刑と燎㊲
「はぁ、ふぅ。これで最後」
やれやれ疲れたとサテンは全く汗の滲んでいない額をわざとらしく拭う。
別に誰かに見られているわけでもないが、ドッペルゲンガーとして誰かの人生を生きることに慣れたせいか自然と演技じみた行動をしてしまうことにサテン本人は気づいていなかった。
「これなら一発殴られたほうがまだマシだったかもしれませんね~」
サテンが荷車から降ろしたのは山になったカカオラに変化したドッペルゲンガーの亡骸だ。
それをダンジョン内で延々と燃え盛っている炎にくべて焼き払っているところである。
「まぁこれはこれで供養と言ってもいいですかね。成仏してください」
どさどさっと荷車から遺体を炎へと投げ入れ、これで終わったと一息つく。
マスカレードナイトから帰還してすぐにサテンはバキシェに報告したのだ。
『指示された通りにやろうとしたんですけどロイヤル様が暴れてまして~。全然吸血鬼も狩人もいなかったんですよ~まぁそれでも頑張って半分はノルマをこなしました。四捨五入して半分ですけど。でもほら吸血鬼と狩人を殺すことが目的ならロイヤル様が代わりにやってくれたので十分成果は残せたというか、別に私がやる必要もないというか、だから私がおなか殴られなくてもいいんじゃないかなと。誰がやっても結果は同じですしね。どうです? ダメですか? ダメですよね。そうですよね。でははいどうぞ。ひと思いにやっちゃってください』
などと服をめくっておなかを差し出したのだが、当のバキシェはというとサテンの無防備な腹に拳をめり込ませることもなく、館と外に放置したドッペルゲンガーの死体を片付けろと命じてきたのだ。
てっきり殴られると思っていたのでおへその出し損だったのだが、殴られてしばらく悶え苦しむよりはいいとそそくさとこの仕事に手を付けたのだが案外大変だった。
「終わりましたよバキシェ様~」
「そうか」
「死体が亡くなるとこの部屋の虚無感をかなり感じますね。ベッド以外何もないので。とはいえ死体があるとそれはそれで不気味なんですけど」
バキシェのダンジョンはとてもシンプルで外は燃え盛る炎と荒野。
そしてその場所に館がぽつんと一つあり、その館の中はというと二階三階を全てぶち抜きにし、たった一部屋しかない。
玄関から入ってすぐがバキシェの部屋であり寝室というわけだ。
そしてその部屋にはベッド以外には何もない。
ちなみにサテンの部屋は当然ないのでいつもバキシェの部屋の隅で寝転がっている。
犬猫のほうがまだ優雅な暮らししてますよ、と言ってもバキシェが部屋のレイアウトに興味を持ってくれないのでずっとこのままだ。
サテンとしては自分用のベッドかせめてクッションくらいは欲しかった。
「ところでなんで急に後片付けなんてし始めたんですか?」
「お前に関係あるのか?」
「いやないですけど、気になることは聞きたくなる性格なので」
「鬱陶しい性格だな」
「多分そうしたのはバキシェ様だと思いますけど」
ある意味バキシェが親なのだから子としては親の責任もあると言いたい。
もちろん性格がすべて綿密に計算された上に生み出されたとは言わないが、多少の責任はあるだろう。
そんな思いが通じたわけでもないのだろうが、仕方ねぇなとバキシェがぽつぽつ話し出せばサテンにとっては仰天すべき内容だった。
「は? 上位吸血鬼を怒らせたんですか? で、吸血鬼がここに攻めてくるかもと?」
「ああ。言っとくが俺は二回は見逃してやったんだぜ? それでも喧嘩を売ってきた向こうが悪い」
「……本当ですか? バキシェ様から挑発したりしたんじゃないんですか?」
そもそもマスカレードナイトへの殴り込みというのが挑発以外の何物でもないのだが、そう問い詰めてみれば案の定バキシェは視線を逸らしてベッドへ寝転がってしまった。
つまりはきっと上位吸血鬼が怒るようなことをしたのだろう。
「上位吸血鬼程度ならバキシェ様の相手じゃないでしょうけど、それが大挙してここに攻めてきたらさすがに面倒ですよ? 私だってそんなに強いわけじゃないんですし、もし真祖までやってきたら……」
「うるせぇな。いい暇つぶしだと思って喜べよ」
「暇つぶしってのは死ぬか死なないかなんて状況にはならないんですよ!」
「死ぬかもしれないのはお前だけだろ。俺は知ったこっちゃねぇな」
「ああ、最悪!」
確かに今話に出た中で死にそうなのは自分だけだとサテンは絶望する。
ロイヤルのパートナーであるクリスと違って戦闘が得意ではないサテンとしてはもっと穏やかな生活を望んでいるのだが、生憎と自分の主がそんな言葉とは無縁なので頭が痛い。
「狩人だっているのにどうするんですかぁ……」
「もちろんここに攻めてくるなら相手してやるさ。まぁ狩人どもにはしばらく手を出さねぇからそんなことにはならねぇと思うけどよ」
「あれ? そうなんですか?」
キョトンとした顔のサテンが恐る恐ると言った様子でバキシェの顔を覗き込む。
それを鬱陶しいとバキシェが突き飛ばした。
「何だよお前」
「いや狩人を殺さないなんて、本当にバキシェ様かなって思って」
「ロイヤルに言われたからな。お前だって狩人に手を出すのは止めろって散々文句言ってたじゃねぇか」
「それはそうなんですけど」
平穏を望んでいるがどうせそうはならないのだろうなと思っていたサテンからすると、本当に大人しくなるとそれはそれで居心地が悪い。
とはいえ狩人の殺戮をやめただけで、吸血鬼の襲撃があるかもと怯える日々が続くだけのことだが。
「ロイヤル様に言われたからって狩人に手を出さなくなるバキシェ様ですか? 今までずっと無視してたのに」
「いろいろあんだよ」
問いかけてもはぐらかされるということは、おそらく自分がいない間に何か説得されるような事態があったのだろう。
そしてバキシェを動かせる存在はたった一つしかない。
「原因はカカオラ様関係の話ですか」
サテンの言葉に無反応な時点で答えだと言っているようなものだ。
「すでに亡くなった方にいつまでも振り回されるというのも、不健全だと思うんですがね」
「あ? じゃあ今から狩人を殺しに出たらお前は満足すんのか?」
「そうは言いませんよ。ただそうやってカカオラ様のことになるとコロコロ方針が変わるのはどうなんだろうなって思っただけです」
「思ってるだけにして黙ってろ」
のそりと起き上がったバキシェがこちらを強く睨みつけ、サテンは仕方ないと黙り込む。
いつか色々な恨みの矛先となって死ぬその時まで、主が死人を忘れることはないのだろうとサテンは心の中でため息をつく。
まるでカカオラがバキシェを死へと引きずり込んでいるようだ。
「……おい。変われよ」
しばらくしてバキシェがぽつんとそんなことを呟いた。
彼女らしからぬ小さな声だが、この何もない空虚な屋敷ではよく響く。
「珍しいですね」
「いいから」
「はいはい」
変われと言われればやることは決まっている。
サテンはバキシェの望む姿へ変わるだけだ。
ただほかのドッペルゲンガーにその役割を押し付けていた分、サテンがこの姿になるのは随分と久しぶりであり、この姿になってバキシェを見ればとても小さく見えた。
狩人に恐れられ暴虐の限りを尽くす鬼人にして魔女が、その大きな体を縮めるようにしてサテンへと縋りつく。
「……カカオラ。会いたいよ」
声をかけて、震えるその頭を撫でてあげたい。
そう思うのは従僕として生み出されたからではなく、カカオラに変化したからだろうか。
だが偽物の自分がかけるべき言葉もなければ、触れて慰めることもできない。
できるのはもうこの世にいないカカオラ本人だけなのだから。
「俺は……」
鬼の涙がサテンの胸を濡らす。
この人をどうにかこの苦しみから救ってあげたいと思う感情も、やはり姿を変えたせいなのか。
そんな感情を抱きながらもこうして突っ立っていることしかできない自分はなんて無能で役立たずで、だから本物のカカオラとして主を癒すこともできない自分は、いつかこの人が死んでしまうその時にそばで一緒に死んであげようと、サテンはそう思うのだ。
「最期まで、一緒にいるから」
その言葉はサテンとしての言葉か、カカオラとしての言葉か、自分自身でもわからない。
ただ自分をより強く抱きしめるバキシェのぬくもりが心地よいことだけは確かだった。
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