なり損ない⑩
「このまままっすぐでいいんですか?」
「そう。まだまだ先」
「うーん。この感じだと東京を出て横浜に行く感じですかね」
高速を走る風に髪をたなびかせながら、フィズがエンジン音に負けないよう声を張り上げた。
ヘルメットとゴーグルにたなびく白髪、中身はともかく外面だけはバイクの良く似合う女である。
対して累はサイドカーにすっぽり収まる形で座っていて、これはこれで似合うしいざというときに両手を使えて便利なのだが、サイドカーにちょこんと座る自分が子供らしく見えて累本人はあまり気に入っていない。
ちなみにバイクを運転するのはフィズ、サイドカーに乗るのは累とポジションが決まっている。
前線で戦うことを累が許さないので、せめて運転だけはとフィズが累にすがりつくように懇願して許してもらった経緯があるのと、そもそも累が運転するとなるとバイクが大きいという理由もあった。
大型バイクを小柄な女性が扱うのはなかなかに難しいのである。
「あのー累さん。ちょっとお願いがあるんですけど」
「やな予感。まぁ聞くけど」
「あのおじさん、多分誰かになり損ないを引き渡すんだと思うんですよ。じゃないと生かす理由がありませんし」
「まぁ、それはそうだ」
依頼人がどういう目的かは知らないが、老狩人への依頼内容はあの子供のなり損ないを生きて連れ帰ることだったのだろう。
捕獲というのは狩人の仕事としては珍しいが無いわけでもないので、そう考えるとあの行動も納得ができるものだ。
狩人が霊薬づくりのためにグリムを生きて捕獲して解体することもあるし、捕獲したグリムを檻に入れて鑑賞する奇特な者もいる。
仮に後者の目的で依頼されたなら、子供のなり損ないを檻に入れておきたいだなんてどんな変態なのか。
「なのでもしおじさんと依頼人がいたら、私がおじさんの相手をするので累さんは依頼人となり損ないを追ってください」
「却下」
「えー!? 何でですか!?」
「なんでって……フィズはなるべく戦闘しない約束だし。もしかしてまだ怒ってる?」
「当然ですよ! 累さんの綺麗な顔にあんなことを……本当にびっくりしたし怖かったんですから!」
ゴーグル越しに累を見つめるフィズの青い瞳はいつもと変わらないように見えるが、その奥底には深い海底を連想させるような暗い陰鬱としたものがあるのを累は知っていた。
人の手の及ばぬ海底に何が潜んでいるかわからないように、その奥底からどんな恐ろしいものがあふれ出すかわかったものではない。
フィズの望むとおりにした場合、あの老狩人が手練れであっても悪い結末にしかならないだろう。
「そう簡単に私が死なないの知ってるじゃん。ほら、もう傷跡もないし」
「知っててもですよ! 知ってたって怖いんです! 累さんは私にとってどれだけ大切かもっと理解してくれないと困ります!」
圧が強い。
普段は長いまつげと薄く開いた瞼に隠された瞳が、今は四白眼もかくやとばかりに見開かれてこちらを見つめている。
狂気じみているといってもいい。
あまりにも乗り出して顔を近づけてくるものだから、バイクがふらふらと寄れていくほどだ。
「前見る」
「あ、すいません」
そう謝りつつもちらちらと横目で累を見るのはどうしても我慢できない部分があるからだろう。
フィズの生まれ持った業によるものか、あるいはもともとそういう性格であったのか、累への強い執着が翻って累に敵対するものへ強い敵意になるのだ。
累も別に想ってくれること自体に悪い気はしないのだが、正直ちょっと面倒だなと思うときがないでもない。
世間一般でこういう子をメンヘラとか病んでるとかいうのだろうか、とたまに考えたりもする。
「……あー、別に死んでないし、傷跡もないし、向こうも仕事だ。恨んだり復讐とか狩人はいちいち考えない。日常茶飯事だし。あと私たちはあんまり敵を作らないほうがいい」
長くしゃべると向かい風のせいで口が渇いて普段より余計にしゃべりにくい。
しかし無理をしてでもここで理解させないと、この後の仕事に影響が出るので累は仕方なしに乾いた口を一生懸命開いてフィズへと訴えた。
「言いたいこと、わかる?」
「それはわかりますけどー。累さんがよくても私の心は癒されてないんですってー」
「……愛が重い」
「日々増量中なんですからここで悲鳴を上げてたら潰されちゃいますよ」
「まだ重くなるのか。ダイエットして。とにかくさっきの話は却下」
大型バイクにまたがりながら子供のようにふてくされるのはひどくアンバランスだ。
まさに大きな子供といった感じで苦笑しかできない。
「累さんがそう言うなら私は累さんの言う通りにしますし、累さんならだれが相手でも無事に帰ってくるってことも信じてます。でも累さんが傷つくと私がものすごく大騒ぎするってことは覚えておいてくださいね」
「面倒だ」
「こう見えて沸点が低いんですよ。だから次はちゃんと本気出してくださいね。油断も絶対にしないでくださいね」
「……ほんと、面倒だ」
そうして累が指示するまま、フィズが運転し続けたどり着いたのは横浜のとある埠頭。
海からの物資を収める大型倉庫が立ち並ぶなか、いかにもミスマッチな外車が倉庫の側に停車していた。




