閑話 真祖②
「確かあの魔女が屍の魔女と呼ばれている理由は死霊魔術に特化していたからだな?」
「そう聞いてるが……ああ、そういうことか! 死者は魅了されないからこそ死霊魔術に特化しているのか!」
合点がいったとサーストが興奮したように声を上げた。
少年のように瞳が輝き今にも研究室に走り出しそうな雰囲気である。
「考えてみればゾンビやスケルトンが愛を理解できるはずもないからな」
「確かに。そういえば屍人形がパートナーだと言っていたが、そいつも魔女に魅了されていないのか?」
「そうだな。あの人形はゾンビなどとは違って自我があるようだったが、それでも魅了されているようには見えなかったな」
執着しているような雰囲気はあった。
しかし魅了とは違う。
「となると死者であれば魅了されないということか」
「あくまで仮説だがな。ただなりそこないの件も合わせて考えると自我があるのかないのかが、魅了されるかどうかのラインのようにも思える。だがそうなるとあの人形は何故魅了されないのかということになるが、それは魔女のパートナーだからか? 同格の魔女が魅了されたという話は聞かないし、オドの量が拮抗していれば効果は薄いのかもしれんが」
「ふぅん。いろいろ研究できそうなテーマだ」
「友人の来訪も捨てたものではないだろう。次からはきちんと出迎えてくれ」
「検討する」
ブラッドが持ってきたボトルは空になったので、なりそこないが持ってきたボトルを開けてグラスへそそぐ。
これが上質な血の入ったボトルであればグラスを変えるが、サーストが持ってきたボトルに期待などできないので、喉の渇きを癒す程度の物だろうと思って口をつければ案の定たいしたことのない血の入ったボトルだった。
「もう少しいいものを用意したらどうだ」
「興味ないな」
長年生きていると興味があるものとないものが綺麗に分かれてくる。
ブラッドはなりそこないの研究になど興味はないし、サーストは逆に血の味に興味など持てないということだ。
「ところでその屍人形なんだが、どんなだった」
「どんな?」
聞き返せば要領を得ない奴だなと不服そうな顔で睨まれてしまった。
だが実際に具体的に何を聞きたいのか理解できないので仕方ない。
むしろ説明が足りないサーストが悪いだろう。
「いや、だからだな。例えばどんな外見で、あの魔女がその人形とどう接していたかとかだよ」
「ああ、人形に嫉妬してるのか? 魔女のそばにいられて羨ましいと?」
「ば、馬鹿言うな! いつか殺す相手のことを知っておくのは重要だろう! ただそれだけのことだ!」
長年生きてきた真祖がこうも魅了されるのか。
だが普通に考えれば魅了の効果が今も残っているとはさすがに考えにくい。
となればサーストは純粋にあの魔女に恋をしてしまったということなのではないだろうか。
「な、なんだよその眼は……」
外見のせいで思春期に訪れた初めての恋に困惑する少年のようだ。
とはいえそんなことを口に出せばどうなるかわからないので、それとなく視線を逸らしてブラッドは彼の質問に答えようと過去へと思いを巡らせる。
「そうだな。背丈はお前と同じくらいの少女で整った容姿をしていた」
「まぁ、あの魔女が生み出したんだから顔が整ってるのは当然か」
「あとは……魔女は随分と人形を大事にしているようだったな」
「は、な、なんだよそれ」
サーストが狼狽えたように声を震わせた。
その様子を見て言うべきか言わざるべきか一瞬ブラッドは悩んだものの、友人に隠し事をするのは後ろめたいと口を開くことを決める。
「魔女が生み出したパートナーを可愛がっているだけ、とも思ったのだがあの執着心は異常に感じたくらいだ。あの魔女にとってはよほど大事な人形なのだろうな」
「ほ、本当に同一人物なのか? 僕を、僕をゴミみたいに見下したあの魔女が、何にも興味を持たないような虚無の眼をしたあの女が、人形に執着してるだって? 信じられるわけがない!」
「だが事実だ」
ふらりと立ち上がったサーストがテラスの手すりへと寄りかかる。
あまりにも不安定でそのまま押せばニューヨークの街並みへするりと落ちていきそうだ。
「僕が——」
「ブラッド、やっぱりここにいたわね」
サーストが声を張り上げようとこちらを振り向いた瞬間、唐突に現れたメアリーがそれを遮った。
「久しぶりねサースト。何か大事な話の途中だったかしら? でもごめんなさい。ブラッドに聞かせたいことがたくさんあるの」
「……久しぶりだねメアリー。それと気にしないでいい。どうでもいい話だから」
「そう? じゃ早速だけどブラッド聞いて!」
元の椅子にへたり込んだサーストを見て、メアリーは楽し気にブラッドの膝の上へと腰かけた。
てっきりマスカレードナイトの愚痴を聞かされると思っていたブラッドは一体何があったのかと多少困惑した顔でメアリーを見下ろしている。
「今回のマスカレードナイトはとても楽しかったわ! イベントが盛りだくさんでブラッドも一緒に来たらよかったのに!」
「確かにお前がメアリーと一緒に行っていれば僕はこんな惨めな気持ちにならずに済んだな」
「惨めってどういうこと?」
「こっちの話だから気にするな。それよりマスカレードナイトなんて毎回同じことをやるだけじゃないのか? 何をそんなに興奮してるんだよ」
横からサーストに口を挟まれたが、自信ありげにメアリーは指を振って見せた。
「確かにサーストの言う通りマスカレードナイトはマンネリ気味だったわ。でも今回は違ったの。まず狩人が襲撃してきたわ」
「は? マスカレードナイトに狩人が入れたのか?」
「ええ。どうやってかは知らないけれど、かなりの数の狩人が現れて吸血鬼との乱戦になっていたわ。無力な吸血鬼は灰に変わり、狩人の血がマスカレードナイトを赤く染める。見ていて心が躍る光景だったのよ。二人とも惜しいことをしたわね」
「ほう。それは確かに面白そうだ」
随分と無謀なことをする狩人たちだ。
しかし狩人との大規模な乱戦などそうそうあることではないので、メアリーの言った通りこれはかなり惜しいことをしたとブラッドは悔し気に眉を寄せる。
しかしそんな彼を見て小悪魔の様にいたずら心に満ちた笑みを浮かべるメアリーを見れば、まさかまだあるのかと怯えずにはいられない。
「それにね、魔女も現れたのよ」
「魔女だって!?」
タイムリーな話にサーストが珍しく素っ頓狂な声を上げた。
そんなサーストに少し驚いた様子のメアリーだったが、いい反応に気分を良くしたのか笑顔を見せて話を続ける。
「そう魔女なのよ。それも三人」
「そ、それは何とも惜しいことを……どうしてそんなことになったのだ?」
「さぁ、理由はわからないけれど最初に現れたのは燎の魔女ね」
「僕も噂にしか聞いたことがないが、確か変異種のオーグレスだったな。あいつはヨーロッパの狩人と頻繁にやりあっているから、狩人が大勢現れたのを感じて襲撃しに来たとかか?」
「かもしれんな」
「で、その燎の魔女の後に現れたのが刑の魔女と屍の魔女の二人よ」
びくりとブラッドとサーストが固まったのでメアリーが怪訝な顔をして見せた。
確かに二人そろって顔をこわばらせれば気にもなるだろう。
しかしあまりにタイムリーな魔女の登場に二人とも動揺を抑えることなどできなかった。
「どうかした?」
「いや、刑の魔女が出てくるのは随分と珍しいだろう。それに屍の魔女は以前会ったからな。それが一緒にともなれば少し驚いただけだ」
サーストがまだショックから復帰できていないようなのでブラッドがフォローするように応えれば、メアリーはやっぱり驚くわよねと機嫌をよくしたらしい。
それでね、と嬉しそうに続けた話は妹である新米吸血鬼のハクのことで、どうやら魔女の話はあれで終わりの様だった。
ハクに稽古をつけてあげて——
我儘を言って血を吸わなくて——
しょうがないから手伝ったのだけど——
そこにルシアンというメドゥーサが——
情熱的な吸血で——
——などとハクのことを嬉々として語り続けるが、それを遮ったのはようやくショックから復帰したらしいサーストだった。
「すまないメアリー。マスカレードナイトに屍の魔女が来たって言っていたけど、そこには屍人形もいたのかい?」
「え? 屍人形? いたわよ。というか最初にマスカレードナイトに来たのはその屍人形とハクの二人だったの。魔女たちが来たのはそのあとになるわ」
「別々に行動していたってことか。理由は?」
「それはさすがに知らないけれど。でも私が途中まで見ていた限りだと、屍の魔女はあの人形に会いたかったみたいね。ずいぶんあの人形を愛しているみたいだから」
「愛……」
サーストがその言葉を呟いたまま動かなくなる。
不思議そうな顔をしたメアリーには知る由もないが、サーストが問いかけたこととはいえ今の言葉は彼には酷だったのだ。
いたたまれなくなったブラッドはグラスに残った血を飲み干すと、メアリーを抱きかかえたままテラスの手すりの上へと飛び移った。
今は彼一人の時間が必要だろう。
「そろそろ私たちはお暇するとしよう」
「あらそう? まだ話したりないのだけれど」
「それは帰ってからゆっくり聞かせてもらう。サースト、それではまたな」
「ああ」
別れの言葉に反応したのか、サーストがゆらりと視線をブラッドへと向ける。
焦点はかろうじてブラッドに定まっているものの、その瞳は内心の激情を表すかのように小刻みに揺れていた。
そうしてテラスから飛び降りればサーストの姿はあっという間に見えなくなる。
「サーストはどうかしたの?」
「まぁ、そうだな。たとえ真祖と言われる吸血鬼であっても、感情とはままならないということだ」
あれが真祖として途方もない年月を生きてきた末の初恋ならば、それは恋を知らぬ年月分の苦痛を伴うのだろう。
「しかし本当に厄介なものだな。魔女というものは」
***
「人形を愛しているだって?」
あの日見た瞳を忘れず、あの日聞いた言葉を忘れず、あの日感じた胸の痛みを忘れたことはなかった。
だが今日感じた痛みはそれらを忘れさせるほどの想像を絶する痛みであり、その治療法を知らず吸血鬼として痛みとも無縁だったサーストには耐えがたい。
「クソ……クソが!」
グラスを握りつぶし、座っていたイスを蹴り飛ばし、近くのなりそこないの死体を踏み潰す。
それでも胸の痛みは癒えない。
研究をしていたのは何のためか。
それはあの魔女をいつか手に入れるためだった。
何をしていても脳裏から一瞬たりとて消えないあの女を自分のものにするための努力に他ならなかった。
だというのに、あの魔女に愛された人形がこの世界のどこかにいる。
それがたまらなく悔しい。
そしてそれ以上に憎い。
魔女に生み出され、たったそれだけのことであの魔女の愛を一身に受けるなどなんて怠慢で、そして不釣り合いなことか。
生み出された下僕ならば下僕らしく立場をわきまえるべきだろう。
それが創造主と創造物のあるべき関係というものだ。
「僕には、何も……」
真祖である自分が羽をもぎ取られて地面を這いずる虫のようだと思えるほどの、あの魔女の冷淡で無関心な瞳。
彼女はその人形に対してどれほどに優しい目を向けるのだろうか。
どんな言葉を囁き、そして人形は彼女に触れることができるのだろうか。
もしあの魔女が、記憶にある触れ得ざる芸術品の様に完璧で至高の女が、その誰とも知れぬ人形に肌を許すとしていたとしたら。
そう考えるだけでサーストは狂いそうになり叫び声を上げられずにはいられない。
「僕のものにするんだ。絶対に。どんな手を使ってでも」
時間はたっぷりある。
そう呟き、幽鬼のような足取りでサーストは研究室へと消えていった。
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