刑と燎㉗
「邪魔すんなよ」
腹立たしいと唸るようなバキシェの言葉の向け先はロイヤルやフィズではなく、中二階に立ち並ぶ新たな侵入者。
いや今こそバキシェが我が物顔でこの城を荒らしているが、本来この城にいるべきは彼らなのだろう。
誰も彼もが仕立ての言い一級品のスーツやドレスを身にまとい、個性豊かな仮面をつけて累たちを見下ろしている。
「今日は吾輩たち吸血鬼にとって特別な夜なのだ。招待状も出していないのに押しかけられては困るな。たとえ貴方がたが魔女だとしても」
「そうよ、ヒステリックに叫ぶから何事かと思えばまさか呼んでもいない魔女様が泣きわめいているなんて」
「ハハハハハ! 珍しいものを見れたな!」
居並ぶ吸血鬼たちの誰も彼もが魔女の姿をあざけり笑っている。
あの魔女は図体に対してみっともなく喚くのだなと。
あの魔女は着る服を買う金もないのかしらと。
あの魔女は子供の様に甘えてみっともないと。
そうして吸血鬼の中でも最も身なりの言い男が代表して口を開く。
「脆弱な吸血鬼崩れが数を減らす分には構わないと放置していたが、こうも城を荒らされてはさすがに困るのだよ。この城は偉大な真祖が我らに残した重要な遺産なのだからな。魔女のヒステリックで破壊されたとあっては偉大なる父に顔向けできん。いや魔女もその名の通り女だったと知れたのはいい経験だったがな。何せあれほど城に響き渡るように叫ばれては、あまりにも哀れで笑いが止まらなかったぞ。なぁ!」
男が同意を求めるように声を上げれば吸血鬼たちがそうだと言わんばかりに笑いだす。
対してバキシェはこれまでの怒りや熱が嘘のような静謐さだ。
このバキシェの不気味さを彼らは感じていないのだろうか。
「それ以上余の友人を馬鹿にするのならば余が相手になるが、覚悟はできているのだろうな」
「ロイヤル。お前は黙ってろ」
「む。しかし」
ロイヤルとバキシェの会話をまた吸血鬼が笑う。
魔女の仲良しごっこは見ていて飽きないと。
「ハハハハハ! 魔女同士の絆というのはいい見世物だが、それで城を壊されては堪ったものではないな」
「そうかよ。魔女も接待できねぇならこんなパーティー止めちまえ。お開きだクソ陰気野郎ども、なんならこの城を解体してやろうか。今ならタダで瓦礫にしてやるぜ」
バキシェが手を一振りすると中二階を支えていた柱の一部が崩れ落ちた。
「ほら」
今度は蹴り飛ばせば柱は完全にその機能を失い、支えを失った中二階の一部が崩壊を始めた。
吸血鬼たちは別の場所へと飛びのいたようだが、彼らが貴重だと主張した城をもっと解体してやろうとバキシェが手を振れば瓦礫が量産される音が止まらない。
「ほらほら。もっと仕事してやろうか」
「な、なんと無礼な!」
「この城は偉大なる真祖が築いた城だぞ!」
「我らがそのような横暴を許すとでも思ったか!」
バキシェの行動にいきり立った吸血鬼たちが非難の声を浴びせた。
彼らはおそらく吸血鬼の中でも力のあるもの、つまりは上位吸血鬼なのだろう。
本来であれば人前に姿を見せることも稀な真に吸血鬼としての力を持ち合わせた強者だ。
「知らねぇよ。ってか俺言ったよな。邪魔すんなって」
そんな強者たちがバキシェの言葉に静まり返る。
彼らは今更気づいたのだろうか。
散々に馬鹿にしたヒステリックに喚く女が、実は魔女だったということに。
立場が入れ替わったように今度はバキシェが彼らを馬鹿にする番だ。
高笑いを上げながら城の破壊行為を続ける様をしばらく吸血鬼たちは呆然と見つめていたが、それでも彼らには吸血鬼としての矜持や譲れぬ一線といったものがあるのだろう。
僅かに見えた怯えを押しのけ、一人の吸血鬼がバキシェを止めるべく立ち向かった。
「いい加減にしろ貴様! この城がどれほど貴重か——」
「三度目はねぇぞ」
そうして炎が彼を包んだ。
離れた場所にいる累ですら肌を焼かれそうなほどの業火。
それに包まれた吸血鬼は一瞬何が起きたのかわからなかったのだろうが、事実を理解してしまえば悲鳴を上げて転がりまわるしかなかった。
「ひ! あぁあああ! ぎぁあああああ!」
「うるせえ」
その燃え盛る炎を気にもせずバキシェは男の首を掴むと、そのまま果物を木からもぐ様に首をねじ切ってしまった。
投げ捨てられた体は頭部を失ったせいか炎に包まれていたせいか、次第に灰になって消えていく。
それを見たバキシェは少し残念そうにつぶやいた。
「ああ、死ぬと灰になるんだったな。じゃあ消える前に拝んどけ」
ぽいっと中二階にいまだ燃え盛る吸血鬼だった男の首が放り投げられた。
それを投げ入れらた側からするとことさらの恐怖だったようで悲鳴が上がる。
彼らの半分は戦意を失い、残りの半分はバキシェへの憎しみをたぎらせたようだったが、それでも結果が変わることはなかった。
バキシェがひと睨みすれば中二階に新たな炎が溢れ、戦意を失った吸血鬼はそのまま悲鳴を上げて炎に包まれ、横暴な魔女を許さんと立ち向かった吸血鬼たちは彼女に近づくまでに炎に包まれる。
自身の体が焼かれ、激痛とともに筋肉が収縮し、意志に反して体が降り曲がってそして息絶える。
「燎の魔女、か」
その名に偽りなし。
自分と戦っていた時などは本当に遊びのつもりで本気ではなかったのだなと累は阿鼻叫喚の地獄のような景色を見ながらそう感じた。
一人、また一人と悲鳴を上げて焼死体に、そして灰に変わっていく吸血鬼を見れば、燎の魔女が狩人に恐れられる理由もよくわかる。
ほんの僅かな間に焼死体が広間に並び、そしてそれらが一つ残らず灰になって消えてしまえば残ったのは燃え盛る業火のみだ。
先ほどまではロイヤルの輝きだけがこの広間を覆っていたが、今ではその役割を炎が担おうとしているほどに、この広間は業火に包まれていた。
「バキシェよ。この城は余の城なのであんまり壊されては困るぞ」
「……意味わかんねぇ抗議すんなよ」
確かにロイヤルの言っていることは意味が分からない。
自分の城ってどういうことだと累が首をかしげていると、バキシェが揺らぐ炎をじっと見つめながら口を開いた。
「なぁロイヤル。悪いがお前の言葉はまだ信じられねぇな。カカオラの敵討ちを途中で諦めたお前らをどうしても俺は信じられねぇ」
「ふむ。聡明な余と違って愚者というのは何度も言わないと理解できないので仕方ないな」
「お前マジで殺すぞ」
この空気でそんなことが言えるロイヤルは本当に馬鹿なのだなぁと思うが、逆にこの空気でそれを言えるのだから裏表も何もないのだろう。
バキシェも口では信じられないと言っているが、本当のところはどうなのだろうか。
「余は寛大故しばし考える時間を与えよう。その間に余はとりあえず居場所のわかる魔女から声をかけるつもりだ。全員集まったら最後に声をかける故、そこで返事をもらえればよい。無論参加以外の返事は許さんが」
「好きにしろ。集まるとは思えねぇがな」
「余が集めるのだから集まるだろう」
「はっ。その頑張りが無駄にならなきゃいいがな。……だが、まぁ、もしそうなったら、カカオラは喜ぶだろうな」
バキシェの体が次第に炎に包まれていく。
その表情はすでに炎の影に隠れて見ることはできなかった。
「お前の言うことを聞くわけじゃねぇが、しばらく狩人どもへの手出しは止めてやる。ここで暴れすぎたから吸血鬼どもの相手に忙しくなりそうだからな」
「素直ではないな。だが感謝する。そして余は諦めんぞ! カカオラがフィズに声をかけ続けたように、余はバキシェを諦めんからな!」
炎に包まれ姿が消えていくバキシェが僅かに笑って見えたのは、熱気が見せた幻影だろうか。
そうして瞬きをする間に炎とともにバキシェはこの広間から消えていた。
先ほどまであった熱気も胸を押しつぶすような圧力もない。
「うむ。やはりバキシェは優しいな」
優しいのだろうか。
ただ単に恐ろしいだけの魔女というわけでもないのだろうが、今のロイヤルの言葉を聞いたら灰になった吸血鬼に祟られる気がする。
そんな風に考えていた累をロイヤルの瞳が照らし出す。
あまりにも眩しいので取調室で卓上ライトでも突き付けられているような気分だ。
「しかし本当にフィズはよく懐いているな」
「なんかごめん。何もしないで……」
猫のようにごろごろと心地よさげに唸るフィズとそれを甘やかしている自分は本当に何の役にも立たなかった。
せめて同じ魔女同士、フィズもロイヤルとバキシェの話にも参加すればと思ったのだが、本当に我関さずでかなり二人には申し訳なかった。
「いやフィズがそういう奴だとはよく知っているので問題ない。むしろ昔であればもっと場が荒れていただろう」
「そうなの?」
「うむ。そうだ。昔カカオラが声をかけた時などは——」
「あんまり人の過去を勝手に語るもんじゃないですよ」
人の膝に頭を預けたまま、フィズが不機嫌そうに瞼を半開きにしてロイヤルを睨みつけている。
ようやく口を開いたと思ったが、まだこの膝から離れるつもりはないようだ。
「むぅ。それもそうだな」
「それよりロイヤルはこれから魔女を探すつもりですか?」
「何だ話を聞いていたのか」
「寝てたと思った」
「累さんのお膝は羽毛布団がコンクリートに感じるくらいに心地いいですが、ちゃんと話は聞いてました。褒めてくれてもいいんですよ」
「褒めない」
別にそこまでのことではない。
というか話を聞いていながらここでずっと寝転んでいたなら余計にたちが悪いように思える。
「まぁひとまずジンリーとスロージアはどこにいるかわかっている故、まずはその二人と話をしようと思う。ルビエルとアプリコットに関してはどこにいるかわからんからな。とはいえ魔女が完全に潜むというのも難しい。噂をたどれば時間はかかるが見つけられよう」
「私も手伝ってあげましょうか?」
「なに?」
ロイヤルが心底意外そうにフィズを見下ろしている。
それは累も同じ気持ちだ。
そういったことを嫌がりそうなフィズが自分から発言するとは思わなかったからである。
「正直なところ、魔女同士が集まるなら私にとっても都合がいいんですよね。それに私には累さんがいるじゃないですか。狩人として世界中のグリムの情報が入ってきますから、魔女の情報が入る可能性だってありますよ。ねぇ累さん?」
「まぁ、確かに」
カザリにさりげなく聞けば世界で起きている主要なグリムの被害はわかるだろう。
それを調べれば魔女の痕跡というものも追えなくはないかもしれない。
「それにずっと思ってたんですよね。カカオラがただの狩人に狩られたって本当かなと」
「どういう意味だ?」
「魔剣はオドの塊ですよ? それを人間が使うってかなりリスクが高いじゃないですか。ただの人間の狩人が扱えたとは考えにくいなと」
「それは……確かにそうかもしれぬが」
言われてみれば狩人は霊薬を使うと短命化するのが一般的だ。
というのもオドを持たない人間にとって霊薬に含まれた微量なオドですら体を蝕む毒になるからであり、アルベルトのようにいまだにあの歳で現役でいるほうが珍しい。
そう考えればオドの塊である魔剣を使うというのはたとえ短時間でも普通の人間ではありえない。
死を前提にした特攻兵器だと考えても魔女を倒すまで使い手の体が耐えられるかは微妙だ。
「バキシェに言うと面倒そうだから黙っててくださいよ。まぁそんな感じなので一度魔女同士集まってカカオラの件について話し合ったほうがいいと思ってたんですよね。私たちの安全を守るためにも、本当の敵は誰なのかを把握しておかないと」
寝ころんだままという不格好ではあるが、それでもフィズの言葉はロイヤルをかなり動揺させたようだ。
ロイヤルはしばらく黙り込んで自分の考えに集中していたようだが、やがてどうにもならんと放り投げたのかフィズへと手を突き出す。
「うむ! とにかく面倒なことは後で考えよう! そしてフィズ! よろしく頼む!」
「手は握りませんよ。その手を取ったら累さんの膝から起きないといけないので」
「そうか。では余がしゃがもう」
ロイヤルは座り込むと寝ころんだままのフィズの手を無理やりに取って握手をする。
フィズ本人は鬱陶しそうだったが、ロイヤルは頼もしい味方が増えたと思っているのか先ほどよりもかなり眩しい。
「ずいぶん心地よさそうだな。余にも膝を貸してくれんか」
「駄目ですよなに言ってんですか。クリスにやってもらえばいいでしょう。累さんは私だけのものです」
「うむ、そうか。まぁ仕方ないな。ところでせっかく会えたのだから累に聞きたいことがあるのだ」
なんでしょうか、と累が首を傾げてみれば、ロイヤルの好奇心に満ちた瞳が累を捉えた。
「何の店をやっているか教えてくれ」
そう無邪気に問いかけてくる裸の王様にどう答えるべきか、累はしばし悩むことになる。
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