刑と燎⑧
「は?」
ルシアンは信じられないものを見たと何度か瞬きをして確認するが、確かに裸だ。
全裸である。
しかし肌が見えるかというとそうでもなく、首から下の肌が透けて骨格が丸見えなのだ。
臓器はなぜか見えないが、心臓の場所には規則正しく鼓動するハートが肋骨に守られるように収まっている。
「な、なんで服を着てないんだ? それにその体はどうなってんだ?」
思わずぽつりとつぶやいた言葉はとても小さな声だったというのに相手には聞こえたようだ。
全裸シースルー女は高笑いを上げながら視線をルシアンへと向けた。
こちらを見る女の瞳には星が輝き黄金色の艶やかなロングヘア―もそれ自体が発光しており、全体的に輝いていない場所がない。
「いい質問だ! 説明しよう!」
「お、おう」
「裸こそが王の正装だからだ!」
「……え? それだけ?」
「そうだ! 伝承にもあるだろう! 裸の王が街を闊歩し臣民が羨望の眼を向ける話を!」
『はだかの王様』の話をしているのだろうか。
仮にそうだとしてもそんな話ではなかったはずだが、女の瞳に冗談の色はないし何よりそれを実行しているのだから本気でそう思っているに違いない。
育ちの良さそうな品のある顔をしているというのに言動があまりにも残念過ぎる女だ。
「いつもその格好ですけど、ロイヤルはそれで一体何の身支度をしてたんですか?」
フィズが首をかしげていたのはそれかとルシアンは心から納得した。
確かに何も着ていないのに何の身支度をしていたというのか。
「マントだ! これは王に欠かせない必需品だからな! それと錫杖! これも必需品だ!」
「……王冠じゃねぇんだ」
ぼそっと呟いた言葉はまたしてもロイヤルの耳に届いたようで、ぐるんとあの輝く瞳がこちらを向く。
ロイヤルに視線を向けられると監視塔のサーチライトに照らされたような気分になるのでルシアンはかなり居心地が悪かった。
「その顔、余を地獄耳だと思ったな? フハハハハ! そう余は耳がいいのだ! 王様の耳はロバの耳というだろう! 余の耳はロバ並みにいいのだ!」
ロバってそんなに耳がよかっただろうかと思ったり、それも童話で意味が違うんじゃないかとも思ったが、口に出すとまた何かとんでもないことを言ってきそうなのでルシアンは何とも言えない顔で黙り込んだ。
フィズなどはロイヤルの行動をよく知っているせいかさっきから無表情だ。
関わろうという雰囲気が感じられない。
「そして王冠の話だが、あんなものいらん! この輝く至高の玉体こそが王冠であり王の証なのだ!」
「……はぁ」
じゃあマントと錫杖は何なんだと言いたいのを堪え、もう何か思っても口にするのは止めようと決心した結果、ルシアンの口から出たのはそんな空気が漏れる音だけだった。
全裸で高笑いする魔女に加えてロイヤルの隣で拍手を延々と繰り返すクリスを見ると、こうして比較してみればもしかしたら自分の所のフィズと累やよく飲みに来るあの双子は意外とまともなのかもしれないとルシアンはしみじみ思った。
「で、そろそろいいですか」
「む、久しぶりだな! フィズ!」
「それさっき聞きましたよ」
「王は重要な言葉は繰り返すものだ! 一回や二回どころか何度でも繰り返すぞ! 何せ下々の者は頭が悪い! 理解できるまで繰り返さなければな!」
「私は理解できますから」
「確かに! 久々にあったから少し興奮してしまったようだ! 落ち着こう!」
そういうとロイヤルはあの質素な玉座ではなく玉座までの数段ある階段に腰かけた。
自分が全裸であることを気にせず大股開きで座るため普通なら大惨事の光景なのだが、幸い透けているため大事なところは見えない。
とはいえルシアンからすると居心地が悪いのでせめてマントで隠すくらいの努力はしてほしいところだ。
「さて、余の呼びかけに応えて訪れてくれたこと、本当に嬉しいぞ」
「スロージアに言われたんですよ。迷惑するから行って来いって」
「迷惑? なぜだろう?」
迷惑だと思わないほうが不自然なはずだが、ロイヤルにはいまいちわからないようだった。
「で、私をここに呼んだ理由は何ですか?」
「決まっているではないか。バキシェのことだ」
聞いた名前だ。
プラム曰く可哀そうな魔女だという話だが、スロージアの話ではフィズとバキシェは同じくらいイカレているとも言っていた。
果たしてどんな魔女なのだろうか。
「スロージアから聞きましたよ。バキシェが暴れて困るからって魔女裁判をするそうじゃないですか」
「その通り。だが魔女の大半と連絡が取れなくて困っているのだ」
「そうなんですか? 前はよくお茶会に誘われた記憶がありましたけど」
「うむ。昔はカカオラが中心になって魔女同士を繋げていてくれたのだが、今は魔女同士の関わりが激減した。というかほぼゼロだ。余が現在居場所を知っているのはスロージアとジンリーの二人だけで、魔女裁判を開くにしてもほかの魔女と連絡が取れなくて困っている」
「だからスロージア経由で私に連絡が来たんですか」
「その通り。とはいえスロージアもフィズ以外の魔女が今どうしてるかは知らぬというし、ルビエルとはかなり前に話したと言っていたが今はどこにいるかわからんそうだ。ジンリーは魔女裁判に前向きなのだがほかの魔女の居場所は知らぬという。つまり今余は困っているのだ」
「困ってるのは最初に聞きましたよ」
「大事なことだからな。王は繰り返すのだ」
ロイヤルはそう言うものの、自信満々に言うので困っているようには全く見えない。
魔女裁判やら知らぬ魔女の名前などいろいろと気になる単語が出ているものの、二人の会話に口をはさむのは気が引けるためルシアンは静かに二人の会話に耳を傾けた。
「結局私を呼んでどうしたいんですか?」
「まず魔女裁判への出席を頼む。それとほかの魔女がどこにいるか知らないだろうか」
「私もほかの魔女がどうしてるかなんて知りませんよ。というか私に聞くのが間違ってますって」
「確かにそうだな。フィズはぼっちでカカオラが気にして声をかけていたのに恥ずかしがってお茶会にも来なかったし」
「いや関わりたくなくて参加しなかっただけですから。変に曲解しないでください」
「よい。余はすべて理解している」
「理解できてないから言ってるんですけど。こういう所が嫌いなんですよね……」
うんうんと頷くロイヤルをフィズはうんざりした様子で睨んでいた。
こういうすれ違いがフィズを余計に一人にさせていたのではないだろうか、とルシアンは思う。
しかしフィズもそうだがこのロイヤルも癖のある人物なので、過去に魔女たちを繋げていたカカオラというのはとても根気のある魔女だったに違いない。
と、そこまで考えたところでふとルシアンはいい解決法を思いついた。
「なぁ、ちょっといいか?」
「構わん……が、誰だ?」
「ルシアン様です。フィズ様とは同僚という関係だそうで」
「同僚。なるほど。つまりお前も魔女か。であればよし。魔女裁判への参加を許可する」
なぜか得意げに宣言するロイヤルだが、許可されても困るので慌ててルシアンは声を上げた。
「いやちょっと待て。アタシは魔女じゃないぞ」
「何? ではなぜ同僚などと――」
はっと何かに気付いた顔をしたロイヤルが瞬間怒りに顔を歪めた。
ルシアンに見えたのはその瞬間の表情の変化のみで、気が付いた時には全身を覆う衝撃と視界には一面真っ赤な壁。
その壁が床の絨毯だと気づいたのはしばらくしてからだ。
「余とフィズを謀ったな! 王を騙した罪は重い! クリス!」
「はい。ロイヤル様のロイヤルな法律第二十八条。嘘をついてはいけない罪によって死刑です」
「ちょ!?」
何を言われているのか何をされているかわからないままもがくが、そこでルシアンは自分の体が何かに拘束されていることに気が付いた。
首をがっちりと何かに固定され、両手は背中へ回すようにして手錠のようなもので繋がれている。
床しか見えないこの視界ではわからないが、もしやこの固定された首の上には巨大な刃があるのではないだろうか。
——まるで断頭台のように
そう気づいたとき、ルシアンの体から一気に血の気が引いていく。
「何勘違いしてんですか。冤罪ですよ冤罪」
聞きなれた声が呆れたように言うと、ルシアンの体に再び強い衝撃が走る。
固定されたはずの体がごろごろと絨毯の上を走り、勢いが止まらず絨毯のない黄金色の床まで転がると壁にぶつかってようやく止まった。
一瞬刃で落とされた首がごろごろと転がったのかと戦慄したが、体のあちこちに走るぶつけた痛みが首と胴体が繋がっていることを教えてくれる。
ルシアンは心底安心したが何が起きたのかがさっぱりわからない。
恐ろしいが状況を把握するため視線をロイヤルとフィズに向けてみればそこには自分を拘束していた何かはなく、その拘束が解けた理由も謎だった。
「なぜ邪魔をする! 冤罪とはどういうことだ! あの罪人は魔女だと余を騙したのだぞ!」
「魔女だなんて一言も言ってないじゃないですか」
「何?」
ロイヤルが怪訝な顔でルシアンを見て、次にフィズを見て、最後にクリスへ視線を向けた。
最後に視線を向けられたクリスはというと、手元の羊皮紙を一度見てからあの幸薄そうな笑みでロイヤルへと言葉を投げかける。
「はい。同僚とのことですが魔女だとは仰っていません」
「ん? 同僚とは魔女のことではないのか?」
「あー私は飲食店で働いてるんですよ。ルシアンはそこのスタッフです」
「飲食店……なぜ?」
「いいじゃないですか細かいことは。それより魔女じゃないって納得しましたか?」
「なるほど。聡明な余が話をまとめるとつまりこういうことか。ルシアンは魔女ではないと」
「だからそう言ってるじゃないですか」
ロイヤルは納得したように頷くと、フィズに背を向けて歩き始め、あの質素な椅子へと腰を下ろした。
そこで視線が自分へと向けられたルシアンはロイヤルが一体何を言うのかと視線をそらさずに待つ。
ここで謝るならひとまず許してやってもいいと。
「余は間違っていない」
「おいこらふざけんな」
「王に間違いはない」
「間違ってただろおい。思いっきり今アタシのこと殺そうとしてただろうがよ」
あまりにの横暴さに相手が魔女であることも忘れて詰め寄るとフィズが遮った。
納得がいかないルシアンだったが、そんな彼女に対してフィズは「いいから見ててください」と囁く。
この愚王の何を見ればいいのか。
そんな苛立ちを隠さないルシアンに対してロイヤルが高々と宣言する。
「繰り返す。王に間違いはない。なぜなら過ちを犯す無能な王など王ではないからだ。そして余は無能ではない。もし仮に余が過ちを犯した時には——死を持って償う」
何かがロイヤルの首を通り過ぎた。
一瞬のことで気のせいだっただろうかと瞬きをすれば、いつの間にかクリスが両刃の剣を持っている。
通常の剣と異なり切っ先がない形で珍しい。
そしてごろりとロイヤルの座る壇上から転がってきたものがルシアンの足元で止まり、そこにある星を収めた瞳と視線が重なった。
輝く瞳に黄金色に発光する艶やかな髪。
そして育ちの良さそうな品のある顔立ち。
足元に転がっているのは紛れもないロイヤルの首だった。
「——」
驚くと人は本当に声が出なくなるのだとルシアンは心底思い知った。
呼吸すら忘れかけ、危うく意識が遠のく寸前で慌てて肺を稼働し新鮮な空気を取り込む。
そうして荒い息を繰り返してからルシアンは叫んだ。
「何やってんだよ!?」
「大丈夫ですよ。いつものことですから」
「い、いつもの!? はぁ!? 死んでるぞこいつ!!」
「そう! 余は死んだ!」
足元で響いた声にびくりとルシアンが飛び跳ねる。
見れば出会った時と変わらぬ気品と自信に満ちた笑みを浮かべたロイヤルの頭がそこにあった。
「つまりこれで余は新しい余となった。つまり新王である。過去の罪も清算されたというわけだな」
「な、何を言って……ってかなんで生きてんだ?」
「クリス。頼む」
「かしこまりました」
クリスが丁重にロイヤルの頭を持ち上げると、椅子の上に座ったままのロイヤルが手を動かして自身の頭を受け取った。
それだけでも訳が分からなかったが、そのままロイヤルは首の上に切断されたはずの頭部を乗せると、まるでプラモデルのパーツを組み立てるように自分の頭を首に綺麗にはめ込んで見せたのだ。
「これでよし。しかし新王になるたび髪が短くなるのが困るな」
「仕方ありません。ロイヤル様のロイヤルな法律第一条。王が過ちを犯した場合は死刑と決まっていますから」
「うむ」
首をぐるぐると回すロイヤルは首ごと髪の毛も切り落とされたため、現在はバッサリとショートヘアーになっている。
しかしそれも不思議なことに数分もすればにょきにょきと髪の毛が伸び始め、ルシアンが状況についていけずに固まっている間に先ほどと何も変わらぬ姿となっていた。
切断された頭部はあるべき場所に収まっているし、短かった髪の毛も元通りだ。
先ほどの光景は幻だったのかと思わずにはいられない。
「ロイヤルはデュラハンなんですよ」
「え? デュラハンってあれだよな。首のない騎士」
「余は騎士ではない。王である」
「そこは大きな問題じゃねぇよ……」
デュラハンというのはアイルランドの伝承に出てくる首なしの騎士である。
首無し馬に騎乗し死を宣告するために現れるというダークな逸話を持つグリムだが、目の前のロイヤルはその陰鬱な伝承とは真逆だ。
それに首なしのはずだが残念なことにまぶしく輝く頭部が首の上にきちんと乗っている。
「ロイヤルは何か自分がやらかしたなと思うとああやって首を刎ねるんです。一応謝罪のつもりなんですよ」
「……デュラハンなら意味なくねぇか? 茶番だよな?」
「そうですね。まぁこれはアドバイスですが、あんまりまともに相手すると疲れるだけですよ」
殺されかけた身としては色々と言いたいことはあるものの、目の前で「新王になったのだから新しいマントと錫杖に変えよう」などとクリスと話しているロイヤルに真っ当な抗議をしたところで伝わるとも思えない。
結局ルシアンは大きなため息を吐き出すしかなかった。
「ところでNew余から質問なのだが、ルシアンは何を言いかけたのだ?」
「あ? あぁ……」
すっかり忘れていたがそもそもは魔女の居所がわからない、という問題に対して意見を出そうとしたのだ。
少し前の自分はこんなおかしな女に意見をしようとしていたんだなぁと達観した眼をしつつ、ルシアンはげんなりとした様子でロイヤルの質問に答えた。
「いや魔女の居場所がわからないって話だったろ? だったらそのカカオラって魔女に話を聞きゃいいんじゃねぇかって思っただけだよ」
「賢い!」
「……どうも」
「だが残念ながらそれはできんのだ。なぜならカカオラは狩人に殺されてしまったからな。あれは実に悲しい出来事だった……」
「狩人に? 驚いたな。魔女を殺せるような腕の立つ奴が狩人にいたのか」
「うむ。余だけでなくほかの魔女たちも驚いていた。特にバキシェは……」
そう声が沈んでいくと、出会った時からの輝きが一瞬陰ったようだった。
そしてこれまでの張りのある声ではなく、誰かに聞かせる気もないような小さな声でロイヤルは囁く。
「愚かで哀れでとても素直なのだ。バキシェという魔女はな」
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