刑と燎㉖
「ぎゃぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」
「うがぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」
「いやぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
「クソがぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
「「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」」
二人がそれぞれ心の底からの怒りと嘆きを口から吐き出しているようだった。
絶叫がこだましてこの城が揺れているようにさえ感じる。
「うむ。これでよい」
「いいわけねぇだろうが!!」
「死ねクソ全裸女がぁ!!」
拘束具を破壊しいっそ感心するほどに息の合った拳がロイヤルを殴りつけ、その頭が首から吹き飛んでゴロゴロと地面を転がった。
さほど身体能力のないフィズもオドで強化したのか威力はすさまじく、吹き飛んだ頭部がぶつかった背後の壁はひび割れている始末だ。
実際バキシェに殴られた経験のある累からすると、あの二人に殴られたら首が飛ぶのも仕方ないと思えるくらいの威力である。
「フハハハハハ、さっそく仲の良いコンビネーションだな。余は嬉しいぞ」
「いいから黙って死ね!」
笑い転げるという言葉があるが、今のロイヤルがまさにそれで頭がコロコロと転がりながら笑っている。
それをサッカーボールのように思い切り蹴とばすバキシェと唇を拭うのに必死なフィズは、お互いの喧嘩が止まって怒りの矛先がロイヤルに向かったという点では仲直りしているのかもしれない。
随分とイカれたやり方ではあるが。
「あぁ、累さん……私は汚されてしまいましたぁ……!」
「俺が汚ねぇみたいに言うんじゃねぇよ! こっちのセリフだそれはぁ!!」
いや結局喧嘩しているので意味はなかったかもしれない。
ぼろぼろと涙を流して泣き叫ぶフィズと怒りが収まらない様子のバキシェとどこかに転がったロイヤルの頭を瓦礫の中から探しているクリスとそしてそれを遠くから傍観している累。
正直この魔女たちは何がしたいのだろうかと首をひねらないほうが難しい。
「累さぁん……」
「そんなに泣かなくても」
「だってぇ……」
崩れ落ちるようにフィズが縋り付いてくるものだから、累も仕方ないなとフィズを慰めるように抱き寄せる。
顔を見る限りいつものようにただ単に甘えてくるわけではなくて、本当に嫌だったのだろうしショックだったに違いない。
キスをしたということよりもそれを累に見られたということが嫌なのかもしれないが。
「仕方ないなフィズは」
いつまでも泣いていては困るので、累は泣き声を上げ続けている顎を抑えてそのままフィズの唇に自分の唇を重ねる。
いつもよりも少し長めに口づけしている間にフィズの瞳を見れば長いまつげが驚きを表すように激しく上下していた。
「ほら。これで綺麗になった」
「……る、いさん」
涙を指で拭ってやれば続いて溢れてこないので泣き止んだようだ。
普段は余裕があるくせにこういう時はすぐに情緒不安定になる。
けれどフィズの感情がこうして波打つのは自分が関係しているときだけだと累は理解しているので、それはそれで嬉しかったりするわけだ。
「うぇ、気色わりぃもん見せやがって」
「あ、ごめん」
「そこは普通に謝るのかよ」
「まぁ知り合いのキスシーンとかあんまり見たいものでもないと思う。私もさっきのは少し気分悪かったし」
「そうかよ。ってかロイヤルはどこだ! もう一回は蹴とばさねぇと収まらねぇぞ!」
「ここだ! 変なところに挟まったようでクリスでは引っ張れん! フハハハハハ! 助けてくれ!」
「よっし! 思い切り蹴っ飛ばしてやる!」
バキシェがのしのしと歩いた先で再び轟音が響くと、壁や天井を何度か跳ね返ったサッカーボールもといロイヤルの頭が累のもとへと転がってきた。
かなりぞんざいな扱いをされたにもかかわらず、その頭部は瓦礫の埃に塗れることもなく光り輝いている。
当然傷一つない顔にくっついた二つの瞳も星のような輝きを収めたままで、累を楽しげに見上げていた。
「フィズがこうも懐いているとすると、お前が累だな。フハハハハハ! 会いたかったぞ!」
「誰?」
「余はこの世すべてを収めるべく生まれた王、ロイヤルである。つまりお前も余の民であるな。敬うがいい」
「ああ、そういう妄想をするタイプの人」
民になった覚えはないので現実と空想の区別がつかない危ない人なのだろう。
外見通りあまり深く関わってはいけないに違いない。
「ところで累は強いな。余のクリスやバキシェのサテンと比べても同じ魔女のパートナーとは思えないほどだ。実はシャンデリアの光に紛れて天井近くでずっと様子を窺っていたのだが、バキシェに本気で殴られて原型があるとは驚いたぞ。それにフィズがこうも執着するとはな。非常に興味深い」
「あ、そう。それより何しに来たの?」
「バキシェと話をしに来たのだ。しかしそれもこのままでは話しにくいな。クリス」
「はい。失礼いたします」
手慣れた様子でクリスがロイヤルの頭を拾って体に乗せる様を見ればこういうことはよくあることなのだろう。
そうして体が近づいてきてみればただの全裸ではなく肌が透過しており骨格が見えることに気が付いたのだが、それにしても全裸である理由が全く分からない。
肌が見えなければいいというものでもないだろうに。
「服を着れば?」
「そうはいかん。余の光り輝く玉体を見ればこそ、民は恐れ戦き崇拝するのだ。それに服を着てしまっては己に隠し事ありと喧伝するようでもあるしな。民というものは臆病故、ほんの少しの疑念で暴走する。それを防ぐためにも余に隠し事はないと身をもって伝える意味もあるのだ」
「そういう性癖かと思った」
確かに体が透けるほどの透明性ともなれば隠し事はないのかもしれないが、果たしてそれを見る民がいるのだろうかという疑問はある。
まぁ本人がそう思い込んでいるならまぁいいかと累は視線をバキシェへと向けた。
さっきよりも少し落ち着いた様子だが、苛立ちは収まっていないのか転がっている酒瓶を漁っては喉へ流し込んでいる。
先ほどから定期的に響くパリンという音は空瓶を叩きつけている音のようだ。
「さてバキシェよ。ようやく皆落ち着いたようだし話をするとしよう」
「てめぇと話すことなんかねーぞ」
「そう突き放すな。余は魔女同士の絆をもっと深めたいと思っているだけだ。まずはお茶会をしよう」
「は?」
ロイヤルが差し出したのはこれまた眼がくらむような輝きを放つ金色の便箋だ。
あまりにも光源が多すぎて目が痛くなってくる。
不快気なうめき声が聞こえるので視線を落とせば、累の膝を枕に眼を閉じていたフィズが眩しいのかううっと唸っていた。
「招待状だ。カカオラもよく用意していただろう。カカオラのは花の香りが特徴的だったが、余の招待状はこの輝きだな! 余に負けず劣らずの光が——」
バキシェもまぶしいと思ったのかは知らないが、ロイヤルが気分良く語っている途中にその便箋をひったくるとあっという間に破り捨ててしまった。
しかし便箋もさるもので細切れになってもまだ輝いている。
それが鬱陶しいのか、バキシェは止めとばかりに破り捨てた便箋を燎の魔女と呼ばれるにふさわしい業火に包んで灰へと変えた。
「あぁ! 何をするのだ!」
「うるせぇよ! ふざけてんのかてめぇは!」
「大真面目だぞ。仕方ない。スロージアに渡すつもりだった招待状をやろう」
「いやもう出すな!」
スロージアは招待状を燃やされたほうが喜んだかもしれないが、残念なことにバキシェの一言でその招待状はロイヤルの懐にしまわれてしまった。
懐と言っても何も着ていないのでどこから出してどこに閉まったのかは謎なのだが。
「なんでいきなりカカオラの真似事を始めた。俺を裁判にかけるつもりだったんだろ」
「ふむ。最初はそのつもりだったのだがな。聡明な余は気づいたのだ。最近お茶会が開かれないなと」
「……何言ってんだ?」
顎に手を当て、何かを考えるようにしてロイヤルはバキシェへと語りかける。
「余は魔女が集まるお茶会が好きだったのだが、カカオラがいなくなってからというものお茶会が開かれる様子がない。まぁそれは当然でカカオラがいないからなのだが、せめて余は皆が集まれる機会を作ろうと思い、ジンリーの勧めもあって魔女裁判をすることにしたわけだ。しかしフィズに言われて気づいたのだ。それならお茶会でよくないか、とな」
あれは驚きだったと得意げに語るロイヤルに何を言ってるんだという顔をしたのはバキシェだけではない。
累もこの魔女が何を言っているのかよくわからない。
「お茶会が開かれないなら自分で開けばいい。その簡単な事実に気付くのにずいぶん時間がかかってしまったな」
「前から思ってたがお前馬鹿なのか」
「ふむ。知能に差があるとそう思えてしまうのも仕方ない。あまりにも相手が高度な話をすると馬鹿に思えるものだ。今のは余が悪い。今後は余がバキシェのレベルに合わせて話をするので気にしなくてよいぞ」
あのバキシェが固まっている。
なんといえばこの馬鹿を黙らせられるのか、と考えているのだろうがどう頑張っても黙らせられないという事実に絶望しているようだった。
「さて、お茶会を開く理由は余がお茶会が好きだからというのもあるのだが、ヘッドレスの背に揺られながら過去のことに思いを馳せていると、余はある事実に気が付いた」
もうバキシェも何かを言うことを諦めたのか呆然としている。
そのためロイヤルの語りを遮るものは何もない。
ただただ光り輝く痴女の話を聞く時間が流れた。
「あれ? カカオラがいなくなってから皆暴走してないか? とな。ジンリーは配下を増やし縄張りを広げ、スロージアはそこかしこから美術品を奪うようになり、フィズは大人しくしているようだが協会と手を組み始めたのはカカオラが死んでからすぐのことだ。表には出さないがフィズにも何か思う所があったのだろう。それにバキシェもカカオラを失った恨みを晴らすように狩人殺しを止めん。漏れ聞く噂を聞けばほかの魔女も以前より過激な行動をとるようになっているようだ」
ロイヤルは自分の考えを整理するようにしながらバキシェへと語りかける。
バキシェのほうはというと最初のロイヤルへの拒否感こそないものの、意図が掴めないのか怪訝そうな顔で瓦礫の上へ腰を下ろしていた。
そして残った魔女のフィズはというと、累の膝の上で頭を撫でられご機嫌である。
「カカオラがいたときは魔女同士よく会って話をしたものだ。今思えばああいったことは大事だったのだと思う。魔女の呪いとでもいうのだろうか。我らの溢れ出る欲望を抑えるにはああいった場が必要だったのだ。お互いに理解しあいその欲望を抑えられるお茶会という場所がな」
「はっ。その場に参加しなかった奴もいるけどな」
「いやフィズはあれでよいのだ。参加を断ってバキシェと喧嘩……うむ、控えめに喧嘩というがアレも欲望の発散の一つだったのだろう」
こんなにだらしのない顔をしているフィズも昔は違ったのだという話が出れば、その時代を知っているロイヤルやバキシェが少し羨ましくもあった。
だが今のフィズを最もよく知っているのは自分だ。
それは間違いないと累はフィズの髪を静かに撫でる。
「つまり聡明な余が聡明ではないバキシェたちにわかるよう話をまとめると、魔女のためにもお茶会は必須ということだな」
「で、お前がカカオラの代わりになるって話か?」
「そうだ。このまま放置しておけば魔女の欲望は膨れ上がり、いずれ悲惨な結果となるだろう。特に危ないのがバキシェ、お前だ。あまりにも多くの狩人を殺しすぎている」
「だからもう一度魔女同士仲良く静かに過ごしましょうってか? 馬鹿かお前」
「うむ。余は本気なのだが、なぜ伝わらん。話が高度過ぎたか?」
ロイヤルが淡々と口にした言葉にはほんのわずかの乱れもない。
落ち着いた様子で胸のハートマークも規則正しい鼓動を続けているので特に嘘をついたりしてるわけではないようだ。
なるほど確かにこれは透明性が感じられるなと思わず唸るくらいにはわかりやすい。
本気で嘘偽りなく魔女同士の懸け橋になろうとしているのだろう。
だがバキシェに溢れているあれは——怒りだ。
周囲の空間を歪めるほどに実体化した激しい怒り。
止めどなく溢れる怒り。
「今更、何言ってやがる」
それでも堪えようとしているのか、バキシェは掠れるような声でそう呟いた。
けれどきっとそれは無駄な抵抗だったのだろう。
なぜならロイヤルが話していたではないか。
魔女は欲望が抑えられない生き物だと。
そして事実、その言葉のすぐ後にはバキシェの怒りは怒涛となってロイヤルに押し寄せた。
「今更お前がッ!!」
バキシェの拳がロイヤルの顔を捉えた、と思ったが殴りつけたわけではなかったようだ。
怒りに染まった瞳がロイヤルを睨み付け、そのバキシェの拳はロイヤルの細い首を握りしめている。
「だったらどうしてお前らは途中で手を引いた! まだ敵討ちは終わってねぇぞ!」
首を万力のように締め付けられているであろうロイヤルの表情に苦しさはない。
実際頭がとれるのだから首を絞められたところで苦しいということはないのだろう。
ただバキシェもそんなことは承知の上で首を絞めているはずだ。
これ以上怒らせるなら容赦しないと、そういう脅しと不満をぶつけているにすぎない。
クリスがバキシェを止めようと一歩足を踏み出したが、ロイヤルは片手を上げてそれを制した。
「あれ以上続ければ死ぬ恐れがあった」
「自分らが死ぬのが怖いってか!」
「違う。仲間の死を恐れたのだ」
バキシェの瞳に沸いた感情は戸惑いか、驚きか、それとも微かに喜びや安心もあったのか、いずれにせよ怒りの色が僅かに薄まって見えた。
そしてロイヤルは常にあった自信ありげな表情を捨て、歯をむき出しにしながらバキシェへと叫ぶ。
「怖かったのだ! 孤独な我らに出来た繋がりを死という形で失うことが!! だから皆これ以上傷つかぬようにと己のダンジョンに籠ることを選んだ!! 皆仲間を失いたくなかったのだ!! そしてそれは今も変わらない!! 余は皆を! お前を失いたくはない!!」
「——ッ。ふざ、けるなよ。クソがぁ!」
力任せに投げ捨てられたロイヤルが壁へと叩きつけられた。
しかし壁に新たにひびが入らないのを見れば、バキシェが痛めつける意味で投げ捨てたわけではないのは見て取れる。
むしろロイヤルの言葉に苦しんで逃れるように手を離したようだった。
「……俺は、信じねぇ。仲間を失うのが怖かっただと!? 今更仲間だとか言うんじゃねぇよ!」
バキシェの叫びは怒りとは違って聞こえた。
あれは嘆いているのかだろうか。
それとも痛みに悶えているのだろうか。
いずれにせよ累の瞳には一人の魔女が悲痛に満ち満ちているように見えた。
魔女はグリムの中でも頂点に位置する存在だ。
それがこれほどに動揺しているというのは普通ではありえない。
だからこそ、というべきか。
ここにいる全員が今やその存在を忘れていたこの城の本来の主たちが、無謀にも行動を起こしてしまったのは。
読んでいただきありがとうございます。
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