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刑と燎⑫

「また入っていったな」

「……そうだね」

「何だよ」


じっと不服そうに睨みつければアルベルトがそう問いかけてきた。

なのでアビーは自分の感情を如実に表すために、わざとらしく首を傾け眼を細めるような仕草をして見せる。

明らかに不満があるといった様子で。


「あのさ、私って新人狩人じゃないんだけど。別にアルベルトがいなくたって問題ないって」

「文句ならお前の親父に言えよ。マスカレードナイトに来るのを認める代わりに俺から離れないってのがあいつからの条件だろ?」

「知ってる。知ってるけど子ども扱いされてるようで嫌なの」

「それくらい我慢しろ。狩人はいつだって冷静にだろ。んなことでイライラしてたらそれこそ新米だと思われても仕方ねぇな」


そうせせら笑ってくるアルベルトに思わず嫌な顔をしてしまう。

だがアルベルトの言葉に言い返せるところがなく、アビーはもがくように両手をワキワキと動かすと一度大きく息を吐いて苛立ちを内面に抑えて見せた。

そんなアビーを見て少し感心したような様子のアルベルトだったが、そのすぐ後に「できるなら最初からそうしろ」と小言を言われてしまった。

別にアビーもそれくらいのことは理解しているが、今回は気心の知れたアルベルトだったためつい愚痴が出てしまっただけである。


「で、ほかの狩人から連絡はあった?」

「ああ、別のポイントでも吸血鬼が確認されたみたいだな」

「じゃあやっぱり間違いないんだ。それにしても私たち以外に本当にあの階段は見えてないの?」


二人がいるのはルーマニアの首都ブカレストにあるホテルだ。

フロントは歴史を感じさせる古風な作りであり、観光客からも人気の高いホテルだ。

しかし二人がいるのはその美しいフロントではなく非常階段の外れである。


「みたいだな。霊薬を飲んだ狩人と飲んでない狩人で比較して試したら、霊薬を飲んだほうにしか見えなかったらしい。おまけに階段があるべき場所に進もうとしてもそこから先に入れなかったって話だ」

「ふーん。道理で今までマスカレードナイトに参加できる狩人がいなかったわけね」


マスカレードナイトへの入り口は事前に協会によって調査済みとはいえ、二人は聖女がこのために作ったという特製の霊薬を事前に飲んでからここに来たため普通に階段があるようにしか見えなかったのだ。

思わず本当にほかの人間にあの階段が見えていないだろうかとアビーが疑問に思ったのも仕方がないだろう。

しかし近くで待機して様子を窺えば、ドレスを着こみ仮面で顔を隠した人々が次々と階下へ降りていき、しかも誰も戻ってこない。


「もう下に降りてもよくない? いつまでこうしてるの?」

「まぁ待てよ。乗り込むのは一斉にだからな」

「もう。どこのチームが足引っ張ってるんだか」

「他国かもしれんがな」


作戦はこのホテルだけでなくヨーロッパ各国で行われている。

ヨーロッパの威信をかけた大規模作戦であり、各国で選抜された狩人たちが各々自国の首都からマスカレードナイトに殴り込みをかけるというわけだが、エドワードから話を聞けば聞くほどそのずさんな作戦計画にアルベルトも頭を悩ませるほどだ。


まず初めにヨーロッパ全域での作戦となるため、作戦へ参加する狩人の数も非常に多く、その指揮系統をどうするかで各国幹部は非常に揉めたらしい。

本来であれば指揮系統を一本化するほうが混乱が少なく狩りの成功率も上がるだろう。

しかしそうなれば作戦成功時にその指揮を執った狩人のいる国が第一功の戦果となるためそこは譲れないと国の利害が絡んで話が先へと進まなかったのだ。


『狩りの成功率を上げることのほうが、どの国が活躍したかよりも大事ではないのか』


とはエドワードの言葉であり、アルベルトもその言葉には同意である。

しかしエドワードの想いは伝わらず、各国の利害が絡んだ結果突入タイミングだけを合わせてその後の行動については各国の責任者に一任するというなんとも投げやりな方針となったのだ。

各国で連携するどころかまるで戦勲を奪い合う敵同士のようである。

そんなことだから他国から馬鹿にされるのだとエドワードが憤慨する中、それでも作戦は止まらず着実にマスカレードナイト当日へと進んでいく。


次に発生した問題は各国での作戦目標の差異だ。

エドワードが作戦責任者であるルーマニアにおいては拉致されたであろう人々の救出を最優先にするつもりだが、他国では吸血鬼を狩りつくす、上位吸血鬼の討伐、マスカレードナイトの居城の破壊、中には真祖を討伐などと無謀な目標を掲げる国もあった。

こうも目標が乱立すると国同士で摩擦が生まれかねない。

例えばエドワード達が人々を救おうと行動する中、その人々が捕まっている居城を破壊でもされたらたまったものではない。

あるいは人々を護衛しているさなかに上位吸血鬼の戦闘にでも巻き込まれれば生き残ることなどできないだろう。


せめて作戦目標の優先順位くらいは統一できないのかとエドワードが訴えるも、やはりこれもうまくはいかなかった。

吸血鬼の討伐数がイコール作戦の貢献度に繋がるという考えや、奇襲であれば真祖を狩ることも容易だと考える無謀な狩人が権力をもっていたりと、エドワードがどれほど訴えてもこの問題を解決するには至らず、結果国ごとにバラバラの作戦目標を持ったまま当日を迎えてしまっている。

こういった作戦目標が統一できない背景には、やはり燎(かがりび)の魔女によって優秀な幹部が命を失いその空いた席に座ったのが、野心旺盛な者や本来座る実力もない無能な者であったりと、人材の払底があるからに他ならない。


ただルーマニアに至ってはエドワードが頑として人命優先を譲らなかったため、ルーマニア協会では意志が統一されている。

これが他国だと自国の協会内でも意志が統一できていなかったりするのだから、比べてみればエドワードのいるルーマニア協会は恵まれているとも言えた。

しかしそれでもマスカレードナイトでいろいろな思惑を持った集団が戦闘行為を行うというのは吸血鬼と戦うのと同じくらいに危険である。

各国の狩人がマスカレードナイトを襲撃するとはいえ、結局のところ信じられるのは自国の狩人のみというのは実にお粗末であった。


そうして不安要素が多すぎる中、今日各国の狩人が首都に集結し突入のタイミングを待っている。

事前の調査でマスカレードナイトの入り口と判断された場所に手分けして狩人が派遣されており、エドワードが各国の指揮官とタイミングを確認し、一斉に突撃することになっていた。

今回二人がいるホテルもそのうちの一つであり、まだ連絡がないということはアビーの言葉通りどこかのチームあるいは他国がまだ現場に到着していないか、吸血鬼が現れたことを確認できていないのだろう。


「パパは大丈夫かな」

「向こうも同じこと思ってそうだけどな」

「私は大丈夫よ。パパより強いし現役だから。引退して腕も勘も鈍ってるパパのほうが心配」

「まぁ鈍ってることは間違いないだろうが、経験ってのは馬鹿にできないもんだぜ。あいつなら今でもそこらの狩人に劣るなんてことはねぇよ」


そうなのだろうか。

アビーからすると父親はリビングでお酒を飲んだまま寝てしまっていたり、外出すると母親に頼まれた買い物を忘れて帰ってきたり、以前の引き締まった体がだらしなくなってきていたりとなんとも間の抜けた人物にしか見えないので心配なのだ。


『こちらエドワード・フォード特等狩人。各国の所定のポイントで吸血鬼の姿が確認できた。これよりヨーロッパ全域でマスカレードナイト襲撃……作戦名、黎明を開始する』

「黎明って、ダサくない? 誰が考えたのよ」

「さぁな。知らねぇけどエドワードじゃねぇことは確かだな。俺はそもそも狩りに作戦名なんかいらねぇだろって思うけどよ」


ちなみにこの作戦名についてはヨーロッパの各協会の総意で決まったそうだ。

そこを決められるのならもっと大事なことがあるだろうとエドワードがこれまた怒り狂っていたので彼が決めたことでないのは間違いない。


『事前の作戦通り我がルーマニア協会は拉致された人々の救出を優先する。二等狩人は拉致被害者の捜索と救出、一等狩人は二等狩人のフォロー及び被害者の護衛、特等及び準特等狩人は上位吸血鬼が出た場合の対処を優先しろ。ではこれより作戦を開始する。――よい狩りを』

読んでいただきありがとうございます。

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