刑と燎⑬
アビーがアルベルトへと視線を向けると彼は頷いて見せた。
それを合図に二人は階段を一気に駆け下りていく。
階下は広いエレベーターホールのようになっており、今では非常に珍しい蛇腹式扉の手動エレベーターがずらりと並んでいた。
そしてそのエレベーターを待っていたのであろう仮面をつけた吸血鬼たちが四組。
「左の二組は俺が——っておい!」
アルベルトの言葉が耳に入らなかったわけではない。
だがアビーからすれば目の前の四組程度、わざわざ二人で分けて対処するよりも自分が動いたほうが早いと判断したのだ。
吸血鬼たちがこちらに気付き現状を理解するよりも早く、アビーは腰から抜いた二丁の拳銃でまず一組目の男女の吸血鬼の額を打ち抜く。
二組目は異変に気付いたようだが行動に移すのが遅い。
アビーの銃口がなぐように横なぎにスライドすれば、二組目の吸血鬼たちも額から血を流して床に倒れ伏していた。
「狩人!」
三組目はそう叫んで吸血鬼らしい身体能力の高さでアビーへと牙を向けて襲い掛かる。
しかしアビーはまず初めに飛びかかってきた男の吸血鬼を左手の銃で殴りつけて見せた。
アビーが握る拳銃はグリップの部分がナックルダスターのようになっており、それで顎を殴りつけられた吸血鬼は人間のようにぐらつき倒れたところを右手の銃で後頭部を打ち抜かれる。
そして続いて飛びかかろうとしていたであろう女吸血鬼は淡々と処理されたパートナーの姿に怯えたのか、動きが止まったところをアビーに冷静に処理され、このわずかな時間に残ったのは最後の一組である三人組の吸血鬼たちだ。
「早く! 早く開けなさいよ!」
「わかってる! くそ! なんで開かないんだ!」
「ああもう来た! ぎゃ――」
エレベーターの扉をこじ開けようともがく男と怯えた女が二人。
アビーは三人の両ひざに弾丸を打ち込むと吸血鬼たちは痛みにもがくように崩れ落ちて床でのたうち回った。
「な、なんで再生しないんだよぉ!」
「銀製だからにきまってるでしょ。狩人と戦ったことないの?」
アビーはため息交じりに痛みに騒ぎ立てる吸血鬼を見下ろした。
銀製とはいえ特殊な霊薬等を塗布したわけでもない弾丸で動けなくなる程度とは、吸血鬼と名乗っていて情けなくないのだろうか。
そんな侮蔑交じりの視線に、床に転がる男が逃げるように身をよじらせた。
「言うだけあってやるじゃねぇか」
「強いって言ったでしょ」
「はいはい感心しましたよ。だが銃を使うとは驚いたな。エドワードはいい顔しなかっただろ」
「パパは伝統的な狩人の戦いに誇りがあるからね。私もパパから戦い方は教わってるから最初はそうしてたんだけど、二、三年前かな。フリーの狩人が銃で屍鬼を一掃してるのを見て楽そうだな~って思ったんだよね。それから使ってるの。使い心地いいよ?」
見せびらかすようにアルベルトへ向けた銃はどちらもベレッタと呼ばれるイタリア製の自動拳銃であり、特製の弾丸に加えて近接戦にも対応できるようナックルダスターをつけたりとカスタマイズされている。
銃を使う前はボウガンや斧という古典的な狩人装備だったため、小柄なアビーからすると重くて動きにくかったのだが、主装備を銃に切り替えてからは身軽に動けるようになり以前よりもスピーディーな狩りが可能になったため、アビーは内心かなり満足していた。
とはいえ問題がないわけではない。
「まぁパパにはすっごい嫌な顔されたし、これくらいの雑魚ならともかく外皮の固いグリム相手じゃ威力不足になるんだけどね。この中位吸血鬼より下位吸血鬼のなりそこないのほうが厄介かな。そういう時は結局こっちだけどね」
と見せたのは使い込まれた手斧だ。
やはり狩人として最後に頼るのは斧であり、こればっかりは装備から外すことはできなかったが、できるだけ動きの邪魔にならないようにと小型で軽量なものを選んでいる。
父からプレゼントされたいかにも狩人用という重くて武骨な斧は最初こそ使っていたが今は家に飾ってあり、父からよく使ってほしそうな眼をされるのだけが心苦しかった。
「銃が流行らねぇのはそういう所だよなぁ。俺も使えるもんは使う主義だからグリムに合わせて銃も使うが、結局のところ斧のほうが確実なんだよな」
「そうなんだよね~。まぁこれからの技術の発展に期待かな」
「グリムも進化しなきゃいいけどな。で、わざわざこいつらを生かしたのはなんでだ?」
アルベルトが視線を投げかけると吸血鬼たちがびくりと震えた。
このまま存在を忘れてくれてもいいのにとでも思っていそうな顔だ。
「アルベルトが聞きたいことあるかなって。もともと吸血鬼関連の依頼でこっち来たんでしょう? 聞きたいことないなら殺すけど」
「まままま、待ってくれ! 答えられることならなんでも答えるから殺さないでくれ!」
「おう。ぜひ聞かせてくれ」
怯えた表情の吸血鬼たちの顔を覗き込むようにアルベルトがしゃがみこんだ。
アビーは新たに吸血鬼たちが下りてくるようなことがないか見張っていたが、そのタイミングで別の階段を担当していた狩人たちが下りてきたようだ。
今更やってきて遅いぞと眼で訴えかければ狩人たちは少し申し訳なさそうに血に濡れた斧を見せてくる。
階段で吸血鬼と鉢合わせして狩るのに手間取ったという所だろうか。
「悪い悪い。ちょっと遅れた」
「こっちはもう全部片付いて今ちょっとお話し中。アルベルト、そろそろ終わる?」
「ああ、もうちょっとだ。で、なりそこないが増えてる件についてほかに思いつくことはないのか?」
どうやらアルベルトはなりそこないの件を調査しているらしい。
アビーも最近なりそこないが各地で現れたというのを協会で耳にしたことがある。
本来はそう頻発して現れるグリムではないのだが、なぜかここ最近多数発生しており狩人の迅速な対応によって騒ぎにはなっていないが魔女の影に隠れて問題になっている案件だ。
「なりそこないの研究をしてるって話を聞いたことはある。で、でもそれを誰が何の目的でという所までは知らない……ほんとだ!」
「そっちの二人は?」
男の吸血鬼の背へ隠れるようにした女の吸血鬼二人組は首を横に振って答えた。
アルベルトが聞きたい情報を彼らは特に持っていないようだ。
「もっと上位の吸血鬼じゃないとわからねぇか。とにかく聞きたいことは聞けた。じゃアビー頼む」
「え、私? アルベルトがやればいいのに」
「年寄り呼ばわりしたじじいにわざわざ重たい斧を振るわせるのか? いいじゃねぇか。さっさと片付けてくれ」
「しょうがないなぁ」
「ま、待ってくれ! 答えたじゃな——」
アビーが引き金を引き、男の頭蓋がはじける。
悲鳴を上げる女二人もそのすぐ後には銃声とともに静かになり灰となって消えた。
「頼んだ俺が言うのもなんだが容赦ねぇな」
「吸血鬼だよ? 生かしとく理由がないでしょ」
「まぁそうか。とにかくこっからが本番だ。エレベーターに乗ったら全員事前の指示通りに動けよ」
「そういう指示は私の役目なんだけど。アルベルトはフリーで部外者でしょ?」
ジトっとした眼で睨めば「確かに」とアルベルトは呟き一歩下がって顎をしゃくって見せた。
じゃあお前がまとめろということらしい。
アビーはアルベルトがいた場所に立ち、遅れてやってきた狩人たち全員の顔を見渡すと声を発した。
「被害者の救出が最優先。吸血鬼全員狩るなんて無理な話なんだから無謀なことはしないように。以上」
「おいアビー。もうちょっとやる気出ること言ってくれよ」
「そうよ。私たち狩人として初めてマスカレードナイトに参加するのよ? もっと盛り上げてくれないとさ」
そうだそうだと何人かの狩人が茶化したように声を上げる。
アビーとしては父親のために参加しただけなのだが、彼らからすれば歴史に残る一大作戦だ。
それ相応の檄というものを期待しているらしい。
アビーは仕方ないなと一度軽く咳払いし、改めて集まった狩人たちを見渡す。
「正直に言うと、内心イライラしてるんだよね。何にイラついてるかって? 私たちを魔女に負けてばかりの弱小狩人だって馬鹿にしてる他国の狩人にだよ。あいつら自分は戦わないくせして口だけは出してくるけど、まぁ腹の立つことに負けっぱなしなのはその通りだよね。でも私は魔女と戦った経験があるからこそ私たちは強いんだって思ってる」
アビーの言葉に狩人たちが強く頷く。
魔女という恐るべきグリムを知りもしない奴らに負けはしないと。
「狩人が生まれたのもヨーロッパだ。後発の狩人に負けてるなんて思わない。だから奴らが決してできないことで見返してやろう。マスカレードナイトに参戦して私たちの強さを世界に見せてやろう。ほかの狩人が一目置くような、グリムたちが恐れるような、そんな狩りをしてこよう。この夜の主役は吸血鬼じゃない——私たちだ!」
うおおおっと狩人たちの熱気がこもった声がホールを埋め尽くした。
アルベルトは少し離れた場所で見ているだけだが、表情を見る限り悪い演説ではなかったようだ。
であればもうあとはこのまま突き進むだけである。
「突入!」
アビーの声に合わせて次々と狩人たちがエレベーターへと乗り込み姿を消していく。
アビーとアルベルトも同じエレベーターに乗ると、たった一つ設置されているボタンを押した。
エレベーターはがたりと揺れて下へ下へと降りていく。
「悪くなかったぜ」
「当然。パパの教えがいいから」
「はっ。いい親父だなあいつは」
そう話している間に一瞬視界が揺らぐような感覚と共にエレベーターが停止した。
ホテルの地下にマスカレードナイトの会場があるわけではなく、魔女のダンジョンのように異界となっており、エレベーターはそこへ入る手段の一つなのだろう。
目的の場所へと到着してみれば、扉を開く前に外の喧騒が耳に響く。
奇声、怒声、歓声、銃声、爆音、そして悲鳴。
「とっくに始まってるみたいだな。俺はお前についていくが、どうする?」
「パパと合流って言いたいけど、さっき言った通り被害者の救出が優先。だから私とアルベルトは邪魔な吸血鬼を狩るよ。今でも準特等くらいの力はあるんでしょ?」
「馬鹿いえ。特等クラスだ」
エレベーターの扉を開けば城の庭園と思われる場所のようで、その庭園では狩人が吸血鬼たちに襲い掛かっている。
激しい重低音の音楽が響く中、完全に油断していた吸血鬼たちは戦うという選択肢も無いようでほとんどが何もせずに一方的に狩人たちに狩られていた。
だがもちろん抵抗する吸血鬼もいる。
そういった吸血鬼は一方的に狩られるばかりの経験の浅い吸血鬼と違って、長い年月を生き抜き狩人との戦闘も経験している危険な個体だ。
上位吸血鬼ほどの力はないようだが、それでも霧のように姿を消しては狩人に襲い掛かっている。
「どけ!」
乱戦のさなか、おそらく二等狩人であろう目の前にいた男をアルベルトが蹴り飛ばせば、黒い霧となった吸血鬼がその場所に実体化した。
もしアルベルトが彼を蹴り飛ばさなければ吸血されるかその強靭な腕力で体を裂かれるか、いずれにせよ生きてはいなかっただろう。
アビーは咄嗟に現れた吸血鬼へ銃口を向けて引き金を引くが、霧に吸い込まれるようにして無力化されてしまった。
「ああいう奴にはこれを使うんだよ」
それを見ていたアルベルトがよく見ておけと言わんばかりに吸血鬼へと投げかけたのは白い粉末だ。
投げ込まれた粉末が塵のようになって霧へ吸い込まれて行くと、ぎゃっという悲痛な叫びとともに吸血鬼が実体化して地面へと転がった。
そしてその首を容赦なくアルベルトが斧で跳ね飛ばす。
中位吸血鬼と言っても厄介な特殊能力を持つ個体があっさりと狩られたことにアビーはもちろん、蹴とばされた二等狩人もぽかんとしてしまう。
「今の何!?」
「サラマンダーの粉末に銀と処女の血を混ぜ込んだもんだ。霧になろうと血には本能的に抗えねぇから大抵の吸血鬼は吸い込んじまう。で、取り込んだら爆発して銀を奴らの体内にまき散らすってわけだ。効果は見ての通り」
「……すごいけど、処女の血ってどこから調達したの?」
「企業秘密だ。いろいろ試したが処女の血が一番食いつきがよくてな。まだあるからお前らも持ってけ」
アルベルトがアビーと転がったままの二等狩人に粉末の入った袋を投げつけた。
ありがたいことなのだが処女の血の入手元が気になるのでアビーとして微妙な気分だ。
とはいえ目には目をというし、血を吸う吸血鬼には血が効果的ということなのだろう。
頭を切り替えてアビーは別の吸血鬼を手早く狩っていくが、想像以上に数が多い。
「戦況は悪くねぇが、さすがに数が多いな」
「まだこっちが押してるけど、長居するとまずいよね」
「まぁな。上位吸血鬼が出始めたら勝ち目ねぇな」
吸血鬼たちはまだ襲撃された混乱状態のさなかであり、また庭園にいるのはほとんどが戦う力もない有象無象ばかりだったため一方的な狩りが続いているが、それでもこの庭の吸血鬼を狩りつくすには至らない。
庭園だけでなく外にも大勢吸血鬼の気配があり、さらに問題なのはまだ城内に吸血鬼が多数いるであろうことだ。
見上げるほどに高い城の中にどれだけの吸血鬼が詰まっているか、そしておそらくより上位の吸血鬼が潜んでいるとなれば決して油断できる状態ではない——と、そう思っていたアビーだったのだが。
「え? なに?」
突如として城内から吸血鬼たちが逃げ出すようにして外へあふれ出てきたのだ。
一瞬戸惑ったものの、ただ逃げ惑うだけの吸血鬼ならば狩ることは難しくなく、アビーやアルベルト、そして相応の腕を持つ狩人であれば難なく駆け込んできた吸血鬼たちを流れ作業の様に狩っていく。
ただ一体城内で何があったのだろうか。
「拉致された被害者もおそらく中だ。入るか?」
「そうだね。外に厄介な吸血鬼はもういなそうだし、中に入ろう」
アルベルトともに城の門をくぐり、そして吸血鬼たちが逃げ込んできた理由をその眼で見た。
豪勢なシャンデリアの淡い光に照らされるのはダンスホールの中央に立った二人だけ。
正確に言えば二人と一頭だろうか。
髪色と同じ青いドレスを着飾ったボウガンを持つ女と、薄紫色のドレスを身にまとい顔をヴェールで隠した小柄な女に、漆黒の大狼がいたのだ。
彼女たちの周囲には吸血鬼だったはずの灰と残された血痕が散乱しており、その量から察するにこのホールにはかなりの量の吸血鬼がいたと思われた。
「仲間割れ?」
そうとしか思えない光景だ。
ドレスに仮面代わりのヴェールを被っているとなれば吸血鬼であることは間違いない。
だが明らかに外の有象無象の吸血鬼とはレベルが違った。
青髪の吸血鬼の足元には花が咲くように深紅の矢がいくつも突き刺さっている。
上位吸血鬼ともなれば特殊能力の一つや二つは当然持っているものだが、あの矢もその力の一つだと思われた。
だがそれがどんな能力なのかがわからない。
安易に近づくのも恐ろしいがあの矢を射かけられるのも恐ろしく、アビーは迂闊に動くことができなかった。
対して薄紫色のドレスを着飾った吸血鬼は一見して吸血鬼らしい特殊能力が見てわからない。
手に持っているのは小柄な体には不釣り合いな散弾銃であり、アビーは銃を使っているとはいえそこまで詳しくないのだが、あれは中折式の水平二連散弾銃と呼ばれるものだったはずである。
大口径で威力が高いとはいえあの小柄な体でこのホールの吸血鬼を狩ったとなればその腕前は言わずもがなという所だ。
前者の様な特殊能力の形跡はないものの、力を使わずに狩ったとなればそれは逆に恐ろしく、アビーの警戒心は強まった。
そして二人の間に立つ巨大な漆黒の狼。
赤子程度軽く丸呑みできそうなほどに大きく、こちらを睨みつける深紅の瞳は殺意と餓えに満ち満ちているようだった。
吸血鬼の中には特殊能力として眷属を召喚するものがいるが、アビーの経験上これほどの力を感じさせる眷属を召喚する吸血鬼など知らない。
せいぜいが蝙蝠や鼠といった小物だ。
強大な力を持つであろう二人の吸血鬼を前に、アビーはジリジリとした緊張感が体を包んでいくのを感じた。
おそらく、いやまず確実に上位吸血鬼であろう強者と戦うのは今回が初めてであり、勝機の見えない戦いというのは恐ろしいものである。
だがそんな緊張感を吹き飛ばすように、紫のほうの吸血鬼が唐突に「あっ」と声を上げた。
「おー」
「え?」
吸血鬼に呼応するようにアルベルトも声を上げたのでアビーはびっくりして視線を隣に立ったアルベルトへと向けてしまった。
本来であれば吸血鬼から目を逸らすなど危険極まりない行為だが、それほど間の抜けたやりとりで驚いたのだ。
そうして驚いている間にも吸血鬼が被っていたヴェールを放り投げてこちらへと早足で近寄ってくる。
手に持った散弾銃が恐ろしいが見る限り敵意はないようで、視線を青髪の吸血鬼に向ければ大狼に抱き着いてよしよしとなだめていた。
どちらも戦闘の意志は感じられない。
「遅い」
そしてヴェールを脱ぎ捨てた吸血鬼は、開口一番そんな文句を口にしてきたのだった。
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