刑と燎②
世界中どこへでも行く仕事ではあるものの、久方ぶりに訪れたルーマニア協会本部が記憶よりも遥かに騒がしいことにアルベルトは内心驚いていた。
「確か最後に訪れたのは六年前だったか。ずいぶん雰囲気が変わったな」
以前も賑わっていないわけではなかったが、歩けば肩がぶつかるほどに狩人が集まっているのは予想外だ。
誰も彼もが忙しそうに駆け回り、霊薬の準備や武具のメンテやらで狩人も協会職員も表情に疲れが見えるが不思議と悲壮感はない。
ヨーロッパ全体の協会が燎の魔女にコテンパンにされているという話を聞いていたので、協会内はもう少し沈んだ雰囲気があると思っていたのだが、予想していたよりもはるかに雰囲気が明るいというのは不思議なものだ。
協会内全体が一丸と何かに取り組んでいるようなまとまった雰囲気がある。
「アルベルト! よく来たな!」
狩人たちをかき分けるようにして現れたのはかっちりとしたスーツを身にまとった男性だ。
黒縁の眼鏡をかけ、年齢はアルベルトと同世代だろう。
「相変わらずそんな堅苦しいもん着てんのか。動きにくいだろう」
「英国紳士の嗜みだ。いかなる時でも身だしなみには気を遣わねばな」
男が見せびらかすように手を広げれば着用しているスーツは英国伝統のブリティッシュ・スタイルだ。
グレンチェック柄のグレーのスーツにベスト、紺のネクタイにポケットチーフももちろん身に着けている。
対してアルベルトは厚いレザーコートに黒のジーンズと外見だけでいえば正反対だ。
「しかし老けたな」
「馬鹿いえ俺はまだ現役だ。お前こそ落ち着いて少し太ったんじゃねぇのか? シャツが前より窮屈そうだぞ」
現実を見たくないのか少しでっぱりのある腹部から目を逸らし、短く切りそろえた茶に近い赤髪を撫でながら「いやそこまでは太っては……」と男は口ごもる。
「まぁとにかく久々に会えて嬉しいぞ、アルベルト」
「俺もだよ、エドワード」
エドワードと呼ばれた男は心から歓迎するようにアルベルトの肩を抱き、そしてここでは落ち着けないだろうと協会内にある自室へとアルベルトを招いた。
「はっ、いい部屋だな幹部様ってのは」
「部屋のセンスは前の主のおかげだ。ここに来てからほとんど手を加えてないからな。飲むか?」
エドワードが棚から取り出したのはよくスコッチと呼ばれるスコッチウィスキーだ。
スコットランドで蒸留・熟成されたもので、今回エドワードが取り出したのはスコットランドのスペイサイドと呼ばれる地域で作られたものだ。
有名なものではマッカランなどもこの地域で作られたものである。
エドワードが取り出したボトルからグラスにウィスキーを注ぐと、二人は互いに軽くグラスを掲げて口へと運んだ。
「悪くない」
「悪くない? 我が愛すべきスコットランドの酒だ。最高に決まってるだろう」
「相変わらずスコットランド人は酒に関しちゃうるさいな。で、その愛すべき故郷から出て急にルーマニアの協会幹部になったのはどういうわけだ?」
その問いにエドワードは片眉を下げて見せると来客用のソファへと座りこみ、部屋の空気を重くするように深いため息を吐いた。
アルベルトはというと窓ガラス際に立って中庭を見下ろしている。
ここからだと走り回る狩人や協会職員たちがよく見えた。
「お前も聞いているだろう。くそったれのイカレ女のせいだ」
「いきなり暴言か。英国紳士が聞いてあきれるぜ」
「……確かに口が悪いな。言い直そう。我ら今世の苦しみに耐えるものを来世という名の新しい世界へ導いてくれるお方のおかげだ」
「なるほど。じゃあお前の前任は来世に導かれたわけか」
「ああ、盛大にな。とはいえ残念なことに偉大なお方も今世に残る体の心配はしてくれないようで、導かれた彼の体も散々な状態だった。……とても家族には見せられなかったよ」
噂で聞いていた通り、燎の魔女とやらはだいぶ好戦的なようだ。
死体を協会に送り付けてきたというのも誇張されたわけではなくその通りなのだろう。
であればこそなおさらこの協会の雰囲気は気になるところだ。
「スコットランドは海を隔てているせいか魔女の被害は少なかったんだが、大陸にある国々はどこもかなりの被害を受けてる」
「だから穴の開いた場所にお前が呼ばれたわけか」
「片手にこいつをもってな」
スコッチのボトルを掲げてエドワードは軽く笑って見せた。
だが実際は笑っていられる状況でもないのだろう。
なにせすでに現役を退いていたエドワードを幹部として招集しなければならないほど事態はひっ迫しているということだ。
狩人の量に質、どちらも低下しているということに違いない。
「最近も被害はあるのか?」
「いやここしばらくはおとなしい。とはいえいつ使命感に突き動かされるかわかったもんじゃない。おかげでうちだけじゃなくヨーロッパのどの協会もピリピリしているさ」
「その割にはここの狩人たちの士気は高いように見えるがな」
ずっと気になっていたことを口にしてみるが、エドワードはそれになかなか答えない。
しばらくして空いたグラスにウィスキーを注ぎ一気に飲み干すと、見てわかるほどに顔に渋面を作った。
そして酒精の強さにたまらずこめかみに皴を作ったとても言いたげに、エドワードは半笑いでようやく口を開く。
「そう見えるか?」
「違うのか?」
「まぁ、士気が高いのは間違っちゃいない。何せどの協会にもできないことを我々はやろうとしているわけだからな」
「まさかまた魔女狩りに挑むのか?」
冗談だろうとアルベルトが問いかければエドワードは首を振って答えた。
さすがにそこまで無謀ではないらしい。
であれば一体何をしようというのか。
「マスカレードナイトだよ。狩人の入れない吸血鬼たちの聖域にして楽園。血の宴が催される狂乱の夜。そこに乗り込んでいって吸血鬼どもを狩りつくす。それが魔女に痛めつけられたヨーロッパの協会同士が仲良く手を取り合って立てた計画だ」
「正気か?」
「正気……ではないのかもしれんな。ヨーロッパの狩人は餓えているんだよ。栄光ある勝利にな」
「なんだそりゃ」
「意味が分からんと笑える話だろう? だがそれが事実だ。魔女のおかげでヨーロッパの狩人は誰も彼もが負け犬なのさ。そしてそれを認めたくないと勝利に飢えている。特にひどいのが幹部連中だ」
エドワードの瞳にも、言葉にも、グリムへと向けるような憎悪が宿っていた。
それは決して同胞へと向けるものではないが、敵のように憎まずにはいられないほどの何かがあったということらしい。
「燎の魔女によってヨーロッパのどの協会も散々な目にあった。このルーマニアじゃ本部から魔女狩りに参加した幹部が惨殺され、手練れの狩人も激減した。だがもっと問題なのは幹部連中が保身に走り始めたってところだ!」
エドワードが苛立ちを隠さずにグラスをテーブルへと叩きつけた。
「相手が魔女とはいえ、まるで歯が立たずにいいようにやられているヨーロッパの協会はほかの国々からよく思われていない。だがまだ相手が魔女だから、という言い訳はできたわけだ。そんなに言うならお前が魔女を狩ってみろとな。だが最近になって問題が起きた。いや問題というわけではないし狩人からすれば本来は喜ぶべきことのはずなんだが……」
「日本で魔女が撃退された話か」
「ああ。日本に現れた瀲の魔女が協会に所属する狩人によって撃退されたって話はこっちの狩人たちにしてみれば衝撃的だったのさ。それも大した被害も出さずに、となれば信じられないと叫びだす奴は一人や二人じゃない。そしてじゃあヨーロッパはいつまで魔女と遊んでるんだ、幹部連中が能無しなんじゃないか、そんな風に言われるわけだ。おかげで幹部の皆々様は大いに焦っている」
日本にしばらく滞在していたアルベルトからすると、それは事実とは少し異なる話だ。
確かに日本の上野に魔女が新たに出現したが、そもそもその魔女は燎の魔女のように好戦的ではない。
おまけにその魔女を撃退したのは正確には協会の狩人でもない。
協会と手を組み依頼を受けたフリーの狩人、それもグリムで屍の魔女のパートナーというほぼ黒に近いグレーな存在による撃退だ。
決して協会が撃退したわけではないのだが、そのグリムたちを利用したという点では日本の協会の手柄ともいえるだろう。
アルベルトの脳裏に浮かぶのはなりそこないの件で出会った二人のグリムの姿だが、あの二人の行動がヨーロッパの狩人たちを苦しめる結果になるとはなんとも複雑な思いだ。
「本来の協会の目的は人々の安全を守ることだ。だが幹部連中は焦りから己の面子を守ることしか頭にない。おまけに空いた席に俺のような外様が入るとなれば、現地の幹部は自分の席を守るためにどうにか功績を立てねばと必死なのさ」
「ヨーロッパは狩人発祥の地だからな。どこも自分の土地は自分らで守るってプライドがあるわけか」
「中にはまともな奴らもいるんだが、そういう奴らは得てして少ないものでな……結局一部のまともな人間が反対したところで止められない」
「その結果、マスカレードナイトで手柄を立てて面子を保とうって考えになったと。確かに成し遂げられれば魔女討伐に比肩するほどの大手柄だが、とても正気じゃないな」
アルベルトは視線を窓から外し、エドワードの対面のソファに座る。
エドワードの空いたグラスに黙って酒を注ぐのは、ほかに慰め方を知らないからだ。
「すまんな。久々にあったというのに愚痴を聞かせて」
「構わねぇよ。フリーの俺と違って抱えるもんが多いんだろう」
「そうかもな。だが悪いものばかり抱えてるわけでもない。外の狩人たちもその一つだ。彼らは幹部連中の保身など知らず、純粋に人々を危険から守るために吸血鬼を討伐する一大作戦に身を捧げたのだからな。己の保身に精一杯な奴らよりもずっと長く生きてもらわねばならん。可能な限り彼らを無事に帰すよう手を尽くすさ」
「で、勝算はあるのか? そもそもどうやって侵入するつもりだ。マスカレードナイトは吸血鬼しか入れないはずだぞ」
その質問にエドワードの口の端が吊り上がる。
思わず自信があるのかと口を開きかけたが、疲れに満ち満ちた瞳を見れば真逆なのだと答えを聞かずとも伺い知れた。
「勝算と言えるほどのものはないな。クソ共は吸血鬼を狩りつくせと無茶を言うが、そんなことは土台無理な話だ。馬鹿な意見は無視して拉致された人々を救うことを最優先にする予定だが、とはいえ未知の場所でどれほどいるかもわからない吸血鬼との戦闘など勝算以前の問題だろう。おまけに救出対象の人間がどれだけいるか、どこにいるかもさっぱりわからん」
「絶望的じゃねぇか」
「そして残念なことに侵入方法だけはあるんだ。本当にこれはある意味有難迷惑だったんだが……いや別に彼女が悪いわけではないんだが。全く、本当に役立たずどもは……」
腹立たし気に唸るエドワードにアルベルトは怪訝な眼を向ける。
しばしの間一人の世界に入っていたことを申し訳なく思ったのか、エドワードは咳ばらいをすると改めてその方法について説明を始めた。
「聖女特性の魔術具だ。彼女は実に素直ないい子で、マスカレードナイトのせいで無力な人々が攫われたと幹部連中が吹き込めば、丸ひと月ほぼ不眠不休で結界を破る魔術具を作成してくれた。まぁ魔術具って言っても個人が身に着けるようなものを大量生産するわけにもいかんから、聖女特製の魔術具で作成した霊薬を飲むことで結界を破れるようになるって形だな。すでに効果も立証済みだ。とはいえそれでも作成には相当の負担があったようで今は母国のアメリカで休養している」
「長年手出しできなかった結界を破るとはずいぶんな才能だな。とはいえいい子なのは結構なことだが、今回はいいように使われたわけか」
「おいおい彼女は悪くないぞ。問題は幹部連中だからな。才能だってこれまでの聖人や聖女の中でも随一だろう。ただまぁ素直すぎるところがあるし、母親も聖女だったこともあって少し狂信的すぎるのが不安要素ではあるんだが……いい子には違いない」
その聖女とやらと会ったことはないが、エドワードがそこまで言うのならば聖女と呼ぶに相応しい善人であることには間違いない。
とはいえ善人であることがプラスに働くとは限らないのだが。
「パパ!」
「うぉ!?」
けたたましくドアを開く音と耳をつんざくような大声に思わずエドワードがソファから浮き上がった。
アルベルトはというと少し前からこの部屋に近づく足音に気が付いていたのでそこまで驚いてはいない。
とはいえその声量には目を丸くしたが。
「パパもマスカレードナイト襲撃に参加するって本当なの!? 私もママも聞いてないよ!」
「ア、アビー……お前、お客さんが来てるときにそんな大声で、しかもノックもしないとはレディとしては問題が多すぎるぞ……」
「お客様? ってアルベルト!」
「よう久しぶりだなお嬢さん」
あははっと笑いながらアビーはアルベルトの隣へ飛び込むようにして座った。
そんな娘の姿にエドワードは頭を抱えている。
紳士の国の父親としては悩ましいところなのだろうが、アルベルトとしてはこういった気さくなほうが接しやすい。
なにせアルベルト自身も礼儀など小難しいことは嫌いだからだ。
「どうしてここに!?」
「日本で依頼を受けてな。その関係だ」
「依頼? どんな?」
丸いくりくりとした瞳を煌めかせて質問攻めだ。
そういえば前に会った時もこんな風になんでなんでといろいろ聞かれたなとアルベルトは思い出す。
「吸血鬼を追っててな。ヨーロッパは吸血鬼の故郷だから情報がないかとやってきたんだよ。特にルーマニアは吸血鬼が好んで過ごすからな」
「……それはもしかしてなりそこないの件か? 聞いたよ。彼のことは残念だったな」
「ああ、ありがとよ。まぁその話はいいんだ。それよりお前もマスカレードナイトに参加するのか?」
「あ、そうよ! どういうことなのよパパ!」
アルベルトの隣に座っていたアビーが立ち上がり、三つ編みにした父親譲りの赤毛を振り回してエドワードへと詰め寄る。
こういう所は母親そっくりだなとアルベルトが感心しているうちに、エドワードは必死にアビーをなだめているようだ。
まずは落ち着けと隣に座らせるものの、グラスに入ったウィスキーを目ざとく見つけたアビーはさらに熱くなっている。
「みんなが吸血鬼対策に必死になってるときにお酒飲んでるの!? 自分だって狩りに行くんでしょう!? なんで準備もしないでお酒!? 意味わかんない!!」
「いやこれは久々にアルベルトと出会ったことを祝して飲んでたわけでサボっていたわけじゃない! というか頼むから落ち着いてくれ! レディがそんな大声を出すもんじゃないだろう……」
「ちゃんと全部説明して。そしたら静かになる」
「わ、わかった」
昔は共に恐ろしいグリムを幾体も狩ったものだが、さすがのエドワードも娘には敵わないらしいとアルベルトは口元に軽く笑みを浮かべた。
そして彼とは正反対に自分の子とまともに向き合わなかった過去が、アルベルトの笑みをすぐさま消してしまう。
「いいかいアビー。今回の作戦は――」
「協会の偉い人が自己保身のために無理な計画を立てたんでしょう? それくらいは理解してる」
「そ、そうなのか」
「安心して。ほかの狩人はほとんど気づいてないしむしろやる気に満ち溢れてるから。マスカレードナイトを襲撃するなんて初めてのことだもの。まぁ私みたいに気づいてる狩人もいるけど、そういう人は言いふらすタイプじゃないしね」
情熱的な行動力は母親譲りで、こういった裏の面に気付けるところは父親譲りといったところか。
状況を正確に把握できるのは狩人の重要な資質の一つであり、それに部屋に入った時からここまでの所作を見ると、確かに礼儀はないが動きに無駄がない。
しばらく見ないうちに優秀な狩人に育ったなと感心しつつ、アルベルトは黙って二人の会話に耳を傾けた。
「パパがマスカレードナイトに参加する理由が知りたいの」
「……今回の狩りはかなり危険だ。おそらく魔女狩りと同じくらいに。であれば実力のある幹部クラスの狩人も参加するのは当然だろう?」
「でもパパは一度現役を引退してるじゃない。ほかの人でもいいでしょう?」
それはそうだとアルベルトはアビーに心の中で同意する。
しかしエドワードの表情を見るに、おそらくその幹部たちは参加することを渋ったのではないだろうか。
自己保身に精一杯な狩人たちが命を失いかねない狩りに率先して参加するとは思えない。
何せ死んでしまったら保身どころではないのだから、ほかに実力のある誰かに押し付けようと必死だったのだろうと容易に想像がつく。
だからこそ友人は自ら進んでこの狩りに参加したのだろうか。
未来ある狩人たちを少しでも多く生きて返すために。
アルベルトはそう結論づけたが、それをどう説明したらいいものかとエドワードは悩んでいるに違いない。
口をはさむこともできず、かといって手に持ったグラスに口をつけることもできず、アルベルトはしばし娘に睨まれて居心地の悪そうな友人の姿を静かに見つめた。
「狩人は人々を守るための存在だ。ならパパにできることがあるならやれることはやらなければ」
「無理よ。今のパパは私より弱いもの。歳も取ったし少し太ったし」
「いやそんなに太っては……まぁお前の言う通り全盛期ほどではないが、燎の魔女のこともある。力のある狩人を全てマスカレードナイトに参加させるというわけにもいかない。幹部クラスの腕ならここで人々を守ってもらうべきだろう」
「それは……その通りだけど」
アルベルトが魔女と直接対峙したのは白髪のカンビオンだけだ。
あの時点ではあのグリムが魔女だとは知らなかったことに加えて直接戦闘をしたわけではないので、魔女の脅威というものがどれほどのものかを身をもって理解できてはいない。
しかし実際に魔女の被害を受けている地域にいる二人からすると、エドワードの話は納得できるものだったようだ。
「だからパパが行くんだ。代表となる狩人が必要だからな」
「ママが心配する。私だって……」
「すまないな。辛い思いをさせて」
「安心しろよアビー。俺もついて行くから無事に帰らすさ」
「アルベルト。お前……」
エドワードとアビーが揃って驚いた顔をこちらに向けてきた。
本当によく似た親子だと口元を緩めると、手に持ったグラスを一気に飲み干し空にする。
「もともと吸血鬼を追ってここに来たんだ。その本拠地に乗り込むんなら願ってもない。エドワードはついでに無事に帰してやるさ」
「いいのか? これは協会の狩りでフリーのお前が参加しなくとも……」
「気にすんな。こういう無茶はいつものことだろうが」
「はっ、そうだったな。ありがとうアルベルト」
アルベルトは何も言わずにグラスを差し出し、そこにエドワードが酒を注ぐ。
もともとアルベルトがここに来たのは孫娘をなりそこないに堕とした吸血鬼を狩るためだ。
それは協会からの依頼でもあるが、実の息子が死ぬ前に託した最期の依頼でもある。
孫娘を守るという依頼を果たせなかったのだから、この依頼は何としても果たさなければならない。
それがたとえ危険極まりない吸血鬼の巣の中へ入ることだとしても、アルベルトには躊躇する理由などなかった。
「わかった。私も行く」
「は?」
「え? アビー今なんて?」
覚悟の決まった瞳が乾杯しかけた二人の老狩人の手を止めた。
何を言っているんだこの娘はという表情を真正面から受け止め、アビーは再度繰り返す。
「私も行く。止めても無駄だから」
「いや待て。俺が行くって言っただろ。なんでお前まで行くって話になるんだ?」
「だってかっこつけてもアルベルトもいい歳でしょ。多分私より弱いし心配」
「ちょっと待て! 俺はまだまだ現役だ! お前に負けるわきゃねーだろうが!」
「そうだぞ! アルベルトとパパは過去に何体も危険なグリムを狩ってきたんだ! 経験がある!」
「あーはいはい。歳とるとすぐ昔の自慢話するんだから。年寄り二人じゃ心配だから私もついて行ってあげるって言ってんの!」
エドワードが青い顔をし始めた。
それはそうだろう。
普段の狩りも命の保証はないが、とはいえ今回の狩りは格段に危険なものでそんな場所に娘を連れて行きたくないと思うのは父親として当たり前だ。
「だ、駄目だ! お前は絶対に行かせないぞ! 家でママと一緒に待ってなさい!」
「嫌よ! もう行くって決めたんだから行くの! 駄目って言っても勝手についていくから!」
そのまま来た時と同じように扉をけたたましく開いてアビーは去っていく。
年寄り呼ばわりされた熟練狩人二人は呆然としまま硬直し、乾杯するはずだったグラスが寂しく光を反射していた。
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