刑と燎㉕
止めようかどうしようか、というのが累の思う所であった。
もともとはバキシェの言葉にカチンときたため戦闘になってしまったが、本来の依頼の目的を考えればここに魔女を足止めするだけでも十分な成果である。
そのためフィズの登場でやる気を失ったらしいバキシェは累としては都合がよく、きっと今頃アルベルトやハクが救出作業や撤退を行っているだろうし、このまま適当に時間を潰そうと内心思っていたくらいだ。
そんな考えもあってお互いに知り合いらしいフィズとバキシェを自由に会話させていたのだが、フィズの不用意な一言というか明らかにわざと言ったであろう嫌味を含めた一言でいつの間にか戦場に戻ってしまった。
フィズが自分以外に対してコミュニケーション能力が壊滅的だということは累も重々理解していたが、ここでそのことを失念していたのは完全に累のミスである。
店であればさりげなくフォローしたりそもそも会話をさせないところだが、戦闘の疲れもあったのか気が回らなかったのだ。
(さすがに魔女との戦闘は疲れたな。言い訳だけど)
バキシェのオドを使って五分の戦いになったとはいえ、体への負担はそれなりに大きい。
早く帰って寝たいなぁと思うくらいには疲れている。
とはいえ目の前で起きている新たな問題から目を逸らすわけにもいかないのがつらいところだ。
(完全にフィズが悪いけど、バキシェも簡単に怒りすぎじゃないかな)
お互いに沸点が低くないか。
言い合いや口喧嘩を経て殴り合いになる程度なら理解できるが、ちょっとした暴言から急に殺し合いが始まりそうな雰囲気になるのは段階をすっとばしすぎて意味が分からない。
ただもし累のこの考えをバキシェが知ったら、お前もちょっとした暴言で煽られて殺し合いになっただろうと呆れられただろう。
「仲悪いのかな」
自分のことを棚上げしつつ累がぼそりと呟いたが、この二人の関係性としてはそれが答えなのだろう。
多分単純に二人は馬が合わないという奴だ。
累が疲れたような眼で二人を追えば、バキシェが拳を振りかぶり、それを迎え撃とうとフィズも本気になっている。
フィズが負けるわけもないが、やっぱり大事になる前に止めたほうがいいかもと累が一歩進んだ直後、突如として眼を開けられないほどのまばゆい光がホールを包み込んだ。
「え? 何?」
本来光というものは温かさや安心感を与えてくれるものだが、天井近くから降り注ぐこの光はあまりにも主張が強く正直不快になってくる。
累が眉根を寄せて光の根源が何なのかと見定めようとすると、その光源が突如としてしゃべりだした。
「喧嘩はよくなーーーーーーい!!」
光の塊がフィズとバキシェを制するように二人の間へと天井から降り立つ。
ロマンチックに言えば空から降り注いだ一条の星のようでもあったが、いまだ眼を焼くような光を放っているのは頂けない。
流れ星は消えるまでの一瞬の輝きが美しいのであって、いつまでも目の前で煌々と輝かれては迷惑千万だ。
とにかくまぶしいので光量を落としてくれないかなと累が眼を細めるなか、空から落ちてきたその光の塊は高々と宣言して見せた。
「ぞ!! っと。王である余の裁定だ! 双方矛を収めよ!」
瓦礫の上に立って全員を一段見下ろしているのは狙ってのことだろうか。
言っている意味も分からなければその外見もよくわからないが、累の想いが通じたのか登場時より光量が落ちたようでようやくそれの全体像が見えてきた。
とはいえこれならいっそ見えないほうがよかったかもしれないと思ったのもその直後のことだが。
「なぜ全裸」
彼女を見たら百人が百人そう思うに違いない。
きっとこれまで彼女を見た人も同じことを言ったはずだ。
「「ロイヤル!」」
え、こんな変態と知り合いなの、と累が思わずフィズから一歩下がってしまったのは仕方ないかもしれない。
そんな累の気配を敏感に察知したフィズが違うんですよと言いかけたようだが、その変態が瓦礫から飛び降りフィズとバキシェの肩をしっかり掴んで離さない。
「久々に会えたというのにいきなり喧嘩とは血の気の多い奴らよ。余としては好ましく感じるところもあるが、王の前である故その程度で止めておけ。さぁまずは仲直りの握手だ。古来より喧嘩の後は仲直りをして結束が高まるものだからな」
「いきなり出てきて何言ってんだてめぇは。言ってる意味が分からねぇのは今も昔も変わらねぇな」
「気に食わないですがバキシェに同意ですね。……ってあれ累さん? いや違うんですよ仲いいとかじゃなくてただの……そう、顔見知り程度なので別にそんな引かなくても。あれ、ちょっと遠ざからないで。累さーーん?」
「あれこれ言わずにほら握手を」
「うるせぇな! いいから手を離せよ!」
「そうですよ! さっさと離してくださいよ!」
フィズとバキシェは仲良く嫌がっているようだが、ロイヤルは困ったものだと首をひねるばかりだ。
ただそのロイヤルの眉根を寄せて不満そうだった顔が不意に笑顔に変わり、ぱっと二人を掴んで離さなかった手を簡単に開いて見せた。
「うむ。いいことを思いついた。クリス」
「はいロイヤル様」
瓦礫の陰から出てきたのは中世ヨーロッパなどを舞台にした映画で見たことのある質素な服を着た幸薄そうな女性である。
大勢に紛れ込めば埋没しそうなほどに特徴のない顔であり、見た目からはそう強そうにも思えないが、今まで気配を感じなかったのであの女性も見た目に反して力のあるグリムのようだった。
「新しい法律を思いついた。書き留めよ」
「すみません累さん。ちょっと事情を説明するのでそこから動かないでください」
「人形のご機嫌取りに必死だなぁ」
「ロイヤルの法律第……えっと、何条までいってたか」
「すみません累さん。ちょっとバキシェを黙らせるのでそこで待っててください」
「あ~やれんのかぁお前によ~」
「まぁいい。とにかく新法律は魔女同士の喧嘩を禁じる、だ!」
目の前で魔女がそれぞれ勝手に行動している光景は何ともカオスだ。
フィズはこちらに来て何とか弁明したいようだが、累としてはそんなことよりもロイヤルのほうを気にしたほうがいいのではと思っている。
バキシェもバキシェでフィズを煽ることに夢中なようだが、近くにいるロイヤルを今すぐ殴って止めたほうがいい気がするのだ。
というのもあのロイヤルという魔女はこれまで出会った魔女と違って、何かをやらかしそうな先のわからない怖さがある。
そして今まさにその何かを思いついてしまった顔をしていたのが嫌な予感しかしないのだ。
「ロイヤル様。違反した場合の罰はどうしますか」
「それは、こうだ!!」
ロイヤルが高々と片手を突き上げると、フィズとバキシェの首にバイオリンのような形をした木の板が取り付けられていた。
首だけでなく手も同時に首の板に拘束されており、二人は互いに相手の姿を見てロイヤルに何かをされたというのを理解したようだ。
そんな二人を遠くから見ていた累は「ああ、あれは確か喧嘩や言い争いの絶えない女性に取り付ける拘束具だったけ。昔はああやってさらし者にされたんだ。今の二人には妙に似合うかも」などと考えていたのだが、ロイヤルが決めた罰というのはこれだけでは終わらないらしい。
「えい」
ロイヤルが二人の首に取り付けられた板の先のほう、つまり頭から最も遠い部分をくいっと下へと引っ張った。
するとどうなるか。
当然てこの原理で反対側の頭が前へと押し出される。
「あ」
何をしているんだろうと見ていた累がロイヤルの意図に気付いた時には全てが遅かった。
それはフィズもバキシェも一緒だったのだろう。
お互いに言い合いをしているところをそのまま拘束され、なすがままにロイヤルに板を引っ張られた結果、二人は顔を前へと突き出す形となった。
それもお互いの顔に向けて。
つまるところ——フィズとバキシェの唇が重なったわけだ。
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