刑と燎㉔
声の主はホールの中二階からこちらを見下ろしていた。
バキシェの記憶にあるフィズとは雰囲気がかなり違うものの、その外見と振りまく不快な色香は間違いようがない。
フィズは楽し気に笑うと、階段を駆け下り愛しの人形へと飛びついて見せた。
「いや~びっくりしちゃいましたよ~。まさか累さんがバキシェとやりあってるなんて。でもさすが累さん。かっこいい~! でもドレス姿はやっぱりかわいい~! 来てよかった!」
「びっくりはこっちだけど。なんでいるの?」
思ったよりも人形の反応が鈍い。
フィズがべたべたとくっついて甘ったるい声で囁くも、人形のほうは冷めた目で遅れてやってきた緑髪の女を見ている。
バキシェは知らない女だが、あれもフィズと何か関係があるのだろうか。
「あ、いや、待った待った。言っとくけどアタシは悪くないぜ。一応止めたからな。でもさ。いろいろあって止められる理由がなかったというかさ……」
「ルシアンだって最終的には来るのに同意したじゃないですか」
「そうなの?」
人形の冷めた瞳と責めるような口調に怯んだのか慌てて緑髪の女が口を開く。
外見とは裏腹に上下関係では人形の方が上らしい。
「それは、まぁ……でもほらそれは魔女が出たって話を聞いたからでさ! アタシらだって心配するだろ!? 仕方なかったんだよ!」
「そうそう仕方ないんですよ。だから許してくださいよ累さ~ん。バキシェが出てこなければ私もきちんとお留守番してましたって」
そう懇願するように人形に縋り付いて離れないフィズはやはりバキシェの知っている頃のフィズとは違う。
別人と言ってもいい。
あまりの違いにバキシェが先ほどまでの怒りや動揺なんかをすっぱり忘れてしまうほどにだ。
「お前……本当にフィズか?」
「そうですけど、バキシェは相変わらずですね」
「何があったんだお前」
「何って、累さんと出会って本当の愛を知っただけですよ」
その発言がすでにおかしい。
わけがわからずやる気を失ったバキシェは近くの瓦礫へと腰かけた。
足元に転がった幸運にも戦闘の余波で割れなかった酒瓶を手に取り、親指で栓をはじくとそのまま一気に喉に流し込む。
マスカレードナイトにあるものなので血かと思われたが、意外と普通のワインでありバキシェにとっては微量に感じるアルコールでも体に流し込めば多少は冷静さが戻るというものだ。
「で、お前何しに来たんだよ」
「あれ、累さんとはもういいんですか?」
フィズの自分の人形が負けるなどこれっぽっちも想像していない態度は鼻につくものの、正直それに煽られて殺し合いをするほどのやる気ももはやない。
本来なら残骸となった人形の頭を見せつけてやるつもりだったのだが、どうにもフィズの様子が以前と異なりすぎてやる気が削がれてしまったのだ。
「いいから何しに来たか話せって」
「そう。それは私も聞きたい」
なぜか人形と意見があってしまった。
人形も人形でさっきまで殺しあっていたのに「いい質問してくれたね」みたいにこちらへ視線を送ってくるのは止めてほしいところだ。
なおさらバキシェはやる気をそがれて肩を落とすしかない。
「ロイヤルがバキシェと話したいっていうから、その付き添いっていう形をとって累さんに会いに来ただけです」
「ロイヤル? あいつまでいんのか?」
「そうですね。むしろなぜ私より先についてないのか不思議ですけど」
ロイヤルはフィズとは別の意味で面倒な魔女だ。
むしろフィズが以前と違って会話ができるため、会話ができても話が通じないロイヤルのほうが面倒ではないだろうか。
それにあの女は視界に入るとひどく鬱陶しいことこの上ない。
「店長、ハクはどこだ?」
「ハクならアルベルトのお手伝い」
緑髪の女の言葉に人形が指をさして答えると、「じゃあちょっと行ってくる」と緑髪の女は走って行ってしまった。
あれはあれでよくわからない。
魔女のパートナーということなら理解できるのだが、なぜ魔女でもなければそのパートナーでもない誰かがフィズにくっついていたのか。
「しかしあのフィズがこうも丸くなるとはな」
「累さんのおかげです」
「ああそうかい。まぁカカオラが聞いたら喜んだんだろうけどよ……」
「どうでしょうね。案外昔よりたちが悪くなったって嫌がると思いますよ」
「そうかもな」
確かにカカオラならそういう反応をするかもしれない。
積極的に魔女同士の関係を深めようとするくせに、それで起きた面倒ごとにはいつも嫌だ嫌だと愚痴を言いながら対処していたものだ。
それでも楽しい日々だったとほんの少し心が軽くなり、そしてその日々がもう訪れないことに心はさらに深く沈んでいく。
いつもの繰り返しにバキシェは顔を歪めながら話を変えることにした。
「お前の人形、なかなかやるな。どう造った」
「そういう呼び方止めてくださいよ。累さんって名前があるんですから」
「そうそう」
揃って訴えてくる姿はフィズも人形もよく似ている。
昔カカオラが魔女とパートナーは自然と似るものだと言っていたがこういう所をそうだと言うのだろうか。
「細かいことはいいだろ。で、どう造ったんだよ。いくらお前が造ったって言っても俺が本気で殴って壊れないなんて異常だぜ」
「どうって。それはもちろん迸る愛を込めただけですよ。つまり累さんが頑丈なのは私のラブパワーに守られているからということですね。こう常に累さんの体に纏わりついて悪い者から守るみたいな」
「……それはちょっと嫌かも」
「え!? なんで!?」
「呪いっぽいし」
人形に嫌だと拒否されるフィズは涙目だ。
バキシェの認識ではてっきりフィズが自分に従う忠実な愛玩人形でも作ったのかと思ったがそういうわけでもないらしい。
とはいえフィズなら自分の言いなりになる者は人形など作らなくても好きなだけ作り出せるであろうから、こういう相手のほうが望ましかったのだろうか。
「と、とにかくそういうわけで累さんは強いんです。スロージアにだって勝ちましたしね」
「スロージアに?」
「圧勝でしたよ」
ちらりと人形を見れば得意げというほどでもないが指でVサインを作っている。
スロージアも魔女の一人であり、普通に考えればそこらのグリムや狩人が勝てる相手ではない。
その魔女に勝利したというのならば相当の強さを秘めているのだろうし、実際さっきの戦闘でその実力は伺えた。
スロージアに勝ったというのも嘘ではないのだろう。
「まぁスロージアは魔女にしては弱いからな。それにガキなんだしあんまりいじめてやんなよ。別に殺したわけじゃないんだろ?」
「今でも元気にミュージアムの運営に勤しんでますよ」
「ならいいけどよ」
スロージアとは特段仲がいいわけでもないが、かといって魔女の一人がまた減るというのも少しばかり寂しいものだ。
それに外見が外見なのでバキシェからすると同じ魔女というよりも小生意気な子供といった感じで、以前も適度に距離を置きつつ気にかけていたのだ。
それを見ていたカカオラに言われたのが——
「意外。優しいんだね」
目の前の人形がぽつりとそう呟いた。
ああ、そんなことをカカオラにも言われたなと、バキシェは一瞬呆気にとられて動けなかった。
しかしカカオラの時もそうだったが、今も昔もそれに対する答えは変わらない。
「はぁ? 俺が?」
昔と今がシンクロしたというのも笑えるが、そうでなくてもこれは笑える話だ。
何を勘違いしてそうなったのだとバキシェは声を上げて笑い出す。
「馬鹿かお前。本当に優しかったら狩人を殺しまくって恐れられたりしねぇだろうが」
「まぁそうだけど」
「でも累さんの言ってることも間違ってないかもですよ。実際カカオラの弔い合戦をいまだに続けてるのはバキシェだけですからね。そういう意味では優しいかもしれませんね。……哀れともいえますけど」
「哀れだと?」
フィズの瞳に見下すような光が灯ったのをバキシェは見逃さなかった。
そしてバキシェは思い出す。
なぜこいつが嫌いなのか。
「相変わらず上から目線な野郎だな。そういう所が気に食わねぇ」
「別に気に入られようとは思ってませんよ」
「だろうよ。お前は人形遊びに夢中だもんな。毎晩お前の相手をさせられるそっちのおもちゃに同情するぜ」
空気に亀裂が入ったようだった。
先ほどまでの一種和やかともいえる雰囲気が様変わりし、今ではこのホールから感じる冷気に誰も彼もが逃げ出すに違いない。
バキシェは持っていた酒瓶を床にたたきつけ、ゆっくりと立ち上がる。
表情はフィズを馬鹿にするような笑みを浮かべているが、その瞳は笑っていなかった。
対してフィズも同様である。
貼り付けたような笑みは記憶にあるフィズとは異なるが、その瞳に宿った嫌悪の感情だけは昔と変わらない。
「根っこは変わらねぇな。クソ女が」
「あなたも変わりませんね。見た目に反して繊細で脆いところが」
自然と歩み寄った両者があと一歩踏み込めば相手と触れ合うという所で歩みを止める。
一触即発という言葉がこれほど相応しいことはない。
場の空気に重量を与えたかのような二人の圧力に耐えかねたのか、亀裂の入っていた壁が悲鳴を上げるかのように崩れ落ち、そしてそれが合図となったようだった。
「死ねクソ女! 前から気に食わねぇんだよ!!」
「やれるものならやってみてくださいよ! 無理ですけどね!」
バキシェが拳を振りかぶり、フィズは体に纏わりつくような黒い影が溢れる。
魔女同士の本気の殺し合い。
その火ぶたが切られた瞬間、ホール全体がまばゆい光に包まれた。
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