刑と燎㉞
「よう。どうだ調子は」
「アルベルト! 来てくれたの!?」
「なんでそんな驚くんだよ」
アビーが素っ頓狂な声を上げて眼を見開いている。
友人の見舞いにも来ないような冷徹な人間だと思われていたのだろうかと、少し不満そうな目で見ればアビーが居心地悪そうに目線を逸らした。
「いや、なんかもう次の依頼に行ったのかと思って……」
「そこまで冷たくねぇよ。俺を何だと思ってんだ」
「だって、パパをここに運んだ時にはいなくなってたし」
「いろいろやることあんだよ。累にも状況伝えねぇといけねぇだろ」
応援を依頼した手前、無事に脱出できたか気になり状況共有もかねて累に連絡したのだが、なんでもエドワードが傷を負ってアルベルト達が大騒ぎしている中、累たちは全員そろって眩しすぎる馬車とやらで脱出したらしい。
眼が痛いとか店の場所がばれたとかよくわからない文句を言っていたものの、アルベルト達に比べればよっぽど安全かつ無事に脱出できたようだった。
「ハクは無事だったの?」
「ああ無事だ」
「あの人形も?」
「無事だな」
「魔女と戦ってよく生き残れたね……」
信じられないと遠い目をしているアビーの隣に腰を下ろし、アルベルトはベッドで眠っているエドワードの顔を覗き込む。
重度の火傷に肩から胸にかけての深い傷。
これで良く生きているなと感心するほどだ。
「今は眠ってるけどさっき少し起きてたんだ。命には別状ないし、ママもひとまず安心したってさっき家に荷物取りに行ったとこ」
「そうか」
「でも、狩人は今度こそ本当に引退。協会からも人が来てさ、幹部の席は空けられないからってもう代わりの人を呼んだみたい」
「それなら聞いたぜ。代わりの奴とも会った」
「そうなの?」
「ああ、ついでに幹部の奴とも会ったから殴り倒してやった」
その言葉にアビーは一瞬目を見開いて固まり、そしてため込んだ空気を一気に吐き出すように笑いだして見せた。
よほど爽快だったのか腹を抱えて肩を揺らし、眼にはうっすら涙まで浮かんでいる。
「アハハハハハ! それ最高じゃん! 目の前で見たかったんだけど!」
「お前がやればいいだろ。あいつらの言う英雄様なら殴ったって大目に見てくれるだろうよ」
「確かに!!」
ひぃひぃと笑いすぎて呼吸困難になりながらもアビーは楽しそうに笑い続ける。
思わず看護士がほかの患者さんの迷惑だからと注意しにくるほど笑い続けたところで、ようやくアビーは収まったようだ。
「はぁ、はぁ。最高。でもね、私は協会の狩人をやめようと思うんだ」
「あ? 狩人をやめるのか?」
「ちゃんと聞いてよ。協会の、ね」
覚悟に満ちたアビーの瞳を見るとどうにも嫌な予感がするのだが、そう感じたところでアルベルトにはどうしようもない。
そして案の定というべきか、アビーが口にした言葉はアルベルトを悩ませるものだった。
「私を弟子にて」
「断る」
「なんでよ!」
「俺は弟子をとるつもりはねぇんだよ! 第一そんなことしたらエドワードに殺されるだろうが!」
ここでもしわかったなどと言えば、そこで横たわっている男が飛び起きて首を絞められかねない。
いや起きて元気になるならそれもありかもしれないが、とにもかくにも面倒なことになるのは確かなのだ。
「それなら心配しないで。パパには一応アルベルトから教わりたいって言っておいたから」
「……本当か? あいつは納得したのか?」
「うん。それにさっきママにも話して納得して貰ったから、起きてパパが何か言うようならママが説得してくれる」
最初の「一応」という言い方が非常に気になるところだ。
それに淡々と逃げ場を潰そうとしてくるあたりがエドワードに似ていて非常にやりづらい。
エドワードからも何度こうして狩りに付き合わされたか。
「なんでわざわざフリーの狩人になりたがるんだよ。危険だし、協会みたいに人のための狩りをするわけでもねぇんだぞ」
「私は強くなりたいの。今回の狩りで自分の無力さを嫌って程理解したから」
絶対にあきらめない眼をしている。
こういう所は本当に両親に似ており、そして何を言ったところで意見を曲げないということをアルベルトは知っていた。
「弟子っつてもなぁ……俺は何かを教えるのは苦手なんだよ」
「いいよ。勝手に見て覚える」
「協会と違って危険だぞ」
「だから強くなれるんでしょう」
「強くなる前に死ぬかもしれねぇだろって話だ」
「リスクがあるのは当然でしょ。でもそのリスクを避けてたらいつまでたっても変われないもの」
駄目だ。
やはり何を言っても意見を曲げないという確固たる意志が感じられる。
そうアルベルトが観念し始めたのを敏感に察知したのか、アビーはアルベルトの眼をじっと見つめてここぞとばかりに懇願した。
「お願い弟子にして。私が強くなるためにアルベルトのそばで学びたいの」
アビーのタイミングを見計らった絶妙な一撃はアルベルトをついに陥落させた。
嫌々ながらという顔でため息をつき、アルベルトは白旗を振る。
「わかった。だが起きたらエドワードにはちゃんと言えよ。いつか背中を刺されるのはごめんだ」
「ありがとう!」
「後悔するんじゃねぇぞ」
やれやれとアルベルトはエドワードの私室から持ち出したものを机の上へと置いた。
それを見てアビーは眼を丸くしている。
「なんでお酒?」
「俺の決まりなんだよ。狩りが終わったら祝杯を挙げる。エドワードともそうしてきた。まぁこいつは飲めないだろうから、代わりにお前が飲め」
病室のグラスをアビーに手渡し、そこへボトルから酒を注ぐ。
エドワードとともにあの日飲んだスコッチウィスキーだ。
「病院で飲んでいいんだっけ? ってか私、お酒あんまり好きじゃないんだけど」
「いいから飲め」
「……パワハラ」
「嫌なら弟子にならなくてもいいんだぜ」
「飲むよ!」
グラスを合わせ、二人はウィスキーを喉へと流し込む。
この熱と香りが狩りの終わりを感じさせてくれるのだ。
思わず口元に笑みが浮かぶが、アビーのほうは顔を顰めて舌を突き出している。
「ぅぁ……にが~い、あつ~い、舌がしびれる……」
「そのうち美味いと思えるようになる」
今回の狩りはこれでようやく終わりだ。
しかしこれから先の狩りはいろいろと騒がしくなるに違いない。
だがそう悪い気分ではなかった。
「二人だけずるいぞ……」
「パパ!? あ! えっと看護師さん呼んでくる!」
急に父親が目覚めたことに慌てたのかアビーは部屋の外へと駆け出して行く。
これで終わりかと思ったらまた騒がしくなったことにアルベルトは苦笑するしかなかった。
「ナースコールがあるだろうが。まぁいい。気分はどうだ?」
「酒の匂いだけ嗅がされていい気分だと思うか?」
「そりゃ悪い」
アルベルトの戯けた返しにエドワードは掠れた声で笑って見せた。
声を出すのは辛そうだが、アビーの言葉通り命に別状はないらしい。
「いいのかよ。アビーが協会辞めて俺の弟子になるって言ってたぜ」
「いいわけないだろうが!」
一際大きい声を出すと共に咳き込んだエドワードを見てアルベルトは呆れた顔だ。
まぁ一人娘をより危険な場所に送るなど耐えられない気持ちは理解できる。
とはいえ今は安静にしていて欲しい。
「落ち着けよ」
「落ち着けない話をするからだろうが」
「文句ならアビーに言えよな。俺も困ってんだ。ありゃ絶対に折れねぇぞ。お前にそっくりだ」
似ていると言われて嬉しさ半分、悩ましさ半分といったところか。
そうして一人で巡るましく表情を変えて悩むエドワードを肴にウィスキーを味わうこと数分、悩める父親もようやく決心がついたのか口を開いた。
「アビーを頼む」
「いいのかよ」
「お前なら信頼できる。それに今の協会にアビーを一人にしておきたくない」
「……なるほど。確かに英雄様が一人残れば碌な扱いを受けねぇだろうな」
ぞんざいな扱いは受けないだろう。
しかし英雄として士気向上のためにヨーロッパ各地の狩りへ派遣される可能性はある。
それだけならばまだしも噂の魔剣の使い手候補に挙げられたり、最悪魔女討伐の先陣を切らされる可能性だってあるだろう。
要は協会のいいように使い倒されるということだ。
それはエドワードはもちろんアルベルトも望んでいない。
「わかった。アビーは俺が預かる」
「依頼というわけじゃないが、約束してくれ。アビーを絶対に死なせるな。頼む」
「任せろ」
アビーが置いていったグラスにアルベルトが酒をつぎ足せば、エドワードが不自由な腕を震わせながらもグラスを持ち上げた。
そしてお互いにグラスを掲げる。
「乾杯」
当然このあと戻ってきたアビーと看護師に二人はしこたま怒られることになったわけだが、アルベルトとエドワードは悪びれずに笑ってこう言って見せた。
男と男の約束には酒が欠かせないものだ、と。
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