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刑と燎㉚

(何を……)


ハクの喉がこくりと何かを飲み込む。

変化は極端でその何かを飲み込んだ直後、あれほどに飢えて暴れまわっていたのが嘘のように静かになり、今では自分から求めるようにメドゥーサの口へと吸い付いている。

もっともっとと求めるように、ハクの舌がメドゥーサの口内へと侵入していく。

唇から零れ出たのは赤い血だ。

それでメアリーはメドゥーサが口内で頬を噛んだかして口に血を溜め、それを口づけによって飲ませていたのだと理解した。


(けれど何故そんなことを?)


だんだんと激しく求めてくるハクに押されるようにしてメドゥーサが後ろへ倒れこんだ。

まさかこんなに求められるとは、とでも思っているのか少しメドゥーサの顔が混乱している。

しかしハクにとってはそんなことよりも新鮮な血が重要なのか、いよいよメドゥーサに馬乗りになって口を押し付けていた。


メアリーは動かず、老狩人も気を失ったまま。

となればこの場に響くのは血と唾液をすする水音と呼吸に喘ぐメドゥーサの荒い息だけ。

それがどれほど続いただろうか、ゆっくりとハクが唇を離し、体を起き上がらせ天井をぼーっと見上げた。

その表情はいかにも満腹で幸福に満ちた顔であり、同じ吸血鬼としてあのメドゥーサの血はそれほど美味だったのかと気になってしまう。


「……あれ? ルシアン?」


次第に焦点が合い始めたのか恍惚に満ちていた瞳が自分に組み伏せられているメドゥーサへと向かう。

対してメドゥーサは口元を濡らし、いまだ荒い呼吸をしつつ笑って見せた。


「はっ。腹が膨れて目が覚めたか? 美味かったかよ」

「え? 美味いって何が?」

「アタシの血だよ。さんざん美味そうに吸い付きやがって。こちとらファーストキスだってのにトラウマになるぞ」

「は?」


何を言ってるんだ、とても言いたげな顔が周囲を見渡し、自分がメドゥーサを組み伏せていること、そしてお互いの口元が濡れていること、最後には朧げな記憶にでも思い当たったのか、ハクの日焼けした顔が火傷へ悪化したように真っ赤に変わっていく。

それを面白いと笑うのはメアリーだけではなくメドゥーサも同じようだ。


「思い出したか? どうよアタシの血は。まぁ唾液も混じってるから、店長風に言うならカクテルか?」

「——!!」


声にならない絶叫とでもいえばいいのか。

ハクは自分の顔を隠すように押さえつけ、そんな彼女を見てメドゥーサは笑っている。

それはメアリーも同じだ。


「アハハハハハハ!」


びくりと飛び跳ねるように二人がこちらへ視線を向けてくるのもまた面白い。

メアリーは固まった体を凝りほぐすように、まずは首を回してみればバリバリっと脱皮するように石化した表面が剥がれ落ちていく。

腕も足も動かし、最後には首を裂く直前だった老狩人をハクへと放り投げようとして、ナイフが目の前へと飛んできた。


「なんだ起きてたの」

「途中からな。血を吸われた音かと思って目が覚めたんだが、まぁ、なんだ。違ったわけだが」


そう老狩人が言葉を濁しながらハクとメドゥーサのそばへと飛びのいた。

彼はまだこちらを警戒しているようだが、別に今更捕まえて殺すつもりもない。

そんなことよりもメアリーにとっては老狩人の言葉に狼狽えてまた顔を真っ赤に染めているハクを見るほうが面白いのだ。

対してメドゥーサは未だにハクに押さえつけられたまま、床から驚いたような顔でこちらを見上げている。


「マジかよ。動けんのか」

「そうね。最初は少し驚いたけれど、石化したのは表面だけよ。完全に私を石化させるならもっと魔眼の力を強めないと駄目ね」

「あーそう。まぁそう簡単にいかねぇよな」

「貴方名前は?」

「名前? えーっと、ルシアンだけど」

「ルシアンね。貴方ハクの何なの?」


あれほど情熱的な吸血は始めて見た。

今度ブラッドと試したいと思えるほどの画期的な吸血方法だったが、それを妹にしたこの女が一体何なのかというのは姉としてきちんと聞いておかねばならない。


「恋人だ」

「違う!!」

「違うの? てっきりそうなのかと思ったわ。ハクがあんなに激しく求める相手なんだもの」

「あ、いや、それは、おなかが減って……血が、美味しかったもので……」


餓えていたのは確かだろうが、本当にそれだけだろうか。


「恥ずかしがんなよ」

「恥ずかしいよ! ってかもっと普通の血の飲ませ方してくれてもいいじゃん!」

「何だよ普通の血の飲ませ方って。知らねぇよ」

「私だって知らないよ!!」


確かに吸血鬼のファーストバイトがあれではあまりに過激すぎて妹の教育によくないかもしれない。

普通の吸血というのもどこかで教えたほうがいいだろうか。

とはいえ吸血鬼であれば、特に血に飢えた状態であれば普通は首に噛みつきそうなものなのだが。


「姉として念のための教えておくと、普通は噛みつかずに血液パックなんかで飲むのよ。吸血すると吸血鬼やなりそこないになるから。でもさっきのハクみたいに餓えて正気を失っていると本能的に首に噛みつくのが普通なのよね。それでもわざわざキスして血を吸うだなんて、よっぽどその吸血方法が気に入ったのかしら」

「き、きゅ……」

「おい固まんなよ。気に入ってたんならそう言ってくれりゃあいいのに」

「あのよ、俺が言うのもなんだがお前ら今どういう状況かわかってるか?」


メドゥーサの魔眼を浴びたわけでもないのに顔を赤に染めて固まってしまったハクを置いておき、老狩人の言葉にメアリーはああそういえばと顎に手を添える。

彼としてはまだここで一戦交えるのも覚悟の上のようだが、メアリーとしては予想外ではあるが目的は達したし十分に楽しんだ。


「ごめんなさいね。少し姉妹で盛り上がってしまったわ」

「ん? 姉妹?」

「ああ、ルシアンには言っていなかったわね。私はハクの姉のメアリーよ。よろしくね」

「あー、噂のハクのお姉様。初めまして」

「私はルシアンのことを気に入ったわ。ハクのことをよろしく頼むわね」

「任せてくださいお姉様」


なかなか信頼のできそうな女である。

一時的にとはいえこちらの動きを止めたのだからグリムとしても最低限の戦闘能力はあるようだし、なによりハクと血の相性もいいようなので姉としては妹の恋人として合格点を上げてもよい。

もちろんもっと強くなってもらわなくては困るので、いずれハクとセットで鍛えてあげるつもりだ。


「なんか寒気が……」

「あら、体は大事にしてね。ええっと、それで何の話だったかしら」

「やんのか。やらねぇのか。俺が聞くことかこれ?」

「そう、そうだったわ。ごめんなさい。私はもう帰るからあとは好きにしてもらって結構よ。十分マスカレードナイトを楽しんだし、ハクに血を飲ませるという目的も達したから。今はここで起きたことをブラッドに聞かせたくてすぐ帰りたいのよ」

「あぁ、そうかよ……」


はぁっと重いため息を吐いた老狩人は戦闘時よりも少し年老いて見える。

死ぬ危険もあったので疲れているのだろうか。

こうしてみるとルシアンがハクの初めての相手でよかったな、などと考えていると、老狩人が思い出したように言葉を投げかけてきた。


「なぁ、もし知ってたらだが、最近なりそこないが増えてる理由はわかるか?」

「なりそこない? そうね。詳しくは知らないけれど、真祖の一人に吸血鬼の研究に熱心な人がいるから彼じゃないかしら」

「吸血鬼の研究?」

「ええ。真祖は四人いるのだけど、全員長生きしているからいろいろなことに没頭しているのよ。私の父であるブラッドは美食。さっき話に出た彼は色々な研究。特に吸血鬼を強化することに熱心で、少し前は中位吸血鬼を使って色々と実験していたわ。なりそこないにも手を出したという話を聞いたことがあるから増えているのはそのせいかもしれないわね」

「そいつの名前は」


老狩人は再び若返ったようで、その瞳は獲物を見つけた獰猛な肉食動物のようだ。

やはり味わい甲斐のあるいい人間だ。

ブラッドであれば飲みたいと言ったかもしれない。


「仮にも真祖の名前を人間に伝えるのはね……と普段なら言うのだけど、今日は気分がいいから教えてあげるわ。サーストよ」

「サースト」


口で転がし老狩人は笑った。

狩るべき獲物を見つけた狩人の喜びに満ち満ちている。


「さてそれじゃあ私は帰るわ」

「さようならお姉様」

「ちょ、何言ってんの! お姉様って言わないでよ!」


文句を言いつつも仲が良さそうで何よりだ。

そう満足げに去ろうとして一つ大事なことを言い忘れていたことにメアリーは気が付いた。


「ああ、いけない。ハク。血を飲めば飲むほど吸血鬼は強くなるんだから、ルシアンと定期的に吸血するのよ」

「え!?」

「ルシアンもよろしく頼むわね」

「はいお姉様」

「だからお姉様って止めてって!」


そんな二人を見て微笑みながらメアリーは影に消えるように姿を消した。

先ほどまでそこにいたはずの恐ろしくも妹への異常な愛に満ちていた吸血鬼がいなくなってしまえば、残った三人には弛緩した空気が流れる。

そんな中で最初に動き出したのはやはりというべきか三人の中で最も戦闘経験のある彼だ。


「よし、俺はエドワードたちの所へ行く。お前らは落ち着いたらすぐに撤退しろ。累にも伝えとけ。こっちはこっちで勝手にずらかるからよ」


そう告げると、上位吸血鬼との戦闘を行った後とは思えないしっかりとした足取りでさっさと走って行ってしまった。

取り残された二人はいまだにルシアンの上にハクが馬乗りになったままどうしようかと見つめあう。


「吸血するか?」

「しない!!」

読んでいただきありがとうございます。

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