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刑と燎㉒

「アビー! アルベルト!」

「よう。遅かったな」

「パパ! 無事だったのね!」


廊下から駆けてきたのは数人の狩人とエドワードだ。

父の無事な姿に安堵したアビーはここにきてようやく笑顔を見せたが、それはどうやら向こうも同じなようで安堵した笑みを見せてる。

だがお互いに吸血鬼をよほど狩ったのか、双方親子の信愛を示して抱き合うが血の匂いが少しばかりきつい。


「アビーもアルベルトも無事でよかった」

「問題ないって言ったろ。そんなに心配すんなって」

「お前の実力を疑ったわけじゃないさ。ただちょっと、いやかなりの問題が起きてだな……」

「問題? あ、燎の魔女のことね! 今あの魔女はこの城のホールでほかのグリムと戦闘中よ」

「ああ、それならアルベルトから連絡があったから知ってる。援軍がグリムだと言われた時は疑わしかったが、魔女を止めてくれるとはな。アルベルトの言う通りサポートを頼んでおいて正解だった」


苦笑しつつ答えるエドワードの表情にはまだ陰りがある。

この作戦のイレギュラーであり最大の問題でもある燎の魔女がグリムによって抑えられているなら、狩人としては納得いかないが好都合なのではないだろうか。

この隙に被害者を運び出せるし問題などないようにアビーには思えた。

それはアルベルトも同じだったようで、一体エドワードが何を気にしているのか不思議だったらしく警戒するような目つきで彼へと問いかける。


「おいもしかしてまた問題が起きたのか? 言うならさっさと言えよ」

「ああ、正直いまだに信じられないんだが……魔女が現れた」

「うん? それさっき話したじゃん。燎の魔女でしょ?」

「そうだったら最悪の中でもまだ救いはあったんだがな……」


魔女が出ること自体が最悪の事態なのに、「そうだったらよかったのに」と言うほどの事態?

状況が理解できない、あるいは理解したくないアビーを見るエドワードの瞳にはまだ絶望を知らないものに対する羨ましさと哀れみに満ちていた。

それがアビーにはたまらなく恐ろしいが、一流の狩人はその恐怖に考えを停滞させたりはしないらしい。

アルベルトが煙草を放り投げて深いため息を吐き出した。


「つまり別の魔女か。当ててやる。屍の魔女だろう。まぁ累を呼んだ時から可能性がなくはないと思ってたがな」

「は!? 別の魔女!? な、なんで!?」


魔女なんてものは一人でも現れれば手に負えない存在だ。

それは今のヨーロッパの状況を見ればわかるというものだが、それがなぜよりにもよってマスカレードナイトという吸血鬼の居城に二人も現れるのか。


「まぁ、半分は当たってるな」

「半分?」


エドワードの力の抜けたような言葉と彼の背後に立つ狩人たちの憔悴しきった顔が、魔女が二人に増えたことがまだ序の口なのだと暗に伝えている。

さすがのアルベルトもこれ以上の問題があることは予想外だったのか、困惑した表情を見せていた。

アビーにしてみればこれ以上の問題なんて想像ができない。

だがそれでももし仮に予想するとしたら——


「な、なに。残りの半分って、もしかしてまた魔女が増えたとかじゃないでしょ」

「おいおいそれはさすがにないだろ。なんでこの場所にこのタイミングで魔女が集合すんだよ」

「そ、そうだよね。二人だけでも意味わからないのにこれ以上増えるのは……」

「増えたんだ。三人目が現れた。というか二人目と三人目が一緒に来た」


声が出ないとはこのことだ。

先に最悪の可能性を潰そうと冗談交じりに言った言葉が事実だと肯定されてしまっては返せる言葉もない。

喉から空気すら吐き出せずに固まっているアビーを見て、その気持ちはよくわかると訳知り顔に微笑んで見せるエドワードと狩人たちが少し怖い。

つまり本当に冗談などではなく彼らはこの絶望を受け入れてここに立っているわけだ。


「どの魔女だ」

「居場所のわからなかった刑の魔女だ。目撃した狩人の話では中庭の狩人も吸血鬼もまとめて皆殺しにしたらしい」

「……狩人の生き残りはどれくらいだ」

「うちの協会だけでいえば生き残ったのは全体の三分の一程度だな。半数以上は中庭で戦闘中だった上に、救出した人々をエレベーターで運ぼうとしたんだが、そのエレベーターがある場所も中庭すぐの塔だからな。場所とタイミングが悪かった。ちなみに他国の協会はもっと悪い。指揮官は殺されほぼ壊滅状態だ」

「魔女が出たなら仕方ねぇだろ。それだけ生き残っただけでも運がいい」


確かにアルベルトの言う通りなのだろうが、そう簡単に割り切れる被害ではない。

長い沈黙と静寂が場を支配する中、廊下に反響するどこかの戦闘音だけが耳に響いた。


「とにかくここでいつまでもこうしてるわけにもいかない。彼らを救わないとな」

「退路は確保できてんのか?」

「それは問題ない。魔女が中庭の吸血鬼を軒並み皆殺しにしたせいで今なら何の障害もなく撤退できる。魔女本人も今は移動したようだしな」


エドワードが合図すると背後に控えていた狩人たちが被害者を担いで撤退を始めた。

当初の目的である被害者の救出は達成できそうだがそれは微々たる成果になるだろう。

吸血鬼を狩るという点については魔女がその役割を変わってくれたので大きい戦果ともいえる。

だがそれらの結果と比較してあまりにも狩人の被害が多すぎることはエドワードの、父の心をどれほど痛めつけるのだろうか。

狩人を一人でも多く無事に帰らせたいと願っていた父を知っているアビーからすると、今の状況はあまりにもひどい。


「悪いな。俺の責任だ」

「なんでお前が謝る」

「言ったろ。屍の魔女と今回呼んだ屍人形(ネクロドール)はパートナーだってな。屍の魔女がここに現れたのも刑の魔女が一緒に現れたのも、もしかしたら屍人形をここに呼んだせいかもしれん。だとしたらその原因の屍人形に援護を頼んだ俺が悪い」


アルベルトの言葉に被害者を運び出していた狩人たちの目つきが変わる。

グリムを頼るからこうなるんだ、と誰もが憤りのぶつける先を見つけたようだった。

だがアルベルトの判断が間違っていたと言えるだろうか。


「アルベルトのせいじゃない。アルベルトがあのグリムを呼んでくれなかったら私は燎の魔女に殺されてたし、そうなったらここにいる人たちも救えなかった。呼ばなかったら呼ばなかったで、きっと被害は大きかったよ」

「そうだな。私も被害が抑えられると思って呼ぶことに同意したんだ。お前だけの責任だと思うな」


アビーとエドワードの言葉に狩人たちは何も言わずに人々の救出作業に集中することにしたようで、誰からも責められることがなくなったアルベルトは逆に居心地の悪さを感じたようだった。


「お前に庇われるとは思わなかったぜ」

「別に。事実だし」

「警戒! 吸血鬼!!」


照れくささもあってアビーはアルベルトに背を向けて救出作業の手伝いを始めたのだが、そのタイミングでそんな風に悲鳴じみた叫びが上がった。

見れば狩人の数人がボウガンを構え、中にはすでに矢を放っている狩人もいる。

その視線の先には見覚えのある青髪の吸血糸と背中に子供を数人乗せた大狼だ。


「ちょ、ちょ、ちょっと待ってください! 吸血鬼じゃないっす! いや吸血鬼っすけど! 狩人っす! 本当なんですって!」


涙目で切羽詰まったように訴える様はみっともないが、目で追うことすら難しい矢を器用に手斧で払うというのは簡単にできる芸当ではない。

言動がちぐはぐな吸血鬼に少し困惑したような狩人たちの間にアビーは飛び込んだ。


「彼女は敵じゃないから武器を下ろして!」

「アビーさぁん! ありがとうございます!」

「……礼はいいから子供たちは?」

「あ、ちゃんと助け出せたっす。血は吸われてなかったみたいで元気だったんすけど、チョコちゃんに驚いて泣く子もいたので少し眠ってもらってます」


さっきとは違って狼は子供たちが転げ落ちないようゆっくりとしゃがみこみ、その背からハクが優しく子供たちを下ろしてく。

四人の少女で言葉通り確かに血を抜かれた形跡もなければ怪我などもしていないようだった。


「アビー。彼女がもしかしてアルベルトの頼んだ応援かい?」

「ええ。ハクよ。吸血鬼だけどまぁ、その、あんまり吸血鬼っぽくないというか。とにかく味方だから」

「そうか。ルーマニア協会のエドワードだ。わざわざこんな危険な場所に駆けつけてくれて助かった。子供たちの救援も本当によくやってくれた。感謝する」


エドワードがそう片手を差し出して感謝を表したのはアビーにとっても予想外だったが、その向け先であるハクにとっても予想外だったようだ。

慌てふためくようにしてエドワードの手を取り頭をペコペコと下げている。


「い、いや自分は依頼されただけなのでそんな畏まらないでください! それに子供を助けるのも普通のことというか当たり前というか……とにかく感謝されることでもないので」

「なるほど。確かに吸血鬼らしくないな。少し吸血鬼に対するイメージを改めないといけないな」

「あーそれはどうでしょう。自分が特殊なだけだと思うっす」

「そうね。ハクって吸血鬼っぽくないから、とても珍しくて面白いわよね」


自然と会話に入り込んだ声はここにいる誰のものでもない。

経験豊富なアルベルトとエドワードの二人はすぐさまその声の主へと身構え、それに続いてアビーが、そしてハクは誰よりも早くその声の主に気付いて固まっていた。

瞳を見開いて、あの魔女を見た時よりもずっと恐怖に満ちた顔をしている。


「ハクが何をしているのかと気になって追いかけてきたのだけれど、マスカレードナイトにこんなに狩人がいるなんてね」


場違いな、いやマスカレードナイトという場所であれば相応しいであろう気品溢れる声だ。

狩人一同が手を止め視線を向けた先に佇んでいるのは、一級の職人の手で作られたであろう深紅のドレスを身にまとった新たな吸血鬼。

白い瞳を楽し気に細め、口元から牙を覗かせた女。


「メアリー……さん」

「ええ、あなたのお姉さまのメアリーよ。ハク」

読んでいただきありがとうございます。

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