刑と燎⑭
眼前に立った吸血鬼はドレスと同色の紫の瞳と派手な耳のピアスが印象的な小柄な少女だった。
ドレス姿のせいか作られたような整った顔立ちが人形のようで、その無表情さも相まって会話をして動いているのが不思議なくらいである。
むしろ静かに座って人形のようにしているほうが自然とさえ思えた。
「悪い悪い。しかし来てくれて助かったぜ」
「カザリに頼まれた」
「頼んどいてよかったぜ。お前らと日本協会には借りができたな」
「ちょ、ちょっとアルベルト! これどういうこと!?」
状況を把握できないまま人形じみた吸血鬼とアルベルトが普通に会話し始めてしまったので、アビーは慌ててアルベルトの襟をつかんで吸血鬼から距離を無理やり離した。
まさか魅了されているとは思いたくいないが、そうだとしたらこの状況にも納得がいくからだ。
「おいおい落ち着けって。こいつらは味方だ。焦らなくても問題ねぇよ」
「味方? 吸血鬼……だよね」
「向こうの青髪の嬢ちゃんはな。こっちのは違うぞ。吸血鬼じゃなくて屍人形だ」
「ねくろ……?」
聞いたことのないグリムだ。
しかし屍人形と吸血鬼だからといってそれが一体どうしたことか。
グリムはグリムだ。
「アルベルト頭大丈夫? グリムでしょ? 敵でしょ? 狩らなきゃ!」
「いやいやいや落ち着けって」
「説明してないの?」
屍人形と呼ばれたグリムがそう問いかけてきた。
表情は変わっていないが、仕事のできない人間に対して呆れたような雰囲気がそこにはあった。
「この件の責任者には話したんだが、全員に話すと混乱するだろ。グリムが援軍としてきますなんて話してもなぁ」
ちらりと人形の視線が自分を見たような気がしてアビーは居心地が悪くなった。
そして自分を見て納得したように軽くため息をつかれたことには気分が悪くなる。
「何!? え!? どう考えてもおかしいのはそっちでしょ!? 私悪くないけど!」
「だから落ち着けって。別に誰もお前を責めちゃいねぇよ。グリムが味方だって言われても納得できないのが普通だからな」
そう言われても人形のほうが面倒そうな雰囲気を出しているのが気に食わない。
口には出していないが「手伝いに来たのにうるさいな」とか思っているに違いなかった。
「日本の協会が屍の魔女と手を組んだって話は聞いてるだろう」
「……まぁ一応。正気じゃないとは思うけど」
「その魔女のパートナーがこいつだ。名前は累。さっき言った通り屍人形だ。屍人形が何かわからなかったら後で調べろ」
「は? いや屍人形は別にいいけど、魔女のパートナーってほうが大事じゃない? なんでそんなのがここにいるの?」
「俺が呼んだんだよ。グリムだが腕はいいしな」
「いやだからグリムだよね? え? 私おかしなこと言ってる?」
グリムが、それも魔女のパートナーが狩人の手伝いにやってきたと言われても意味が分からない。
何故そんなことをしに来るのかもわからなければ、アルベルトがこの二人に応援を頼んだ意味も分からない。
普通に考えればグリムは狩るべき獲物であって味方ではないはずである。
「日本の協会はヨーロッパと違ってグリムとは友好的なんだよ。実際こいつらだって協会の依頼でグリムを狩ってるし、あぁそうだ。日本に瀲の魔女が出たって話は聞いたろ。あれを撃退したのはこいつだぜ」
「魔女を? 魔女のパートナーなのに?」
「……人間に友好的なグリムがいることは知ってるでしょ。私もそうってだけ」
「魔女のパートナーが……」
燎の魔女の対処に追われているアビーたちヨーロッパの狩人からすると信じがたい話である。
確かに友好的なグリムがいることは認識しているが、魔女というグリムの親玉のような存在ともなればあり得ないと首を振ってしまうのが普通だ。
「信じてもらえてないみたいだけど」
「まぁ日本と違って魔女の被害が出てる地域だからなぁ」
「……アルベルトは信じられるの? 繰り返すけどグリムだし魔女のパートナーなのに」
アルベルトは一度人形に視線をやり、そして再びアビーへと視線を戻す。
そこに迷いといった感情は見られなかった。
「まぁ依頼した内容をきっちりこなすって点は信じられるぜ。こいつも俺と同じフリーの狩人だしな」
「狩人? グリムが? ああ、もう訳が分からない……」
「あのー……話はどんな感じっすか?」
のそりと近づいてきた大狼の影へ隠れるようにしながら青髪の吸血鬼が現れた。
人形のことに意識を奪われていたが、よく考えればこの吸血鬼も一体何なのか。
魔女のパートナーがこの人形だとすると、もしかしてこの吸血鬼が屍の魔女と呼ばれるグリムなのか。
そう警戒したことを察したのか、アルベルトが間へ入るようにして口を開いた。
「悪い紹介が遅れたな。こっちはハクだ。さっき外で狩った中位吸血鬼と違ってこっちは希少な上位吸血鬼だ。それと元狩人、いや今も狩人か」
「は? 上位吸血鬼? いや待って狩人って言った? またグリムが狩人?」
「えっと、自分少し前まで人間で協会の狩人だったんすよ。それが依頼の最中に血を吸われてこんな感じになりまして……はは」
「なんだよ。元気ねぇな」
「さっきいろいろあったんだよ。ここで騒ぎになったのもそれが原因」
「すいません……」
陰鬱な雰囲気を身にまとい、はぁっと深いため息とともに狼に抱き着くハクを見かねて累がそう説明した。
上位吸血鬼のくせにただの人間の様に落ち込むのは奇妙でアビーもどう反応したらいいのかわからない。
ただこの湿っぽい雰囲気の上位吸血鬼と無表情な人形のコンビが、この広いホールにいたであろう吸血鬼を狩りつくしたという点は警戒しなければならない確かな事実だった。
そして何よりグリムが狩人というのは頭の痛い話である。
「いろいろ言いたいことはあるけど、とにかくこの二人は信用できるんだよね?」
「ああ。だから呼んだ」
「パパも知ってるんだよね」
「あいつも最初は似たように混乱してたがな。最後は納得してたぜ」
「そう」
頭痛を堪えるようにこめかみに当てていた手を下ろし、アビーは脳内にたまった熱した空気を吐き出すように深呼吸を何度か繰り返す。
それを黙って見ている目の前の三人には多少腹が立つが、狩人にとって何より重要なのは依頼を達成することだ。
そう切り替えてアビーは苦虫をかみつぶすような思いで口を開く。
「わかった。パパとアルベルトが信用するなら私は何も言わない」
「よし。いい判断だ」
「次からは事前に説明してよね。……私はアビゲイル。アビーでいいよ」
「累。よろしく」
「あ、ハクっす。どうもよろしくお願いしますっす」
グリムのくせに、という前置きが付いてしまうが会話は普通にできるようだ。
それに戦闘能力だけを見れば頼もしいことは確かなので利用できるならば利用するのが正しい。
ある意味武器が二つ増えたと思おうと決め、アビーはこれからのことを問いかける。
「この先の部屋に拉致された人が監禁されているみたいっす。なので助けたいんすけど」
「もちろん助ける。そのためにここに来たんだから」
そう答えるとハクが暗い顔をしつつも安心したように微笑んで見せた。
吸血鬼のくせに人間の安否を気にかけるのかと思ったものの、少し前まで人間だったならばそういう考えをしてもおかしくはないのかもしれない。
ひとまずアビーは人々の救出方法について考えを巡らせる。
「どれくらいいるかにもよるけど、どうやってこの場所から連れ出そうか」
「お前らはマスカレードナイトにどうやって乗り込んだんだ?」
「船」
「船? んなもんまであんのかよ」
「結構時間がかかった。操縦できる人もいないし、あれで帰るのは止めたほうがいいと思う」
「それなら私たちが使ったエレベーターを使おう。ほかの手段を探すより早いよ」
アビーがそう結論づけるとアルベルトが頷いて答えた。
そうして全員がいざ人々の救出に向かおうと足を踏み出した直後、ミシッという音が静まり返ったホールに響く。
最初は幻聴かあるいは外の騒ぎがそう聞こえただけかと感じたが、次第にその音が大きく早く響いたことにアビーは足を止めて視線をホール内に巡らせた。
そしてアルベルトが一点を凝視していることに気が付き、アビーもそこへと視線を向ける。
累とハクもそれに続いたようだった。
四人が見つめる視線の先、そこには何もない。
ただの空間があると言えばおかしな話だが、破るべき壁や床など何もないのだ。
しかしその何もないはずの空間に、蜘蛛の巣ができたような亀裂が走っている。
そして再びミシっという音が響けばその亀裂が大きく深くなっていく。
ついには亀裂から炎があふれ出した。
地獄の炎が現世に侵攻しようとしているかのような禍々しく不吉な光景に、自然と四人が身構える。
アビーは肌に感じる熱と眼を焼くような炎の明るさに一抹の予感があった。
この炎には見覚えがあると。
ヨーロッパの狩人ならば決して忘れることのない炎だと。
きっとあそこから出てくるのは——
「よう、遊びに来たぜ。吸血鬼ども」
ひび割れた空間、その炎が燃え盛る隙間から、漆黒の瞳が楽しげに見つめていた。
読んでいただきありがとうございます。
面白いと思っていただけたら、ブックマークや評価で応援していただけると嬉しいです。




