閑話 グリムの休日②
「か~わ~い~い~!」
ほんとにか~わ~い~い~のか?
そんな言葉を累は黙って飲み込むが、とはいえ疑問に思う所は聞いておきたい。
「これ下着?」
「下着ですよ~!」
ほんとか?
という言葉を再び飲み込むが、どうしたってこの下着は下着としての限度を超えているように思えてならない。
累とフィズがいるのはとあるランジェリーショップだ。
並べられた下着を二人で見ているのだが、この店はかなり責めているというか、冒険心があるというか、とにかく目の前にある下着たちは一口にいえば過激だ。
たとえば今手にもって話していた下着でいえば、上半身も下半身もこれでもかと言わんばかりにフリルがあしらわれたうえ、ガーターベルトに網タイツまでついている。
おまけになぜか下着なのに頭にヘッドドレスまであるのだ。
これでワンセットらしい。
「これの上に服着るの? 邪魔じゃない?」
「これは夜用ですからね。普段はもっと動きやすい下着でいいと思います」
「じゃ別にこれ買う必要なくない?」
「え~ありますよ~。ほら二人でこれ着たらテンション上がるじゃないですか~」
夜用とはそういう意味か。
つまりはモチベーションを上げるコスプレみたいなものなのかな、と思っていると横から店員の声が聞こえた。
「そちらはコスプレランジェリーと言いまして、当店の一押しになります」
コスプレみたいではなくコスプレだった。
確かに顔を上げるとコスプレランジェリーとポップが出ている。
「よろしければほかにもこういったものがありますがいかがでしょうか」
「わお! いいですね!」
店員が差し出してきたのはウサギをイメージしたような下着にセーラー服っぽいものなど、これは普通に着るものじゃないなというのがどんどん運ばれてくる。
そしてそれをフィズがどんどん買い物かごに入れていく。
「こんなにいる?」
「いりますよ~。このセーラー服のとかいいですね。ペアで来たら可愛いと思いません?」
「フィズがこれを?」
セーラー服をイメージした下着のせいか、フィズがこれを着るとなるとかなり背徳的な絵になる。
ハクが見たら顔を真っ赤にしそうだ。
とはいえ――
「悪くないね」
「ですよね! よしこれ二人で着てみましょう。これも買いで」
「かしこまりました」
結果的にこの店では二人そろって五着ずつ下着を買うことになった。
そんなに下着なんて大量に買うものでもないのではと累は思うのだが、フィズが満足するなら特に言うことはない。
それにランジェリーショップは服とは違って試着がないので楽だ。
ブラだけの試着はあるけれど、フィズが完全にサイズを把握しているので試着をする必要がない。
これが服を買いに行くとなると、試着室で着せ替え人形になる時間があるのでかなり長引くのだ。
「ちょっと休憩でもしますか」
「そだね」
平日とはいえ多くのファッションブランドが入ったこの百貨店はそれなりの賑わいだ。
そんなところを歩けば当然のように周囲の視線へフィズへと向く。
日本には珍しい白髪な上に美女なのだから仕方ないとはいえ、あんまりじろじろ見ないでほしいなぁと累は小柄ながらもフィズを庇うようにエスコートしていた。
最も累本人も人目を惹くうえ、そんな風に累がフィズをエスコートする姿も注目される原因の一つなのだが、本人はそんなことには気づいていない。
そしてフィズは気づいているが、累が守ってくれるのが可愛らしいので黙っている。
「コーヒーとココア。どっちもアイスで」
「かしこまりました」
人の少ないカフェを見つけ、奥の席で二人は一息ついた。
運ばれてきた飲み物を口にし、戦利品を鑑賞し、話は今度の四人会へと移り変わる。
「そういえば次回はハクの番でしたね」
「うん。前回のハンバーガーは美味しかったし、期待できる」
「逆にルシアンはだめでしたね~。自分はあんなに料理がうまいのに店を選ぶのが下手だなんて予想外でしたよ」
「あれ確かに……期待してたから余計にショックだった」
ルシアンは累とフィズが認める素晴らしい料理の腕を持っている。
しかしそんなルシアンが選んだ店はいわゆる雑居ビルに入った安めの居酒屋といった形で、コストパフォーマンスはいいのだが味は良くなかった。
「店に入る前から嫌な予感はしましたけど」
「安くてうまいじゃなくて、安くてまずいだからね。まぁ値段相応なんだろうけど」
「その点この間の累さんが選んだ店はよかったですよ~」
「ああ、あそこ」
累が選んだのは北海道産のチーズをメインに取り扱った店であり、各種チーズのセットはもちろんチーズフォンデュやチーズを使ったパスタにリゾットなど、さすが乳製品生産量トップの北海道産チーズ、と言えるほどのおいしさだった。
「接客もよかったですしチーズフォンデュをもくもく食べる累さんが可愛かったですね~」
「そんなに食べてないよ」
「え~いや恥ずかしがらなくてもいいですって。累さんの集中して食べる姿が可愛いってハクも言ってましたから」
美味しいものがあるとそこに全集中してしまうので全く気付かなかった。
おまけにチーズとワインの相性が良く、つい飲みすぎてしまったので何を話したのかもあんまり覚えていない。
「……何話してたっけ?」
「えーっと、まぁたわいもない話でしたけどね。ハクのジャージに対する想いとか、ルシアンのおじいさんの話とか」
「それは覚えてないな」
「あ、あと累さんが酔った時は盛り上がってましたね!」
「うぉ」
言われるまですっかり忘れていた記憶が不意に累の脳裏へ浮かび上がる。
『おいおい大丈夫かよ。店長飲み過ぎじゃね?』
『いいの! もっとお酒持ってきて! 赤!』
『はいはいちょっと待ってくださいね。すいませーん赤ワイングラスでください』
『ボトルで!』
『じゃボトルでお願いします。銘柄は適当で』
『いやマジで大丈夫かよ。いつもと雰囲気違うぞ』
『いいんだよ~店長は酔っぱらうと可愛さが増すんだから~』
『そうですよ。ハクもいいこと言いますね。ちなみに累さんはもともと可愛いので可愛さが増すっていう表現は正しいですね。可愛くなるとか酔う前は可愛くないみたいないい方したら殺すとこでした』
『え……』
『怖いっすよせんぷぁーい! でも大丈夫! 自分店長の可愛さは理解してるっすから!』
『お前もだいぶ酔ってんなぁ』
『ルシアンもはい赤ワイン』
『おい店長、アタシまだほかの酒残ってるって』
『私の酒が飲めないの!』
『あールシアンひどい! 店長が可哀想でしょ!』
『処刑ですよ』
『わるい! わかった! 飲むって!』
『じゃはい赤ワイン~』
『さっき貰ったから! なんでグラスがこんなにあるんだよ!』
『私の酒が飲めないの!』
『いや飲むけどさ!』
『じゃはい赤ワイン~』
『だからグラスを増やすな! これ三杯目だぞ!?』
うっすらと蘇った記憶を振り返ると確かに盛り上がってはいた。
しかしこれは店長としてどうなのだろうか。
世間一般的には完全にアルコールハラスメントである。
ついでにフィズのあれはパワーハラスメントでもある。
「どうしました?」
「いや、ちょっと。今度からお酒控えようかな」
「えーそれじゃ面白くないから駄目です」
「ううん。店長としてよくない。お酒は控えるって決めた」
しかしその数日後、ハクが選んだ串カツの店が素晴らしく、案の定上機嫌となった累はまた泥酔し記憶を失ったことは言うまでもない。
ちなみにルシアンはフィズと並ぶ蟒蛇かつ累に対して嫌な感情は一切ないので許されているが、普通これだけ酒を強要すれば問題になる。
酒は節度を守って楽しく飲むべきだろう。
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