なり損ない⑪
「ああ、全く。これだから魅了もちの怪物ってやつは……」
一人で屋上に上がって正解だったと思いながら、いまだ熱を帯びた胸の高鳴りを抑えるようにカザリは吐息を吐き出す。
そんな仕草が妙に艶めかしく、階下にいた協会関係者がごくりと喉を鳴らした。
「あのさ……私に発情してどうすんだバカ」
「あ、いや、そういうわけでは……す、すみません」
自分も人のことは言えないとはいえ顔を赤くして呆けている部下に頭が痛くなる。
こんなことでフィズと直接会おうものならどうなるかは想像に難くない。
本人が魅了しようと思っていないのに、軽く魔術を行使しただけでカザリが常日頃つけている対魅了の魔術具すら突破してくるのだ。
これまで多くの狩人が彼女を討伐できなかったというのも頷ける。
「……で、状況は?」
「は、はい。犠牲者は三十二名。各フロアの関係者と連絡を取り、襲撃当時このビルに残っていた人員と一致したことを確認しました」
「そうかい。ならまぁこれ以上の被害はなくてよかったよ」
とはいえ三十二名もの人間が死亡したのだ。
これほどの大事件を隠ぺいするのはかなり骨が折れるだろう。
カザリはどうしたものかと眉を寄せながらさらに階下へと歩き始め、その後を協会の男が慌てて追うようについていく。
「あの、カザリさん」
「なに?」
「これ、その、本当にたった二人で全部始末したんですか?」
彼はなり損ないが出没したと聞いた時点でその場にいた狩人八名を完全武装の上で緊急招集し、カザリに準備は万端ですからすぐに討伐に向かいましょうと言ったのだ。
実際なり損ないの危険性を考えれば妥当な行動であるし、集まった狩人たちも緊迫感のある面持ちでカザリの号令を待っていたほどだ。
彼の素早いかつ正しい判断を頼もしく思ったものの、そんな彼らに問題ないから解散だと言ってのけたのはカザリである。
「そういや説明してなかったか。しかしあのときのポカンとした顔がどうにも間抜けで、今思い出しても笑えるね」
「笑い事じゃないですよ。常識的に考えたら一大事なんですから」
「悪い悪い」
けらけらと笑うカザリにバツが悪そうに文句を言うが、ビルに入った時など生きた心地がしなかった。
せっかく集めた狩人は解散してついてこないし、カザリはどれだけ訴えても話を聞いてくれない。
結局協会関係者一同が怯えながらビルに足を踏み入れてみれば、そこには転がったなり損ないの死体の山。
一体何がどうなっているのかと逆に空恐ろしくて固まってしまったほどだ。
「なり損ないは通常複数人の狩人で討伐するものです。鼠算式に増えていきますし、狩人一人で対処するのは難しいですから」
腕のいい狩人なら問題ないのだろうが、下手に一人で突っ込んでなり損ないになられでもしたらそれこそ本末転倒だ。
ミイラ取りがミイラにならないよう複数人で討伐するのがベターなのだ。
「なのにこの数は……協会所属の狩人でもそうそうこんなことできませんよ」
「だろうね。だからあの子たちとは敵対したくないんだよ」
「最初に彼女たちと手を組むと聞いたときは正気とは思えませんでしたが、これを見れば納得できます。まさかこれほどの力を持っているとは。それも一人は例の……」
「そうだね。変に刺激しない限りは人間に友好的……と言っていいのかどうか」
協会関係者によって運ばれる死体の中にはなり損ないだけでなく、複数の傷を負って原形をとどめていない遺体や血を吸いつくされて干からびた遺体も含まれている。
肉親にはとても見せられたものではない光景だ。
これが果たしてただの事故なのか。
ふと目についたのはビルの正面入り口にある自動ドアで、カザリが近づいても反応がない。
「壊れてるみたいですね。運がいいのか悪いのか、おかげで外にまで被害が拡散しなかったわけですけど」
「そんなに都合のいいことが起こるもんかねぇ。一応本当に故障かどうか調べておいて」
指示を出しながらも十中八九故障などではないだろうとカザリは感じていた。
(屋上で話を聞いた際には淡々と話していたけど、どこまでが偶然なのやら)
なり損ないが現れたのも、なり損ないに追われたのも偶然だろう。
ただしここ逃げ込んだことと、このビルの住人が全滅したのは偶然だったのだろうか?
「なり損ないが出た割には、この程度の被害で済んだと喜ぶべきなんだろうけど……」
運ばれていく遺体を眺めながらつぶやいた言葉は、協会関係者の喧騒に紛れて誰の耳にも入らなかった。




