刑と燎㊱
「貸切の看板置いときましたけど、誰が来るんすか?」
ハクのそんな質問にほかの三人は微妙な顔を浮かべる。
それはそうだろう。
なぜなら三人が浮かべているのは同一人物であり、それを知らない唯一の人物はハクだけなのだから。
「貸切にしないとまずいというか」
「サングラスあったほうがいいかもなぁ」
「一応スロージアにはお願いしたんですけど」
要領を得ない三人の言葉にハクが首をひねったあたりで、誰かが扉を強く開いた。
「貸切とはどういうことだ! 余が訪れると連絡したであろう!」
そこに立っていたのは光り輝く全裸の痴女、ではなく光り輝いてはいるが黄色のワンピースを着たことで痴女性を失ったロイヤルの姿だった。
しかし服を着ていても全身輝いていると、服が発光しているようでこれはこれで非常に奇怪だ。
痴女ではなく奇女に変わっただけとも言える。
「ロイヤル様のための貸切だと思われます」
「何!? あーそうか。……うむ。実は余もそう思っていたのだ。皆、大儀である!」
腰に両手を当てふんぞり返るロイヤルが眩しいのかその珍妙さがリアルだと理解できないのか、眼を細めて凝視するハクの表情は困惑に満ちている。
まぁそういう反応になるよねと三人が同情するような気持でいる間に、クリスがロイヤルの場所から席までに黄金の花を振りまいていた。
「それなに?」
「王には王に相応しい道がございます。よく清掃されていますが、ロイヤル様が歩くには彩りが足りませんので」
遠回しに馬鹿にされているような気もするし、無断で人の店の中に花をばらまくのもやめてほしいところである。
あの花は後でこっちが掃除するんだろうかとぼんやり考え始めた累の前で、背後から思いっきり蹴とばされたロイヤルがつんのめって花が散らばる床へと転がった。
「いいからさっさと中入りなさいよ! 鬱陶しい!」
背後から顔をのぞかせたのはスロージアだ。
思わずよくやってくれたと累が親指を立てて見せれば、スロージアも得意げな顔で親指を立てて返してくれる。
実にいい友人だ。
「な、何をするのだスロージア! 余を後ろから蹴とばすなど無礼だぞ!」
「扉をふさいで立ってるほうが無礼でしょ。少しは周りのことも考えなさいよ」
「ふむ。確かに」
よくわからないが納得したらしいロイヤルがクリスに椅子を引かれて席へと座る。
後から続いたスロージアも席へ座って一息つき、最後尾だったプラムは床に落ちた花を拾ってにこにこだ。
「それ拾ってどうするのよ」
「あとで花飾りにしようと思って。スロちゃんに作ってあげるね」
「よい趣味だなプラム。そんなに好きならば余の庭園に来るがいい。世界で最も美しい花々が咲いているからな」
「全部同じ色の花でしょ」
ひとまずスロージア、プラム、ロイヤル、クリスの四人がようやく席へと落ち着いた。
フィズの言っていたお客とはこの魔女たちのことだったわけだが、店に入る段階から騒がしいとはさすがと言ってもいいかもしれない。
しかし予想していたよりもずっとましだと思えるのは、やはりロイヤルが全裸ではなくなったせいだろうか。
「服着たんだ」
「服?」
「あとで教えてやるよ」
後ろでハクが不思議がっているが、普通は服を着ているのが当たり前なのだから仕方ない。
累たちからするとロイヤルが服を着ているほうが不自然なのだ。
「スロージアに説得されたのだ。王の正装はそれでもいいが、その姿で歩けば目立って王だとすぐに気づかれる。故にお忍びで訪れるのならば変装するのが当たり前だとな」
「ああ、それ変装してるわけですね」
「うむ。庶民の服も似合うであろう。これであれば王だとバレまい」
得意げに見せびらかすロイヤルだが、それを子供の外見にしては疲れ切った社会人のような眼で見るスロージアは何か言いたげだ。
「服を着たのはいいけど光るしうるさいしでこっちは疲れたっての」
「ロイヤルは服を着てもぴかぴかなんだねぇ~」
「うむ。やはり王というものは自然と光り輝いてしまうものだからな。服を着ていても溢れるオーラは消せんのだ」
「悩ましい問題でございます」
今の会話を聞くにロイヤルに服を着るよう説得しここまで連れてやってきたスロージアの苦労を共有できるのは累たちの他にいないに違いない。
仮に同じ立場になったとしたらどれほどの疲労があることか。
自分であれば絶対にそんなことはしたくない。
「お疲れ」
「ありがと」
同情する気持ちが湧いた累は、いつものカクテルと疲労回復にとチョコレートをスロージアへと——ついでにプラムにも——差し出し労をねぎらった。
ロイヤルたちは何を飲みたいのかわからないので、とりあえずチョコレートだけだ。
「スロージアのそれはなんだ?」
「カクテルよ。バーなんだしあんたも好きなの飲めば?」
「ふむ」
そう言われたことで何を頼もうか考えているのか、顎に手を添え黙り込めば服を着ていることもあってスロージアよりもバーの雰囲気が似合う女だ。
とはいえ落ち着けるようにとわざと薄暗くしている店内をライトアップするような輝きはそのままなので、控えめに言っても営業妨害であることは確かである。
「累に任せる。余に相応しい酒を用意せよ」
「わかった。クリスは?」
「私もお任せします」
しばらく黙り込んでいた割には結局思いつかなかったのか、いろいろ考えた末の結論なのか、ひとまずおまかせの注文ということだ。
見た目的には貴族のご令嬢と言った外見なので、ワインを出そうかとボトルに手をかけたところで累は手を止める。
というのもマスカレードナイトの景色が脳裏をよぎったからだ。
別に店のボトルに血が入っているわけはないのだが、なんとなく今見たいものでもない。
「ルシアン。卵を二個持ってきてくれる?」
「おう」
厨房に引っ込んだルシアンが少しして生卵を二つ手にして戻ってきた。
さてこれを何に利用するかと言えば当然カクテルになるわけだが、ちょうどカクテルの中にはロイヤルと名の付くものがいくつかある。
ついでにクリスと名の付くカクテルもあるが、今回は二人一緒でいいだろうと同じものを二つ作るつもりだ。
「フィズは何もしないのか?」
「私はバーテンダーの仕事をしている累さんを見つめるという大事な仕事があるので」
「そうか。それなら仕方ないな」
仕方ないのか?
という疑問はさておき累はシェーカーに材料を入れていき、その中には先ほどの生卵も割って入れられている。
どうせ手が空いているのだからとクリスの分はハクに任せることにした。
累がシェイカーを手慣れた様子で振り始めれば、ハクが少しぎこちなさそうに後を追ってシェイクを始める。
「累に比べるとはハクはまだ固い感じね」
「そりゃそうですよ。累さんより上手くなれるわけがないです」
「断言したらハクが可哀そうであろう。ところでハクとは誰だ?」
そういえばハクの紹介をしていなかった。
紹介しようかとシェイカーを振りながら見てみれば、ハクはそんな余裕がないという緊張した顔をしているので今は止めたほうがいいかもしれない。
もし声をかけてシェイカーをぶちまけられでもしたら困るからだ。
というか一回それをやらかしている。
あれはハクがバーテンダーの勉強を始めてからしばらく経ったころの話だが、営業時間外にいくつかカクテルの作り方を教え、当然シェイカーの扱い方などもそこで指導し、問題なさそうだからと営業中に試しにやらせてみたのだが大失敗した。
累たち顔見知りの前ならともかく、見知らぬ客の前でやるとなると緊張するのか体が強張り、結果振っていたシェイカーをきちんと押さえきれずに中身を思い切りぶちまけたのだ。
幸いその時の客は笑って許してくれたし累が作り直して問題はなかったのだが、それからハクはシェイカーを振るときはとてつもなく緊張するようになってしまっている。
本人曰く元々の性格もあるのかもしれないが、シェイカーを振っている最中にじっと客から見られるのがとてつもなく怖い、とのことだった。
グリムと戦うほうが楽というくらいの緊張感らしく、しばらく慣れるのに時間がかかるだろう。
累としてはせっかく二人のバーテンダーがいるなら動きをそろえてシェイクしたりしたらかっこいいのになぁ、などと考えていたがこれでは実現はだいぶ先になりそうだ。
というかそこまで客は来ないとか、それを見たフィズが嫉妬しそうとか、いろいろ他に問題はあるので実現はしないかもしれない。
「どうぞ」
「おお、いい色合いではないか! これは何というものなのだ?」
「ロイヤル・フィズ」
ロイヤルと名の付くカクテルはほかにもあるが、二人がどの程度アルコールに強いかもわからないので飲みやすいこちらをチョイスした。
色合いは卵が入っているため鮮やかな黄色であり、ドライジンを使用しているが卵のおかげで全体的に柔らかい味わいとなっており、レモンジュースも含んでいるので爽やかさも感じられる飲みやすいカクテルだ。
ちなみに卵白だけでシェイクするとシルバー・フィズ、卵黄だけでシェイクするとゴールド・フィズと呼ばれる別のカクテルになる。
「余の名を冠しているとは! まさか累が考えたのか!?」
「違う」
「累さんがわざわざロイヤルのために新しいカクテルを作るわけがないでしょう。どっかの誰かが考えたものですよ」
「なんだそうなのか。しかし余の名が入っているとなればいったい誰が……」
「きっとロイヤル様に心酔した者たちでしょう。さすがは我が王。民からの忠誠も厚いですね」
「はっはっは! ではその名も知れぬ忠義者に乾杯するとしよう! 乾杯!」
「乾杯」
スロージアとプラムはもうとっくに飲み始めているので乾杯しているのはわざわざ立ち上がってグラスを掲げているロイヤルとクリスだけだ。
二人そろってこくこくとグラスを傾けていき、いや何もそんなに一気飲みしなくてもと思った時にはグラスの中身は揃って空となっていた。
カクテルって一気飲みするものじゃないんだけどなと累が思ったのもつかの間、ロイヤルがグラスを高々と掲げると思い切りそれを床に叩きつけ、当然のようにグラスの断末魔が店内に響いた。
「美味!」
「ちょっと何やってるんですか!?」
「え、いや本当になにやってんの……引くんだけど……」
同じ立場であるはずの魔女二人から揃って困惑の目を向けられ、ロイヤルは何がと首をひねる。
隣で一緒に一気飲みをしてグラスを割ったクリスは知らん顔だ。
「乾杯の後はこうするのが礼儀であろう」
それは有名な銀河皇帝が提督たちとの出陣でやったあの行為を真似したのだろうか。
それとも騎士や武将が出陣前に行ったという逸話を意識したのだろうか。
いずれにせよそれは平時にやる行為ではない。
バーでいきなりこんなことをやるのは狂人以外の何物でもないだろう。
「礼儀どころか礼儀知らずですよ!」
「あのさー。お願いだからめちゃくちゃな行動は自分の城だけにしてよねー。魔女が全員同類って思われたら迷惑なわけよ」
「なぜ余が責められているのだ?」
困惑した様子のロイヤルの隣でクリスは無表情のままだが、累から見るとあれはきっと確信犯である。
何故ならロイヤルがグラスを割った一瞬、「え、割るんだ」みたいな間があり、「まぁロイヤル様がやるなら」みたいな感じで少し遅れて割っていたのを見たからだ。
ハクとルシアンが割れたグラスの掃除をしているのを手伝いながら、しれっと「うちの魔女様が迷惑かけて」の雰囲気を出しているが、君も割っているんだから同罪なんだぞと累はクリスをじっと睨んでいる。
向こうは眼を合わせてくれないが。
「おかわりをもらおう」
「次は割らないで」
「割るものか。あれは乾杯の時だけだ」
そんな当たり前みたいな雰囲気を出されても困るのだが、ひとまずもうグラスを割らないというのならいいだろう。
ハクが掃除をしているので累は手早く二人分のロイヤル・フィズを用意して差し出すと、今度は一口味わってグラスをテーブルの上へと置いた。
また何かやるのではと警戒していたのだがひとまず安心である。
「で、お茶会のほうはどうなんですか?」
魔女がここに集まっている理由はただ酒を味わいに来ただけではない。
ロイヤルが進めているお茶会の進捗状況について報告があるというからわざわざ店を開けたのだ。
「うむ。そのことについてだがな、なんと朗報だ。スロージアは参加してくれるぞ!」
「私が一緒に来てる時点でそれはわかるでしょ……」
「そうですね。ジンリーのほうはどうなんですか。声かけたんでしょう?」
「うむ。ダメだな。全く興味を持ってくれなかった。ついでにバキシェにももう一度声をかけたのだが無視された。ほかの魔女はどこにいるかわからないのでまだ声をかけていないという状況だな」
「報告はそれで全部ですか?」
「そうだ。しかし実にいい出だしだと余は思っている。声をかけ始めてまだひと月も経っていないのにもう三人がこうして集まっているのだ。全員集まる日もそう遠くはないな!」
「いや遠いでしょ。私はともかくほかの魔女はそう簡単に来ないから」
わざわざ集まって話すほどの報告内容でもなかったらしい。
ロイヤルは予定よりも進捗がいいと思っているのか嬉しそうにカクテルを味わっているが、フィズとスロージアはまだまだ先が長いなと遠い目だ。
「ってかフィズがロイヤルの手伝いするなんて意外だったんだけど。お茶会に参加したことなかったじゃない」
「いろいろ理由があるんですよ。まぁお茶会に参加したら累さんを自慢できるって理由もありますけど」
「何よその歪んだ参加理由は……」
「スロージアこそこんなに早く参加を決めてくれるとは思いませんでしたけど」
「んー私は別にお茶会を断ったことないしね。ロイヤルがホストってのがちょっと不安だけど、累たちも来るなら問題ないかなって」
「プラムは久々のお茶会楽しみだよ!」
「そうね。あとプラムがこんな感じで行きたがってたし」
相変わらずプラムには甘いらしい。
それは累も同じではあるが。
「そういえばジンリーがフィズと会いたがっていたな。今は忙しいからそのうち声をかけると言っていたから、会ったらフィズからもお茶会に誘っておいてくれ」
「は? 私に会いたい? なぜ?」
「ジンリーってフィズと仲良かったっけ?」
「あんまり話した記憶ないですね」
「正確にはフィズというよりも累に興味があるようだった。狩人だと話したせいかもしれんな。もしくは、ジンリーもパートナーには異常な執着をするタイプだからな。フィズが累に執着していると聞いたら何か思う所があったのやもしれん」
「ジンリーのアレは私から見ても異常なので一緒にしないでほしいですけど」
フィズが言うほどとなればその魔女もまた普通ではないなのだろう。
ロイヤルも異常だったがそういった異常者と頻繁に会うのは非常に疲れるので累としては遠慮したい。
特に興味を持たれたというのは厄介ごとしか感じられないところだ。
「ちなみにそのジンリーさんってどんな魔女なんすか?」
シェイカーを振るのは緊張していたくせに、魔女三人の話に割って入れるのは何故なのか。
普通の狩人なら怯えて口を挟むどころではないはずだが、ハクは変なところでブレーキが壊れているらしい。
そんなハクの質問に対して三人の魔女は一瞬唇を閉じ、そして開いた言葉は一緒だった。
「歪んでますね」
「歪んでるわね」
「歪んでいるな」
「あ……」
聞いたハクが思わずのけ反るくらいにはインパクトのある回答である。
この三人が、特にロイヤルがそう断言するのがとても怖い。
「マジかよ。あんたら三人がそういうって相当だな」
「ルシアンよ。フィズやバキシェと同格の魔女なのだからそれ相応におかしいのは当然であろう」
「私を引き合いに出すのやめてもらえます?」
自分を入れないあたりロイヤルは自覚がないらしいが、魔女の中でまともなのはスロージアくらいだと累は思っている。
いや冷静に考えるとスロージアもミュージアムとかいうおかしなことをやっているのでやっぱりだめかもしれない。
「何よ」
「なんでも」
結局のところ魔女というのはつくづく度し難い存在らしい。
これが魔女のことだけを考えられればまだ楽なのだが、ほかにもハクの姉を自称する上位吸血鬼だったり協会からはマスカレードナイトに関して詳細な報告を求められていたりと、いろいろと考えることにやることが多くて頭が痛い。
少なくとも当分はその歪んでいるらしい魔女とやらとは会いたくないなと累は思うのだった。
だがそう思った時に限って面倒というものは現れる。
「す、すすすみませんです」
入店のドアの音すら響かなかったのは、ドア自身が彼女を認識していなかったからでは、と思えるほどにその女の存在感は薄かった。
皆が気づいたときにはドアの前に立っており、覇気のない声ですみませんと繰り返す。
おそらく何度か呼びかけたのに気づかれなかったに違いない。
視線が向けられると安堵したように彼女は顔を綻ばせた。
頭部と首元には包帯、足を骨折しているのか右足にはギプスをはめ、それを支えるためにと左手には松葉杖——その左手も指が折れているのか添え木がされている——右手もギプスをはめて首から腕をつっており、極めつけは左目に眼帯と全身余すところなく無事なところがない。
そんな重傷人の女は卑屈な笑みを浮かべ、累へと言葉を投げかけた。
「き、気づいてもらえてよかったです。実はジンリー様から累様に狩りの依頼があるのです……へへ」
読んでいただきありがとうございます。
面白いと思っていただけたら、ブックマークや評価で応援していただけると嬉しいです。




