刑と燎㉟
「えーそれでは、今回はお疲れさまでした。乾杯」
「「「かんぱーい」」」
累に合わせてフィズ、ハク、ルシアンの三人がグラスを掲げ、まず最初の一杯はということで喉へとキンキンに冷えた生ビールを流し込む。
今日はマスカレードナイトの依頼を無事達成したということで、慰労を兼ねて四人で焼き肉を食べようとやってきたのだ。
この四人で外へ出るとフィズだけではなく全員が外見で目立って人目を引くため、きちんと個室を確保してある。
「いろいろありましたけど、ひとまず無事に終わってよかったですね」
「まぁ自分らはそうっすけど、協会のほうはそうでもなかったみたいっすよ」
「被害が大きかったのってあの金ぴか露出魔女のせいだろ。店長は協会から何か言われなかったのか?」
「特には。結果的にロイヤルもバキシェも撤退したわけだし、被害は大きかったけどその分成果も大きかったってことになったみたい」
「深く話を聞いたわけではないですけど、カザリの言い方からすると被害が大きくて実質大失敗なのをうまく言い換えて大成功扱いにしてるみたいですね。あ、肉焼けましたよ累さん」
「ありがと」
フィズが当然のように箸で牛タンを差し出してくるので、それを口で受け止めてもぐもぐと咀嚼する。
このザクザクとした噛み応えにさっぱりとしたレモン汁はとてもよい。
やはり最初は牛タンだなと味わっていると、ハクが微妙な顔をしているのが見えた。
「ここは個室だからいいっすけど、外でもそんなことしてないっすよね」
「そんなことって?」
「いや、そのあーんってやつ」
「ああ……」
差し出されたので普通に食べただけなのだが、言われてみれば確かに変かもしれない。
というのも累だって着替えやらはフィズにされるがままだが食事くらいは自分で食べていたのだ。
それがマスカレードナイトが終わってからというもの、フィズが「累さんと長く離れてたので」という言い分であれやこれやと以前よりも世話を焼くようになったのだ。
赤ん坊じゃないんだからと最初は拒絶していたものの、そうするとフィズが拗ねて面倒なことこの上ないので観念してなすがままになった結果、気づけばこうして食事すらフィズに支配されてしまっている。
「そうだね。自分で食べようか」
「なんでですか!? ハクも余計なことを!!」
「余計って、店の中だけならともかく外でもやるのは……いや、店でもずっと内心どうなんだこれって思ってたんすけど」
「長く離れたって言うけどよ、そんな長い間でもねぇだろ。結局マスカレードナイトに行って会ったわけだしさ」
「体感時間では一か月は離れてましたよ!」
不貞腐れたフィズがハクとルシアンの分まで牛タンをぶんどったことで二人が悲鳴を上げている。
相変わらず外見に反比例して大人げない女だなと一人自分の牛タンを確保した累がもぐもぐしていると、フィズがにやりと口元に嫌な笑みを浮かべながらトングをカチカチと鳴らした。
「私のことはともかく二人だってどうなんですかね。最近仕事中に地下に行って何してるんですか~?」
「ああ、そういえば」
それは累も気になっていたのだ。
別に頻繁に行くわけではないしすぐ戻ってくるのだが、たまに仕事中に二人そろって地下へと消えていくのである。
最初は地下の倉庫に何か取りに行っているのかと思っていたのだが、毎回手ぶらで戻ってくるので何をしているんだろうと不思議だったのだ。
「えっと、それは、ちょっと休憩というか……」
「まぁ水分補給だな」
「水分補給?」
それなら別に地下に行く必要もないのでは、と思うのだがそうでもないのだろうか。
不思議そうな累に対して、ルシアンがこれまたフィズに似た笑みを浮かべて口を開いた。
「ハクがアタシの作ったカクテルを気に入ったみたいでご馳走してんだよ」
「カクテル?」
「ああでもノンアルコールだからな。仕事には影響ないぜ」
「ふーん。それなら私もちょっと飲んでみたいな」
「累さんには私が用意しますから」
「フィズってカクテル作れたっけ?」
「まぁ……」
バーテンダーが仕事中に客に勧められて酒を飲むことはあるので、別に仕事中だからと飲酒を禁止するつもりはない。
それにノンアルコールだというし、二人がそれで仕事のモチベーションが上がるなら別に止める気はなかった。
ひとつ気になったのは顔を真っ赤にしたハクがルシアンの肩を叩き続けていたことだが、もう酒に酔ったのだろうか。
「は、話を戻すと協会は本当に大変みたいっすね」
「別に無理に戻さなくてもいいだろ。アタシは今の話でも——」
「ア! ル! ベ! ル! ト! さん!! とか! 無事に戻れたって聞けて安心したんすけど、アビーさんのお父さんが大けがしたとか」
ハクがいきなり大声を上げるものだから、ルシアンが何か言っていたようだが累にはよく聞こえなかった。
しかしアルベルトはともかく一度しか会っていないあの女狩人の父親がそんなに気になるのだろうか。
「アビーだっけ。そんなに仲良くなったの?」
「あーいや、まぁ、ほら店長がバキシェさんと戦闘中にこっちはこっちで色々あったので」
なるほど。
考えてみればハクはアルベルト達と一緒に行動していたわけで、その間に仲が良くなったりしたわけだ。
あのアビーという狩人はグリムだからとこちらを嫌っているように見えたが、ハクはあまりグリムっぽくないのでうまくコミュニケーションが取れたのかもしれない。
「アルベルトから聞いた話だけど、今回の狩りの責任者だったエドワードって人がアビーの父親らしいね。怪我して引退するみたいだけど」
「吸血鬼にでもやられたんですかね」
「バキシェのパートナーにやられたって言ってた」
「あーサテンですか。納得です。確かに狩人からすると相性悪いでしょうね」
次のハラミを焼きながらフィズがそんなことを言う。
相性が悪いとはどういうことなのか、と不思議に思ったのは累だけではないようで、ルシアンがそう問いかけるとフィズが再び口を開いた。
「サテンはドッペルゲンガーなんですよ。それに魔女のパートナーが普通のグリムと違って少し特殊なせいで、ドッペルゲンガーでもただ姿を真似るだけじゃなくて対象の能力も使えるんですよね。まぁかなり弱くなるんですけど」
「じゃあ先輩の真似もできるってことか?」
「できるでしょうね。とはいっても魔女のパートナーという観点で見ればかなり弱いほうですよ。累さんは当然のことながら、プラムやクリスにも勝てないんじゃないですかね。でも姿を変えられるってことは狩人からしてみれば何百種類ってグリムを相手にするようなものですから、普段狩る対象に合わせて霊薬や装備を準備している狩人からすると悪夢みたいなものだと思いますよ」
フィズは知らないがプラムは実際魔女なので勝てないのは仕方ないにしても、サテンはどうやらパートナーの中ではかなり弱いということらしい。
しかし姿を変えられるとなればフィズの言う通り狩人からすると恐ろしい存在だ。
すべてのグリムに対して対策を用意できる狩人などいないのだから、サテンを相手にしてエドワードという狩人が大けがを負ったのも当然である。
というより今の話を聞いてよく生きていたなというのが累の率直な感想だ。
「次レバー頼んでいいか? 最近貧血気味でよ」
「あ~どうぞどうぞお好きに~」
「その顔ちょっと嫌っす。あとルシアンも余計な一言いらないし。普通に頼みなよ」
ハラミを食べながら追加でレバーと、ついでに飲み物もなくなったので各々好きなものを注文する。
累はウーロンハイだ。
こういうものを飲むとお茶を利用したカクテルを作ってみようかなと思ったりするのだが、狩りがあったりでなかなか手を出せていない。
最近は日本茶を利用したカクテルも一般的なので、自分の店にも用意したいところである。
「そういえば遊佐さん異動になったみたいっすね」
「誰だそれ」
「日本協会の幹部だよ。反グリム派の筆頭で協会にいたころに何度か話したことがあったんだ。悪い人ではないけどちょっとグリムに対する敵意が強すぎる人で……」
「ふーん。まぁ異動になったってんならアタシらからするといいことじゃねぇの?」
「カザリも同じこと言ってましたよ。これでしばらく日本は落ち着くだろうって」
フィズの言う通りカザリはほっとした顔でそんなことを言っていた。
なんでも本部長である山崎と遊佐が相当揉めた挙句、遊佐が魔剣の使い手にと狩人たちを扇動した結果、血気に流行った若い狩人数名が魔剣に触れて現在も意識不明らしい。
そんなことが起きてしまったため、魔剣の使い手選びは一定の基準を設け、基準をクリアした者かつ幹部が承認した者だけが触れて使い手になりえるか検証することになったとのことだ。
そして遊佐はというと協会内を混乱させた責任もあり、燎の魔女とマスカレードナイトで焼け野原になっているヨーロッパへと飛ばされた。
『遊佐も実力のない狩人を魔剣に触らせる気はなかったんだろうが、煽りすぎて若手が勝手に暴走したって感じだね。そのあたりの管理を怠ったのはあいつの責任だから擁護できないけどさ』
というのがカザリの言葉である。
「私たちにとって厄介な男が消えてくれてありがたいですよ」
「でもヨーロッパはグリムに対する敵対意識が強いからちょっと気になるってカザリが言ってたけどね」
行動力と強い意志があるというのは厄介な話で、変に向こうでまた何か企まなければいいのだが、という懸念はある。
とはいえそれを今考えても仕方ないので集中するべきは目の前の肉であり、話すべきはもっと明るい話だ。
せっかくの打ち上げなのだから不安になるような暗い話よりも明るい話はないかとレバーを頬張りつつ考えていると、累の脳裏に浮かんだのは物理的に明るいあの女だ。
「そういえばロイヤルはどうするの?」
「まずスロージアとジンリーに話をしてみるって言っていたので、その結果待ちですね。その間に私はほかの魔女がどこにいるかそれとなく探してみようかと思ってますけど」
「何の話っすか?」
そういえばハクはあの光り輝く痴女を見ていない。
あの衝撃は口で伝えられることでもないので今度会う機会があればハクの反応を見てみたいものである。
「ロイヤルって魔女がいるんですが、そのロイヤル主導で魔女たちを一度集めてお茶会することになったんですよ。なので今は魔女たちに声掛けしている最中なんです。まぁ居場所がわからない魔女もいるので時間がかかるでしょうけど」
「へぇ。ちなみに魔女って全部で何人いるんすか?」
「七人ですね。私の他にスロージア、バキシェ、ロイヤルは累さんも会ったことありますね。三人が知らないのはジンリー、アプリコット、ルビエルで、そのうちアプリコットとルビエルの居場所がわかりません」
名前を聞いたことのある魔女はいるが確かに会ったことはない。
ジンリーはカザリ経由で名前を聞いたことがあるので狩人も知っているのだろうが、残りの二人は狩人も知らないのではないだろうか。
「すぐ見つかるとも思えませんし説得にも時間がかかるだろうからのんびりやりますけどね」
「手伝うよ?」
「累さんは優しいですね~。その時はぜひお願いします」
お礼にとハラミを差し出してくるのでありがたく頂いておく。
ただ口で受け取ったのでまたハクに微妙な顔をされてしまった。
「あ、それで実は早速手伝ってほしいことがあるんですが」
そう言ってフィズがお願いしてきたことは今日の夜に少し店を開けてほしいということだった。
今日は休みにする予定だったのだが、累としては特に構わない。
「ハクとルシアンは問題ない?」
「大丈夫っすよ。特にすることないので」
「同じく」
世に言うブラックな勤務先だとは思われたくないので一応二人の意見も聞いたのだが、意外と勤労意欲が高い。
もう少しゆっくり休んでもいいんじゃないかと累は思ったりもするのだが、とにもかくにも二人が問題ないのであれば店を開けることは決定だ。
「ありがとうございます。……まぁ、ちょっと来る客が問題なんですけど」
そう憂鬱そうな顔をするフィズを見ればなんとなく察するところはある。
これは面倒なことにならないよう貸切にしてほかの客は入れないほうがいいに違いない。
そうして時間が経過し日もすっかり落ち、人々がアルコールを求めて闊歩するようになった時間帯に累たちは店を開いた。
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