らないが、誰もが天使というグリムを危険だと認識している程度には有名だともいえる。


「聞いた話では数体で群れて行動するタイプらしい。それに外見は美しく、そして悍ましいのだとか」

「あと人間の天敵という話も有名ね。なんでもこれまでに起きた災害やテロに天使が関わっているって噂があるわ」

「悍ましい? ずいぶんと想像の天使と違いますね。それが事実なら今すぐ家に帰って庭の置物を撤去しないと。それにヘルメスという名前も変えたほうがいいのでは? 神の名を勝手に使ってその天使に怒られたりしませんか?」

「幸いそれほど懐の狭い存在ではないようだな」


軽い冗談に苦笑し、さてじゃあどうしようかと三人はしばし黙り込む。

言わずもがな、狩ったこともなければ碌な情報もないグリムとの戦闘はリスクが高すぎる。

これが協会の様に長年積み上げた情報のないフリーの狩人の難しいところだ。


「デビッド。悪いが扉を開けて外を確認してくれ」

「? わかりました」


唐突なブロンクスの言葉に首を傾げたデビッドだったが、そのしばらく後には納得顔で一人の少女を抱えて部屋へと戻ってきた。

子猫の様に抱きかかえられたその小さな少女は、観念したという様に身動き一つとらないものの、エメラルド色の瞳だけが眩しく輝いている。


「また盗み聞きかチチ」

「ごめーんブロンクス! でも天使ってホント!? 私も連れてってよ~!!」

「まだやると決めたわけではない」

「でも天使でしょ! 見たことないグリムがいるのに見逃すなんて勿体ないじゃん!」


するりとそれこそ猫の様にデビッドの手から逃れると、チチはバレンシアの膝の上へと座りこむ。


「バレンシアだってそう思うでしょ?」

「どうかしら。天使の情報が少ないからリスクが高いわ」

「でもリスクが高いってことはそれだけお金が稼げるってことじゃないの? 綺麗な服を買って、美味しいご飯を食べて、もっと贅沢できるようになるじゃん」


チチが服を広げてそう訴える。

見れば子供が着るものにしては仕立てがよく、高価であることが一目でわかる。

服だけではなく髪飾りや指輪もそうだ。


「お前は金が好きだな」

「ブロンクスもそうでしょ? 嫌いな人いる?」


満面の笑みのチチを見て、少しばかり教育が悪かっただろうかとブロンクスは自問自答する。

しかし子育ての経験があるわけでもなし。

こうなるのは当然でありそれを悪いとも思わないのでブロンクスは早々に無駄な考えを切り捨てた。


「チチはもう少し無駄遣いをしないようにしないと駄目よ?」

「え~お金ならいっぱいあるんだから使わないとさ。ってかバレンシアのほうこそもっとお金使いなよ。あ、一緒に服を買いに行くのはどう? 今度新しいブランドが店を出すんだって~」


元々チチは孤児であり貧困に喘いだ過去がある。

家もなかった彼女が寝床にしていた地下の下水路でたまたまグリムを見つけ、それを狩ることで金になるのだと理解しブロンクスに拾われた。


グリムを狩れば狩るほど金が手に入り豪勢な暮らしが手に入る。

子供がそんなことを知ってしまえば自制心の利かない年頃の彼女は瞬く間に金の魅力に取りつかれた。

そして彼女にとって幸運であり不幸であったのはグリムを大量に狩るだけの実力があったことだろう。

おかげで今となっては子供ながらにヘルメスでもトップクラスの金の亡者だ。


「それで話を戻しますが、依頼はどうしますか?」


デビッドが自分の娘と同じ年頃のチチを見て、こんな風には育てないぞと決意した様子で声を上げる。

バレンシアとチチの瞳がブロンクスへと集まった。


「ひとまずその依頼人とは俺が話す。依頼を受けるかどうかはその結果次第だな」

「承知しました」

「私もついてく~。いいでしょ?」

「静かにしていろよ」

「は~い」


天使の狩りを依頼してきたとなれば依頼人も普通の人間ではないだろう。

その背景を知るためにもブロンクスは部屋を出て依頼人を待たせたままの応接室へと向かった。


「お前も来るのか?」


チチがバレンシアの車いすを押しているのを見て思わずそんな言葉が出てしまった。

以前は当たり前のようにバレンシアもブロンクスとともに話を聞いたものだが、体を悪くしてからは依頼の話を聞くことも無くなったからである。


「たまにはいいでしょう? 珍しい依頼だし。邪魔はしないわ」

「そうだよ~バレンシアと一緒に大人しくしてるから気にしないで~」

「……そうか」


そうして依頼人がいる部屋の扉を開けば、そこに座っていたのはきっちりと髪をセンターで分けたキャリアウーマン風の女性だった。

一本の芯が背骨に入っているような姿勢の良さで、政治家の秘書でもやっていそうな雰囲気である。

彼女はブロンクスたちを見ると席から立ち上がり、黒縁眼鏡の位置を整えると片手を差し出し唇を開いた。


「貴方がヘルメスのリーダーであるブロンクスさんですね。お会いできて光栄です。私のことはバックとお呼びください」

読んでいただきありがとうございます。

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